432.転売屋は捜査を開始する
「それで、いつになったら彼女を買ってくれるのかな。」
「言っただろ、俺は手を引くから自分で買ってくれ。」
「まったく・・・つれない返事だなぁ。」
「マジで勘弁してくれ、俺には荷が重過ぎる。」
「でもレイブさんはそう言っていなかったけど?」
「あの人は売る側の人間だからな、どっちが買っても損は無い。」
「でも君は違う?」
「あぁ、大損だよ。」
いつものようにウィフさんが何食わぬ顔で聞いてくる。
顔合わせをした後、俺はすぐに買取を辞退する旨を伝えた。
屋敷を安く売る必要も無い、だから手を引かせてくれと。
だが、ウィフさんはそれを承知しなかった。
適当な言い訳を言って、のらりくらりと俺の答えを無かったことにする。
理由は一つ。
この街で彼女を買えるのは俺だけだからだ。
もちろん他の街、それこそ王都にでも行けば山ほど買い手はいるだろう。
だが、そんな事をしてしまえば彼女は二度と自分の手に戻ってこない。
昔は、なんて言っていたが今でも心のどこかに彼女への恋心か何かがあるんだろう。
そうでなければ幼馴染とはいえここまで必死になることは無い。
彼女が遠慮するから自分では買わない?
ぶっちゃけ、遠慮されて生きていって欲しい。
「屋敷を安く売っても大損か、これは参ったなぁ。」
「いくら将来アンタが買い戻してくれるとはいえ、それまでのリスクがあまりにも多すぎる。あの屋敷だって、いわば受け取るまでの滞在場所なんだろ?なんで自分の家なのに他人に気を使って生きなきゃならないんだ?」
「別に屋敷におく必要は無いよ?宿かどこかにでも押し込んでくれたらそれでいい。」
「じゃあ冒険者の泊まる安宿でもいいんだな?」
「もちろんだとも。ただし、そこには町の警備とかが多数出入りすることになるから冒険者からの反感は凄いかもね。」
つまりそんな所に押し込んだら他所からの非難を受けるぞ、そう脅してくる。
安全な場所で彼女を守って欲しい。
ならさっさと自分の屋敷に呼び戻せよと言いたいが、その方法はいまだに決まっていない。
それどころか、彼女を解放する理由すら決まっていない。
奴隷として買った彼女をどうやって平民に戻すのか。
なんせ金貨1000枚の女だ。
よほどの理由が無ければ彼女は納得しないだろう、中々に勘のいい女だから。
っていうのがウィフさんの考え。
だがなぁ、あのヒステリーをこの眼で見た限りでは、そこまで賢い女には見えないけどなぁ。
仮にも自分を買ってくれるかもしれない人間だぞ?
その人を前にしてあそこまで暴れるか?普通。
マリーさんの言うように、なんとしてでもたらしこんで生き延びてやる。
そんな風に思うもんじゃないだろうか。
俺は貴族じゃないからその辺の事はわからないが、それでも同じ立場なら何とかいい人に買ってもらおうと努力するだろう。
だが、彼女にはそれが無かった。
散々暴れまわって、最終的には最悪な印象を植えつけたまま退場していったのだから。
はぁ、レイブさんもレイブさんだ。
俺が買いたくないのを知っていて、勧めてくるんだから。
仕事とはいえお互いに良くないよなぁこういうのは。
「ともかく、できるだけ早く買って欲しいというのが私とレイブさんの意向だ。彼女のヒステリーも一時的なもの、あそこから出れば落ち着くだろう。」
「奴隷になんて!って見下すような女が奴隷として買われて落ち着くって?冗談だろ?」
首をすくめるだけで俺の返答には答えなかった。
無言のまま立ち上がり、カウンターの上に乗った買取金を持って店を出て行く。
その背中を俺は何も言わずに見つめるしか出来なかった。
「はぁ。」
「お疲れ様です、シロウ様。」
「マジで疲れた。」
「ウィフ様もなかなか折れてくれませんね。」
「あぁ、絶対に自分では買わないという気持ちがあふれ出ている。俺しかいないのはわかっているが、何でこんなめんどくさい買い物しなきゃならないんだ。しかも金貨1000枚も使って。」
思わずミラに愚痴ってしまう。
いや、今に始まったことではないがそれでも愚痴らないとやってられない。
何で俺が買わなきゃならないんだよ。
この一言に尽きる。
「とはいえ、ずっとこのままというわけには行きませんよね。」
「タイムリミットは刻一刻と迫ってきている。余裕があると思っていたらあっという間に年末だ。」
「それまでに答えを出さないといけません。」
「最近色々あって現実を見ないようにしていたが、そろそろマジで考えないとヤバそうだな。」
「ということは・・・。」
「探りを入れる。そもそも破産した経緯が正しいのか、家柄はどんなんだったのか、自分で調べてみる必要があるだろう。他人の意見ってのはあまり信用しないほうがいい。」
やるからには自分の納得する形で買いたい。
そのためには彼女がなぜ売られてしまったのかを調べる必要がありそうだ。
買ったものの後ろにドデカイ面倒ごとが転がっているとか勘弁して欲しいからな。
「具体的には何を?」
「とりあえずシープさんにでも話を聞く。それとマスターだな。」
「では私は取引所でそれとなく話を集めておきます。」
「小さな噂でもいい、何かあれば教えてくれ。」
「ではアネットさんは・・・。」
「いや、そっちはいい。」
「どうしてです?」
「同業の悪口はあまり言いたくないだろう。」
商売敵だっただろうけど、前の対応から察するに決して仲は悪くなかったと言える。
それなのに、何か悪いことはなかったか?なんて聞くのは申し訳ない。
もちろん行き詰まったら考えなくもないが今はその時じゃない。
まずはミラに出てもらって、俺は店番。
ウィフさんも悪い人じゃないんだが、正直めんどくさいんだよなぁ。
幼馴染のためとはいえ、やることが大きすぎる。
なまじ権力というか金があるから余計に手に負えない。
そして、相手が俺だから遠慮もしない。
別にNOを言えないわけじゃない、ちゃんと出来ないことは言っている。
だが向こうはそう思っていないようだ。
俺に言えば何とかなる、そう思っているんだろう。
それはそれで困るんだけどなぁ、ほんと。
「失礼します、シロウ様は・・・。」
「レイブさん?」
そんな事を考えていると、まさかの人物が店にやってきた。
今回の重要人物その2。
今日はそういう日なのか?
「申し訳ありません、アポなしで失礼します。」
「気にしないでくれ、この客入りだ。」
「それは安心してよろしいのでしょうか。」
「さっきまでウィフさんが来ていたからな、儲けはそれなりにある。」
「左様でございましたか。」
「で、ここに来たってことは彼女関係なんだろ?」
「半分は正解、になりますでしょうか。」
半分だけには思えないんだが。
「とりあえず聞かせてくれ。」
カウンターの席に案内し、誰もいないので俺が香茶を用意する。
俺が戻るまでの間レイブさんは姿勢をただしたまま待っていた。
「待たせた。」
「お気遣いありがとうございます。」
「それで話ってのは?」
「彼女・・・イザベラ様についてですが今の所変わりなく過ごしております。ここ最近は比較的落ち着いており・・・。」
「近状報告は結構だ。」
「先日お話ししましたように年末まで、年末まででしたら購入をお待ちできます。それまでは責任をもってこちらで管理致しますのでどうぞ宜しくお願い致します。」
「わざわざそれを言いにここに来たのか?」
まさか、そんなはずがない。
あのレイブさんがそんな事で動くはずがないじゃないか
それに彼女の件は半分だけって話だ。
残りの半分はなんだ?
「それと、イザベラ様の・・・いえファルト家について色々とお調べになられているようですので、微力ながらお手伝いできればと思い参りました。」
「嘘だろ?」
「何がでしょうか。」
「調べだしたのはついさっきだぞ?」
「少し小耳にはさんだものですから。やはり関係者としては正しい情報をお伝えする方がよいと判断した次第です。」
それは助かる。
非常に助かる。
だが、調べだして一時間も経たない間にレイブさんのところに情報が行っているのが怖い。
この人のこの街に広がった情報網はいったいどうなっているんだろうか。
「悪いことは言えねぇなぁ。」
「シロウ様と私の仲ではありませんか。」
「だから怖いんだよ。」
「では帰りましょうか。」
「そうは言ってないさ。せっかく来てくれたんだ、お茶を出した分ぐらいは聞かせてもらうとしよう。」
「ではまずファルト家についてからです。こちらに関してはシロウ様もお調べになられているとは思いますが・・・。」
それからみっちり一時間ほど。
ミラが戻ってくるまでレイブさんの情報提供、いや、講義は続けられた。
そこまでバラしていいのかと思うような内容もあったが、もう没落した家だ。
何を気にすることがあるだろうか。
「では、良い返事をお待ちしております。期限は・・・。」
「今年中。出来るだけ早く稼いで声をかけるつもりだ、っていうか早くしなきゃ面倒なことになるってわかったしな。」
「イザベラ様の件は早くも王都で広まっております。早々に決着をつけるべきかと。」
「そういって俺に早く買わせたいんだよな、レイブさんは。」
「このご恩は別の部分でお返しするつもりです。お邪魔致しました。」
ミラと共にレイブさんを見送り俺達は深いため息をついた。
「悪かったな、無駄足になって。」
「それは大丈夫です。ですが・・・。」
「期限は来月末、いや半ば。それまでに何とか金貨300枚稼ぐぞ。解放条件とかそんなのはどうでもいい、まずは手元に彼女を置いとかなきゃもっと面倒なことになる。」
レイブさんが来た時点で変だとは思っていたが、これは俺の想像以上にややこしい問題のようだ。
マジで勘弁してくれ。




