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431.転売屋は幽霊と踊る

「シロウさん!」


「何だよベッキー、いきなり大声出すなって。」


「最近私への扱いがひどくなってるし!改善を要求するし!」


「改善っていつも通りだろ?」


「そんなことないし!最近ご無沙汰だったし!」


「疲れてるんだよ。」


「そんなの許さないし!たっぷり構ってもらうし!」


話だけ聞けば卑猥にも聞こえるやり取りだが、傍から見れば俺の独り言。


正確には目の前にいるのだが、他の人間には見えないようだ。


そう、ここはダンジョンの最上層。


いつもの日課をこなす俺の遊び場兼、幽霊冒険者ベッキーの住処だ。


「構うっていってもなぁ・・・。」


「とにかく構うし!」


「わかった、わかったからそんなにギャーギャー騒ぐな、鼓膜が破れる。」


「いっぺん破れろだし。」


酷い言われようだ。


確かに最近忙しかったので中々ダンジョンに来られなかった。


日課である石の魔物の駆除でさえミラやアネットに任せたこともあるぐらいだ。


ほら、ルフの件もあったしさ。


久方ぶりに時間が取れたのでダンジョンに来た途端コレだよ。


でもなぁ、一体何しろって言うんだ?


「じゃあお前は何がしたいんだ?」


「踊るし!」


「は?」


「踊ったら天国にいける気がするし、だから一緒に踊って欲しいし。」


「天国に行くのか?」


「最近ここにいるのも飽きたし。甘いものもたくさん食べたからそろそろ頃合だし。シロウさんが来なくなってそう思い出したし。」


「そうか、天国に行くのか。」


まぁ、そもそもここに残っていること自体おかしかったんだ。


甘いものを食べ損ねただの、アレをしたかっただの未練が山ほどあったベッキーだったが、俺と会ってから色々したことでそれも薄れたんだろう。


で、最後の未練が踊ること・・・と。


「踊るって、何を踊るんだ?」


「そりゃ決まってるし!感謝祭の踊りだし!」


「あ~、火を囲んでぐるぐる回る奴か。」


「そうだし!こう見えても死ぬ前は引く手あまただったし、踊りだけは得意だし!」


そう言いながらクルクルと空中で踊りだすベッキー。


身に着けた革の鎧がひるがえり、中の下着が丸見えになるも本人は気にしていないようだ。


恥じらいは必要だと思うぞ。


「上手いもんだな。」


「もっと褒めるし?」


「いや、何で疑問系なんだよ。」


「シロウさんが褒めるなんて珍しいし。明日は雪だし。」


「いい感じに失礼だぞお前。」


「そんなことないし、こんな可愛い子を放っておくシロウさんの方が失礼だし。」


「はいはい、俺が悪かったって。」


「わかればいいし。」


ふふんとふんぞり返ってドヤ顔をするベッキー。


だが俺は本人と違ってなんとなく気分が沈んでしまった。


面倒な奴ではあるが、急にいなくなるのも寂しいものだ。


女達もベッキーの事は気に入ってたからなぁ。


最近じゃ『ダンジョンに出るおしゃべり幽霊』って他の冒険者にも認知されてきただけに、寂しがる奴もいるだろう。


「ともかく踊れば満足するんだな?」


「そうだし。感謝祭の踊りをここで踊って欲しいし。」


「別にそれは構わないんだが、踊るだけで本当にいいのか?」


「どういうことだし?」


「もっとこう、なんていうか、舞台とか人とかいるほうがいいんじゃないかって思ったんだよ。俺と踊るなんてのはいつでもできるが、お前が望んでいるのは感謝祭の踊りだろ?何人もが大きな火を囲みながら踊る奴。」


「そうだし。」


「なら、それと同じようにしないと満足しないんじゃないかって言ってるんだよ。」


ふと真顔になりジーっと俺を見てくる幽霊女。


コレが夜中だったら絶叫ものだが真昼間で素性を知っているとなんとも思わないのが不思議だな。


「その通りだし!やっぱりムードって大事だし!」


「だろ?」


「そうと決まれば早速準備するし!まかせたし!」


「丸投げかよ。」


「だって私幽霊だし?手伝いなんて出来ないし?」


「都合のいいときだけ幽霊ぶりやがってまったく。」


そうは口で言うものの、その場でクルクルと回りながら嬉しそうな顔をするベッキーを見るとやってやるかという気持ちにもなってしまう。


せっかくのお別れなんだ。


パーッとやってやろうじゃないか。


「ってことで、あそこで踊ろうかと思う。」


「なんていうか唐突ね。」


「俺もそう思うが本人のためだ、仕方ない。」


「天国に行かれるんですね、なんだか寂しくなります。」


「えぇ、惜しい人を亡くします。」


「もう死んでるし、なんなら天国かどうかもわからないけどな。」


よく考えれば地獄だったりして。


いやまてよ?


そもそもこの世界に天国だの地獄だのって概念はあるのか?


天国だけだったらどうするんだろうか。


一応ああ言うのってワンセットだと思うんだが・・・。


ま、どっちでもいいか。


「それで、何をしたらいいの?」


「あいつの要望は感謝祭の踊りだから、邪魔にならないところに小さな櫓でも組んでそこでやろうかと。最上層なら天井も広いし多少火を焚いても問題にはならないだろう。」


「そうね、でも一応はギルドに確認取りなさいよ。」


「もちろんそのつもりだ。ベッキーの存在はギルドも承知してるし、色々とギルドの役に立ってくれたからダメとは言わないだろう。」


「まだ誰も食べたことのない品種の試食とか、ベッキーさんにしか出来ませんでしたね。」


「おかげで犠牲者を出さずに可食かそうでないかを仕分けることが出来たとニアも喜んでいたな。まぁ、本人は物凄い文句言ってたが。」


ダンジョン内には様々な素材が自生している。


そのほとんどが有害であり食べるのには向いていないと言われているが、実際に食べて確認された例はほとんどない。


何故なら食べて毒だった場合は、たいていのやつが死んでるからな。


記録として残っているのは問題のないやつばかり。


そこで、食べても死なない体を有効利用して判別の付かなかった素材をベッキーに食わせてみた。


まぁ、結果は想像通りだろう。


9割の食べ物は何かしらの毒があり、そのうちの3割には致死性の毒があった。


それでもチャレンジし続けたのは奴の食い意地のおかげだ。


もったいない。


その一言でベッキーは最後までやり遂げた。


おかげで無事に食べられるが数種類見つかったので、食べ物に困る冒険者は減るだろう。


それどころか、新しい輸出品として認定されたものもある。


見た目はどう見ても毒々しいのに中はとてもフルーティーなポイズンブラッドベリー。


その見た目と名前で毒となっているからかこれまで誰も食べなかったのだが、その美味しさは他のベリー種を格段に上回る。


結構いたるところに自生しているので、今後は冒険者の小遣い稼ぎに利用されるだろう。


早くもドルチェが新作のベリーパイを作っていた。


美味かったなぁ。


「シロウ様とエリザ様は冒険者ギルドへの確認と火の準備をお願いします。他の準備はお任せください。」


「ミラ、何をする気だ?」


「せっかくの感謝祭です、踊りだけではもったいないと思いませんか?」


「・・・まぁ、好きにしろ。ただしやるからには儲けを出せよ?」


「ありがとうございます。」


何をする気かはわからないが、ミラがわざわざ損をするために動くはずがない。


儲けがあると考えたからこその提案だろう。


店を閉め、冒険者ギルドに了承を取りに行くと二つ返事で許可が出た。


やはりベッキーの功績は大きかったようだ。


「それで、許可だけでいいの?手伝うことある?」


「その辺はミラが動いているからよくわからないが、まぁ何かあったら手伝ってやってくれ。」


「わかったわ。それにしてもベッキーちゃんがいなくなるのは寂しいわね。」


「なんだ知ってるのか?」


「生前ちょっとね。悪い子じゃなかったけど、運がなかったのよ。」


「冒険者なんてそんなものよ。ニアが気に病むことじゃないわ。」


「別に気に病んでるわけじゃないのよ?ほら、死んでからもこうやってお仕事できたわけだし。案外そういう子が他にもいるのかなって。」


「もし他にもいたらダンジョン内は幽霊だらけだ、勘弁してくれ。」


「あはは、それもそうね。燃料用の薪はギルドの裏にあるから勝手に持って行っていいわよ。」


ギルドの許可は貰ったのでさっさと準備に取り掛かろう。


何度かギルドとダンジョンを往復してキャンプファイアーもどきの準備を整える。


と、同時にたくさんの人がダンジョンへと出入りし始めた。


どう見ても一般人だ。


「シロウ様、おかえりなさいませ。」


「ミラ、確かに任せると言ったがこれは何だ?」


「ダンジョンで感謝祭の模擬練習をすると告知しましたらこのような感じに。」


「マジか。」


「マジです。」


「踊りだけじゃないって言ってたのはこれだったのね。」


「食べて飲んで騒いで、感謝祭と言えばこれが無いと。皆さん嬉しそうに準備を手伝ってくれましたよ。」


これはもう遊びのレベルじゃない。


ガチだ。


突然の出来事にベッキーも目を白黒させている。


「いいじゃない、せっかくの感謝祭なんだし。」


「それもそうだな。」


ここまで来て辞めるなんて選択肢はない。


フワフワ浮いているベッキーの側まで行くとどうしたらいいかわからない顔で俺を見て来た。


「さぁ、感謝祭の準備は出来たぞ。楽しもうじゃないか。」


「最高だし!シロウさんありがとうだし!」


そしてそういいながら俺の首に抱きついてくる。


もちろん感触はないが、至極満足そうだ。


その夜。


二ヶ月ほど早い感謝祭がダンジョン内で行われ、住民の半分以上が参加したそうだ。


飲めや歌えやの大騒ぎ。


最後はお馴染み炎の周りを囲んでのダンスだ。


ベッキーはそれはもうすごい喜びようで、空中をくるくる回りながら何度も何度も踊り続けた。


今までの未練を晴らすように。


「シロウさん、本当にありがとうだし。」


「おぅ。」


それがその日最後の言葉だった。


他の場所で話をしているうちにいつの間にかベッキーの姿は見えなくなってしまった。


そうか、天国とやらに行ったのか。


燃え盛る炎を見つめながら、名残惜しむように俺達もその日は踊り続け・・・。


迎えた翌日。


「シロウさん!昨日は最高だったし!」


「何でいんだよ!」


なんとなくそんな予感はあったけれど。


ベッキーは天国に行く事もなく、何時ものようにフワフワと浮かんでいるのだった。

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