43.転売屋は奴隷を受け入れる
「あの、シロウ様これは?」
「ミラさんの荷物だけど?」
「それはわかります。でもどうしてこれがここに?」
「そりゃ今日からここに住んでもらうからだよ。これとは別にもう一台馬車が来るらしいから、適当に処理しちゃって。」
「あ、はい、わかりました。」
状況が呑み込めずボーっとするミラさんの横顔もまたいい感じだ。
ほんと、俺の好みを体現したような存在だなぁ。
奇妙な縁もあったものだ。
あの後レイブさんの所に行った理由を言う必要はないだろう。
戻ってきた俺を満面の笑みで迎えたレイブさんのあの顔。
結局この人の手の上で踊らされていたのだと思い知らされる。
上には上がいるってやつだ。
この人だけは敵にしちゃいけないと肝に銘じた。
その後仮契約を済ませるとすぐにミラさんの荷物が馬車に詰められ、こうして店に戻ってきたというわけだ。
まさか買い物に行った俺が自分の荷物を持って戻ってくるとは思わなかったんだろう。
俺だってそうさ。
まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
でもあの話を聞かされた以上、そうするしか選択肢はなかったんだ。
別にイヤイヤ買ったわけじゃない。
むしろ望んで買ったと言えるだろう。
事実ここまで仕事のできる奴隷はそう手に入りそうにない。
何より好みがドンピシャだ。
好みの女と仕事が出来る。
仕事だけじゃない、それ以外にも色々できると思って嬉しくない男がいるだろうか。
いや居ないね。
「ミラ、しっかりしなさい。今日からこの人にお仕えするのですから。」
「レイブ様。」
「もう様付けで呼ぶ必要はありませんよ。貴女の主人はシロウ様に移りました。」
「いやいや、まだ仮契約だから。ミラさん適当にお茶出してあげて。」
「はい!」
どうやら状況を理解できたようだ。
どちらかと言うとクールな感じのミラさんが満面の笑みで店へと飛び込んでいった。
いい笑顔です。
「じゃあ代金を取ってくるんで中で待っていてください。」
「ここで結構ですよ?」
「金貨50枚の取引を店頭でするわけにはいかないでしょ。」
「私は別に構いませんが・・・。」
「貴方が良くても俺が良くないんですって。」
さっき店頭で話をさせられたことを根に持っているんだろうか。
もう一度中に入るように促して急いで二階へと上がる。
途中キッチンを見るとミラさんが小躍りしそうな感じで喜んでいた。
いや、踊ってたねアレは。
俺の想像以上にお茶目な方のようだ。
エリザとは真逆のタイプだろう。
自室へ戻り金庫からお金を取り出すと再び下に戻る。
降りる途中でミラさんと目が合ってしまったのだが、とても幸せそうな顔で微笑んでくれた。
その笑顔が買えたのなら俺は十分だよ。
「お待たせしました。」
「お先に頂いております。」
カウンターにはカップが二つ、俺の分はまだ注がれていないようだ。
と、座ると同時にミラさん登場。
俺のカップをお湯で温め、再度香茶を注いでくれた。
「シロウ様、どうぞ。」
「ありがとうミラさん。」
「あの、ご主人様になるわけですし、さん付けはもぅ・・・。」
「あ、そう?」
「その方がよろしいでしょう。奴隷と主人の立場は明確にするべきです。」
ふむ、そういうものか。
エリザも呼び捨てだし別にいいか。
「じゃあミラも契約書の確認してもらえる?」
「かしこまりました。」
さっきまでフニャフニャだったミラさん・・・もといミラの顔が一気に引き締まり、テーブルの上に置かれた契約書を素早く読み始めた。
「レイブ様、二つ質問があるのですがよろしいですか?」
「どうぞ。」
「契約条項三番目、私の私物に関してですが随分と増えています。ご説明を。」
「私からの就職祝いという事でいかがでしょうか。」
「契約条項七番目、代金についてですがこの特例は今後も継続するおつもりですか?」
「シロウ様が引き続き当店でご購入頂けるのであれば検討いたします。」
「ありがとうございました。」
私物の量なんて知らないし、特に七番については何の違和感も無かったな。
ちなみに七番は、『現金一括で支払う場合に限り、レイブの定める金額での譲渡を認める』というものだ。
つまり次回以降も現金一括で買うならレイブさんが安くしてくれるよ、ってことだな。
「それじゃ確認も出来たことだし、これが代金です。」
「お預かりします。」
ついこの間大金を持って行った所なのに、またお金が出て行ってしまった。
だが後悔はしていない。
いずれは買うって話だったし、それが少し前倒しになっただけの話だ。
多少の蓄えはまだ残っている。
また一から稼ぎなおせばいいだけの話だ。
差し出した革袋を開けレイブさんが金貨を積み上げていく。
十枚重なったタワーが五つ。
「金貨50枚、確かに頂戴いたしました。ではこちらの契約書にサインを。」
もう一度契約書を読み怪しい部分が無いのを確認してからサインをする。
エリザに偉そうに言っておきながら自分が同じような事をしたんじゃ意味ないからな。
「これで正式に奴隷の譲渡は完了いたしました。ミラ、首輪を。」
「はい。」
ミラがレイブさんの前にしゃがみ、レイブさんが首元に手をかざす。
すると、カシャンという音と共にいともあっけなく首輪が外れた。
「ではシロウ様これをミラに。」
「同じものでいいのか?」
「誰に着けられたかが重要なのです。少々痛いかもしれませんが我慢をお願いします。」
手渡された首輪は真っ二つになっており、どうやらこれをミラの首に嵌めるとくっつく仕様のようだ。
うーむ、原理が知りたい。
ミラが嬉しそうな顔で装着するのを待っている。
なんだか背徳感あるなぁ。
俺にそっちの趣味あったっけ。
両手で別れた首輪をミラの首にあてがうと再びカシャンという音と共に首輪がくっついた。
それと同時に右手の指さきに強い痛みを感じ、慌てて手を離した。
見ると針で刺したように真っ赤な血がにじんでいた。
「血を吸ったのか?」
「その通りです。これでシロウ様以外には外すことが出来なくなりました。また、シロウ様に反抗するようなことがあればこの首輪が締まるようになります。」
「反抗の基準は?」
「シロウ様が反抗だと認識した場合、それとこの街から勝手に出た場合でしょうか。」
「俺が認識しなかったら大丈夫なのか?」
「多少の事では反応しませんのでご安心を。」
なんだか曖昧な基準だなぁ。
変な事で反応しないでほしいんだけど・・・。
ま、大丈夫だろう。
「以上で終わりです。ミラ末永くシロウ様にお仕えするんですよ。」
「全身全霊をかけてご奉仕いたします。」
「ではシロウ様私はこれで、ちょうど次の馬車も来たようですね。」
全員で後ろを振り返ると店の外に二台目の馬車が横付けされていた。
早くどけないとお隣さんに迷惑がかかってしまうな。
レイブさんは一台目の馬車に乗り店へと戻っていった。
アレにはミラさんの私物しか積んでいなかったのですぐに片付いたのだが、こいつはどういう事だろうか。
「就職祝いにしては多すぎない?」
「おそらくレイブ様なりのお礼なのだと思います。」
「レイブさんの?」
「あの方がこの街に来たばかりの頃に母が色々と世話を焼いたそうなんです。今こうして商売が出来るのも母のおかげだと、私を買って下さったときにお話ししてくださいました。」
「その恩もあって、今回の取引が成り立ったわけですか。」
「母の治療費を立て替えるとまで仰ってくださったのですが、流石にそれは断りました。代わりに、こんなに素敵なご主人様に出会えたのですこれ以上望むことはありません。」
それでも奴隷になる必要はなかったんじゃないか?
とは言わなかった。
ミラにはミラなりの考えがあってこの取引を申し出たんだろう。
レイブさんがしつこく勧めてきた理由もここに繋がっていた。
いやー、びっくりだわ。
その後馬車にスタンバイしていたお手伝いの方々に手助けしてもらいながら、なんとか荷物を運びこむことが出来た。
もう一度言うが就職祝いにしては多すぎるんじゃないだろうか。
最初に積まれていたミラの私物を1とすると就職祝いは10ぐらいある。
中身は日用品や雑貨等、新生活に必要と思われる品ばかりだ。
食材なんかも沢山あったので当分困ることはないだろう。
「ふぅ、仕分けはこれぐらいして残りは明日にしましょう。」
「畏まりました。」
片づけに追われ気づけば日が暮れていた。
昨日と違うのはランタンなどの日用雑貨がそろっている事。
やっとまともに生活できる環境になって来たな。
「シロウ様、先にお伺いしたいことがございます。」
ミラさんお手製の食事を堪能した後の事だ。
食後の香茶を楽しんでいると急にミラが真面目な顔をして俺を見てきた。
「なんですか?」
「どうしてご購入してくださったのですか?」
「それを今聞きますか?」
「母の件があったとはいえ、シロウ様には関係のない話。お買い得ではあったかと思いますが・・・それでもどうして買って下さったんですか?」
どうして。
そんなの一つしかないよね。
「人手が欲しかったのもあるが、やはり好みだったからかな。」
「え?」
「エリザ的に言わせればお人好しってやつだろうけど、男なんてそんなものだ。」
「でも今朝は。」
「だから言っただろ、自分の物でもない女に手を出せないって。」
「じゃあ・・・!」
ミラの目が大きく見開かれる。
あれは怯える目じゃない、歓喜の目だ。
「何も言わなくても昨日のリベンジをするつもりなんだろ?レイブさんの所で何を仕込まれたか知らないが、見せてもらおうじゃないか。」
「必ずやご満足していただけると確信しております。どうかお覚悟を。」
そうとなればすることは一つ。
二人で手分けして戸締りをして二階へ上がる。
昨夜同様に月明かりの美しい夜。
俺はこの世界に来て初めての敗北を味わった。




