426.転売屋は改良を加える
拡大鏡はなかなかに好評だ。
いや、大好評といってもいいかもしれない。
連日冒険者達が持ち帰ってくる素材を即行で仕分けしてアーロイの所に持って行き、出来上がった奴を持ち帰って予約者に連絡する日々。
売れるのはいい事だが、問題も結構出ている。
まず強度の問題。
レンズはともかく素材が合金のため変形がしやすい。
サングラスと違ってかけ外しが多いのでどうしても広がってしまうのだ。
加えて使用環境が多岐にわたるので、踏んだぶつけたって声が多い。
破損したまま工房に修理を依頼する人が出てきてマートンさんの工房の迷惑になりだしたので、仕方なくうちを修理窓口として開放することにした。
加工の傍ら工房仲間が修理を手伝ってくれているらしい。
「悪いな、マートンさんにまで迷惑かけて。」
「良いってことよ。冒険者は修理するよりも買い替える奴が多いから、こうやって修理の練習ができるのは弟子達にとっても都合がいい。だが、ちょいと強度が弱すぎるな。」
「あぁ、アーロイも工夫してくれているが難しいみたいだ。」
「合金じゃなくて別の素材にしたらどうだ?」
「それも考えたんだが重たくなるんだよ。今と同じ重さでより強度が出るようにしたいんだが・・・無理だよなぁ。」
菓子折りを持ってマートンさんの所に謝りに行ったのだが、あまり怒っていないようで安心した。
通常使用で支障が出ている訳ではないのだが、イレギュラーな使い方に対応出来なければ客の心はすぐに離れてしまうだろう。
今は修理で対応できても、何度もそれが続くと面倒になるものだ。
「いっそのこと金属じゃない方がいいかもな。」
「どういうことだ?」
「うちは金属工房だが、どうしても知識や技術に限界がある。うちを頼ってくれるのはありがたいがほかの選択肢を考えたほうがいい場合もあるって事だ。」
「それは・・・。」
つまりうちを使うなっていう遠回しの警告・・・になるんだろうか。
いや、この人はそんなことをする人じゃない。
言う時はもっとはっきりと言うタイプだ。
「うちのアーロイを気に入ってくれているのはわかる。あいつもこの前のサングラスで自信を付けて以降良い感じに技術も上がってきた。だが・・・。」
「今の加工量には無理があるか。」
「サングラスの注文が来たら一気に破綻するだろう、そうなる前に次を探す方がいいと俺は思うね。」
「忠告感謝する。」
「あいつには俺からうまく言っておく。これからも頼ってやってくれ。」
「今度美味い酒を持っていくよ。」
「それなら甘いものにしてやってくれ、あいつは下戸だ。」
マジか。
それならとっておきのスイーツセットを持って行ってやることにしよう。
しばらくは加工してもらい、並行して新しい職人を探す。
それと素材もだな。
はぁ、ここにきてこんなことになるとはちょっと想定外だ。
何事もうまくいくってわけじゃないよなぁ。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「怒ってはいなかったが、素材と職人の変更を打診されたよ。」
「え、どういう事?」
「今のままじゃ不良品までは行かないまでも良品とは言いがたい。それはアーロイの腕が悪いんじゃなくてそもそもの強度の問題だ。ならいっそ素材を変えて作り変えてみたらどうかってのがマートンさんの意見だな。正直それは俺も思っていたが、まさか職人ごと変えろと言われるとは思ってなかった。」
「つまりあれですか、アーロイさんはもう作らないってことですか?」
「今すぐにじゃないが、そうなる。本人にはマートンさんが話してくれるそうだ。はぁ、参ったなぁ。」
ドカッと椅子に腰かけ、大きく息を吐く。
女たちが不安そうな顔で俺を見ていることだろう。
そんな事を思いそれぞれの顔を見るも、案外普通だった。
あれ?
「まぁ、仕方ないわよね。」
「そうですよ!それなら新しい何かを探せばいいだけです!」
「幸いここはダンジョンがありますから、魔物の素材には事欠きません。」
「使い方から察するに柔軟性が必要なようですね。多少引っ張っても踏んでも壊れないような素材で、かつ加工がしやすい物がいいでしょう。」
「そういった素材は・・・あ、安い方がいいですよね。」
おかしい。
落ち込んでいる俺をよそに女たちは非常にポジティブだ。
それどころか早くも改善する方法を模索している。
えっと・・・。
落ち込んでいるのは俺だけだったようだ。
「メルディは何か知ってるのか?」
「値段だけでいえばバーネロリスの髭が安くて柔軟性があります。それか、ブロンズタートルの甲羅は軽くて加工がしやすかったはずです。」
「ふむ、亀の甲羅か。」
「でもブロンズタートルはあまり数がいません。大量生産には向かないかと。」
「ならアイアンタートルは?あいつらすぐ増えるから数はいるわよ。」
「あれは甲羅が堅すぎて加工できませんよ。」
「あ~そっかぁ。」
昔は鼈甲のメガネとかあったよなぁ。
かなり高価だった記憶があるが、加工できなければ意味がない。
「加工し易くてさらに柔軟性がある素材か。」
「ギルドに聞いてみようか?」
「そうだな、とりあえず今は情報を集めるのが先決だ。それと、加工する人材もな。」
「人材はルティエ達に聞けばいいんじゃない?それかブレラさんとか。」
「では私とメルディ様でそちらを当たります、エリザ様とアネットさんはギルドを。」
「で、俺は図書館だな。」
「アレン様が呼んでおられました、恐らく拡大鏡の件でしょう。」
「んじゃま各自宜しく、夕方イライザさんの店集合な。」
「やった、シロウの奢り!」
まったく、普段から美味いもん食わせてやってるだろうが。
それぞれが分担場所へと分かれ、俺は図書館へと向かう。
「シロウだ、何か用か?」
「ちょうどよかった、奥にいるんだが来てくれないか?」
中に入り声をかけると、奥から返事が聞こえてきた。
本の塔を崩さないように隣りの部屋へと向かうと、渡した拡大鏡をつけたアレン少年が一心不乱に本を読んでいた。
「似合ってるじゃないか。」
「これは非常にいいものだな、最近細かい字が読みにくいと思っていたんだ。」
「ここが暗すぎるせいだろ?明るくしろよ明るく。」
「明かりは本の敵だよ。」
「で、俺に何の用だ?」
「まずはこれのお礼を、それと不満を言いたい。」
お礼はわかるが不満か。
どうせ壊れやすいとかだろう。
「礼は不要だ、いつも世話になってるからな。不満に関しては大方壊れやすいか何かだろ?」
「僕は壊れやすいとは思わない。だけど、ちょっと重いな。もう少し軽くないと僕の顔じゃすぐ下に落ちるんだ。」
「あ~、確かにデカいな。」
「自分で曲げることも考えたけど生憎と非力でね。女性にも人気のようだし、もう少し小さいのを用意したらどうかな。」
「貴重なご意見どうも。で、俺も相談があってきたんだ。」
「相談?」
「その不満を解消する為の知恵を借りたい。」
「ふむ、聞かせてもらおうか。」
夢中になっていたアレン少年の視線がやっとこちらを向いた。
ひとまず今の状況と改善に向けた動きを説明する。
適した素材はないか、どういった形がいいか。
その辺をひとまず話し終えた。
「と、いう感じだ。」
「ふむ・・・。」
唇に手を当てて悩むこと数秒。
「それならウルティミウムの樹液がお勧めだね。弾力性に優れ加工も容易、でも壊れにくい。レンズをはめ込むだけなら型板を作ってそこに流し込めば誰でも簡単に作れる。問題は樹液がすぐに固まってしまうことだけど、一定温度に保温できる魔道具があれば問題は解決するはずだ。」
「樹液か、それは盲点だった。確かに非金属なら軽いし加工も容易だな。」
「毒性もないから素人でも加工できるよ。」
「それなら職人を探す手間もないか。型板だけしっかりしたのを作ればいける・・・。よし、それでいこう。」
「いいのかい?仲間も聞いて回ってるんだろ?」
「もちろんもっといいやつがあればそれを採用するさ、あくまでもここではそれを採用する。助かったよ。」
「改良版が出来たらすぐに持ってきてくれ、お代はそれで結構だ。」
「そうさせてもらう。」
「じゃあ僕は忙しいから。久しぶりに本が楽しく思えるんだ、時間が惜しい。」
そう言って再び本に視線を戻すアレン少年。
その邪魔をしないように、静かに図書館を出てイライザさんの店へと向かうのだった。
「と、言うことなんだがそっちはどうだった?」
「それなりにあったけど、樹液は想像つかなかったわ。」
「どれもいい素材なんですけどその分単価も上がるんです。」
「それと、金属系や魔物の素材は扱える方が少なくて。」
「つまりはいい感じじゃなかったと。」
ひとまず報告を聞いてみたが結果はいまいちだったようだ。
となると、選択肢は一つしかない。
「ではシロウ様の案でいくとして・・・。」
「樹液の確保は大丈夫よ、あそこは新人でもいけるし保温用の道具さえこっちで用意すれば問題ないわ。」
「ってことは単価も下げられるな。」
「金型を作るとのことですが、引き続きアーロイ様にお任せしますか?」
「一応そのつもりだ。迷惑かけたのはこっちだし、型を変えれば形も変えられるだろうから、その辺のセンスはあると思っている。」
「ではそれはシロウ様にお願いするとして、製作を誰に頼むかですね。」
「アレンの話じゃ素人でも問題ないらしいが、ひとまず自分でやってみてからだな。簡単なら奥様方に任せることも出来るし、ガキ共でもよさそうだ。」
作業が少なければ少ないほど、人件費も圧縮できる。
必然的に単価が下がるのでその分販売価格も抑制できるだろう。
安くなれば数が売れる。
今回の改良はある意味成功だったかもな。
その日は夜遅くまで改良について盛り上がり、翌日から実際に動き始めた。
上手く行ったかって?
それは聞く必要ないと思うけどな。




