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419.転売屋は研究者のもとを訪ねる

「マリー様アニエス様、シロウ様をよろしくお願いします。」


「ご安心を、お二人の身は私が責任を持ってお守りいたします。」


「まぁ、道中変な魔物はいないし、盗賊が出ても彼女なら大丈夫でしょ。」


「こっちは任せてくださいね、メルディさんと一緒に頑張って調べておきますので。」


「が、頑張ります!」


女達に見送られながら、アニエスさんの操る馬車はゆっくりと動き出した。


心配そうなうちの女達をよそに、横に座るマリーさんは偉くご機嫌なご様子。


そんなに旧友に会えるのが嬉しいんだろうか。


「悪いな、運転まで任せて。」


「それが仕事ですので。到着までしばしかかります、ごゆっくりお寛ぎください。」


「寛げって言ってもこの荷物だからなぁ。」


「材料に販売分の素材、これでどのぐらいの稼ぎになるのですか?」


「材料に儲けはないが、卸す分はそうだな・・・金貨2枚って所か。」


「あまり儲からないのですね。」


「普通に考えたら多いんだが・・・そうだなこの冬までと考えれば少ないな。」


馬車にはいつものように大量の素材が詰め込まれている。


主に化粧品用の素材だが、他にも街で売るための物も積んである。


それを全部売り捌いて金貨2枚、それと向こうで買い付けが上手くいけば同じく金貨2枚といった所だろう。


わずか一往復で金貨4枚の儲けが出ると思えばかなりのものだが、後三か月で金貨300枚を稼がないといけない俺にとってはまだまだ少ない。


他の事業で定期的な収入があるとはいえ、せいぜい一月に金貨20枚が良い所だ。


何もせずにそれだけ稼げれば十分かもしれないが、俺にとっては少ない。


年間金貨480枚に加えて自分で金貨500枚売らなければ年商金貨1000枚には届かないんだよなぁ。


今後も今回みたいにぽんと2000枚要求される可能性もあるんだ、出来るだけお金は増やしておきたい。


なんだかんだで税金で金貨300枚近く取られるわけだし。


因みに収入の内訳は、ハーシェさんが金貨6枚、化粧品が金貨5枚、アネットが金貨5枚にビアンカが金貨3枚。


これにこの前の弁当で金貨1枚の合計金貨20枚。


後は不定期で入って来るルティエ達の仕入れがだいたい金貨3枚と野菜関係はあんまり収入にならないんだよなぁ。


薬草はアネットの材料だし、仕込み用の野菜とかも大きな収入になるわけではない。


いや、サモーンの塩漬けもとい荒巻がお弁当屋に納品するようになったんだっけか。


あれで金貨10枚ぐらいになりそうだ。


加えてウールウールの毛糸も加工して高く売れそうだし・・・。


おや、案外何とかなる?


いやいや油断は禁物だ。


確実な線を狙って行かないと。


「ふふふ、シロウ様の百面相をこんなに近くで見られるなんて。」


「悪い、考え事をしていた。」


「どうぞ私の事は気にしないでください、シロウ様のお顔を見ているだけで十分ですので。」


「いや、そんなに見られても困るんだが?」


いつの間にか街から大分離れた所まで走っていたようだ。


荷物の隙間から後ろを見ても、地平線まで草原が続いている。


あと三時間ぐらいはこのままの風景が続くだろう。


「困るのであればいたし方ありません、時々見るようにします。」


「そんなにいいものじゃないと思うが?」


「それをお決めになるのはシロウ様ではなくマリアンナ様です。ちなみに私は中々の顔立ちだと思いますが。」


「そりゃどうも。」


「シロウ様はご自身をよく思われるのに慣れていないようですね。」


「そりゃそうだ、コレまでの人生でそんな風に思われることなんて数えるほどしかない。」


「皆さん見る眼がなかったんですね。」


「どうだかな。」


テンバイヤーと蔑まれ、取引相手にいい顔されなかったことなんてしょっちゅうだ。


それでも生きるために仕事は続けたが、俺に対してポジティブな感情を持っている人なんてほとんどいなかったんじゃないか。


だからこそ、過剰なまでに注がれる好意に戸惑ってしまうんだろう。


「俺の話よりもマリーさんの話を聞いてみたいものだ。カーラさんとはどういった繋がりなんだ?」


「せっかくですからお話しておきますね。カーラは私の本当の気持ちを知っている数少ない仲間で、王子である私に対してへりくだるわけでもなく、一人の友人として対等な立場で話をしてくれました。まぁ、彼女にとっては私は一種の観察対象だったのかもしれませんけど。」


「観察対象ねぇ。」


「男でありながら女の心を持つ、その苦痛は同じ境遇にいないとわからないと思います。でも彼女は同情するわけでもなく、興味だけで私と付き合ってくれました。そんな中である日『ロバートが女で良かった、おかげで気を使わなくて済む』そう言ったんです。彼女自身が男性をあまり好まないようで、見た目は男でも中身が女の私が好都合だったのかもしれません。あんな感じですけど美人ですから、寄って来る男を避けるのに都合よかったんでしょう。」


「男よけ、なるほどな。」


「加えて彼女と私は共通の趣味を持っていました。コレはもうご存知ですよね?」


「話を書いていたんだっけか?」


確か今の姿もその書き物から想像したと聞いている。


理想とする女性、なりたかった本当の自分。


それを二人で書いていた物語に登場させていたとか。


まぁその辺に関しては趣味の世界だ、俺にはよくわからん。


「そうです。そのおかげで今の私がいるわけですね。」


「つまりは数少ない憩いの場所、だったわけだな。現実を忘れそのときだけは本当の自分になれる。」


「はい。もしカーラがいなかったら、気が狂っていたかもしれません。そしてシロウ様も。」


「俺が?」


「シロウ様が願いの小石を集めてくださらなければ、今頃心を殺して好きでもない方と結婚していたでしょう。そして望みもしない行為をして、子を成していた。いいえ、そもそも出来なかったかもしれませんね。だって勃たなかったんですもの。」


「おいおい。」


「本当の事です。国王陛下もまた随分と心を痛めておいででした。」


健全な体でありながら心が女性であることで男性的な反応を拒絶したのか。


それでも勃起しないとかありえる・・・のか。


EDとか精神的な部分から来るって言うし、女である自分が勃起するなんてありえないことだもんな。


「アニエスには随分と迷惑をかけましたね。これでも色々と頑張ったんですよ。」


「私の着替えを覗いたりと色々と工夫されていましたね。」


「ふふ、そうですね。まったく興奮しませんでしたけど。」


「そりゃ当然だ、同性が着替えているだけだからな。好意を持っているならばまだしも、そうじゃない相手の着替えで興奮していたら世話ないさ。」


「もし今の体にならなくても、もっと早いうちにシロウ様と友人になっていたらあんなに苦しい思いをしなくてもすんだかもしれません。」


「そうかもしれないがそれは可能性の話だろ?現に女の体になり満足しているわけだ、そしてカーラと仕事が出来ている。今回は新しい化粧品について考えるんだったな。」


「そうなんです。冬に向けて既存の化粧品よりももう少し保湿力の高いものを作ろうと思ってまして。現にそういう要望も増えていますから。」


「前の乳液じゃダメなのか?」


「確かにそれでもいいんですけど、せっかくの冬なんです。それにあわせたものがあってもいいと思いませんか?」


つまりは新作を出して今まで以上に儲けよう!ってことか。


マリーさんはマリーさんなりに俺の為に動いてくれたわけだな。


じゃあ俺もそれに答えなければ。


といっても、素人の俺じゃ専門的な話にはまったくといってついていけないけどな。


「俺は儲かればそれでいい。正直、乾燥がどうのといわれても想像できないのが本音だ。」


「確かにシロウ様はお肌がツヤツヤですね。」


「おいおい触るなよ。」


「お若いからでしょうか、ひげもあまり目立ちません。特別何かされているとか?」


「確かにこの体になってから髭剃りの回数は減ったが、生えてないわけじゃないぞ。」


「でも前の私よりも少ないですよ?」


「体質の問題だろ。」


いきなり顎を触ってくるものだからドキッとしてしまった。


元男とはいえ、今のマリーさんは完璧な女性。


出るところ出てるし何よりも美人。


加えて自分に好意を持っているとなったら意識しないわけにはいかない。


俺が一線を越えずに済んでいるのは元がロバート王子だからというだけだ。


それも実際の接点が少なかっただけに随分と記憶から消えてしまっている。


女たちはさっさと抱けばいいのにとうるさいが、向こうは王族だぞ?


あ~今は王族じゃないんだけども・・・。


ともかくあの国王が何を言うかわかったもんじゃない。


お目付け役兼監視役として来ているアニエスさんが何を言うか・・・。


「あ、また。」


「次は何を考えられたのでしょう。」


「気にしないでくれ。」


「私の事ならうれしいですね。」


「ご一緒に私も思ってくださるといいのですが・・・。」


「頼むから勘弁してくれよ。」


「冗談です。いえ、冗談じゃないかもしれません。」


まったく、俺をからかって楽しんでるな。


困った人だ。


その後も二人からきわどい発言が何度も飛び出し、それを必死で躱しているうちに隣町に到着していた。


が、様子が少し変だ。


「なんだこの空気は。」


「妙に乾燥していますね。」


「川があるからそこまで乾燥しないはずなんだがなぁ。」


道行く人が皆、顔に何かを巻いている。


「あら、シロウさんじゃないの。」


「げっ。」


「ナミル様ですね、お初にお目にかかりますマリアンナと申します。」


「あら・・・あなたは確か、カーラの化粧品を売っている方でしたわね。」


入り口で馬車を止め、辺りを見回していると奥から女豹がやってきた。


その顔にも薄い布が巻かれている。


「これはどういう事なんだ?」


「カーラさんのところに行くのでしょう?詳しい話もしてあげるから一緒に乗せて行って下さる?」


「それは構わないが・・・。」


「まったく、せっかくのお肌がボロボロになってしまいますわ。」


文句を言いながら馬車に乗り込んでくる女豹ことナミル女史。


なんだかこっちも大変な状況のようだ。

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