418.転売屋は運動会に参加する
考えてはいるものの、なかなかいい案は浮かばない。
それでもいつものように仕事はあるし、さらに言えば二ヶ月で金貨300枚を稼ぐ準備もしなければならない。
やるべきことが盛りだくさんだ。
あれやこれやという間に三日が過ぎてしまった。
「シロウ、行くわよ。」
「行くってどこに?」
「決まってるでしょ外よ。この三日間まともに外出してないじゃない。」
「仕方ないだろ、客は多いし金貨300枚を稼ぐ算段を立てなきゃならないんだ。普通のやり方じゃ間に合わないのはわかってるだろ。」
「それはわかるけど、そのせいで付き合ってるメルディもアネットもフラフラよ。」
「わ、私は大丈夫です!」
「御主人様のお役に立てるのなら大丈夫です。あと二日はいけます。」
メルディとアネットは即答したがその声に覇気はない。
う~む、さすがに無理させ過ぎたか。
メルディにはここ数年の取引履歴を聞き続けたし、アネットには冬に向けた薬の備蓄を確認させていた。
別に今しなくてもいい仕事に加え、自分たちの仕事もある。
この前ミラに無理をさせてしまったというのに、俺も気をつけないと。
「すまん、俺が悪かった。」
「わかればいいのよ。二人共今日はゆっくりしていいわよ・・・と言いたい所なんだけど。」
「何かあるんですか?」
「運動会の日なのよね。」
「は?運動会?」
「そ、運動会。疲れてるだろうけど凝り固まった体をほぐすにはちょうどいいわ。もちろんシロウも参加する事。」
「いやいや参加しないし。どうせ冒険者の力自慢大会になるだろ?」
「そこはちゃんと考慮されてるから。冒険者部門と住民部門、私は冒険者の方に出るからシロウ達は住民の方で頑張ってね。じゃ私もう行くから!」
嵐のようにやって来たエリザは来たとき同様嵐のように去って行ってしまった。
運動会なぁ。
何十年前の話だよ。
「運動会ですか。」
「らしいな。メルディは出たことあるのか?」
「もちろんありますよ!参加賞だけでも結構豪華なんですよね。」
おかしいなぁ、この街に来てはや一年。
去年は運動会なんてなかったはずなんだが。
っていうか準備に声がかからないのも珍しい。
「でも去年はなかったよな。」
「大体二、三年に一度って感じなので、なかったと思いますよ。」
「何て適当なんだ。」
「そんなもんですよ。」
「どんな競技があるんですか?」
「綱引きとか借りもの競争とか、あ!城壁の外でマラソンとかもありました!」
「定番だなぁ。」
「シロウ様はどれに出ますか?」
「いや、出ますかって・・・。」
出来れば出たくない。
出来ればじゃない、絶対にだ。
だが出なければエリザがうるさいだろう。
「シロウ様お迎えにきました。」
とかなんとか三人で話していると、店の入り口がバン!と開かれ、仁王立ちしたミラが立っていた。
そう言えば朝から姿が見えなかったが、まさかこの為に?
「え、迎え?」
「エリザ様に言われませんでしたか?今日は運動会の日ですよ。」
「いや、話には聞いたが本当に出るのか?」
「もういくつかエントリーしていますから、お早くお願いします。」
「マジかよ。」
「メルディ様もアネットさんも行きますよ。」
「わかりました!」
「すぐに行きます。」
二人が素早く立ち上がり、俺よりも先に店の外へと駆け出していく。
早く外に出たかったのか、それとも実はグルだったのか。
まぁ今となってはどっちでもいい話だ。
たまには体を動かすのも悪くはないだろう。
後々でやっぱりやめましたってなると迷惑になる。
一応その辺も気にするタイプなんだよ。
入り口の戸を抑えながら笑顔で俺を待つミラの所へゆっくりと進む。
「頑張りましょうね、シロウ様。」
「程々に頼むぞ。」
「それはシロウ様次第です。」
俺次第・・・か。
ミラに腕を掴まれ、若干引きずられるようにして街の中央通りへと足を向ける。
商店街はそうでもなかったのに、大通りだけはすごい活気だ。
冒険者が気合十分なのは近い出来るが、何故住民までこんなに盛り上がっているんだ?
「あ、シロウさん!やっと来ましたね。」
「連れて来られたが正しいな。」
「どっちでもいいじゃないですか、せっかくの大騒ぎ何ですから楽しんだもの勝ちですよ。」
普段は実行委員的なポジションにいるはずの羊男が、頭に鉢巻をつけ動きやすそうな格好をしている。
なんていうか短パンが似合わないなこいつは。
「その格好ってことは、参加するんだよな?」
「もちろんです。っていうか、全ギルド職員は強制参加です。」
「パワハラじゃないのか、それ。」
「この街で運動会を楽しみにしていないのはシロウさんぐらいなものですよ。」
「そもそもある事すら知らなかったんだが?」
「そうでしたっけ?」
「はぁ、知ってること前提かよ。」
「これだけ盛り上がるイベントなのにシロウさんが来ないのはおかしいなぁって思ってたんです。」
「参加した所で儲ける場所はなさそうだけどな。」
「あ、そうか。お弁当事業は手放したんでしたね。」
運動会と言えばお弁当。
確かにこの騒ぎを知っていたら俺も一枚噛んでいたかもしれないが、今となっては後の祭り。
それに事業を手放したんなら俺がしゃしゃり出るのもおかしな話だ。
向こうは勝手にやって勝手に儲けを出すだろう。
今回は純粋に参加者として楽しませてもらうとするか。
「ミラ、俺は何にエントリーしているんだ?」
「障害物競走とリレーと借りもの競争です。」
「・・・最後のはともかく最初の二つを選んだ理由は?」
「足早いですよね。」
「早くはない。」
「でも走れますよね?」
「それはまぁ。」
「でしたら大丈夫です、シロウ様なら。」
大丈夫の根拠はいったい何なんだろうか。
最近ミラの俺に対する期待値が高すぎるように思うんだが。
俺はスーパーマンでも勇者でもなんでもない、ただの買取屋だ。
そりゃ足があるんだから走れるさ。
早いかどうかは別だけどな。
「障害物競走を開始します、参加者は中央にお集まりください!」
「シロウ様、出番です。」
「御主人様頑張って下さいね!」
「はぁ、とりあえず行って来る。」
「私も行きます!」
どうやらメルディも参加するらしい。
一か所に集められ簡単な競技内容の説明を受ける。
文字通り大通りに設置された障害を越え、一番最初にゴールした人の勝ち。
人数が多いので総合一番を決めるのではなく、開始ごとの勝者に商品が渡されるそうだ。
因みに障害物競走の商品はワイルドボアとビックカウの肉詰め合わせ。
参加者は・・・皆街の奥様方だ。
男が居ねぇ。
「珍しいわねぇ、この競技に男の人だなんて。」
「良く見たらシロウさんじゃない。」
「そういえばさっきミラちゃんがエントリーしていたわよ。」
「ということは、シロウさんがミラちゃんの代わりに出るのね。」
「いい所見せたいだなんて、妬けるわねぇ。」
一緒に参加するであろう奥様方がヒソヒソと話をしている。
妬けるとかよくわからない事を言っているが気にしないでおこう。
いきなり走って筋を痛めるのもあれなのでしっかり準備運動をしていると、先頭チームが競技を始めた。
遠巻きながらそれを見るのだが・・・。
「は?」
思わず変な声が出る。
見た目はどこにでもいる奥様方が、よくわからない身のこなしで目の前の障害を越えていく。
えっと・・・。
これが普通なのか?
「みんな張り切ってるなぁ。」
「なぁメルディ、あれが普通なのか?」
「普通ですよ。」
「マジか。」
「だってダンジョンのある街なんですよ?これぐらいできなくてどうするんですか。」
「な、なるほど?」
「もちろん皆が皆こんな感じじゃないですけど・・・。」
「ちなみにメルディはどうなんだ?」
「それなりですね。」
それなりね。
その後も俺の想像を超えるポテンシャルを発揮する奥様方の実力を目の当たりにし、俺のテンションは急降下。
もちろん順番が来ても最下位だったのは言うまでもない。
その後も出場する種目で負け続け、唯一勝ち星を挙げたのが借りもの競争だった。
箱の中に手を入れて、同じものを取りに行くという簡単なルール。
鑑定スキルのある俺はむしろ出場しちゃいけないんじゃないかと思ったが、他の奥様方もなかなかの反応速度でなんとか勝ち取った勝利だった。
「お疲れ様でした。」
「なぁミラ。」
「なんでしょうか。」
「何故参加させた?」
「随分と煮詰まっておいででしたので、気晴らしに良いかと。」
「はぁ、次からは事前に教えてくれ。」
「畏まりました。ですが、少しは気が晴れましたか?」
「おかげさんで。」
久方振りにから体を動かしたからか、随分と体が軽い。
それと一緒に心も軽くなった気がする。
たまには運動も必要なようだ。
それでも、エリザ式ブートキャンプは遠慮する。
ジムで地道に体を動かすことにしよう、そうしよう。
そんなこんなで運動会は大盛況のまま幕を閉じるのだった。
エリザ?
自信満々な口ぶりの割にはどの競技でも優勝できずやけ酒していたなぁ。
ま、そんな事もあるさ。




