416.転売屋は屋敷を見に行く
「シロウさん、そろそろ買ってくれませんかね。来年の春には王都での生活が待ってるんです。」
「ってことはまだこっちだろ?ギリギリでいいじゃないか。」
「そういうわけにもいかないんですよ。ほら、新生活に向けて準備しないといけないんで何かと物入りなんです。」
「その為にこうやって身辺整理をしてるんじゃないかっと・・・。全部で金貨25枚だ。」
大量のガラクタ、もとい骨董品を全て査定して結果を提示する。
金額を聞き、何とも言えない表情をするウィフさん。
これでも譲歩した方なんだがなぁ。
「もう少し何とかなりません?」
「この辺の不要なやつを自分で廃棄してくれるなら金貨26枚にしてもいい。」
「ほとんど変わりませんね。」
「金貨1枚だぞ?それだけあれば並の冒険者なら半年は生活できる。」
「でも我々からしたら微々たる金額だ。」
「銅貨1枚を笑えば銅貨1枚に泣くって言うぞ、金は大事にしないとな。」
「面白い言い回しですが、確かにその通りです。世の中では銅貨1枚足らずに身を滅ぼす方もいるわけですしね。」
「そういうことだ。もっとも、この後大金を手に入れる貴方には関係ないかもしれないがな。」
答えを聞く前にカウンターの上に金貨を積み上げていく。
ウィフさんは25枚積みあがるのを確認してから、何食わぬ顔でそれを革袋にしまった。
この人にとっては本当に微々たる金額なのだろう。
貴族の全てがそうとは言わないが、この人は特に金に対して執着がない。
興味がないんじゃない。
あまりにも持ちすぎてありがたみがないんだ。
帰りに今の革袋を落としても別に必死になることはない。
流石に気落ちはするだろうが、それも少しの時間だ。
金が金を産む。
そのシステムが構築されているんだろうな。
「ところで、明日のお昼は空いているかな。」
「明日?特に何も用事はないが・・・。」
「じゃあ昼前に屋敷に来てくれ、昼食をご馳走しよう。」
「高い昼飯になりそうだ。」
「もちろん君の奴隷も一緒でかまわないよ、じゃあまた明日。」
今度は向こうが返事を聞かずに決めてしまった。
ふむ、いよいよ俺も年貢の納め時か。
屋敷の購入に関してはもう少し粘りたかったんだが、どうやらそれも許してもらえなさそうだ。
閉まる扉を見つめ、大きく息を吐く。
「終わりましたか?」
「あぁ、悪いな香茶まで準備してくれたのに。」
「よろしければどうぞ。片付けは私がやりますので。」
「それなら左のやつだけでいいぞ、右はガラクタだから裏庭に積んでおく。」
「本当にガラクタなんですか?」
「せいぜい銀貨1枚か2枚って所だし、壊れているものも多い。とはいえ、綺麗な奴もあるからほしければ回収していいぞ。」
さすが貴族だけあってガラクタもそれなりのデザインだったりする。
ただで捨てるのはもったいないだろうか。
いや、捨てる体で引き取ったんだしそれを流用するのはよろしくないな。
冷める前にミラの入れてくれた香茶を堪能してからガラクタを片付ける。
元々あった分も含めると結構な量になってきたなぁ。
「ただいまもどりました!」
「メルディか、早かったな。」
「途中でエリザ様が手伝いに来てくれたんです。」
「で、その本人は?」
「もうすぐ戻ってくると思うんですけど・・・。」
大型倉庫の整理をしていたメルディが昼前に戻ってくるのは珍しい。
さらにエリザが手伝いをするなんて明日は雨確定だな。
「ただいま。」
「エリザ様お帰りなさいませ。」
「メルディを手伝ったんだって?珍しいじゃないか。」
「向こうにいく用事があっただけよ。」
「大きな荷物が合ったので助かりました!」
「いくらドワーダでもあの木箱を一人は無理よ。」
「グリーンスライムの核ならいけると思ったんですけど・・・えへへ。」
「別に急ぐ仕事じゃないんだ、無理するなよ。」
「そういうわけには行きません!お給料もらっている分は頑張ります。」
俺に借金もあるわけだし頑張らない理由は無いか。
でもなぁ、予想以上に働いてくれるものだからそろそろ仕事がなくなってきたんだよなぁ。
そろそろ仕事を覚えさせてもいいかもしれない。
「ならその頑張りに対して褒美を出すのも雇用主の仕事だな。ってことで明日は倉庫整理を休んで一緒に動いて貰う。屋敷を見に行くぞ。」
「お屋敷、ですか?」
「え、とうとう買う気になったの?」
「ウィフさんから食事に招待されたんだ、断れるわけ無いだろ。」
「まぁそれもそうね。」
「全員で来てくれといわれているが、ついでにマリーさんとハーシェさんにも声をかけといてくれるか?」
「え、あの二人も?」
「もちろんアニエスさんもだ。意見を聞くなら多いほうがいいだろ?」
「女の人ばかりですね。」
「だってシロウだもの。」
別に女を囲いたくて集めたんじゃない、気付けばこうなっていただけの話だ。
いやまぁ、この状況に男を入れたくないという俺の独占欲も無いわけじゃないが、偶然だよ偶然。
屋敷を買うと聞いてミラが嬉しそうな顔をしている。
前々から屋敷を持つべきだと言っていたミラにとっては待ちに待った状況なんだろう。
その夜は終始ご機嫌なミラを横目に、若干憂鬱な俺だった。
そして次の日。
「やぁ、ようこそシロウさん。」
「大人数になってしまったが構わないだろ?」
「もちろん、そうなるだろうと準備はしていたからね。さぁ、皆さんどうぞ中へ。」
「「「「お邪魔します。」」」」
俺を含め総勢8人の大所帯が街の北部にある貴族エリア、その一角に居を構えるウィフ邸へと足を踏み入れるのだった。
「ひろ~い!」
「外から見るよりもずっと広いな。」
「人を出迎えることを考えましたら、これぐらいは必要だと思います。」
「誰を出迎えるんだ?」
「・・・さぁ。」
俺は買取屋で貴族じゃない。
出迎える人もいないわけじゃないが、ほとんどは寝に帰るだけの家だ。
それでこの広さは必要なのか?
「シロウ様でしたら王族にも知り合いがいますし、そういった方々を迎えるのであれば必要だと思います。」
「あ~リングさんとかか。」
「オリンピア様も国王陛下も喜ばれますよ。」
「隅々まで確認したわけではありませんが警備の観点からみてもこの屋敷は合格でしょう。」
「まだまだ見て頂きたいところはありますが、まずは食事にしましょう。食堂へご案内しますよ。」
満足気なウィフさんを先頭に屋敷を進むと、これまた大きな食堂に案内された。
よく見る長テーブルが中央に鎮座し、後は料理を並べるだけという状態でセッティングされている。
ウィフさんを含めても半分も使っていない。
30人ぐらいなら一斉に食事できそうな大きさだ。
「今日の為に王都から料理人を呼んでいます、気に入って頂けるといいのですが。」
「わざわざ呼び寄せたのか。」
「それだけ今日に期待していると思ってくだされば。」
「何か急ぐ理由でもあるのか?」
「ないわけではないんですが・・・。」
いつもならサバサバした感じで話すのに、急に話を濁したな。
つっこんでみてもいいもんだろうか。
「シロウ様にとっては大きな買い物です、何か事情があるのであればお話しいただけませんか?」
と、空気を読んだミラが俺の代わりに聞いてくれた。
さすが、出来る女は違うね!
「まぁ、まずは食事にしましょう!前菜も格別ですよ。」
せっかくミラが切り出してくれたものの、華麗にスルーされ食事が始まってしまった。
仕方がないので今は目の前の料理をおいしくいただくとしよう。
フルコース宜しく順番に出てきた料理はどれも素晴らしく、王都からわざわざ呼び寄せたという料理人の腕前はなかなかのものだった。
俺の知らない調味料がまだまだたくさんあるんだろう。
ウィフさんのように金が金を呼ぶようになったら食道楽で世界中旅してみても面白いかもしれない。
まぁ、今でも結構食道楽してるけど。
「はぁ、おなかいっぱいです。」
「大変美味しかった、料理人にもよく言っておいてくれ。」
「喜んでいただけたようで何よりです。この後は順に屋敷内を見て頂きますのでお付き合いください。」
「事情はまだ話してくれないようだな。」
「それとこれとは話が別ですので。どうするかお考えいただいた上でお話させていただきます。」
「なるほど。」
「じゃあ探検ね!」
嬉々とした顔でエリザが立ち上がる。
いや、探検って。
もう少し大人しくできないものかね。
「自由に見て回るほうがよろしいですか?」
「俺は案内してもらいたいが、そうじゃないやつらもいるようだ。構わないか?」
「大事なものはありませんし、見られて困る場所もございません。大丈夫です。」
「だ、そうだ。自由にしていいみたいだがくれぐれも物とか壊すなよ。」
「あはは、そういったものはシロウさんが買い取ってくださったので大丈夫ですよ。」
いやいや、そこにある壺も随分と高そうなんだが?
まったく、金に余裕のある人の発言は怖い。
二手に分かれ、アネット、エリザ、メルディの三人は探検と称して自由に見て回ることになった。
残りの俺達はウィフさんの案内で一部屋ずつ見て回る。
一階は応接室が二つに食堂と使用人の部屋が多数。
地下に大きな倉庫が二つあり、食堂下の倉庫には巨大な魔導冷蔵庫が導入されていた。
もう一つは備蓄を置く用の倉庫で牢屋とかはなかった。
ちょっと残念だ。
「裏にも倉庫があと二つ、それと馬房が三頭分ございます。裏口には馬車も横づけできますので出入りはそちらからも可能です。」
「かなりの敷地面積だな。」
「この街が出来てからの貴族なもので、管理する方は大変ですが・・・。」
「ちなみに使用人は何人いたんだ?」
「最盛期は12人程、私の代で6人に減らしました。手が回らず使用していない部屋は少し埃っぽいかもしれません。」
「やっぱりそれぐらい要るよなぁ。」
いったいどれだけの金がかかるんだか・・・。
家を維持するには本当に金がかかる。
一階を見て回った後二階へ。
二階にも応接室が一室あり、客用と個人の部屋が四つずつ。
一番奥に執務室と主人用の大きな部屋があった。
こんなに部屋があっても使い道に困るが、個人の部屋があるのは良い事だ。
今はミラもアネットも個人の部屋を持っていないし、これで私物とか置けるようになるだろう。
「製薬用の部屋も必要だな。」
「それは今のままで大丈夫ですよ。」
「わざわざ家でまで仕事したくないわよねぇ。」
「まぁ、確かにそうだな。」
「お気遣いありがとうございます。」
「使用しない部屋は好きに改造してくださいね、もう私の家ではありませんから遠慮なく。」
「いやいや、まだ買うとは・・・。」
「「買わないんですか?」」
ミラとアネットの声が綺麗にハモった。
え、みんな買う事前提なの?
さっき言ってた事情とかは聞かなくていいのか?
「どうやら購入を渋っているのはシロウさんだけみたいですね。」
「マリーさんもハーシェさんも購入に賛成となると、そうなるな。」
「いやぁ皆さん話が早くて助かります。」
「まだ決めたわけじゃないぞ、値段と事情とやらを聞いてからだ。」
「値段は正直言い値でいいんですけど・・・。まぁ、金貨800枚って所ですかね。」
「やっす。」
いやいや、金貨1000枚と言われても安いと思うぞ。
それを800枚って、どんな裏があるんだよ。
「え、安すぎます?」
「相場を考えれば金貨1000~1500枚が妥当かと。」
「その値段なら借金してでも買うわ。」
「何年かかるんだよ。」
「10年もあれば支払えるわよ、多分。」
「私とハーシェ様も一緒に頑張れば10年で行けそうですね。」
「えぇ、でもシロウ様への支払いもありますから・・・。」
「え、俺が買うんじゃないのか?」
「だって買わないんでしょ?なら私達で買うしかないじゃない。」
なんだかよくわからない流れになってきたぞ。
確かに金貨800枚なら買うべきだと思うが、別に買わないとは言ってないし・・・。
「とりあえず落ち着け。値段はわかった、あとは事情とやらだ。」
「その事情次第では買ってくださいますか?」
「確約はしないが聞くだけは聞こう。何があった。」
ウィフさんは姿勢を正し、俺の顔をまっすぐに見る。
その態度に自然と全員の姿勢が正された音がした。
「幼馴染を買って頂きたいんです。もしそれが叶うのならば金貨500枚でお譲りさせていただきます。」
ん?
助けてくれじゃなくて買ってくれ?
予想外の内容に一瞬頭が真っ白になる。
だが、それも一瞬。
続けて発せられる言葉を全員が固唾をのんで待つのだった。




