415.転売屋は買取を断る
弁当屋はダンジョンの外でも人気店になった。
よく考えれば当然だよな。
惣菜とかはたくさんあるし、テイクアウトをしている飲み屋も結構ある。
が、主食副菜がしっかり入った弁当を作ってる所ってほとんど無い。
そこに流行のコメと揚げ物をセットにした最強タッグが突如現れるんだ、売れるのも当然の結果だろう。
今や婦人会総出で弁当作りをしているんだとか。
元は未亡人の収入目的だったが、完全に一事業として成立してしまった。
まぁ新しい雇用が産まれたわけだし、俺には何もせずに金が入ってくる。
モーリスさんはコメが売れ、冒険者ギルドは素材が売れ、肉屋は食材が売れる。
あ、うちの畑の野菜もサラダ用に買ってくれることになったので儲けはもう少し増えるか。
「ねぇシロウ、こうなるのがわかってお弁当を作ろうとしたのよね?」
「そんなはず無いだろ。弁当はあくまでおまけだ。」
「またまた謙遜しちゃって。」
「いや、そんなんじゃないから。」
「街を歩けば色々な方にお礼を言われてしまいます、私達は何もしてないのでなんていうか申し訳なくて。」
「気にするなって、直に収まる。」
今は噂になっているから過敏に反応しているだけで、しばらくすればすぐに落ち着く。
人の噂は75日だっけ?
そんなにかからないと思うけどなぁ。
「そうだご主人様、先程竜宮館に行きましたら手紙を預かったんです。」
「手紙?レイラから・・・って感じじゃないな。誰からだ?」
「支配人様がお渡しすればわかると。」
「ふむ・・・。」
避妊薬の納品に行っていたアネットが支配人からもらった手紙。
特に約束とかは無いはずなので催促とかではないと思うんだけど・・・。
「ん?」
「どうかされましたか?」
「買取の依頼だ。事情があって素性は明かせないが支配人が保証人になってくれるらしい。」
「随分と面倒なことするのね。」
「素性を明かせないというのはどういうことでしょうか。」
「貴族か、それに近い商人か。娼婦の可能性もあるがわざわざ支配人を介するぐらいだ、よほど知られたくないんだろう。俺にも他の人にもな。」
ぶっちゃけ面倒ごとはごめんなのでお断りしたいのだが、他でもない大口取引先からのご依頼だ。
アネットが世話になっているわけだし、断るのもあれだろう。
「どうするの?」
「竜宮館に行けけばいいだけだし、さっさと行ってくる。」
「一緒に行く?」
「いや、そこまでしなくても大丈夫だ。向こうでの安全は保障してくれそうだし。」
「じゃあ迎えに行ってあげる。買い取らせて後で強奪、なんて可能性もあるでしょ?」
ふむ、それもありえる話だな。
何も無いって保証はどこにもないんだから、自分で出来る範囲で自衛するのは悪い事じゃない。
前みたいになる可能性だってある。
「わかった。迎えと買取金の運搬は任せた。行きはとりあえず一人で行く、色々寄る場所もあるしな。」
「かしこまりましたどうぞお気を付けて。」
「私もギルドに寄ったら追いかけるから。」
体一つで仕事ができるのも買取屋の楽なところだ。
柔らかくなった日差しを浴びながらまずはマリーさんの店に行く。
なんでも新しい化粧品を考えているそうなので、思いつくだけの意見を伝えその足でモーリスさんの店へ。
味噌が入っていたので追加を注文し、新米の入荷を確認した。
ふむ、次の入荷は23月か。
なんでもコメの良さがいろんな場所に広がり、まとまった数が入ってこないんだとか。
この街では幸いにも備蓄米が大量にあるので問題は起きていないが、今の需要を考えると気を付けたほうがいいかもしれない。
街の中でコメの取り合いとかやりたくないしな。
手土産用の緑茶を買ってから竜宮館へと足を向けた。
別に理由もなくウロウロしていたわけじゃない。
この前みたいに俺をつけ狙っている人がいないか確認するために寄り道していただけだ。
幸いにもそういう気配はなかったが、アニエスさんが護衛すると聞かなかったのでお言葉に甘えることにした。
「悪いな、こんなところまで。」
「マリー様の希望を叶えただけですので。化粧品の件、よろしくお願いします。」
「たまには気晴らしも必要だろう、先方には俺から伝えておくから返事を待つように伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
竜宮館の前で別れ、中に入るとタトルさんが直立不動で俺の事を待っていた。
「早速のご来店ありがとうございますシロウ様。」
「まぁ仕事だしな。」
「本来であれば直接本人とお話をするべきなのでしょうが、やむにやまれぬ事情がありまして私を介しての買取をお願いする形となりました。また、今回の買取については他言無用でお願い致します。」
「元々買取相手については触れないようにしているが、気を付けよう。」
「ありがとうございます。ささ、奥へどうぞ。」
余程素性を知られたくないと見える。
心なしか館内にも人が少ない。
人払いをしているのか、それとも出ないように命じているのか。
まぁ俺には関係のない話だ。
案内されたのは支配人室。
てっきり応接室だと思ったが、恐らくそちらを今回の依頼人が使用しているんだろう。
仕事が出来れば俺はどこでもいい。
「どうぞそちらにお掛けください。すぐにお品を持ってまいります。」
「わかった。」
部屋には先程入れられたばかりであろう飲み物が置かれていた。
湯気を上げながら柔らかな香りが部屋を満たしている。
いつもなら何も気にせず頂くところだが、なんとなく嫌な予感がするので今はやめておこう。
しばらくして、50cm程の青い宝石箱を持って戻ってきた。
箱にもいくつもの石が取り付けられ、見た目に高価な雰囲気を醸し出している。
「こちらをお願いします。」
「随分と高そうな品だな。」
「とある家に代々受け継がれているお品だそうです。」
「それを手放すって事はよっぽど金が入用なんだな。」
「そのあたりをお察し頂いた上で買取頂ければ・・・。」
「それとこれとは話が別だ。とりあえず中身を拝見しようか。」
箱が目の前に置かれ、ゆっくりと開けられる。
中に入っていたのはこれまたたくさんの石が飾られたティアラだった。
流石に素手で触るのは憚られるので、用意した手袋をつけてそいつに触れる。
『太陽のティアラ。中央にあしらわれたペリドットは身に着けた者に太陽の加護を与え、見た者はその者を崇めるだろう。所有者が登録されています。最近の平均取引価格は金貨750枚。最安値金貨390枚、最高値金貨1200枚。最終取引日は75年と119日前と記録されています。』
思わず触ることを躊躇ってしまうような品。
まさかこれほどの品が出て来るとは想像していなかった。
せいぜい金貨50枚ぐらいだろうとエリザにもそれぐらいしか用意させていない。
うぅむ見誤ったか。
「これほどの品を見るのは久々だな。まるで太陽がここに鎮座しているように見える。」
「私もそう思います。」
「これだけの品を持っているとはさぞ名のある名家なんだろう・・・っと、詮索はご法度だったな。」
「いかがでしょう。」
「値段をつけるのはなかなかに難しいが、普通に考えれば金貨400枚って所か。」
「そんなに安いのですか?」
「これだけの品になると買える人間が限られてくる。その人に拒否されるリスクを考えればどうしても価格は下げざるを得ないだろう。それにさっきの値段は普通に買い取った場合だ。」
「つまり?」
「今回の買取金額は金貨100枚。それ以上は出せない。」
買取金額を聞き、普段は冷静なタトルさんがピクリとも動かなくなってしまった。
まぁ、そうだよなぁ。
金貨400枚がいきなり金貨100枚になったんだ。
先方がどれだけの金額を望んでいるかは知らないが、さすがにこの金額でオッケーは出ないだろう。
「・・・理由をお聞かせいただけますか?」
「このティアラには所有者がいる。買い取った所で本来の効果を得られないのであれば、ただの豪華なティアラとして買い取るしかない。所有者をどうにかできるんなら金貨500枚で買ってもいい。」
「そうですか・・・。」
「先方との板挟みになるがそう伝えてくれ。間違いなく、拒否されるだろうがな。」
「せめて金貨500枚、それだけあれば何とかなると思ったのですが難しいようですね。」
「いつまでに入用なんだ?」
「明日までに。」
「さすがの竜宮館もそれだけの現金は持ち合わせていなかったか。」
「現金はあります。ですが・・・。」
「返す当てのない金を貸す義理はない。」
「そこまでは申しません。」
「だが即答だったな。おっと、これ以上は詮索になるか。」
タトルさんとしてもどうにかしてやりたい。
だが、戻っても来ない金を用立てるだけの義理はない。
だが、何もしないわけにはいかないので義理立てして俺を呼んでみたものの、結果はこのざま。
まぁ、すべては所有者がいるのが悪い。
物に罪は一切ない。
「お手間を取らせました。」
「いや、これも仕事だ気にしないでくれ。」
「店までお送りしましょう。」
「いや、エリザが外で待っているはずだ、気遣い感謝する。」
わざわざ店まで送るっていうぐらいだ、何かあると考えたんだろう。
やれやれ、面倒なことにならないといいんだがなぁ。
タトルさんに見送られて支配人室を出る。
長い廊下の先には応接室がいくつかあったはずだ。
見た感じこちらを覗いてくる気配はない。
階段を降りてエントランスに行くとエリザが俺に気づき手を振ってきた。
「待たせたな。」
「買取は?」
「不成立だ。」
「そ、じゃあ帰りましょうか。」
「大丈夫だと思うが帰りは警戒してくれ。それと、店に戻ったら警備に連絡するかギルドに依頼して店を監視するように頼めるか?」
「・・・やばいの?」
「わからん。わからんが随分とデカい相手のようだ。」
「わかった。アニエスさんにも連絡するわね。」
これだけの品だ、もしかするとマリーさんが何か知っているかもしれない。
とはいえ表立って動くと迷惑掛かりそうだしなぁ。
「それならマリーさんにこっちに来るように言ってくれ。そしたらアニエスさんも安心して動けるだろう。」
「はぁ、シロウがそこまで警戒するなんてよっぽどの品だったのね。」
「取り越し苦労だったと笑い話で済めばそれでいい。」
何かあって後悔するぐらいなら、笑って済ませる方がいいじゃないか。
竜宮館を出ると一瞬だけ鋭い視線を背中に感じたが、振り向かずにその場を離れた。
エリザが振り向くなと強く手を握ったからだ。
店に戻り警戒を続けたものの、その日は何もなく店に戻れた。
だが、帰りに感じたあの視線。
あれだけは妙に記憶に残ってしまった。




