41.転売屋は夜伽を要求される
「それで許しちゃったの?」
「財布は戻ってきたんだ、別にかまわないだろ?」
「アンタのお金だし私がとやかく言うつもりはないんだけど、さすがに金貨1枚も置いてくるのは人が良すぎるんじゃない?」
「うるさいな、俺だってわかってるって。」
店に戻ると作業は完了しており、エリザに戻るのが遅いと怒られてしまった。
何をしていたのかと問い詰められたので仕方なく事情を説明しただけなのだが・・・余計なお世話だっての。
実はあの後、去り際に金貨を1枚押し付けてきた。
金貨1枚あればそれなりの日数は食うに困らないだろう。
見た感じあまり儲かっているという感じじゃなかったしな。
名目は契約料みたいな感じに言ったのだが、エリザの指摘通りだ。
「ですがシロウ様の行いによってその子らが危険を冒すことはなくなりました。素晴らしい行いだと思います。」
「でも金貨1枚よ?」
「金額の大小などどうでもいいんです。シロウ様がそのようなことをされた、それが素晴らしいんです。」
「いや、そこまで褒められることじゃないと思うんだが・・・。」
褒められるのに慣れていないというかくすぐったいというか、ミラさんは俺を過剰に持ち上げる傾向にあるな。
そりゃ将来の買主になるかもしれないから当然かもしれないが、狙ってやってる感が全くない。
真剣にそう思っていそうでなんだか不安になる。
何が彼女をそこまでさせているんだろうか。
「ま、好きにして。とりあえず作業は終わったから私も帰るね。」
「あぁ助かった。」
「依頼料は立て替えてあるからまた明日頂戴。なんなら金貨1枚足してくれてもいいんだけど?」
「馬鹿言え。」
アハハと笑いながらエリザは宿に帰っていった。
立て替えるだけの金があるんだなと思ったのは内緒だ。
その金があるならさっさと金を返せ・・・いや、それはまぁいつでもいいか。
金の切れ目が縁の切れ目。
俺も随分と図々しくなったものだな。
「お疲れの所申し訳ありませんが作業報告をさせて頂いてもよろしいですか?」
「あぁ、頼む。」
「ハッサン様にお預かり頂いておりました荷物は全て移動完了しております。また、三日月亭にて保管しておりました在庫も同様に移動しておきました。こちらが目録となります、ご確認ください。」
ミラさんがサッと資料を一枚手渡してくる。
まるでエクセルで整理されたようなキチッとした並びだ。
これを手書きでやっているのか?
マジかよ。
「この商品化予定の項目は?」
「現状ではまだ買い手のついていない品々です。酒類や食品など自己消費もしくは三日月亭に卸すことのできるものは別の項目にまとめてあります。例えば本日発見しましたヴェルデペコラの糞などは金銭的価値も高く、早期に現金化してもよろしいかと思われます。お時間を頂けましたら、取引所の記録から概算も作成することが可能ですが、いかがされますか?」
「そうだな・・・。倉庫の整理が終われば後は店の準備だけだし任せてもいいか?」
「かしこまりました、明日の昼までにはご準備いたします。」
貴女これからレイブ氏の所に帰るんだよね?
それからって、徹夜でもするつもりなんでしょうか。
「そんなに早くしなくてもいいんだけど?」
「明日は居住部の清掃を予定しております、それをずらすわけにはいきませんので。」
「あ、そう・・・。」
「少し出ても構いませんか?すぐに戻ってまいります。」
「え、戻って来る?」
「はい。レイブ様より住み込みで使用して頂くようにと命令されております。」
つまり今日からミラさんがここに泊まる?
いやいや、準備も何もできてないんですけど。
俺も宿に戻るつもりだったし、この感じだと宿までついてくるよな、絶対。
そうなるとエリザとバッティングするわけで・・・。
見た目にはそんなに険悪な雰囲気じゃないけれど、女同士の相性って見た目じゃわからないんだよな。
下手に刺激するとあとが面倒だ。
うーむ・・・。
「ちなみにどこに?」
「取引所へ。」
「なら一緒に行くか。」
「ですがお疲れでは?」
「むしろ一人で行かせる方が不安なんで。」
「ご安心くださいシロウ様にご購入いただくまで逃げるようなことは決してあり得ません。」
いや、そうかもしれないけど一応預かりものなんでね。
金貨50枚の商品にもし何かあったらと思うと気が気でならない。
本人は気にしていないかもしれないが、なかなかの美人だ。
昼間のように素行の悪い連中が絡んでこない保証もない。
まだ何か言いたげなミラさんを言いくるめて夕暮れの街に繰り出す。
店から取引所はそんなに遠くない。
他にもいくつか調べたかった品物があるのでそれについての資料も一緒にもらっておこう。
「はぁ・・・こんな風にシロウ様と出歩けるなんて夢のようです。」
「一つ聞きたかったんだが、どうして俺なんだ?」
「もしやレイブ様から何も伺っていないのですか?」
「あの人からは、俺にぴったりの奴隷がいるとしか聞いてない。」
「まったく、ちゃんとお話しして頂けるという約束でしたのに困った方です。」
自分の主人だというのにそんな雰囲気を一切感じさせないこの物言い。
この辺もソレに関係しているんだろうか。
「で、聞いてもいいのか?」
「お答えしたいのは山々なのですが、これに関してはレイブ様よりお聞きいただけますでしょうか。私が直接お答えできる内容ではありませんので・・・。」
「そうか。」
「よろしいのですか?」
「聞けば済む話だろ?今度会ったときにでも聞くさ。」
と答えつつ、ぶっちゃけ面倒なだけなんだけど。
あの人の事だ、厄介者を押し付けてくるってことはないだろう。
そういうタイプの人間じゃないってことはなんとなくわかる。
「決してシロウ様にご迷惑をおかけすることはございません。それだけは信じてください。」
「まだ買うかも決まってないんだ、気にしてないさ。」
「そう・・・ですよね。」
本人からしてみれば必死にアピールしているつもりだろうが、俺はまだ買うと決めたわけでは無い。
あくまでも『お試し』ってやつだ。
それでもかまわないとレイブ氏も本人も言っていたんだからそれは守ってもらわないと。
ひとまず取引所に向かい、必要な資料をお願いする。
量が多くすこし時間が掛かるとの事だったので先に別の用事を済ませることにした。
「あの、どちらに?」
「市場だ。」
「何か御要り用の物が?それでしたら私が買って参ります。」
「いや、俺に必要なものじゃない。ミラさんに必要なものを買うんだ。」
「私の物?」
いい感じに首をかしげるミラさん。
うん、あのそばかす娘よりもミラさんの方がずっと色っぽい。
よかった、そっちの趣味は無いようだ。
「住み込むんならそれなりに物が必要だろう。」
「ですが先程はまだ購入する気はないと・・・。」
「それとこれは話が別だ。レイブさんから預かっている立場だからな、それなりの扱いはするさ。」
なんせ金貨50枚もする逸材だ。
本当はもっと高いらしいし、俺のところに来なかった場合の事を考えるとぞんざいには扱えない。
というのは建前で、俺が気になるからだ。
いくら奴隷とはいえ映画のようにぞんざいに扱うことは性格的にできなくてね。
「ありがとうございます。」
「必要最低限の物だけで申し訳ないが、自分で選んでくれ。」
銀貨を何枚か持たせるとすぐに別行動をとる。
別に一緒にいたかったわけじゃない、この時間だしさっさと自分の用事を終わらせたかっただけだ。
なじみの店に顔を出しつつ新居用の品を買い付けていく。
といっても今日は毛布と日用品ぐらいだ。
鍋や皿なんかは明日でも構わないだろう。
とりあえず今日は寝れたらそれでいい。
「じゃ、あとで宜しく。」
「わかった。」
こういう時顔なじみになっていると無理を聞いてくれるから助かるな。
普通ならその場で受け渡しだから宅配なんてしてくれない。
ありがたやありがたや。
保存食屋のオッチャンにも声をかけてみたが、やはり日用品店のおばちゃんは来ていないそうだ。
うぅむ、心配だなぁ。
「シロウ様お待たせいたしました。」
「あ、終わった?」
「はい。奴隷の身でありながらお気遣いいただき、ありがとうございました。」
手にしているのは申し訳程度の荷物。
本当に必要最低限の品しか買っていないようだ。
釣りを受け取り家路につく。
食器がないので食事は有り合わせの物ですませることにした。
パンと干し肉にワインとチーズというオッチャンの店のフルコースだけどな。
「御馳走様でした。」
「後片付けはお任せください。」
「じゃあお願い、上で休んでいるから後は適当にしていいよ。」
「ありがとうございます。」
頼んでいた毛布は夕食前に到着した。
本当ならベッド用のマットも買いたかったんだけどこれはこだわりたいので後日商店街の方で購入予定だ。
ミラさん用のベッドは無いので今日はソファーで寝てもらうことになっている。
俺がソファーなんてマンガみたいなことは言わない。
あくまでも俺が主人で向こうは奴隷。
そういう気遣いはむしろ迷惑だろうとの勝手な判断だけど。
寝室に入り堅いベッドに横になる。
あー早く三日月亭バリのベッドで寝たい。
人生の三分の一は睡眠時間っていうしその辺はこだわりたいよね。
腹が満たされればあとは寝るだけ。
三大欲求の残り一つは後日でもいいだろう。
三日月亭から運んでもらっていた荷物に着替えがあったので手早く着替え毛布にくるまる。
月明かりが良い感じで暗闇を照らしていた。
カーテンも買わなきゃな。
そんなことを考えながら眠りの淵に落ちていく。
「シロウ様、お情けを頂きに参りました。」
「・・・ん。」
「至らぬ所はございますが、どうぞお楽しみいただければ幸いです。」
「・・・・・・。」
「失礼します。」
落ちる途中で誰かの声が聞こえてきた。
それと同時に毛布をはがされる感触がある。
冷気が入り込み慌てて毛布を取り返した。
「キャッ!」
「え?」
取り返したはずの毛布は何故か暖かく、とても柔らかかった。
それはまるでエリザの胸のようで・・・。
いやエリザよりも柔らかいぞ。
落ちかけた意識を強引に引っ張り戻し、根性で目を見開く。
目に飛び込んできたのは月明かりに照らされた美しい裸体。
曲線のみで構成され、青白い光に照らされた胸はツンと上を向いていた。
「シロウ様、夜伽に参りました。」
取り返したはずの毛布は何故かミラさんになっており、俺に跨る格好で上から見下ろしていた。
夜伽にだって?
その単語、そして光景に下半身に血が集まるのを感じる。
俺も若いな。
そんなバカなことを考えつつ、俺は言葉を発した。




