406.転売屋は契約する
翌日。
レイブさんに事情を説明して、転売女の借金を肩代わりすることになった。
本来であればそれなりの利益が出るはずだったのに、俺が借金を肩代わりしたもんだからレイブさんの儲けはゼロ。
いや、一応多めに代金は置いてきたので儲けは出ているはずだ。
借金は銀貨80枚。
支払ったのは金貨5枚。
本来金貨15枚で売ることを考えれば儲けは少ないが、ゼロよりかはいいだろう。
レイブさん的には銀貨80枚だけで良かったみたいだが、さすがに気が引けたのと後が怖いので多めに置いてきたというわけだ。
そして女の身柄を引き取り、店に戻ってきたと。
「あの。」
「いいから黙ってろ。」
「・・・はい。」
戻ってきたんだが店には誰もいなかった。
エリザはダンジョンだろうし、アネットは薬の納品だろう。
昨日そんな事を言っていた。
だが店番を頼んだミラがいないのはどういうことだろうか。
店には離席中を示す札がかけられていた。
つまり後で戻ってくるからちょっと待っていろというわけだ。
すぐに戻るつもりなんだろうが、一体どこに行ったのやら。
「そこに座って待ってろ、俺は準備をしてくる。」
「あの!」
「わかったな、待ってろよ。」
話を聞いてくれと言わんばかりの声だったが、残念ながら聞く気は無い。
今はな。
俺だけで話をしてもいいのだが、やはり男と二人きりというのは不安なはずだ。
もちろん買われる事がどういうことか、レイブさんの所でしっかりと教えられているとは思うが、それでもいきなり二人きりってのはさすがになぁ。
女を置いて裏に入り、水を一杯飲む。
はぁ、どうしたもんか。
「ただいま戻りました。」
色々と思案を巡らせる前にミラが戻ってきたようだ。
女の前を素通りして裏へと入ってくる。
「申し訳ありません、勝手に外出しまして。」
「いや、何か考えがあってだろ?何をする気だ?」
「まずは本人の意思確認、それが確認できましたら今度は仕事のお話になりますよね。そのための資料を取引所から借りてきたんです。」
「その紙の束、まさか取引資料全部か?」
「全部ではありませんが必要だと思う分は。」
「最初は倉庫整理じゃなかったっけ。」
「金貨5枚も支払ってそれだけというのは勿体なさ過ぎます。今後を考えて早めに出来ることはしておくべきです。」
どうやらミラは彼女をみっちりと鍛え上げる気でいるようだ。
自分の代わりまではいかないが、せめて近いことは出来るようになってほしいんだろう。
こりゃ厳しい先輩の下で働くことになりそうだ。
「まぁ、まずは意思確認からだな。といっても選択肢は一つしかないわけだが。」
「買ってもらった立場で我侭を言う奴隷はおりませんが。」
「身分は奴隷じゃないだろ?」
「それもそうでしたね。」
「とはいえ立場はミラの方が上、もしそういう眼で見てきたら・・・。いや、とりあえず話をしてからか。」
始まる前から今後の事を考えても意味が無い。
案ずるは生むが易しっていうしな。
ミラと共に店に戻ると、転売女ははっと顔を上げ緊張した面持ちでこちらを見てくる。
「待たせて悪かったな、とりあえずそこに座ってくれ。」
「は、はい。」
「緊張する必要はありません、シロウ様はただ話がしたいだけです。」
「話、ですか。」
「メルディアーナさんの今後についてです。自分が今どういう立場に置かれているかご理解していますか?」
「えっと、借金を肩代わりしていただいたとだけ。」
「ではそこからお話させていただきましょうか。シロウ様、お願いします。」
「お、おう。」
まるで敏腕秘書みたいだな。
奴隷であることはミラの首についた隷属の首輪を見たら明らかだが、それを感じさせない勢いがある。
立場を明確にするには確かに効果的だろう。
「シロウだ。まぁ、自己紹介は不要だと思うが買取屋をしている。他にも色々とやっているが今はいいだろう。今回、レイブさんに無理を言って借金を俺が肩代わりすることにした。が、そのまま返済したんじゃレイブさんに申し訳ない。だから金貨5枚でお前を買った。だがレイブさんから買ってはいるが、あくまでも借金の返済だ。つまり身分は奴隷ではなく平民のまま、だから隷属の首輪をつけるつもりは無い。ただし・・・。」
「逃げるようであれば容赦なく追いかけ、生きていることを後悔させてあげましょう。」
「逃げません、絶対に逃げませんから!」
ミラの脅しの一言で見事に縮こまってしまった。
そこまでしなくてもいいんじゃないかなぁ・・・。
「話を戻すぞ。とりあえず平民という立場だがお前には金貨5枚分の借金がある。それを完済できれば自由の身、ここまでは理解したな?」
「でも、どうやって返済すれば・・・。」
「色々あるだろうがとりあえず二つのやり方がある。一つは、うちの倉庫整理だ。店の裏と街の北側にある大型倉庫。買取は多いんだが中々整理が追いつかなくてな、そこを管理して貰いたい。賃金は毎月銀貨20枚。少ないがその分拘束時間も少ない、余った時間は好きに使って貰ってかまわないぞ。それと、前に住んでいた家は引き続き契約されているから安心してくれ。そこから通ってもらう。」
「住み込みじゃないんですか?」
「家賃は半分出してやる、あと昼食代もだそう。おやつは自腹で頼むな。」
「コレだけの支援をしてくださるんです、サボる気は起こさないことですね。」
「サボりません!」
はい、再びの脅しが入りました。
完全に鬼教官の立場だな、ミラは。
「とはいえ、いくら家賃補助があっても賃金だけで借金を返済するのは難しいだろう。そこで二つ目の方法だ。今まで同様ここで商品を買い、それを売って利益を出せ。」
「え?」
「失敗こそしたがそれなりに稼いでいたようじゃないか。生活基盤があれば無理な儲けを狙わなくてもいいわけだし、地道に稼いで少しずつ借金を返せばいい。どうだ簡単だろ?」
「あの、怒らないんですか?」
「それならやり始めた頃に文句を言ってる。中々賢い商売だと思うぞ、鑑定スキルもなしによくやったもんだ。」
「こちらでも色々と調べさせて貰いました。取引所に通いつめ、利益の出そうな商品を自分で探していたようですね。昔からそういうのは得意なのですか?」
「得意ってわけじゃないですけど、一度調べたら忘れないので。」
「忘れない?」
「はい。記憶力だけはいいとお母さんに褒められました。」
記憶力がいいで済む話か、それ。
アレン少年もそうだが、この世界の住人には変なやつが多いなぁ。
「つまり一度調べた素材の値段はすべて把握しているわけだな?」
「おおよそは、ですけど。」
「よかったなミラ、準備は無駄にならなかったみたいだぞ。」
「そのようです。」
「えっと・・・。」
二人で顔を見合わせニヤリと笑う。
その光景を見た彼女は怯えたように苦笑いを浮かべた。
「まぁ、その話はおいおいでいいだろう。とりあえず提案した二つのやり方で金を稼ぎ、金貨5枚を完済したら自由の身だ。その後どうするかは好きにしてくれ。ただ、そこまで出来るならこちらからも色々と用意はある。」
「用意というのは?」
「仕事の出来次第では継続して契約してもいい。その場合は実力に見合った賃金を約束しよう。福利厚生もしっかりするのがうちのモットーでね、食うには困らせないつもりだ。」
「お仕事くれるんですか!?」
「やる気と実力が見合えばな。完済するまでの間に進歩がなければ再契約は無しだ、借金返済の間にせいぜい勉強するんだな。」
「シロウ様はこの街で一、二を争う商人です。女性の扱いも丁寧で、私のような奴隷にも優しくしてくださいます。これ以上の好待遇はないと思ってください。もちろん、貴女が自由の身になりたいのなら話は別ですが。」
自由の身になるという事はまた不安定な日々に戻るという事だ。
彼女がそれを望むならそれはそれで仕方のないことだが、いつ食うに困るかという恐怖はなかなか拭えるものではない。
「以上の条件で良ければ従業員という形で契約する用意がある。もちろん、他の手段で金を稼ぐというのなら止めはしない、娼婦になるという手もあるし、他に知人がいてそこで雇ってもらえるのであればそうすればいい。俺は返済さえしてくれれば文句はない。」
「そんな人・・・いません。」
「家族は?」
「随分前に死にました。」
「ならばシロウ様の誘いに乗るのが一番でしょう。最低限の生活、いえ、それ以上の生活を保証いたします。」
ここで働きさえすれば生活に困ることはない。
これ以上の誘惑は今の彼女にないだろう。
その証拠にもう答えは出ているようだ。
「他にはどんなお仕事をすればいいんですか?」
「基本は倉庫整理、仕事に慣れ、ある程度の知識がついてきたら買取補佐。最終目的地は俺達が不在時の買取業務だ。」
「え、私一人でですか?」
「その為に知識を蓄えるのです。武器や防具はともかく素材を覚えさえすれば何とかなります。私もここに来たときは鑑定スキルを持っていませんでした。」
「それでも立派に仕事をしていたな。」
「奴隷として買って頂いた以上、シロウ様のお役に立つそう決めていましたから。」
だから毎日必死になって勉強していた。
それこそ、俺が寝た後もずっとだ。
それは鑑定スキルが手に入った後も変わらない。
夜の担当がない時に取引所の履歴を調べているのを俺は知っている。
「頑張れば私にもできますか?」
「もちろん可能です。むしろ、私以上に活躍できるかもしれません。」
「取引履歴を忘れないってことは、相場を理解できるという事だ。この仕事で一番大切なのは、商品を理解することと相場を把握すること。それさえできればいずれ独り立ちもできるだろう。」
「それは遠慮します。」
「とりあえず先程の条件で契約ってことでいいか?」
「はい。借金を立て替えて頂いた上にお仕事までいただけるんです、これ以上望むなんて贅沢すぎます。」
「よくご理解しているようで何よりです。」
「仕事に関してはミラに任せるからいう事を聞くように。間違っても奴隷だからと思うんじゃないぞ。」
「思いません!」
即答だった。
この感じならミラやアネットに対して粗暴な態度を取ることはないだろう。
二人とも奴隷ではあるがかなりの実力者だ。
この街で軽んじている人はほとんどいない。
「それでは、メルディアーナさん。」
「メルディと呼んでください。」
「ではメルディ、この契約書にサインを。終わりましたら他にも把握したいことがりますので奥へお願いします。」
「わかりました。」
「宜しく頼むぞ。」
「はい!」
今まで奴隷ばかりだったから給料を払うっていう習慣がなかっただけに、俺もいろいろと勉強しなければならない。
雇用保険とか労災保険とかあるんだろうか。
今度羊男に聞いておかないとな。
サインを終えたメルディが大きく息を吐き、書類をミラに渡す。
「結構です。これからよろしくお願いしますね、メルディ。」
「宜しくお願いします!」
「では裏へ。シロウ様、店番をお任せします。」
「詰め込みすぎるなよ。」
「ふふ、大丈夫です。」
まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように笑うミラ。
それを見て釣られるようにして笑うメルディ。
こうして初めての従業員がやってきた。




