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402.転売屋は遡上を見守る

「シロウ様、設営完了しました。」


「この前の大雨で流されたと思ったが、案外残ったな。」


「これだけ大きな石だもの、そうそう流れないわよ。」


「おかげで台所もすぐに作り直せましたね。」


いつものようにガーネットを採取するべく一泊二日のキャンプに出掛けた。


出発する二日ほど前に大雨が降ったとのことだったが、いつも使っている野営地の石組などは無事に残ったようだ。


おかげですぐにでも採取に入れる。


季節的に後二回ほどで採取は一旦終了になるだろう。


流石に寒い中で水に潜るのはつらいからな。


「水は引いているだろうが流れは強そうだ、気をつけよう。」


「命綱忘れちゃだめよ。」


「大丈夫だって。」


「ほんとかしら。」


流石に同じ轍は二度踏まない。


ほら、ちゃんと命綱つけただろ?


ドヤ顔で命綱を持ち上げると、やれやれと言う感じでため息をつかれてしまった。


ちゃんと付けたのに。


留守番をアネットに任せミラとエリザの三人で川へと向かう。


いつもより若干流れは速いが、これなら問題なさそうだ。


「雨上がりだし、それなりの数が流れ着いてるだろう。大きさを気にせずどんどん取っていくから仕分けの方お願いな。」


「おまかせください。」


「無理するんじゃないわよ。」


「この冷たさならまだ行ける。戻ったら毛布にくるまって暖をとるさ。」


命綱をもう一度確認して水の中へ。


口では余裕みたいなこと言っていたが、やはり冷たいもんは冷たいな。


さっさと終わらせよう。


うねうねと動く流れを読みながら滞留物が流れ着くであろう場所を探っていく。


ザクッとスコップで上の石をどけると、下から深紅の輝きが姿を現した。


豊作豊作。


腰に縛り付けた革袋に原石を詰めれるだけ詰め、命綱を引くと強い力で地上へと引きずり戻された。


「ふぅ、大量大量。」


「結構な量ね。」


「今回は数が欲しいから場所を変えながら何度もやるぞ。疲れたら上流でのんびり探すからな。」


「はいはい、次頑張って。」


新しい革袋を身につけ再び川へ。


場所を変えつつ10回ほど採取すると、さすがに冷えて来たので一度休憩しに戻った。


「う~さぶさぶ。」


「お疲れ様です、温かい香茶が入ってますよ。」


「助かる。」


一番焚き火に近い場所に椅子を動かし暖を取りつつ香茶をすする。


はぁ、身体の中から温まるなぁ。


「今回は大量ですね。」


「まだまだ採るぞ、休憩したら次は上流だ。」


「向こうも結構溜まってそうよね。」


「冬場は上流しか取れないだろうから今のうちに数を稼ぎたい所だ。他に採る人もいないし根こそぎやってしまおう。」


「では上流の準備はお任せを。シロウ様はもうすこし休憩してください。」


「私も行くわ。シロウは火に当たりながら仕分けでもしてなさい。」


「いいのか?」


「夕方までまだあるし、まだまだ働いてもらうからね。」


今日はそのつもりなので寧ろ構わないんだが・・・。


ま、いいか。


上流はミラとエリザにまかせ、アネット共に焚き火の側で原石の仕分けをする。


雨のおかげで大きめの原石が流れて来ていたのか、今回は良い感じの物が多い。


これならルティエ達も喜ぶことだろう。


販売開始からしばらく経つが、未だに王都では人気が継続しているらしく、化粧品無しでもしっかりと数字を残している。


春のチェリーアイアンも少しずつ人気が出てきているのだとか。


すごいよなぁ。


今や王都でも有名なアクセサリー職人だもんなぁ。


俺も鼻が高い。


「ん?」


一時間ほど仕分けをしていただろうか。


ふと、川の方からジャバジャバという音が聞こえて来た。


エリザ達は上流にいるから方向が違う。


何だろう、下流の方に誰か来たんだろうか。


「なんでしょうか。」


「わからんが・・・。」


「ちょっと見てきます。」


「大丈夫か?」


「魔除けは焚いていますし、それに少しは戦えますよ?」


「そう言えばそうだった。」


アネットは銀狐人だ。


それなりの修羅場もくぐっているし、身体能力も俺より高い。


俺が行くよりも安心だろう。


アネットが様子を見に行ったあともジャバジャバという音はどんどんと大きくなってくる。


しばらくすると興奮気味のアネットが側から走って戻って来た。


「ご主人様大変です!」


「どうした!」


「魚が!魚が下から登ってきました!」


「魚が!?」


のぼってきた?


ミラに比べると喜怒哀楽の表現が豊かなアネットだが、銀色の耳がこんなにも動くのは珍しい。


まるで玩具のようにピコピコと動いている。


「ともかく来てください!あ、そこの大きなたらいもお願いします!」


「網は?」


「そんなのいりませんよ!」


え、そんなレベル?


アネットに言われるがまま、仕分け用の大きなたらいを持って川辺まで走る。


そこには想像以上の光景が広がっていた。


魚魚魚。


さっきまで原石を探して潜っていた川を覆い尽くす程の魚が、遡上している。


何だろう、どこかで見た事のある見た目だ。


「鮭?」


「サモーンですね!」


「みたいだな。」


「すごい!遡上するのなんて初めて見ました!」


「海からここまで来ているのか?」


「そうだと思います。すごい離れているのに、魚ってすごいですね!」


こんな話をしながらも大量の鮭・・・サモーンが川を上っていく。


俺も遡上を見るのは初めてだ。


凄いなぁ、生命の神秘だ。


「シロウ!」


「シロウ様!」


「二人も見たか。」


「いきなりサモーンが登って来てびっくりしちゃったわ。」


「驚きました。」


「この感じじゃ当分採取は無理だろうなぁ。」


「ほとんど取り尽したから大丈夫よ。」


「そりゃよかった。」


さすが、わずか一時間少々で仕事を終わらせたか。


サモーンに荒らされてどうなることかと思ったが、できる女は違うな。


「所でシロウ様。」


「どうしたミラ。」


「サモーンを獲らなくてよろしいのですか?」


「え?」


「珍しい魚ですから高く売れますよ。」


「マジか?」


「マジです。持ち帰るのに限界はありますが、生け捕りにして明日の朝絞めれば町まではなんとかなるでしょう。隣町に寄って氷を貰えば大丈夫かと。」


確かにこの辺じゃ魚は珍しい。


生は流石に無理だろうけど新鮮な魚と干物では焼いてもアジが違う。


それにこのサモーンが前の世界と同じなら、色々と長持ちさせる方法もある。


買い付けた塩が役に立ちそうだ。


「その為にたらいを持って来たんじゃなかったの?」


「そうじゃないんだがまぁいいか。とりあえず今日食べる分だけ入れて他は生け捕りにするぞ。」


「網は?」


「河原に穴をあけてこっちに誘導する。念の為に持って来た土の魔道具が役に立ちそうだ。」


「生け簀を作るんですね。」


「そういうことだ。」


「じゃあそっちは任せるわ。アネット、晩御飯用にガンガン捕まえるわよ!」


「はい!」


どうやら今日の夜はサモーンのフルコースになりそうだな。


っと、そんな事よりも魔道具を持ってこなければ。


それから夕方頃までサモーンの遡上は続いた。


魔道具のおかげで意外にも簡単に穴が開き、そこに水を引けばあっという間に生け簀に早変わりだ。


捕まえるのもめんどくさく、直接川からサモーンを誘導してちゃんと排水路も作ってある。


そうじゃないと酸欠で死んでしまう。


明日の朝までは何とか生きてもらわないと。


「はぁ、疲れた。」


「お疲れ様でした。」


「エリザ達は?」


「ご飯の仕込みをしています。見てください、こんなに大きな卵が入っていましたよ。」


嬉しそうにミラが指差したのはいくら・・・じゃなかった筋子だ。


遡上してくるってことは腹に卵を持っているという事。


つまり、大量に捕まえたやつの中にも卵を持ったやつがいるということだ。


「それはいいな、帰ったら最高のご飯のお供を作ってやるよ。」


「それは楽しみです。」


「他にも色々と準備もしなきゃならない、できれば一度街に戻って塩を確保したいんだが・・・。」


「それは止めた方がいいかと。」


「何故だ?」


「アレだけのサモーンが遡上していたという事は、それ目当ての獣や魔物もこの川に押し寄せているでしょう。ここには前々から魔除けを焚いていますので大丈夫だと思いますが、他はそう言うわけに行きません。」


「なるほど。」


鮭目当てにクマが川に来るみたいなものか。


下手に動き回って襲われるのも困るし、今日は大人しくするしかないだろう。


「後で魔除けを増やしに行くつもりです。」


「俺も一緒に行こう、と言っても守れるわけじゃないけどな。」


「いえ、よろしくお願いします。」


その夜、いつもよりも森が騒がしかったのは気のせいじゃなかったんだろう。


とはいえこちらに特に被害はなく、生け簀の魚たちも翌朝まで元気に泳いでいた。


さぁ、帰ってからがお楽しみだ。


そろそろ新米の時期でもあるし、米を食べきっておかないとって思ってたんだよな。


ふふふ、モーリスさんの驚く顔が目に浮かぶぜ。

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