396.転売屋は転売屋に転売される
ある日の事。
一人の客がドアを開けて店内に入って来た。
「イラッシャイ。」
一声かけるも会釈を据えるだけで返事はない。
買取ではなく購入目的で店内をうろついたその客は目星の商品を持つとカウンターにやって来る。
「これをお願いします。」
持って来たのは一本の短剣。
『鉄の短剣。初心者冒険者が良く使うシンプルな短剣。銅製のものよりも重たいがその分強度がある。軽量化の効果が付与されている。最近の平均取引価格は銀貨3枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨6枚。最終取引日は三日前と記録されています。』
何処にでもあるシンプルな鉄の剣だが、軽量化の効果が付与されているので普通よりも素早く使う事が出来る。
前衛の補助武器もしくは盗賊のメイン武器として仕入れたやつだ。
店内に置いている商品の中では一番安いが、物としては悪くないだろう。
特に彼女のような女性が扱うのであれば。
「銀貨4枚だ。」
「ちょうどです。」
「確かに、そのままでいいか?」
「大丈夫です。」
ひょいとそれを掴むと軽く会釈をしてその女は店を出て行った。
因みにこれで五日連続だ。
「またあの子?」
「あぁ、今日は鉄の剣だ。」
「少しずつ高くなってるじゃない。」
「それだけ実力がついたんだろ。」
「わずか三日で銅の剣が鉄の剣よ?そんなに早く使いこなせるはずないわ。」
「そりゃそうだ。」
初日は銅の長剣。
それから毎日決まった時間に店に来ては、武器や防具を買って帰る。
が、どう見ても自分用じゃない。
そもそも冒険者ですらないような感じだ。
「で、どうするの?」
「どうするも何も客だろ?放っておくさ。」
「でも・・・。」
「むしろ今まで誰も考えなかったのがおかしいんだよ。俺が損してるわけじゃないし、今は様子見だ。」
「わかったわ、シロウがそう言うなら私は何も言わない。」
「今日もギルドか?」
「ううん、今日は巡回。ちょっと下層まで潜るから夜には戻らないかも。」
「しっかり準備していけよ。」
「わかってるって。何か欲しい素材はある?」
「もし焔の石が手に入るなら持って帰って来てくれ。今年の冬は寒いらしいから今の内から準備しておく。」
「私達の分もいるもんね、わかったわ。」
そう言うとエリザは二階へ上がり出発の準備を始めた。
「はてさてどうなる事やら。」
エリザをダンジョンまで見送り、いつもの日課をこなしてから取引所へ向かった。
いつもはミラに頼んでいるがたまには自分で相場を確認しておかないと勘が鈍ってしまう。
えぇっと・・・。
今年はどこも豊作で食料関係は軒並み値下がり、代わりに調味料関係は値上がりしている。
料理が流行っているんだろうか。
お、デリシャスキノコの依頼が出てるな。
いよいよシーズンが来たか。
買取価格を上げて持ってきてもらえるよう誘導してもいいかもしれない。
後は・・・。
ふと横を見ると先ほどの客が真剣な眼差しで取引情報を控えていた。
横に俺がいる事にさえ気づいていない。
チラッとメモをのぞき見するとグリーンキャタピラの糸について調べているようだ。
あれはいつでも依頼が出ているから初心者向けの依頼と言える。
だが彼女は冒険者じゃないんだよなぁ。
一体何に使うんだろうか。
あまり見過ぎてもあれなのでバレないうちに店へと戻る。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「デリシャスキノコの依頼が出ていた、そろそろシーズンのようだ。」
「では買取価格をあげますね。ギルドへは告知しますか?」
「素材じゃないしこれは良いだろう。まずは俺達の分を確保したい。」
「秋ですねぇ。」
ミラがあの美味いキノコを思い浮かべて珍しく表情を崩す。
それも仕方がないだろう。
あの美味しさは勝手に唾液が出てきてしまうぐらい鮮明に頭にこびりついているんだから。
「そういえば例の客が取引所にいたぞ。一生懸命グリーンキャタピラの糸について調べてた。」
「と、いう事は今日の分は売れたんですね。」
「売りやすい武器だし良い物に目をつけたな。」
「後でいくらで売れたか調べておきましょうか?」
「いや、そこまでしなくてもいいさ。」
「着実に稼いでいるようですが、大儲けまでは出来そうにないですね。」
「そういうやり方だからなぁ。後はいつ失敗するかだ。」
「失敗前提なんですか?」
「むしろしない方がおかしいだろう。俺ならともかく鑑定スキルも持ってなさそうだぞ、彼女。」
「それで転売ですか・・・。」
そう、彼女は転売屋。
俺の同業というわけだ。
気付いたのは彼女が店に来て三日目の事。
明らかに冒険者じゃない見た目なのに硬革の手袋を買って行った時の事だ。
最初は頼まれて買いにきたのかと思っていたのだが、どうも様子がおかしかった。
店中の商品を必ず隅から隅まで確認して、そして手ごろな品を買って行く。
それを三日も続けられたら誰でもおかしいと思うだろう。
退店後エリザに後をつけさせると、彼女は露店で先ほどの手袋を冒険者に販売していた。
俺から銀貨2枚で購入した手袋を銀貨3枚と銅貨50枚で売る。
それだけで銀貨1.5枚の儲けが出ていた。
それを見たエリザはどうしようか迷ったようだが、何も言わずに店に戻って来た。
もちろんそれを聞いた俺も何も言わない。
だってそうだろう。
やっていることは俺と全く同じことだ。
彼女を咎める理由がどこにある。
彼女に文句を言うなら俺はこの商売を辞めなければならない。
転売屋が転売屋から商品を仕入れる。
これは元の世界でもそれなりに行われていたことだ。
「むしろスキルもなしによく頑張っている方だろう。前途有望だな。」
「私も同じような事をして勉強しましたから、彼女の頑張りはよくわかります。」
「そういや鑑定スキルなかったんだっけか。」
「はい。シロウ様にこの指輪を貰うまでは。」
そう言ってミラは左手を胸の前で大きく開いた。
薬指に光るのは屋根裏で見つけた真実の指輪。
鑑定スキルが身につくとっておきの装備だ。
これが無くても仕事はできる。
ここに来た当初のミラがそれを証明していた。
「失敗してそこで辞めるのか、それともそれをバネに成長するのか。」
「まるで彼女の成長を楽しみにしているように聞こえます。」
「そりゃ期待もするだろう。同業が増えればそれだけ仕事がばらける。」
「普通は客を取られると慌てるところだと思いますが。」
「いいんだよ、楽が出来るならそれで。」
普通の商売であれば同業が増えると客を取られるので慌てるだろう。
だがうちは買取屋だ。
客が来れば金が出て行ってしまう。
もちろんその客が持って来たものを売って利益を出すわけだが、売るのにも時間と手間がかかるんだよなぁ。
買い取り以外で儲けを出せている現状では、必死になって客を迎える必要はない。
とはいえ買取屋を辞める気もない。
何事も程々が一番なんだよ。
それで前回大変な目にあったじゃないか。
そんな話をした三日後の事だった。
時間になって彼女が店に来たがどうも様子がおかしい。
いつもなら店内をゆっくりと回って品定めをするのだが、今日は足早にこちらへまっすぐに向かってきた。
「イラッシャイ。」
「買取をお願いします。」
「物は何だ?」
「・・・これです。」
そういいながらカウンターに乗せたのは丸い形をした盾だった。
バックラーと呼ばれるそれは攻撃を受けるのではなく受け流すのに使われている。
手元を隠したりするのにも使えるが、技量が必要なので初心者には少々扱いにくい商品といえるだろう。
『ラウンドバックラー。鉄でできており小型で扱いやすい。ひびが入っている。最近の平均取引価格は銀貨2枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨4枚。最終取引日は昨日と記録されています。』
ちなみにこれは二日前に彼女が買って行ったものだ。
だがその時ヒビは入っていなかったはずだけどなぁ。
「ラウンドバックラー、ひびが入ってるな。これじゃ売り物にならない、潰してもせいぜい銅貨30枚だろう。」
「そんな・・・。」
「工房に持って行けば素材として買い取ってくれるぞ。」
「でも銅貨30枚で買ってくれるんですよね。」
「あぁ。」
「それでお願いします。」
まぁ、工房では銅貨20枚も出してくれないだろうから当然だな。
銅貨をカウンターに積み上げると小さくため息をつき財布に仕舞った。
そしてとぼとぼとした足取りで店を出ていく。
「失敗したようですね。」
「この感じだと盾として使えるって売ったんじゃない?で、すぐ壊れたって返品された。」
「そんな感じだろうなぁ。商品をしっかり理解していないとこういう事になる。」
「彼女どうするかしら。」
「さぁなぁ。これで辞めるか、それとも懲りずに続けるか。」
「シロウは続けてほしいんでしょ?」
「ま、どっちでもいいさ。ミラ、裏のゴミ山に積んどいてくれ。」
「かしこまりました。」
買い取った所で使い道はない。
他のくず鉄と一緒にマートンさんの工房で潰してもらうとしよう。
さぁ、同業者よ。
どうするんだ?
そんな風に考えていた翌日。
彼女はまた店にやって来て、いつものように品定めを始めた。
そしてある商品の前で止まる。
「え、これ、売り物ですか?」
「そうだが?」
「買います!」
「まいど、銅貨80枚だ。」
彼女が驚いた顔で手に取ったのは一本の棒。
見た目にはただの木の棒だが、わかる人にはわかる。
小走りで駆け寄ってきた彼女がそれをカウンターの上に乗せた。
『青の魔道具。トレントの若木で作られており、柔軟に魔力を増幅することが出来るが強い魔力には耐えられない。主に水属性を増幅するのが得意。最近の平均取引価格は銀貨2枚。最安値銀貨1枚と銅貨50枚、最高値銀貨3枚。最終取引日は二日前と記録されています。』
前にエルロースの所で買った魔道具だ。
残念ながら使い道はないので売ることにした。
他に理由はない。
だが彼女はそれを目ざとく見つけ、持ってきた。
いいねぇちゃんと見る目があるじゃないか。
「銅貨80枚です。」
「ひーふーみーっと、確かに。」
「ありがとうございました!」
元気な声でそう言うと、彼女は大きく頭を下げ小走りで店を出て行った。
「あ~あ、甘やかしちゃって。」
「何の話だ?」
「来た時の為に置いてたんでしょ?」
「偶然だろ?それに仮にそうだとしても見る目がなかったら買わないさ。」
「でも買って行ったわ。」
「だな。」
「ねぇ、あぁ言う小動物みたいな子も好みなの?」
「馬鹿言え守備範囲外だよ。」
残念ながらそう言う目では見られないタイプだ。
どうみてもモニカと同じ感じがする。
ガキに興味はないんだよ。
「あっそ。」
「追いかけるなよ。」
「そんなことしないわよ。でも、偶然見つけちゃうかもね。」
「なんだかんだ言ってお前も気になってるじゃないか。」
「だって心配じゃない。」
「あぁ言うのは放っておいても成長するさ。」
「じゃあシロウのライバルね。」
「そうなる頃には俺はもう爺だよ。」
一体何年かかるのやら。
向こうは一日銀貨1枚の儲け。
こっちは一日金貨1枚以上の儲けを上げている。
百倍以上だ。
それに加えて他の仕事でも稼いでいるから実際はもっと多いかもしれない。
まだまだ負ける気はしない。
でも、いつの日かそう言う日が来るかもしれないのが転売の面白い所だ。
せいぜい頑張れよ、小さな転売屋。
そんな事を思いながら彼女の出て行ったドアをじっと見つめてしまうのだった。




