393.転売屋はギルドとの関係を見直す
「って事で喧嘩を売りに来た。」
「開口一番それですかシロウさん。」
「半分は冗談だが、もう半分は本気だぞ。」
「それはそれは、とりあえず座りましょうか。」
それもそうだな。
羊男に促されるように応接室のソファーに腰かける。
その横にはミラ、後ろにエリザが控えている。
ちなみにアネットはお留守番という名のお仕事中だ。
対するギルド側は羊男とニア、そして・・・。
「遅れてごめんなさい、色々と忙しくて。」
「お待ちしておりましたアナスタシア様。」
「あら、思ったよりも険悪なムードじゃないのね、心配して損しちゃった。」
「一体何を聞いてきたんだ?」
「貴方がこの街を出ていくかもしれないって聞いてきたんだけど、間違いないの?」
「そうだな返答次第ではそうなるかもしれん。」
「ふ~ん、まぁいいわ。それじゃあ話し合いを始めましょうか。」
アナスタシア様的にはそこまで深刻な状況だと感じていないようだが、俺は違う。
さっきも言ったようにギルドの返答次第では街を出ることも吝かではない。
アナスタシア様が少し離れた場所に座ってこれで全員集合だ。
「では、はじめましょうか。今回はシロウ様から冒険者ギルドに要望があるとのことでしたが間違いありませんね。」
「その通りだ。今回の要望は三つ、一つはコレまでの協力関係の見直し。二つ目が代理買取の要請、最後に買い取り金額のすりあわせだ。」
「二つ目と三つ目はわかりますけど、最初はどういうことですか?」
「これまではギルドとの関係を維持するため、また一定以上のプラスが見込めることもありこちらもある程度のマイナスは飲み込んできた。しかしながら現在の状況ではギルドとの良好な関係を維持するだけのメリットを見出せていない。買い取り客を取りすぎないよう買取価格をあわせてギルドに買取を誘導する、もしくは価格を下げてそちらにいくように誘導を行ってきた。しかしながら冒険者はそのような状況でもこちらを選んでいる。もちろん前のように+αの特典を用意していなくてもだ。コレがどういうことか、言わなくてもわかるよな?」
「つまりシロウさんは冒険者ギルドが仕事をサボっている、そういいたいんですか?」
「まぁぶっちゃけるとそうだな。実際そうだろ?うちの買取屋が出来る前は皆そっちに買取を持ち込んでいたんだ。もちろんベルナの店もあったが、素材のほとんどはそっちに持ち込まれていた。だが今は違う。買い取り価格が低いにもかかわらずうちを選ぶのはなぜだと思う?」
「メリットが無いのね。」
「そうだ。そのメリットを作り出せていないのは単純にギルドがサボっているからだと認識せざるを得ない。その証拠に俺が居ない一週間の間、半数以上の冒険者がギルドに素材を持ち込まなかったんだぞ?生活が苦しくなってもだ。うちに持ち込んだほうが安いのに、わざわざうちに持って来ている。おかしな話だと思わないか?」
これは前々から思っていたことだ。
ギルドがあるのになぜか俺の店に素材を持ち込む冒険者達。
俺が何度ギルドに誘導しても、彼らは持込をやめなかった。
こっちとしては同じ価格で買い取っているので手間が増えるだけで利益が何も無い。
客である以上拒否は出来ないので同価格、もしくは価格を下げてでもギルドに持ち込むよう誘導した。
にもかかわらず彼らはうちを選ぶんだ。
それはなぜか。
ギルドが面倒くさいから。
その一言に尽きる。
「確かにギルドへの持込は減少傾向です、ですが決して我々がサボっているわけでは・・・。」
「じゃあ冒険者が口をそろえて『ギルドの買取はめんどくさい』と言っているのは知ってるよな?それを知っていて改善しないのはサボりと言わないのか?」
「そ、それは・・・。」
「お役所の業務が煩雑なのはわかる。不正をなくすためにやらなきゃいけないことが多いのもわかる。だが、それを理由に改善しないのはよくない事だ。認識していながら放置するのはサボり以外の何者ではない。俺はそう考える。」
「シロウさんの言うこともわかります。ですがこれ以上の改善は出来ません。」
「出来ない?それはなぜだ?よそではもっと簡単に行っているのにか?」
「それはどういう・・・。」
「この前海に行った道中で魔物に襲われたんだ。宿場町に着いたついでにギルドに持ち込んで買い取って貰ったんだが、非常にスムーズに買取が行われた。それはもう、エリザが驚くぐらいに。」
「ほんと、びっくりしちゃったのよ。素材を提出して二分もかかってなかったんじゃないかしら。数が少なかったのもあるけれど、本当に早く買取が終わったの。それでいて買い取り価格が安いわけじゃないし、ちゃんと見ているところは見ていたわ。」
「具体的に教えて頂戴。」
「剥ぎ取りに失敗して少し皮が破れちゃったんだけど、そこはしっかり減額された。その代わり、品薄の状況だからという理由で価格を上げてもらったの。何が下がって何が上がる、それがしっかりと答えられていた印象だったわ。だから安心して買取に出せたの。ここだと時間はかかるし、まとめていくら、はいお金って感じでしょ?私達が命をかけて取ってきた素材なんだから、忙しいのはわかるけどもう少し丁寧に対応して欲しいって言うのはあるわ。あと、ギルド証を提示した時にアレコレ聞かれなかったのも驚いたわね。ここだと冒険者証と相違ないか毎回確認されるじゃない?せめてその辺のめんどくささが無くなれば買取に持ち込もうと思うんだけどね。」
エリザの答えを聞きニアが難しい顔をして考え込む。
冒険者達がギルドに持ち込まない理由。
コレが全てとはいわないが、大半は今の話に含まれているだろう。
煩雑なわりに買取への感謝は少ない。
それでいて価格が高いわけではない。
いや、高いかもしれないがどう高いかがわからない。
結果として冒険者には喜ばれていないのが現状だ。
その点うちだと、何が高くて何が安いか。
どうしてなのか、その辺はしっかりと伝えるようにしている。
面倒くさくてまとめることもあるが、聞かれれば明確に答えられる。
彼らもそれがわかっているから、わざわざこちらに持って来てくれるんだろう。
そのせいでうちは大忙し。
ほんとこの一週間死ぬかと思った。
「話を戻すが、そこを改善しないで放置するのであれば俺はギルドとの協力関係を解消したい。具体的には俺が望むままに買取させて貰う。あぁ、もちろん固定買取の聖域は侵さないぞ、そうしないと横の旦那がうるさいからな。」
「あはは、うるさくてすみません。」
「まぁそれが仕事だ。俺みたいな奴が勝手すれば他にも真似をするやつが出てくる。その悪しき前例を作らないようには俺も努力するよ。だが、今までのようなギルドへの素材提供なども行わないつもりだ。足りなきゃうちから買え、高くてもな。」
「でもそれでは・・・!」
「じゃあ変えろ。出来ることを出来ないというのをやめればいい。もちろん向こうとここでは状況が違うから出来ないこともあるだろう。だが、考えもせずに出来ないというのは筋違いだ。これは俺だけではなく冒険者の意見だと思って貰ってもいい。」
「なるほどね、つまりはそれが改善されるならこの街に残る。そう言いたいのね。」
アナスタシア様がうんうんとうなずいている。
かなり過激なことを言ったつもりだが、比較的好意的に受け止めてくれたようだ。
「逆を言えば、変わらないのであればシロウ様は街を出ることも視野に入れておられます。幸いにも買取業はどこででも出来ますから。シロウ様が出ていくとなると、一緒にハーシェ様、マリー様も街を出ていくでしょう。」
「それは本当ですか?」
「確認を取ったわけではありませんが、お二人の性格を考えればそうするかと。」
確かにあの二人はそうするだろう。
倉庫は他所で借りればいいし、化粧品はどこででも売れる。
悲しむべきは畑だけだが、それも他所で耕せばいいだけの話だ。
ルフは一緒に来るだろうしな。
「出て行ってほしくないのであれば態度で示せ、そう脅すんですね。」
「脅すと解釈されるのは心外だが、そう思うのであれば結構だ。」
「はぁ、シロウさんがいない一週間はこっちもいろいろと大変だったんですよ。」
「そりゃご苦労だったな。」
「で、戻ってきたと思ったらこれです。まぁ、冒険者ギルドの件はいずれどうにかしなければと思っていましたが、まさか出ていく口実に使われるとは思いませんでした。」
「口実じゃない、事実だ。」
「どちらも同じことです。改善しなければ出ていくわけですから。で、街長としてはそれを望んでいませんから必然的に我々が変わらなければならないと。」
「そうね。何が何でも引き止めろとは言われてないけれど、それに近いことは言われているわ。」
「ですが、今回の件は早期に結果を出すことはできません。それはご理解いただけます?」
ケンカを売りに来ておいてこう言うのもあれだが、別に仲違いしたいわけじゃない。
歩み寄れるのであれば喜んでそれに乗るつもりではいる。
こっちとしては現状を改善することが最優先だ。
せめて素材買取の冒険者だけでもギルドに行かせる。
それが出来れば仕事はずいぶんと楽になるだろう。
買い取らないという選択肢ももちろんあるが、それでは何も改善しないからなぁ。
「理解はしている。だがいつまでも待てるわけじゃない、四か月。あと四か月で結果を出せ。それが出来なければ来年俺はこの街を出る。」
「わかりました。四か月で何かしらの結果を出しましょう。」
「期待している。」
「で、二つ目なんですけど・・・。」
「ニア、アンタの旦那って切り替え早くない?」
「すぐに結果の出ないことに時間を割くのは無駄じゃないですか?」
「違いない。」
羊男の言う通りだ。
向こうは結果を出すと約束した、ならこれで話は終わりだ。
いつまでも意固地になる必要はない。
「代理買取は今回のような長期の外出の際に、ギルドに買取を任せるってお願いだ。」
「あくまでもお願いなんですね。」
「あぁ、出来ないのならばそれで構わない。いらない仕事をさせるわけだしな。」
「続けてください。」
「今回の件で素材の買取待ちが今後も発生すると予期できる。そこで、こちらが決めた商材をギルドで代わりに買い取ってほしいんだ。もちろん費用はこちらから出すし、買取件数に応じたバックマージンもある。一時的にギルドの倉庫を圧迫するという欠点はあるが、売上は増えるし冒険者には金が回る。結果として街が潤うのであれば悪い話じゃないはずだ。」
「面白いですね。冒険者ギルドを不在時の窓口にするわけですか。」
「もちろん何でもかんでもってわけにはいかないから頼む品は通常よりも高く買い取るやつに限定する。それを売りに来る冒険者達も一回で買取が終わるのであればそれに越したことはないだろうから、めんどくさがりな連中はついでに他の素材も買取を申し出るだろう。もちろんギルドの買取方法が改善されていることが前提だが、ギルドは素材と売上を確保でき、うちは必要な品と帰還後の時間を確保できる。あぁ、冒険者は金を確保できるわけだから三者Win-Win-Winなわけだな。」
「面倒だから纏めてってのはあり得る話よね。何か所も回るのってほんと時間の無駄だもの。」
「高額品や買取品はうちで、素材はギルドでってのが本来目指すべき関係だ。何度も言うが、冒険者がうちに素材を売りに来る理由は値段じゃない、面倒だからだ。自分たちが命を懸けて取ってきた素材をわざわざ安く売るなんてのは普通ありえないこと、それを認識してくれるだけで今回は十分だよ。」
「わかりました。その件に関しては前向きに検討させていただきます。では最後の買取価格のすり合わせというのは?」
「固定買取に関してはこれからも侵すつもりはない。素材の買取に関しても、こちらが仕入れたいと思うもの以外はギルドの価格に準ずるつもりでいる。その代わり・・・。」
「急遽必要になった素材などは融通してほしいというわけですね。」
「安く売れとは言わないが、こちらが身を引いた分は考慮してほしい。」
「シロウさんが欲しがる品って、その後街で需要が増えるやつばっかりなんだよなぁ・・・。それを流すってのは問題ないのかな。」
「さぁ、それを考えるのがギルド協会の仕事だろ?」
全部よこせって言ってるんじゃない。
考慮しろと言っているだけだ。
まぁ、それを脅しというのかもしれないが。
「買取価格の件も一度持ち帰りとさせてください。シロウさんが買取価格を合わせてくださる事自体がギルドにとっては大きなプラスになるわけですし、それにどう向き合うか我々なりの答えを出してみたいと思います。」
「前向きな回答感謝する。悪いな、こっちもこの一週間マジでいっぱいいっぱいだったんだよ。」
「全部・・・とは行かないかもしれませんが頑張らせていただきます。街長の御意向もありますから。」
「今更だけど、ギルドに喧嘩を売りに行って意見を聞いてもらえるなんて普通ないわよね。」
「あるはずないじゃない。シロウさんじゃなきゃ門前払いよ。」
「それは喜んでいいのか?」
「それだけこの街に必要な人材だって事よ、素直に喜びなさい。」
「税金を持ってくるだけじゃないのか?」
「もちろんそれもあるわ。でも、貴方がいる事で色々とうまく回っているのも事実なの。今回の提案も街がより良くなるための一つのきっかけとして考えさせてもらうから。」
エリザが言うように普通は門前払いされるような状況でも、しっかり話を聞いてもらえたというのは評価するべきだろう。
もちろん返事次第では出ていくという考えは変わっていない。
だがギルドが良くなるなるのであれば、誰もが喜ぶ状態になる。
他の街を見るのもまた大切なこと。
こうして、ギルドとの折衝は俺の一方的な提案でひと先ず幕を閉じるのだった。




