390.転売屋は少女と出会う
いや~、遊んだ遊んだ。
ハーシェさんとミラの濃厚な接待を堪能した後は、元気いっぱいのエリザとアネットと共に泳ぎまくった。
一応それなりに泳げる方ではある。
昔は良く海に行って遠泳もしたものだが、やはり楽しいな。
泳ぎつかれた後は水際で休み、今度は素潜りの競争をする。
残念ながら岩場がないので魚はあまりいなかったが、それでもキラキラと輝く水の中は上とは違う感動を覚えたものだ。
また夏になったら遊びに来たい。
そう思わせてくれる場所だった。
「あ~疲れた。」
「お疲れ様です、お水をどうぞ。」
「助かる。」
「エリザ様は?」
「あいつはまだ遊び足りないんだと。これだから脳筋は。」
「普段はもっと過酷な場所で戦っておられますしね。」
「アネットはまだ寝てるのか?」
「はい、まだぐっすりと。」
リクライニングチェアではアネットが穏やかな寝息を立てている。
流石に遊び疲れたのか途中で離脱し、そのまま眠ってしまったそうだ。
ミラとハーシェさんは波打ち際で貝殻を探して楽しんでいた。
太陽が水平線の向こうへ沈む前の最後の輝きを放っている。
燃えるようなオレンジ色の光に白い砂浜が染まっていた。
サングラスが無かったら目も開けられなかったことだろう。
「後は部屋に戻って風呂に入るだけだな。今日の飯はどうする?」
「ルームサービスでよろしいのではないでしょうか。」
「流石にこのまま食べに行くのはちょっと。」
ハーシェさんが自分の腕を触り少し嫌そうな顔をする。
確かに全身ベタベタだ、このまま飯を食うのは流石にイヤだなぁ。
「そうだな、風呂に入れば時間も無くなるか。露店で何か買うか?」
「この時間ではもう閉まっているかと。」
「なら部屋で食うしかないわけか。ルームサービスで足りなければ昨日の店に宅配を頼んでもいいだろう。」
昨日あれだけ豪遊したんだ、多少の無茶は聞いてくれるかもしれない。
もしだめならその時はその時で考えよう。
部屋で食べる方が色々と気を使わなくて済むというのもある。
決まりだな。
「それじゃあエリザを呼び戻してアネットを起こしたら帰るか。」
「そのエリザ様はどこに?」
ん?
海から上がった後は乳を揺らしながら砂浜を走り回っていたが・・・。
おかしいな、姿が見えないぞ
きょろきょろと辺りを見回してもエリザの姿はない。
海に潜っているという可能性もあるが、流石に遠泳はしていないだろう。
「あ、あそこにおられます。」
ミラが指さした先にはしゃがみ込むエリザの姿があった。
その横には・・・少女?
「迷子でしょうか。」
「わからん。」
泣いているようには見えないが・・・。
アネットをハーシェさんに任せてミラと二人でエリザのところまで走る。
足音に気づいたのかエリザがこちらを振り返った。
「どうかしたのか?」
「一人でここにいたから話を聞いていたんだけど、要領を得ないのよね。」
「脅かしたのか?」
「そんなことしないわよ。」
「お嬢様、お父様かお母様はどちらに?」
エリザの横にミラもしゃがみ少女と目線の高さを合わせる。
だが少女の視線は夕焼けに染まる海の方を向いたままだ。
「聞こえないのか?」
「反応はあったわよ。でもさっきからこの調子なの。」
「ふむ。」
辺りを見回せど親らしき姿はない。
っていうかここは宿のプライベートビーチだ。
住民は入れないはずなんだがなぁ。
それに、一人でここに来たのであれば係りの人間が親を呼んでくるだろう。
それをしないというのは妙な話だ。
少女の視線を遮るように俺もしゃがみ込み、顔を見合わせる。
「・・・見えないよ。」
「何が見えないんだ?」
「お日様。」
「もうすぐ沈むぞ、家に帰らなくていいのか?」
「おうちは無いもん。」
「家がない?」
「孤児でしょうか。」
やっと出た少女の答えにミラとエリザが顔を見合わせる。
ふむ、なんだかややこしくなってきたぞ。
こういう時は守衛に連絡だ。
親探しは俺達の仕事じゃない。
「家がないならいつもはどこにいるんだ?」
「あそこ。」
指さしたのは日の沈み掛けた海の方。
船で来たってことか?
「海の中・・・なんてことはないよな。」
「ずっと向こうにおうちがあるの。」
「ここはではどうやって来たんだ?」
「わからない。気づいたらここにいたの。」
「う~む、俺達の手に負えないぞ。」
「警備に届けたほうがよさそうですね。」
「まさかシロウみたいに来たわけじゃないわよね。」
エリザの発言におもわず少女の方を見る。
あどけない顔。
まさか彼女も別の世界からやってきたのか?
「名前は?」
「ルーナ。」
「そこには魔法はあったか?」
「魔法?」
「ピカッと光ったり火が出たりするやつだ。」
「わかんない。」
まぁわからないよなぁ。
見た感じ小学校入学前って感じだ。
親がいないのに妙に落ち着いた感じが気味悪い。
俺と同じく中身はもっと年上という可能性もある。
「実は別の世界から来たとかじゃないよな?」
「別の世界?」
「ここじゃない場所だ。」
「わかんない。」
「こんなに小さいんじゃわからないわよ。」
「だよなぁ。」
足が痛くなったのでとりあえず立ち上がり少女を囲み三人で考え込んでしまう。
可能性はたくさんあるが、どれも決定打がない。
連れて帰るわけにもいかないし、ここは大人しく警備に連れていくしか・・・。
「あ!」
気づけば水平線に太陽が沈んでいた。
丸井輪郭が水平線の向こうに消えてもなお、空はオレンジ色に染まっている。
だがすぐに空は藍色に染まり夜が来るだろう。
そうなる前に彼女を警備に連れて行って・・・。
「あれ、いない!?」
「嘘だろ!?」
「どこにもいません!」
エリザの声に慌てて視線を降ろすとそこにいるはずの少女の姿がなかった。
まるで初めからそこにいなかったかのように。
「え、うそ、なんで?」
「しらねぇよ。」
「隠れるところもありませんし、やはり消えたとしか思えません。」
「ゆ、幽霊だったとか?」
「幽霊なら夜だろ。あ、いや、そうでもないか。」
「ベッキー様は日中も出てこられますから。」
となると彼女は幽霊だったと言えるかもしれない。
海の向こうを指さしたのも、実はここに来るまでに海に沈んで死んでしまったとか。
だから家が向こうだと指さした可能性がある。
「はぁ、海に来て最後はこれかよ。」
「いったい何だったんでしょうか。」
「わからん。わからんが、関わらない方がよさそうだ。さっさと帰って無かったことにしよう。」
「いや、無かったことって。」
「じゃあ幽霊が一緒の方がいいのか?」
「う~ん、あの可愛さなら別に。」
「確かにかわいい子だったな。」
金色の髪に緑の瞳が印象的だった。
オレンジ色の陽に染められても尚わかる色をしていたなぁ。
背は110cmぐらいだったか。
「ルーナちゃんでしたね、一応警備に知らせますか?」
「いや、やめとこう。日が暮れたら突然消えたとか酔っ払いの戯言だと思われる。俺が聞いたらそう思うね。」
「でも確かにいたわよ。」
「わかってる。だが関わらない方がいい場合もある。」
「それもそうね。」
「シロウ様の判断に従います。」
三人で顔を見合わせ納得しあう。
世の中気にしちゃいけないこともある。
今回のはまさにそんな感じだ。
「さて、アネットを起こして部屋に戻るか。今日はルームサービスだから気にせず飲んでいいぞ。」
「やった!お肉あるかな?」
「海に来たんだから魚食えよ魚。肉なら向こうでいくらでも食えるだろ。」
「それとこれとは話が別よ。」
あれだけはしゃげば腹もすくだろう。
なんだか俺も肉が食いたくなってきたな。
まだうっすらとオレンジ色に光る海を一瞥しハーシェさんたちの場所へと戻る。
気づけば空には大きな月が浮かんでいた。
まるでさっきいなくなった少女の髪色のように光り輝く月。
その光を背に浴びながら宿へと戻る。
さぁ、明日からまた長旅だ。
懐かしの我が家に帰るまでが行商ってね。
もちろん帰りもガンガン売るぞ。
そのためにたくさん買い付けたんだからな。
「あ、またシロウが悪い顔してる。」
「これはお金儲けを考えている顔ですよ、エリザ様。」
「え、ミラにはわかるの?」
「よく見ていればわかります。」
「私もまだまだ勉強不足ね、精進するわ。」
「いや、そういうところで競い合わなくていいから。」
長かった行商の旅も折り返し。
翌朝、たくさんの荷物を積み込んだ馬車と共に勢いよく帰路へとついた。
その道中もがっつり儲けたのは言うまでもない。




