386.転売屋は海を目指す
「用意はできたか?」
「道中で売る素材なども積み込み完了です。後は・・・。」
「おまたせしました!」
「お、来た来た。」
店の前に止められた馬車の上から商店街を見ていると、ハーシェさんが走って来るのが見えた。
別に走ってこなくてもいいのに。
馬車の横で息を切らすハーシェさんに中から出てきたアネットがお水を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「準備に手間取ってしまいまして、ごめんなさい。」
「大丈夫ですよハーシェ様、エリザ様はまだ戻っていません。」
「よかった。」
「随分と大荷物だな。」
「あれもこれもと考えると、いつも多くなってしまうんです。」
「わかります。」
横で話を聞いていたミラがうんうんと頷いている。
そういえばミラも荷物が多いんだよなぁ。
似た者同士って奴だろうか。
「今日のお洋服、とっても素敵です。」
「ありがとうございますアネットさん。せっかくのお誘いですから・・・。」
「ん?」
「なるほど。では私達も気合を入れなければなりませんね。」
「そうですね!」
「もぉ、若いお二人に本気を出されたら勝てないじゃないですか。」
「冗談です。荷物を積み込みますのでこちらへ。」
なにやら楽しそうに話をしている。
うん、俺は何も聞かなかった、聞かなかった。
時々こちらの方に視線を向けて来るが気のせいだ。
例えその視線が獲物を狙う肉食獣のものに似ていたとしても。
「ただいまー!」
「おぅご苦労さん。」
「貰って来たわよ、はい依頼書。」
「悪かったな、走らせて。」
「べつに、ギルドに寄るつもりだったし。」
エリザに頼んだのはギルド協会が発行した依頼書だ。
これがあるのとないのとでは買い付けのしやすさが格段に変わるとハーシェさんに教えてもらった。
それもそうか、個人で買い付けするのではなく、街からの依頼という事になる。
向こうも無碍に断りにくくなるんだろう。
「さて、目的の物も手に入ったし馬車の準備も出来た。しかしあれだな、この人数だと馬車が二台要るんだな。」
「一台だとあまり荷を積み込めません。せっかくの海ですから、色々と買い付けると思いまして。」
「まぁ、その通りなんだけども。」
今回は俺の行商初体験だ。
道中の街でも色々と買うつもりだし、荷物が載らないからという理由であきらめるのはもったいない。
「それじゃあ出発するわよ、比較的安全な道だけど何かあったら戸を閉めて中に隠れるように。」
「一台目にエリザとハーシェさん、二台目に俺とミラとアネットだったな。先導よろしく頼む。」
「お任せください。」
「出発!」
それぞれの馬車に乗り込んでいざ海へ!
と、言ったものの片道三日の旅だ。
海が見えるにはまだまだかかる。
幸いにも魔物や盗賊の襲撃はなかったので予定通り最初の宿場町に到着した。
「はぁ、やっとついたか。」
「ふふ、まだ一日目ですよ。」
「座りっぱなしっていうのもなかなかにきついな。」
「それもあるから早めに休むのよ。それに、この時間なら色々と出来るでしょ?」
「そうだな」
町に着いたその足で商業ギルドへと馬車を動かす。
すぐに宿をとることも考えたのだが、もしかするといい宿を手配できるかもしれない。
前回仕入れた大量のドラゴン素材を持ってきたのだが、予想よりも高い値段で半分が売れてしまった。
まさかの展開にエリザとアネットは口を開けたまま放心している。
それもそうだろう。
いきなり目の前で金貨30枚を超える取引が行われたんだから。
「じゃあ荷物は裏の馬車に積んであるから降ろしてくれ、薬やポーションなんかもあるが必要か?」
「いえ、薬師も錬金術師もおりますので。」
「そりゃ残念だ。もう少し荷が空いたらここで買い付けをしていこうと思ったんだが・・・。」
「お力になれず申し訳ありません。」
粘ってみたがさすがにこれ以上の取引は望めそうにない。
とはいえ馬車一台分の荷物が空いた。
空荷のまま動くのはちょっともったいないなぁ。
「いや、こっちの都合だ気にしないでくれ。」
「この後はどちらに?」
「海まで行くつもりだ。」
「それでしたらうちの織物等はいかがでしょう、どこに出しても恥ずかしくない品質だと自負しております。」
「織物が有名なのか?」
「よろしければご案内させていただきますよ。」
「そうだな・・・だが、まずは宿を手配したい。いいところを知らないか?」
俺がそう言うと向こうの担当者がにやりと笑った。
どうやら俺の意図を理解してくれたようだ。
姑息な手段かもしれないが、何もせずに予約をするよりも町の人間に紹介してもらった方がいい宿に泊まれるし、通常以上のサービスを受けることが出来る。
向こうも俺達を接待するだけで名産品を買ってくれるわけだから、どちらもwin-winというわけだな。
担当者の計らいで町一番の宿を格安で紹介してもらい、そのまま次の行商品を買い付けることが出来た。
費用は金貨10枚分。
これが次の町でいくらになるのか楽しみだなぁ。
「あ~食べた食べた。」
「お前は飲んだ飲んだだろ、接待とはいえ少しは遠慮しろよな。」
「いいじゃない、こっちは金貨10枚も買い物したのよ?」
「その通りです。いい品を安く仕入れられた上に自前の品も買ってもらえたんですから、多少の出費は問題ないでしょう。」
「安く買うだけでなくいい宿も紹介してもらうなんて、私がするよりもシロウ様が行商された方が儲かるんじゃないですか。」
「あ、ハーシェさんが拗ねてる。」
「拗ねてません!」
皆お酒を飲んでご機嫌なようだ。
もちろん俺も酒を楽しんだが、二人ほどは飲んでない。
部屋に戻り服を脱ぐのももどかしくベッドに倒れこむと、満腹のせいか一気に眠気が襲ってきた。
「シロウ様、皺になります。」
「ん、あぁ。」
「だらしないわねぇ。先にお風呂貰うわよ?」
「あ、私も行きます!」
「好きにしろ。」
それよりも俺は眠いんだ。
とはいえミラが言うように服がしわになるのは困る。
三日間の旅だが汚れ物を増やすわけにはいかないので、肌着以外は着まわす予定になっている。
皺皺の服では交渉するときに不利になりかねない。
その辺はちゃんとしておかないと。
眠たい目をこすりながら服を脱ぐと、ハーシェさんとミラが手伝ってくれた。
で、そのまま眠りにつく・・・わけがないよな。
二人が欲情しているのを無視して寝れるほど、俺は出来た男じゃないんでね。
担当者の計らいで案内されたのはキングサイズのベッドがある部屋。
二人をたっぷり堪能したのち、風呂から上がってきたエリザとアネットとも楽しんでいたらあっという間に夜更けになってしまった。
こういうのも旅の醍醐味とはいえ、さすがに明日は自重しなければ。
翌朝。
ツヤツヤの女達とは対照的にフラフラの俺を見て宿の主がおなじみのセリフを言ったのは、致し方ないだろう。
「昨夜はお楽しみでしたね。」
次の日も半日かけて移動し、夕方前に次の町に到着。
道中一度だけはぐれの魔物に遭遇したが、エリザがあっという間に退治してしまった。
もちろん素材を剥ぎ取るのは忘れない。
ワイルドリザードという体長3mはあろうかという巨大な蜥蜴で、見た目とは裏腹に動きが素早かった。
シャカシャカと動くさまはゼンマイで動く玩具のようだったが、巨大な顎が俺達をとらえることはなくその場で三枚におろされたのはちょっとかわいそうだった気もする。
ちなみに肉はなかなかに美味だった。
少し硬い感じはしたが、新鮮だからか臭みもなく、持ってきた塩と香草で味付けをして昼飯となったのは言うまでもない。
昨日同様到着したその足で商業ギルドに向かい、残った素材と買い付けた織物を売り払った。
織物は金貨12枚、ドラゴン素材は金貨5枚。
自慢するだけあって織物の反応は良く、ここでも宿を紹介してもらえる事になった。
流石に二日連続でキングサイズのベッドはなく部屋も四人部屋と個人の二部屋に分かれたので、その日は大人しく寝ることにした。
連日四人同時はさすがに無理だ。
「いよいよ明日海に着くのね。」
「そのはずだ。」
「夕食に出てきたお魚も海のものでしたね!」
「近いからかこの辺りでもよく食べられるとか、シロウ様的にはいかがでしたか?」
「焼き魚もいいが俺は刺身が食べたい。」
「ケイブフィッシュとはまた違う味なのかな。」
「新鮮なやつは臭みもないし美味いぞ。ちなみに醤油で食うとなお美味い。」
「なにそれ、気になるじゃない。」
女達も醤油の魅力には抗えないのだろう。
一度味わうと逃れられない魅力があるからなぁ醤油には。
マジで手に入ってよかった。
欲を言えばわさびも欲しいがそれを求めるのは野暮ってものだろう。
あれは水のきれいな山間で栽培されていたはず。
海で手に入るとは思えない。
町からここまで一度も山を越えることはなく、ずっと平坦な道を走ってきた。
かなり大きな平野なんだろう。
どこを見ても地平線が続くだけ。
とはいえ、気候なんかは少しずつ違うし川が近いからか作物は豊富だった。
大きな街道だし交易も盛んなんだろう。
おかげで交易品のほかにも露店で色々と珍しい品を買い付けることもできたしな。
店に戻って売るのが楽しみだ。
「明日朝一番に出発して到着は昼過ぎ、その後はどうする?」
「せっかく海に行くんだし、ゆっくりするんじゃないの?」
「確か砂浜があったはずです、本にも書いてありました。」
「海水浴もできるそうですよ。」
「私、海に入るのって初めてなのよね。」
「え、そうなんですか?」
「依頼で行くことはあっても遊びじゃないから。依頼に水着なんて持って行かないでしょ?」
「でも今回は持ってきていると。」
「だってハーシェさんが。」
「エリザ様、それは!」
どうやら水着を持ってくるように言ったのはハーシェさんだったようだ。
まぁ買い付けという名の旅行だし、別に構わないんだけども。
海水浴かぁ。
何十年と行ってないなぁ。
正直に言って四人の水着姿は見たい。
部屋で見れるじゃないかと言われるかもしれないが見たい。
男とはそういうものだ。
その後一人で部屋に戻り、隣りから聞こえてくる女たちの声を子守歌にしてその日はぐっすりと眠りにつくのだった。




