382.転売屋は魔導具を使う
ターニャと共にエルロースの店に行くと、目を真ん丸にして驚かれてしまった。
まさか俺が来るとは思わなかったんだろう。
それどころか、俺にも魔道具を作ってくれと言い出すんだから余計に驚いたのかもしれない。
俺は何も言わずに借りてきた本をエルロースに差し出すと、なんていうかとても残念な顔をされたんだが、これはキレていいんだよな?
な?
「そんなに怖い顔しないでよ。」
「俺だってなぁ、興味はあるんだよ。」
「でもその本を鵜呑みにするのはどうかと思うわ。」
「鵜呑みにはしてないさ、ちゃんとアネットにも意見を聞いた上での来訪だ。ちなみにミラには素質がなかったらしい。」
「うん、それは私が計ったから。なんならシロウさんも調べてみる?」
「それで解るのか!?」
「魔力計は潜在能力を含めて全ての魔力を調べることが出来ます。私もそれで魔力があるとわかったので魔術師になることにしたんですよ!」
えっへんとターニャが胸をそって自慢する。
残念ながら胸をそったところで主張する胸もなく、また威厳もないのだが放っておくとしよう。
これで乳でもあったらなぁ。
「可愛そうだから見てあげないの。」
「そういや最近来ないとミラが心配してたぞ、大丈夫なのか?」
「えっと、それは、その~。」
ガチャガチャとカウンターの下から不思議な装置を引っ張り出しながら、エルロースが答えを濁す。
ふむ、この感じは拒否でも忌避でもないな。
どっちかというと何かあって遠慮している感じだ。
俺としては別にエルロースとそういうことをしなくてもかまわないのだが、本人は違うはず。
もちろん好きな男が出来たからそっちに頼んでいるのであれば、気持ちよく身を引くつもりではある。
一度抱いたからって彼氏面するような男ではないつもりだ。
もともとエルロースとはギブ&テイクな関係なだけで、そういった感情はない。
はずなんだけど・・・。
装置を用意しながらチラチラとこちらを見てくるエルロース。
本人の頭の上に生える大きな耳がまるで心を現すようにせわしなく動いているのは気のせいではないだろう。
うぅむ、ミラに何か吹き込まれたか?
いや、最近店に来てないって話だったしなぁ。
なんだろうか。
「まぁまぁ、今はそんなのいいから。はい、できたわよ!」
「随分とシンプルだな。」
見た目には占いに使う水晶玉だが、その下に三本ほどコードが接続してある。
デジタル表記なのかと思ったらそういうわけではなく、コードの先は試験管をさかさまにしたような奴に繋がっており、試験管は赤青緑の液体で満たされていた。
「じゃあここに手を置いて。それから目を瞑って手の先から何かが飛び出してくるような想像をしてね。」
「想像だけでいいのか?」
「むしろそれができることが魔法を使う第一歩なのよ。想像力がない人に魔法を使うことはできないわ。」
「そんなもんなのか?」
「だから、その本に書いてあることは間違いじゃないの。でも、魔法になるまでの発現力がかなり必要なのよねぇ。」
つまり想像力がない人はいないけれど、かなりの想像力(おそらくこれが発現力)は必要なんだろう。
エリザはともかくミラは結構想像力豊かだと思うんだが、違うんだろうか。
「ちなみにミラの発現力は強くないの。彼女、考えたら即実行するタイプだから。」
「あぁ、なるほど。」
「あれこれ考えるよりも行動する、だからあんなことも出来ちゃうのね。」
「確かに普通は出来ないよな。」
自分を売って母親の治療費を稼ぐ。
口で言うのは簡単だが、その後どうなるかを想像すると二の足を踏むのが普通だ。
だが、ミラは即行動した。
その結果俺の奴隷になったわけだけども。
「さぁ、始めるわよ。」
水晶の上に手を置き、言われたとおりに手のひらから何かが出る想像をする。
しばらくは何も感じなかったが、しばらくすると体の中で何かが動き回る感覚が広がった。
あまりに気持ち悪く思わず目を開けてしまう。
その途端にその気持ち悪さは無くなったが、かわりにエルロースの目が見開かれていた。
「悪い、目を開けてしまった。」
「え、あ、うん良いのよ。」
「これでわかったのか?」
「わかったわ。」
よく見ると三本の試験官全ての液体がポコポコと沸騰したようになっている。
それもしばらくすると大人しくなったわけだが・・・。
「で?」
「魔法の素質はあるわね。」
「おぉ!」
「ただし、得意な魔法っていうのはわからなかった。普通は何かの系統に分かれるものなんだけどシロウさんは全部がもの凄い勢いで反応しちゃったから。こんなこと、上級魔術師でもないわよ。」
「つまり?」
「すごい魔力を秘めてるってこと。ただし、それを発現させるためのきっかけがわからないわ。」
「もう少し簡単に頼む。」
「魔法は使えるけど使えないの。使うためにはきっかけがいるんだけど、それがわからないから使えない。これで解る?」
「なんとなくわかった。」
つまり魔導具があっても無理ってことか。
何だろう魔力があるのに使えないって非常に悔しいんだが。
「・・・あんなに反応することあるんですね。私なんて赤いほうがポコポコってしたぐらいなのに。」
「流石シロウさんって所かしら。」
「いや、流石の意味が解らん。」
「とりあえず魔導具使ってみる?」
「あぁ、とりあえずな。」
出来ないと先に言われてしまったので今更な感じはあるが、最後の望みをかけて試してみるとしよう。
一度裏に入ったエルロースが、1m程の棒を持って戻ってきた。
棒の先端には魔石が組み込まれているようだ。
赤い魔石の方をターニャに、青い魔石の方を俺が受け取る。
『青の魔道具。トレントの若木で作られており、柔軟に魔力を増幅することが出来るが強い魔力には耐えられない。主に水属性を増幅するのが得意。最近の平均取引価格は銀貨2枚。最安値銀貨1枚と銅貨50枚、最高値銀貨3枚。最終取引日は二日前と記録されています。』
ふむ、青の魔道具っていうのか。
水属性を増幅するらしいが、俺に使えるのか?
「ここじゃ狭いから奥に行きましょ、試射用の部屋があるから。」
「おぅ。」「はい!」
誘導されて店の奥へと移動すると、通路の奥にあった石造りの部屋に案内された。
外側は普通の石材だったが、中に入ると天井まで真っ黒に塗られていた。
モデルガンの試射場みたいな感じで3mほどの細長い部屋になっている。
「奥に的があるからあそこに向かって杖を出して魔法を念じてみて。」
「これが魔導具なんですね。」
「そ、トレントの若木で作った奴よ。」
「え、もう作ったんですか?」
「バカ言わないでよ、売れたら補充しないといけないでしょ?だから買ってきてもらったの。」
「あ、そっか。」
「ほら、やってごらんなさい。」
エルロースに背中を押されてターニャが前に出る。
大きく深呼吸をしてから杖を胸の高さまで持ち上げた。
「じゃあ、いきます!」
そう宣言すると同時に赤い魔石がキラキラと輝きだし、そしてさっきまで何もなかった空中に火の玉が現れた。
大きさはピンポン玉ほどの小さいやつだが、確かにさっきまでそこには何もなかった。
つまり、魔法で生み出された火であることに間違いない。
魔法があるのは理解しているが、これだけ至近距離で見るのは初めてだ。
火の玉は次第に野球ボールぐらいの大きさに成長し、掛け声とともに奥に向かって飛んでいく。
「炎よ!」
が、一番奥の的に届く前にみるみるしぼんで消えてしまった。
「あ、あれ~?」
「う~ん、魔力の練りが足りないみたいね。ここは消魔材が塗られているから練り込みが足りないとさっきみたいに消えちゃうの。ダンジョンでやっていくつもりならせめて消えない程度に練習しないとだめね。」
「つまり・・・。」
「要練習ってこと。でも発現出来たんだから後はあなたの頑張り次第じゃないかしら。」
「はい!頑張ります!」
ターニャが嬉しそうに魔導具を抱きしめて返事をした。
いいなぁ。
俺も魔法が使えたら。
子供なら一度は想像したことがあるだろう。
いや、大人になっても何度かは想像したかもしれない。
空を飛ぶ、瞬間移動をする。
ありえないからこそ人は想像力でそれを補う。
魔法が当たり前のこの世界では、出来ないと簡単にわかってしまうから想像力が働かないのかもしれないな。
「じゃあシロウさんも。」
「はいよ。」
次は俺の番だ。
ターニャと場所を交代して同じように魔導具を胸の高さに掲げる。
魔力はある。
後はそれをどう発現させるか。
魔力はあるという事実を前向きにとらえ、杖の先から何かが飛び出すように想像力を働かせる。
俺にはできる。
そう言い聞かせながら杖を強く握ると、驚くことに青い魔石がキラキラと淡い光を放ちだした。
これは、いけるんじゃないか!?
「いけ!」
杖を前に突き出し、そう声をかけた次の瞬間。
青い魔石が目がくらむような閃光と共に砕け散った。
「あ~、やっぱりね。」
「やっぱり?」
「シロウさんの魔力が強すぎて、こんな小さな魔石じゃ耐えられなかったのよ。」
「つまり大きければ何とかなったのか?」
「もしかしたらね。でも、発現したとしてもそれをコントロールできなくて大変なことになるわ。出来ない方がいいこともあるの。」
「なるほどなぁ。」
確かによくわからない何かが出てきて爆発されてもかなわない。
分相応という言葉もあるしな、今のままでもいいんだろう。
「いいなぁ、私もそんな風になれるかなぁ。」
「魔力は増やせますから、頑張ればいずれは。」
「いずれっていつぐらいですか?」
「100年ぐらい?」
「死んじゃいますよ!」
つまりそれは無理という事では?
いや、少しずつではあるが増えているのであれば無理ではないのか。
物は言いようって奴だな。
俺からすればこんなすごい魔力よりも、ターニャのように実際に発現できる魔力の方が嬉しんだがなぁ。
他人の芝は青い。
でもまぁ、いつかは何かを発現できる。
それでいいか。
店に戻ってミラ達に今日の事を報告する。
そこで信じられない事実を知ることとなった。
「魔法?使えるわよ。」
「は?」
「火と水、それと光の魔法は覚えたわ。」
「まじか、魔法使えるのか。」
「使えるって言っても魔術師ほどじゃないわよ。アネットと同じ程度かしら。」
「でも使えるんだよな?」
「ま、まぁね。」
「羨ましい。」
「はい、羨ましいです。」
脳筋のはずなのに魔法が使えるエリザ。
脳筋なのに。
大事なので二回言わせてもらった。
ちくしょう、俺だっていつかは・・・。
ミラと共に恨めしい目でさも当たり前の顔をするエリザを睨みつけるのだった。




