381.転売屋は魔法に触れる
久方振りに図書館に遊びに来た。
いや、正確には調べものに来たんだがその途中で面白い本を見つけてしまったわけだよ。
まじか、こんな夢のある本があっていいのか?
「アレン、これを借りてもいいか?」
「それは・・・別に構わないけど、使えるかどうかは分からないよ?」
「だが可能性はあるだろ?」
「ちなみに僕は使えなかった。だから何とも言えないね。」
「そうか・・・。でもまぁやってみるだけやってみるさ。」
他にもいくつか本を借りて図書館を後にする。
つい気が急いてしまい走って店に戻ってしまった。
「おかえりなさいませ。あら、走られたのですか?」
「ちょっとな。頼まれた本はあったぞ。」
店に戻るとミラが一瞬驚いた顔をするもすぐにやさしい顔になる。
「ありがとうございます。これで勉強できます。」
「相場は俺に一任していいんだぞ?」
「いえ、いつまでもシロウ様のスキルに頼りっきりというわけにはいきません。」
「そういうものか?」
「そういうものです。」
ミラがやる気なのは非常に良い事だ。
俺のスキルがあれば失敗はないが、ミラはそういうわけにはいかない。
買い取り頻度の高い物を優先して覚えてもらえばいいだろう。
ちなみにミラに手渡したのは、買い取りの割合や相場の動きなどを記した記録書だ。
全て載っているわけではないが、どのような品がどんな時期に値上がりしたかが載っている。
勤勉だなぁ。
「おや、シロウ様も何か借りられたのですか?」
「あぁ、こいつだ。」
「『誰でもできる魔法』・・?」
「面白そうだろ?せっかくこの世界にいるんだから魔法が使えればと思ったんだ。」
「魔法ですか。残念ながら私は素質がないようでエルロースに色々と教えてもらいましたが使えませんでした。」
「エルロース?そうか、魔道具か。」
「あくまでも補助具ですが、練習するにはピッタリかと。」
「とりあえず試してみて、難しいようだったら考えてみよう。」
まずは補助具無しでやってみよう。
引き続き店を任せて裏庭へ。
ちょうどアネットが日向で薬草を乾燥させていた。
「おかえりなさいませ御主人様。」
「ただいま。なぁアネット、魔法は使えるか?」
「魔法ですか?生活魔法程度でしたら使えますよ。」
「マジか。」
「ダンジョンに潜られている冒険者の皆さんからすれば子供だましみたいなものですけど。」
そう言いながら指先から小さな火を灯す。
「おぉ!」
「後はリフレッシュと水の魔法ですね。」
「水魔法は便利だよな。」
「おかげで製薬時に水を汲みに行かなくて済みます。」
「そういうのが使えればキャンプの時便利だよな。えぇっと水魔法水魔法っと。」
早速本を開き水魔法のページを開く。
えぇっと、意識を集中させて水が地下から溢れて来るイメージを強くするっか。
集中集中。
地下から水がどんどんと溢れて来る、溢れて来る・・・。
目を閉じ指先に意識を集中させてみる。
なんとなく指先が温かい感じがするのだが、いくら集中しても水が出てくる気配はなかった。
横でアネットが手本を見せてくれるもやはり水は出てこない。
なんだよ、誰でもできるって書いているくせに。
誇大広告も甚だしいってアレン少年が借りる時に忠告してくれたっけか。
うぅむ、悔しい。
「どうやら失敗のようだ。」
「最初からすぐに使えるようになる人はいませんよ。まずは魔道具を使って練習してみたらどうですか?」
「その方が良さそうだな。」
いきなり自転車に乗るのは難しい。
最初は補助輪をつけるように魔道具を導入するべきだろう。
「いらっしゃいませ。」
そんな事を考えていると、店の方からミラの声が聞こえて来た。
「初心者用の魔道具ってことはトレントの若木が必要か、倉庫にあったかな。」
「二日ほど前に買い取りされてませんでしたか?」
「そうだったか?」
「エルロース様に納品するとお話されていましたから。」
「全然覚えてない。」
若年性の健忘症だろうか、全然記憶にないんだが。
クスクスとアネットに笑われながら店に戻る。
「いかがでしたか?」
「残念ながら失敗だ。」
「そうですか・・・。」
「魔道具を使ったら成功するもしれないからちょっとエルロースの所にいってくる。」
「それがいいかもしれません。ついでで申し訳ありませんがまた遊びに来るように言っておいていただけますか?」
「了解した。」
そういえば最近姿を見てないな。
発情期になると問答無用で飛んできていた記憶があるんだが・・・。
我慢するようなタイプでもないがミラの言うように遠慮しているんだろうか。
そんな事を考えながらカウンターを潜り抜け外に出ようとしたその時だった。
開けようとした扉が勝手に開き、何かが突っ込んできた。
避ける?
出来るわけないだろ。
その何かは中々の速度で俺を突き飛ばし、あろうことか俺の上にのしかかってきた。
「いってぇな!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
腹の上で声が聞こえる。
中々な勢いでぶつけた後頭部をさすりながら目を開けると、そこには太ももがあった。
はいていたスカートもめくりあがり、下着があらわになっている。
そのまま視線を上げると、メガネをかけたそばかす女が必死になって頭を下げていた。
「いいからどけ。」
「は、はい!」
女は言われるがまま慌てて立ち上がり、また何度も頭を下げる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「とりあえず落ち着け。そしてスカートを直せ、丸見えだぞ。」
「え、あ、キャア!」
今度は叫び声をあげながら慌ててスカートを引っ張り下ろす。
その勢いにスカートがずり下がったのは・・・はぁ、どう考えても残念な奴だ。
「叫ぶな落ち着け、深呼吸だ。」
「深呼吸・・・すーはー、すーはー。」
「落ち着いたか?」
「はい、大丈夫です。」
そこまでやってやっとまともに目線が合った。
ずり落ちたスカート?
放っておけ。
「ここは買取屋だが、何を売りに来たんだ?」
「え、買取屋さん?」
「おい。知らずに入ってきたのか?」
「魔道具屋さんがここに行けばトレントの若木が手に入るって言ってたんですけど。」
「エルロースに言われてきたのか。ったく、あいつは・・・。」
「トレントの若木でしたら二日程前にエリザ様が持って帰っていましたね、取ってきます。」
「頼む。」
「よろしくお願いします!」
メガネ女が勢いよく頭を下げると、その反動でスカートがまたずり下がった。
さすがにそれはわかったのか、慌てた様子でスカートを引っ張りあげていた。
「エルロースの店に行くって事は、魔術師か?」
「そうです!といっても、駆け出しですけど。」
「なら魔法は使えるのか?」
「それが魔道具なしでは出来なくて・・・。」
「それは魔術師といえるのか?」
「魔道具があれば使えます!ちゃんとギルドにも入れたんですから!」
ギルドには入れたってことは素質があったんだろう。
冒険者ギルドと違い魔術師ギルドは誰でも入れるわけではないらしい。
ふむ、素質がある奴でも魔道具は必要なのか。
そりゃ素質があるかもわからないのに魔道具無しで使えるわけないよな。
「で、エルロースはなんて?」
「若木を持ってきたら作ってあげるって。あの、いくらぐらいしますか?」
「値段も聞いてないのかよ。」
「行ったらわかるって・・・。銀貨10枚で足りますか?」
「おまえなぁ・・・。」
トレントの若木一本で銀貨10枚とかどんなぼったくりだよ。
どれだけ高くても銀貨1枚って所だろう。
って、もう金用意してるし。
メガネ女の手には銀色に光る硬貨が乗せられていた。
どうやらかなりの金持ちのようだ。
よく見れば服も中々にいい素材を使っているし、さっき見えた下着も一般店で売っているようなものじゃなかった。
エリザたちが持っているのと同じオーダーの奴だろう。
ってことはだ。
こいつはカモだな。
間違いない。
「シロウ様ありましたよ。」
「よかった!」
「代金は銅貨80枚だ。ミラ、ちょっとエルロースのところに行って来るから店番頼むな。」
「え、貴方も一緒に行くんですか?」
「野暮用だよ。そうだ、名前は?」
「ターニャです!」
「シロウだ、ほらさっさと行くぞ。」
ぼったくる事も考えたが、たかだか銀貨1枚の儲けのためにそんな事をするのはめんどくさい。
それよりも今は魔法の方が大切だ。
大事そうにトレントの若木を抱きしめるターニャとかいうメガネ女と共に、ひとまずエルロースの店へと向かうのだった。




