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379.転売屋は風呂に入る

20月も残り僅か。


少しずつだが秋の気配を感じるようになってきた。


日中はまだまだ暑いが、夜は一気に空気が冷たくなってくる。


前までは薄手の毛布一枚で何とかなったが、この二日でもう一枚追加することにした。


「ただいま~。」


「おかえり、遅かったな。」


「ちょっとね。」


「エリザ様お茶をどうぞ。」


「ありがとうミラ、一気に冷え込んできたわね。」


武器を壁に立てかけ、ミラからカップを受け取るエリザ。


武器はさほど汚れていない。


ダンジョンに行ったと聞いていたが、何か別件だろうか。


「冷えてきたので今日はポトフにしてみました。お野菜たっぷりですよ。」


「やった!ミラのポトフ大好き。」


「ふふ、ありがとうござます。先にお風呂にされますか?」


「ん~今日は汚れてないから大丈夫。」


「何しに行ってたんだ?」


「研修よ。」


「研修?」


「ほら、収穫期が終わると新人が増えるから。」


なるほどなぁ。


この前のように新人冒険者向けの講習をするために、教える側も準備をするのか。


「最近よく呼ばれるようになったなぁ。」


「まぁ、私もそろそろベテランだし。後進育成にも力を入れないとね。」


「といいつつ本音は?」


「それなりにお金もあるし、シロウに頼まれた依頼以外はしなくていいかなって。」


「あんまりさぼると腕が鈍るぞ?」


「もちろんわかってるわよ。代わりにダンジョンの巡回を増やしたし、その辺は大丈夫。」


「エリザ様が下層まで潜るだけでも道中の魔物が駆除されますしね。」


「そういう事。その代わり前みたいに珍しい道具とかは手に入らなくなるんだけど・・・怒らない?」


怒る?


何故俺が怒るんだ?


「潜るのはお前の自由だろ?それで俺が怒るのはお門違いってもんだ。」


「でも・・・。」


「それに、巡回で魔物が減れば他の連中が探索しやすくなる。探索すればいい物が手に入る、他の連中に金が回ればうちの装備が売れやすくなる。お前の場合は装備が揃いすぎて、うちから金が出ていく一方なんだよなぁ。」


「確かにそうかも。」


「金が貯まるのはいいことだ、好きに使って他に金を落としてやれ。」


「ん、わかったわ。」


金を持つ者がするべきは見せびらかすのではなく消費すること。


俺はここでかなり儲けさせてもらってる。


だから還元する意味も含めてたまに大盤振る舞いするんだ。


まぁ、それをネタにまた儲けるから結局はプラスなんだけどな。


「そんじゃま飯にするか。エリザは着替えついでにアネットを呼んできてくれ。」


「は~い。」


「シロウ様食器をお願いします。」


「はいよ、任された。」


女達との穏やかな食事。


外食も楽しいが、たまには家でのんびり食べるのもいいだろう。


しかし、寒くなったなぁ・・・。


食器を出しながらオレンジ色に染まる裏庭を見る。


いつもならまだ太陽が降り注いでいるはずなのに、いまでは建物のカゲが庭を覆っている。


風も冷たい。


またあの温泉に入りたいなぁと思い出してしまった。


「お待たせしました!」


「随分と集中していたみたいだな。」


「寒くなってきたので、風邪薬を補充しようと思いまして。」


「確かに周りにも鼻水たらしている奴が多いわ。」


「どうせ腹出して寝てたんだろ?」


「安宿は隙間風が冷たいからそうかもね。」


「材料は足りていますか?」


「はい!あ、でも念のためにアッシュマッシュルームを補充したいです。」


アッシュマッシュルーム。


名前の如く灰色のキノコで白いぶつぶつの斑点があるのが特徴だ。


斑点よろしくそのまま食べれば毒だが、低温で加熱してから粉末にすると薬にもなる。


ダンジョンでも生育しているが、普通の森の方が手に入りやすいんだよなぁ。


ビアンカに依頼して用意して貰うか。


「採ってくる?」


「いや、ビアンカに言って持ってきてもらおう。そろそろ月末だし、こっちに来るはずだ。」


「では明日にでもシープ様に言付けておきます。」


「そうしてくれ。」


「でも自分で採ればタダよ?」


「労力と時間を買うんだよ。お前も忙しいし俺もミラも店がある。アネットは薬の調合で忙しいのに誰が採りに行くんだ?」


「・・・はぁ、温泉入りたかったなぁ。」


目的はそっちかよ。


でもまぁ、気持ちはわかる。


ポトフは美味いし温まるが、それでも体の心からというわけじゃない。


コレだけ寒いとどうしてもなぁ・・・。


家の風呂でも暖まれるが、やはり足を伸ばしてゆっくりと浸かりたいものだ。


「気持ちはわかるが、また冬になったらな。」


「でも冬だと雪が多くなるわよ。」


「じゃあ秋の終わりか?」


「それぐらいがいいかもね。あ、でも忙しくなるか。」


「二日ぐらい抜けても問題ないだろう。前々から準備しておけばいいだけの話だ。」


「ではそのように手配しておきます。」


あっという間に秋の温泉旅行が決まってしまった。


とはいえ、それまで待てない気持ちもある。


いっそのこと作るという手もあるのだが、どこに作るかが問題だよな。


プールと違って水着で入るわけではないから人目を気にする必要がある。


加えて加熱するのに大量の火を使うわけで・・・。


前に裏庭で聖騎士団員を風呂に入れたが、あれじゃ小さすぎるんだよなぁ。


どこに作るか、そこが問題だ。


「あ、シロウがまた悪い顔してる。」


「誰の顔が悪いだって。」


「考え事ですか?」


「悩む前にちゃんと話してくださいね!」


色々と話をして軽くはなったが、そのせいで女達は前の世界の事を思い出していると勘違いすることが多くなった。


別にそうではないんだが、まぁ時間が解決してくれるだろう。


「別に悩んでなんか無いさ、温泉に行くのが大変だからどこかに作れないかと思っただけだ。」


「温泉を・・・。」


「・・・つくる?」


「シロウ様の発想は大胆ですね。」


「温泉って言うか風呂だな、でかい風呂。家のでもいいんだが、やはり足を伸ばしてゆっくり入りたいじゃないか。それと開放感だな。上を見たら満天の星空、感じる冷たい風、最高だろ?」


「最高すぎてますます温泉に行きたくなったわ。」


「とはいえ、それをここでというのは中々に難しいかと。」


「人目もありますから。でも、それを避けると開放感がなくなっちゃいますよね。」


「開放感がありながら人目も避ける。まぁ無理だよなぁ。」


自分で言いながら矛盾しているのはわかっている。


屋外でそんな場所があるとしたら、草原のど真ん中ぐらいなもんだろう。


そんな場所で真っ裸になるのはさすがに危険すぎる。


っていうか時間と金の無駄だな。


「秋まで我慢ね。」


「だな。」


「いえ、できるかもしれません。」


諦めかけた俺とエリザだが、ミラは真剣な顔でそういいきった。


え、できる?


いやいや無理だって。


「どうするんですか、ミラ様。」


「倉庫の上にお風呂を作るんです。あそこなら他に高い建物もありませんし、下から見られる心配もありません。かつ高い場所ですから景色もよろしいかと。」


「その発想はなかったな。」


「でも倉庫でお風呂沸かすほどの火を使うのは危なくない?」


「火の魔導具・・・じゃ足りないか。」


「どの大きさにするかによりますが、直火の方が早いかと。屋上に薄い石材を敷き、そのうえで火おこしをするのはいかがですか?」


「ミラの風呂にかける意気込みが凄いんだが・・・。」


「恐縮です。」


なぜそこまでの熱量があるのかはわからないが、そこが最適な場所であるのは間違いない。


さすがに今から準備するのは無理なので、翌日早速準備に取り掛かった。


幸いにも石材はすぐに手に入り、浴槽に使う入れ物も倉庫の奥から発掘できた。


鉄製の船。


正確に言えば船ではないのかもしれないが、長方形で先がとがっているので船っぽいなと思っていたゴミだ。


横の長さは4mほどあり、縦は2m高さは1.5m程。


バラバラに分解してあるのを耐熱性の高いスライムの核でくっつけていくと良い感じで組みあがった。


後は水の魔道具で水を補充しつつ人力で下から上に水をくみ上げる。


これが一番きつかった。


そんなことをしているとあっという間に夕方になってしまったが、日が沈むまでに何とか巨大風呂は完成したわけだ。


「湯加減はいかがです?」


「おぅ、良い感じだぞ。」


「ねぇ、本当に下から見えない?」


「見えないって。そんなに心配ならさっさと入ればいいだろ。」


地平線に沈む太陽を見ながら巨大な風呂に入る。


なんて幸せな時間なんだろうか。


しばらくして火加減を調整していたミラも湯船に入ってきた。


四人入るとさすがに狭いが、家の風呂よりかは十分広い。


「気持ちいいですねぇ。」


「ほんとね。」


「頑張った甲斐がありました。」


女たちが幸せそうな顔で湯船につかっている。


一日がかりで汗だくになっただけに、いつも以上に気持ちいい感じがする。


はぁ、たまらんな。


「いつまでも浸かっていたい気分です。」


「とはいえ、この熱さだとのぼせる可能性があるな。」


「そうなったときのために隠し部屋に毛布を敷いてあります。そちらでお休みください。」


「お酒はある!?」


「少しですが。」


「やった!」


風呂上がりの一杯がないと生きていけないのがエリザだ。


きもちはまぁ、わかるけどな。


「温泉に行かなくてもよくなりましたか?」


「それはそれ、これはこれだ。だが、当分はこれで楽しめそうだな。」


「そうね。ちょっと水を準備するのが大変だけど。」


「とはいえ上まで水を引いてくるのもなぁ。」


「大型の水魔導具を導入するとか。」


「この為だけに?いや、でもそれもありか。」


冬場に大量の水を扱うことを考えたら面白いかもしれない。


魔石が必要になるが、幸いにも日課をこなすだけで手に入るから問題はないな。


よし、今度探してみるとするか。


日が沈み、夜の帳が下りてくる。


頭上に光りだした星を見上げながら、俺達はのぼせるまで露天風呂を堪能するのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] さすがに米になじみの無い土地で新米と言う言葉が普通に出てくるのは違和感がある。新人でいいのでは?
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