38.転売屋は呪いについて調べる
お試しで使うといっても当分店頭作業は無い。
ということでさっそく仕分け作業を手伝ってもらう事になったのだが・・・。
「次はお酒ですね、倉庫右奥の棚へ。」
「ういっす!」
「それは左手前の棚です、割れ物ですから慎重にお願いします。」
「わかりましたー。」
「姉ちゃん、この後暇だろ?俺達と遊ぼうぜ。」
「エリザ様、職務外の質問がコレで三度目です。追い出してもらえますか?」
「まっかせといて!」
屈強な冒険者がエリザによって排除される。
警告はした、それでも治らないのであればそいつが悪い。
残念だったね。
ちなみに今行なわれているのは、エリザの手配した冒険者による荷物の搬入作業だ。
ハッサン氏に預かってもらっていた荷物をうちの倉庫に移し替えている。
ありがたいことに馬車の手配なんかは向こうがやってくれたので、俺達は降ろされた荷物をひたすら捌いているという状況だ。
ミラさんが荷物を確認して速やかに搬入場所を指示。
レイブさんが言っていた通り、冒険者に絡まれても物怖じせずに的確に処理している。
エリザとも波長が合うのか上手く使っている感じだ。
凄いな、想像以上の働きだ。
「えぇっとコレは・・・。シロウ様申し訳ありませんこれは何でしょうか。」
だが万能ではない。
これも話しにあった通り自分の持っている知識以外の品には対応できないようだ。
コレに関しては俺がフォローするしかない。
荷物の入った木箱を確認すると良くわからない黒い塊が大量に入っていた。
大きさはピンボールぐらいの大きさ。
これだけ固まっているとまるで何かの卵のようだ。
一つ手に取るとすかさず鑑定スキルが発動する。
『ヴェルデペコラの糞。無臭で扱いやすく主に肥料として使われている。これを混ぜればどんな痩せた土地でも作物が育つ。最近の平均取引価格は銅貨2枚、最安値が銅貨1枚、最高値が銅貨5枚、最終取引日は3日前と記録されています。』
卵じゃなくて糞だった。
うそだろ触っちゃったぞ。
えんがちょ!
「あら、ペコラの糞じゃない。他所じゃゴミみたいな値段だけどここだとかなり高値で取引されてるわよ。」
「魔物なのか?」
「ん~、半分魔物で半分家畜かしら。この辺じゃあまり見かけないけど山奥とか行くと柵で囲んで毛とか乳とか手に入れてるから。」
毛とか乳、名前じゃ分からないが羊だろうか。
山羊だと毛を刈らないもんなぁ。
確かに草食動物系の糞っぽい形をしているが、でかすぎない?
糞の大きさからすると牛クラスだよ?
「さすが奥様、よくお分かりになりますね。」
「だから奥様じゃないってば。ダンジョンでも見かけるから覚えてただけよ。」
俺だって鑑定と相場スキルがなければ判別できないだろう。
こういう所でもエリザは役に立つんだよなぁ。
今後を考えるとやっぱりあれをつけてもらうほうが良いだろうか。
いやいや、どうなるかも分からないんだ、判明してからがいい。
「ここで高いのは土地的な問題か?」
「そうそう、木でもあれば肥料になるけどここは何にもないでしょ?だから野菜を育てるにはソレが必須なのよ。」
「それで糞だけ送ってくるのか。」
「その箱で結構な値段になるんじゃない?」
「マジか?」
「さぁ売った事ないから知らないけど。」
そこが大事なんだけどなぁ。
まぁいいか、今度調べておこう。
相場は分かっても一個単位の相場だからこういう数がある奴は値段が把握しにくいな。
仮に銅貨2枚として1000個あったら銀貨20枚になるのか?
それとも木箱単位での売買なんだろうか。
「あの~、これはどうしたらイイッスか?」
「申し訳ありません、食品と分けるほうが良さそうですね・・・倉庫の左奥へお願いします。」
話しこんでいたら気付けば荷運びが滞留していた。
今は仕事に集中しないと。
「ミラさん、ここは任せても良いかな?ちょっと出てくる。」
「ミラで結構ですシロウ様。」
「挨拶回りだけだから、すぐ戻る。」
いきなり呼び捨てはどうかと思うが奴隷だしそんなもんなんだろうか。
でもエリザはエリザだしなぁ。
俺の基準も良くわからん。
「どうぞ行ってらっしゃいませ。」
「私も行く?」
「雇い主のお前が持ち場を離れてどうするよ。両隣と向かいに挨拶しに行くだけだ、仕事してろ。」
「え~ケチー!」
何がケチなのか良くわからん。
もう少しミラさんを見習ったらどうなんだ?とはさすがに言わないけどな。
用意しておいた菓子折りを持ってひとまず両隣に挨拶しにいく。
先方もホルトの件はよく知っているようで、正直家主が代わってホッとしているそうだ。
何でも危ない連中が出入りしている噂が出ていたとか。
貴方は気をつけてねと、右隣の服屋の奥様に釘を刺されてしまった。
年は40過ぎ、いい感じに年を重ねていたが残念ながら俺の好みではなかった。
未亡人ならぐっと来たんだが、ビール腹の旦那さんも一緒に挨拶してくれたので一瞬でその気が失せた。
自前の服がそろそろ限界なので今度お願いするとしよう。
近所づきあいも大切だからな。
ちなみに左隣は冒険者向けの修理専門店でかなり評判が良いらしくひっきりなしに客が出入りしていた。
エリザ曰く予約がないと受け付けすら出来ないらしい。
忙しすぎて挨拶できなかったので、渡すものだけ渡して後日また挨拶に行くとしよう。
さて、最後はお向かいさんだ。
もはや顔なじみという関係だが、これからは半分商売敵になる。
そういう意味でも挨拶はしっかりしておかないと。
大通りを渡りベルナの店に入る。
カランカランと軽いベルの音が響き、裏から猫耳娘が顔を出した。
「イラッシャイ・・・なんだシロウかニャ。」
最初は標準語だったのに今は猫語全開のベルナ。
こっちの方が見た目と合うのでいいんだけどさ。
「悪かったな俺で。」
「今日は何の用にゃ?」
「向かいに開店するし一応挨拶にな。これ、良かったら食べてくれ。」
「ワザワザ律儀な男だニャ。」
「まぁそう言うなって。一応商売敵になるわけだしな。」
手渡した菓子を目の前で開封していくベルナ。
いや、まぁ気にしないからいいんだけど・・・。
「ニャニャ!南風堂の焼き菓子だニャ!シロウにしては気が利くのニャ。」
してはってなんだよ、してはって。
ぶっちゃけこれを用意したのもミラさんなんだけど、お隣さんにも喜ばれていたな。
有名なやつなんだろうか。
確かに美味そうではある。
今度自分用に買ってみるか。
「気に入ってくれたようで何よりだ。」
「この前といい最近気前がいいニャ、何か企んでいるのかニャ?」
「企むって何をだよ。」
「この店の乗っ取りニャ。」
「目の前に同じ店出してどうするんだよ。この前言っただろ、俺は金貸しはしない。あくまでも買取だけだ。」
「ふ~ん、そういうことにしておくニャ。」
不満そうな言い方だが耳がピョコピョコ動いている。
ベルナは気づいていないかもしれないが、機嫌の良い時はこうなるってことを半年の付き合いで学んだ。
聞くならこのタイミングだろう。
「なぁ、聞きたいことがあるんだが。」
「仕方ないニャ、答えてあげるニャ。」
「呪いについてだ。時々あるだろ?呪われているやつ。あれってどうなるんだ?」
「ニャニャそんなことも知らないで買取していたのかニャ。正直信じられないニャ。」
「触っても別にどうってことないからな。だが本格的に買取を行うなら知っておくに越したことはないだろ?」
正直信じられないっていういい方から察すると基本的なことなのかもしれない。
だがこの間ホルトの店で呪い装備を見た時にエリザは教えてくれなかったんだよな。
冒険者の中では常識じゃないんだろうか。
「『呪い』のかかった装備は一度身に付けると外れなくなるニャ。さらに呪いの程度によっては常に頭痛や倦怠感を感じるし、強い呪いの場合は出血したり体力を吸われたりもするニャ。教会に行けば解呪してもらえるかもしれないけど、強い呪いの場合は装備者が死ぬまで解呪出来ないニャ。」
おおよそ予想通り・・・か。
呪いの程度によってはかなり危険なものになるが、ぶっちゃけそれはどこで分かるんだろうか。
「呪いの程度は鑑定で出ないのか?」
「出ないニャ。詳しく知りたかったら教会に持っていくのが一番ニャ、素人が触るもんじゃないニャ。」
「助かったありがとう。」
「他に教えてほしかったらまたお菓子を持ってくるニャ。次は北央軒の饅頭が良いニャ。」
「いや、リクエストするなよ。」
思わずツッコミを入れてしまったがベルナが気にする様子はなかった。
うーむ、程度がわからないとなるとより装備させるわけにはいかなくなったな。
買ったものの短期間で死んだら大損だ。
人の命にこういういい方するのはアレかもしれないが、やっぱり金が動いているだけにそういう感覚になる。
買うからには大切にするつもりだ。
どれ、外出ついでに教会に行くとするか。
ベルナにもう一度礼を言って店を後にする。
えーっと、教会教会・・・どこにあったかな。
信仰所の場所は知っているが教会の場所は知らない気がする。
ほんと興味のないことに関しては何も知らないよな、俺ってやつは。
知らなくても生きていけるし、仕方ないと言えば仕方ないんだけども。
ベルナに聞けば早いのだが、それも面倒なんでとりあえず人の流れに任せて大通りを進む。
教会っていうぐらいだ、それなりに大きい建物だと思うんだが・・・。
キョロキョロとあたりを見渡していたその時だった。
「誰か!そのガキを捕まえてくれ!」
男の叫び声と同時に足元を小さな影が通り過ぎる。
それに二呼吸遅れて声の主であろうオッサンが駆け抜けていった。
万引きか置き引きかスリか。
まぁそんな所だろう。
治安がいいとはいうけれど前世程ではない。
窃盗乱痴気騒ぎは当たり前、意外に殺人も起きているそうだ。
そりゃあ殺傷能力バリバリな物を携帯しているんだからそうなるわな。
そういうのが無かったとしても年間何百件と殺人は起きてたわけだし。
走り抜けていくオッサンを一瞬だけ目で追うと、何事もなかったかのように教会探しに戻るのだった。




