374.転売屋は後夜祭で踊る
後夜祭は始まったが、俺はその輪に入らず離れた所で酒を飲んでいた。
女達はこの時のために用意したドレスを身に纏いアニエス様の近くに控えている。
ミラもアネットもドレス姿になるとなお美しい。
エリザはなんていうか馬子にも衣装?
いやいや、いつもとは別人のような美しさがある。
アニエスさんは最初に会った時に身に着けていたワンピースのようだ。
マリーさんは・・・。
うん、さすが元王族。
立ち振る舞いも素晴らしく、さっきから男達がひっきりなしに挨拶に来ていた。
こりゃオークションの後も化粧品がよく売れそうだなぁ。
主に貴族相手に。
「そんな所で何やってるの?」
「ちょっとな。」
「あの人?」
「あぁ、極力かかわりたくない。」
「いきなり魔族だなんていうからびっくりしたわ。魔族なんてそんなの御伽噺にしか出てこないもの。」
「そうなのか?」
「大昔には居たっていう記録もあるけどね。今でも時々魔族に操られただの何だの言う人も居るみたいだけど、結局は魔族を言い訳にした自作自演・・・ってのが世間の答えよ。」
つまりバカみたいなことを聞いたものだから女達は驚いたわけだな。
初対面の人にいきなりそんなこと言うなんて、気でもふれたのかと。
なるほど。
「嘘だと思うか?」
「ん~、冗談にしては警戒しすぎね。」
「信じるのか?」
「シロウが気になるんなら関わらないようにするわ。」
「信じてくれるんだな。」
「当たり前じゃない。シロウが私達を騙すはずないもの、冗談はよく言うけどふざける人じゃないのはわかってるわ。」
「そっか、ありがとな。」
「オリンピア様が探してたわよ、行ってあげて。」
そう言われて顔を上げると、オリンピア様とマリーさんが俺の方を見て手を振っていた。
周りの男連中も驚いた顔で俺を見てくる。
大方俺の事を彼氏だの何だのと紹介したんだろう。
アニエスさんが居ないだけ話がややこしく無くていい。
本人はずっとスクエルさんを見ているようだ。
何か感じるものでもあるんだろうか。
エリザがうれしそうに俺の腕に手を絡めてくる。
柔らかな膨らみを肘に感じながら俺達はオリンピア様のところに戻った。
「呼んだか?」
「まったく、どこに行っていたんですか?」
「いきなり怒られるとは思わなかったんだが・・・飲ませたのか?」
「シャンパンを一杯だけ・・・。」
呼ばれていきなり絡まれるとは思わなかったが、顔を見てすぐにわかった。
目が潤み顔が真っ赤になっている。
酔っ払いの顔だ。
「それでコレかよ。王族だけに普段から飲み慣れてるんじゃないのか?」
「そういうわけではありません、むしろこういう場では何も飲まない方が多いので。」
「毒か。」
「はい。」
「今回は私が毒見をしてからお飲みになられました。しかし、こうも弱いとは。」
「いいからこっちに来なさいよ。お姉様が他の男に取られてもいいの?」
「オリンピア様、そのように呼んでくださるのは嬉しいのですが・・・。」
オリンピア様の発言をマリーさんが慌ててフォローする。
個室ならともかく公衆の面前で来れはマズい。
「やばい事言わないうちに部屋に戻した方がいいんじゃないか?」
「私もそう思うのですが、中々戻ろうとしなくて。」
「なんでだよ。」
「シロウ様と一緒に戻ると行って聞かなかったのです。」
「ほら、さっさと行くわよ!お姉様も!」
「はぁ、とりあえずこいつを何とかするのが先か。マリーさんアニエスさん、悪いが付き合ってくれ。」
これ以上大騒ぎする前にさっさと連れて行くとしよう。
呼んで動き出すと遠巻きにこちらを観察していた男達が群がるようにしてこちらに向かってきた。
それをさえぎるようにうちの女達が割ってはいる。
時間稼ぎは任せたぞ。
そのまま後夜祭会場を突っ切って屋敷の奥へ行こうとしたその時だった。
さっきまで離れた所にいたはずのあの男がなぜか俺の前に居た。
「やぁ、シロウ君。」
「申し訳ないが今は取り込み中だ。」
「おやおやシャンパン一杯で酔ってしまうなんて、随分と可愛らしいお姫様だ。」
「シロウ様。」
「アニエスさんとマリーさんは奥へ。」
「かしこまりました。マリー様、参りましょう。」
このままこいつの相手をするのはよろしくない。
なぜかそう感じたので三人を先に行かせることにした。
出来るだけこの人の目を見ない様にしないと。
「姫様を先に行かせて、まるで勇者だね。」
「なんだその漫画みたいな設定は。同業同士話をするだけだろ?」
「おっと、そうだったね。」
「・・・つまりは嘘か。」
「嘘じゃないよ、実際に今日買った品だってちゃんとしかるべき人に売ることになっている。人間は本当に欲が多い、おかげで食べるのには困らないから助かるよ。」
「人間、ね。」
「僕の正体を見抜いた人間は君が始めてだ、教えてくれないかどうしてそう思ったのかを。」
スクエル氏が一歩前に寄ってくる。
それにあわせるように後ろに下がる。
それを二度ほど繰り返すと、やっと動きを止めた。
「いいねぇ、この警戒する感じ。操れなかったのも久々だったよ。」
「あのときの違和感、やっぱりな。」
「ご明察。」
「結局自分で買うなら吊り上げる必要は無かったんじゃないか?」
「そうなんだけど、君には効きが弱くてね。つい夢中になってしまったんだ。」
「そりゃ大損したな。」
「まぁロバート王子ってだけで高値で買ってくれる人はいくらでも居る。損はしないよ。」
この街でもかなりの人気だ、王都に戻ればいくらでも買い手がつくだろう。
だが利益は減ったはずだ。
「人が多いと色々と捗るな。」
「そうなんだよ。君ならこの町の何倍も稼げると思うんだけどなぁ、聞けばお金以外に興味がないそうじゃないか。その割には女性の数が多いようだけど。」
「気のせいじゃないか?」
「まぁ国王陛下にも女は多いしね。」
「残念だが手を組むつもりは無いし、王都に行くつもりも無い。諦めてくれ。」
「それは困るなぁ。」
「困る?」
「せっかく見つけた玩具を手放すほど、僕は優しくないんだ。」
目にも留まらぬ速さで近づかれ、気づけば目の前にスクエルさんの顔があった。
俺よりも背が高いので見上げる格好になる。
見るなと思う前に目があってしまった。
ヤバイ。
そう思った次の瞬間。
強く肩を引かれて我に返る。
「困るよ、彼は大事な役者なんだ。」
「なるほど、通りで僕の魅了が効きにくいわけだね。」
「アンタは?」
「僕のほうは見なくていいよ。前に会っただろ?」
この声、まさか夢に出てきた・・・。
「神様が味方じゃ勝ち目はなさそうだ、手を引くよ。」
「惹かれあうのは必然かもしれない、でも彼には手を出さないでくれるかな。」
「はいはい、そうするよ。」
「おい、どういうことだ?」
「君は役者、僕は邪魔者それだけさ。せいぜい掌の上で踊るがいいさ。」
「やだなぁ彼は役者だけど台本は無いよ?掌の上なんかじゃない、ちゃんと舞台の上で踊ってる。」
「どうだか。」
「だから俺を無視して話を・・・。」
「ちょっと黙ってようね。ほら、君の女性達がダンスに誘ってくれているよ。行って来るといい。僕はちょっと彼とお話があるからさ。」
「えぇ~、話したくないんだけど。」
「いいからいいから。」
スクエル氏がいやそうな顔をする。
それが最後に見た姿だった。強制的にくるりと反転させられ、ドンと背中を押される。
慌ててバランスを取り後ろを振り返るも、そこにスクエル氏ともう一人の姿は無かった。
「シロウ様!」
「ちょっとシロウ何してるのよ。」
「お願いしますご主人様、助けてください。」
今度は女達にくるりと反転させられ、その隙に俺の後ろに隠れる。
前を見るとさっきオリンピア様を狙っていた男達の姿があった。
「オリンピア様といい、彼女達といい、君は一体何人の女性に手を出しているんだい?」
「そうだ、一人ぐらい分けてくれてもかまわないだろう?」
「見れば二人は奴隷みたいだ、どうだい買ったときの倍で彼女達を買おうじゃないか。」
男達は目を血走らせて俺ではなく後ろに隠れる女達を見ている。
これも神様とやらが作った物語の一部なんだろうか。
掌で踊らされている、そうスクエル氏は言っていた。
だが、神様はそれを否定していた。
俺は役者であっても台本は無い。
何をするのも俺の自由だと。
どれが本当の事なんだろうか。
わからない。
わからないが、目の前のこいつ等が非常に不愉快だという事に間違いないようだ。
「断る。」
「なに?」
「ただの買取屋がいい気になるなよ!」
「ここは俺の街で、こいつ等は俺の女だ。余所者に好き勝手させる理由は無い。とっとと失せろ。」
「貴族に歯向かうのか?」
「なら貴族は王族に歯向かうのか?俺の後ろには名だたる面々が控えている。俺に喧嘩を売るってことは、その人達にも喧嘩を売るってことだぞ。あぁ、ついでに聖騎士団にもな。」
そう言いながら持っていた聖騎士団の証とリングさんの紋章を見せてやる。
それを見た途端に男達から血の気が引いた。
サーっという音がしたのは気のせいではないだろう。
「お、おい・・・。」
「くそ、行くぞ。」
「ちょっと待てよ!」
男達は慌てた様子で会場に消えていく。
はぁ、めんどくさい。
逃げるのならちょっかいかけてくるなよな、まったく。
「ありがとうございます、ご主人様。」
「かっこよかったわよ。」
「惚れ直しちゃいました。」
「はぁ・・・。」
「なによ、ため息なんかついて。」
「疲れただけだ。」
なんかどっと疲れた。
魔族とかいうやつが出てきたと思ったら神様の登場?
これは夢の続きなのか?
それとも現実なのか?
そもそもこの世界に来たこと自体が夢みたいなものなのに、加えて色々出てきすぎだろう。
はぁ、考えるのが面倒になってきた。
「シロウ様、踊りましょう。」
「なに?」
「せっかくの機会です、踊りませんか?」
「そうね。シロウの女だって周りに知らせれば変な虫が来ることはなくなりそうだわ。」
「一度こういう場で踊ってみたかったんです。」
ミラの提案に他の女たちも乗り気になっている。
俺が、踊る?
「悪いが踊れないんだよ。」
「私も踊れないわよ。」
「私もです!」
「おいおい。」
「ちなみに私も踊れません、ですが踊らないのはもったいないと思いませんか?」
よく考えれば俺たち全員貴族じゃない。
そりゃ踊れるはずもないか。
でも確かにこの場にいて踊らないのはもったいない気がする。
神様とやらの手のひらで踊るよりよっぽど楽しそうだ。
「そうだな、踊るか。」
俺は絵本に出てくる王子様宜しくミラの前に膝をつき、右手を取った。
「踊って頂けますか?」
「もちろん、喜んで。」
「あ~ずるい!私にもやって!」
「次は私にもお願いします。」
「わかったから騒ぐな。」
まったく、恥ずかしいやつだなぁ。
ミラの手を取り、舞踏会宜しく優雅に踊る面々の邪魔をしない場所で好きなように踊る。
踊らされていたとしても、今踊っている時間は本物だ。
俺は俺、役者であっても台本はない。
なら好きなようにやらせてもらうだけだ。
その後エリザ、アネットに続き、なぜかマリーさんとアニエスさんとも一緒に踊ることになってしまった。
後夜祭は更けていく。
翌朝、慣れないことをして全身筋肉痛になったのは言うまでもない。




