371.転売屋はドラゴンを買い占める
「シロウさん!これ買い取ってよ!」
「げ、またデカイの持って来たな。」
「だってよお、ギルドに行っても買取価格がいつもの半値だぜ?やってらんねぇよ。」
「そりゃ今までの苦労を考えたらそのぐらいの値段になるだろうさ、だがなぁ。」
「簡単すぎるって?」
「提供しているうちが言う筋合いはないが、ちょっとやりすぎな感じはあるな。」
ポリポリと後頭部を掻きながらどうしたもんかと思案する。
冒険者が持って来たのは巨大な鱗。
直径30cmはあろうかという茶色いそれは分厚く、そして丈夫だ。
「確かにギルドからも乱獲に注意しろってお達しが出てたなぁ。」
「ダンジョンがどうかはわからないが、地上ではそうやって姿を消した獣が多い。注意するに越したことは無いだろう。」
「そうは言っても他のやつが狩ってるのを黙って見てるのは無理だぜ。」
「気持ちはわかる。」
俺だって、他の転売屋が商品を買い漁っているのを見るとついつい手が出そうになる。
だが、俺は買い占めをしない主義なんだ。
必要数だけ買ったらそれで終わり。
それにそれだけ大量に出回るという事は値下がりするのは間違いない。
そうなる前に捌き切るのが一番ってわけだよ。
「シロウさん?」
「いや、ちょっと昔を考えてただけだ。ランドドラゴンの鱗で銀貨3枚な。」
「へへ!これでうまい酒が飲めるぞ!」
「たまには武器も新調しろよ、そろそろくたびれて来てるぞ。せめて手入れしてやれ。」
「ういーっす。」
まるで注意された子供のように苦い顔をして、冒険者は店を出て行った。
はぁ、またこれか。
「シロウ様裏の倉庫がそろそろ一杯になりそうです。」
「仕方ない、庭に置いて後で大きな倉庫に持って行こう。向こうに置いておけば出荷もしやすい。」
「ですがいいのですか?」
「何がだ?」
「市場価格は暴落、今のままではほとんど利益が出ません。」
「そうだな。」
「ではなぜ価格を下げないのですか?」
「ちゃんと下げたぞ?」
「二割しか下がっていません。利益を考えればあと三割、ギルドと同じ価格にするべきです。」
ミラの言い分もよくわかる。
なぜわざわざ市場価格と同じ値段で買うのかという事だ。
そんな事したら利益が出ない。
出ても雀の涙ほどしかないだろう。
今までの俺なら絶対にしないやり方。
それに戸惑っているようだ。
「いや、それはしない。」
「何故ですか?」
「そんなことをしたら旨味が無くなる。まぁ、出荷量を考えたらそろそろ終わりっぽいし俺達が心配しなくても価格はもどるさ。」
「確かにあの毒薬はもう売り切ってしまいましたけど・・・。」
「デスマッシュルームがまた手に入れば同じような事になる。だがその頃には規制がかかっているだろう。そうすればギルドも元の値段に戻さざるを得なくなる。ドラゴン素材をこの値段で買えるのは今しかないんだ。」
「だからこそ安く買うべきです。」
「でもそれをしたらうちに持ってきてくれないだろ?」
「それはそうですけど・・・。」
「それに、安く買えば冒険者に金が入らない。冒険者が潤えば結果として街が潤い俺も潤う。」
「ですがお金は・・・。」
「金はある。まだまだ買うぞ、それこそ規制がかかって値段が戻るまでな。」
ニヤリと笑う俺を見てミラが小さく息を吐いた。
どうやら諦めてくれたようだ。
今、ダンジョンは空前のドラゴンブームに沸いている。
事の発端は、ベッキーが見つけたデスマッシュルームだ。
ダンジョン内ではなかなか手に入らない筈のそれが、前回の大騒動の時に大繁殖。
それを回収してアネットに毒薬を作らせてみたのだが、それがドラゴン種にかなり効くのが分かった。
ランドドラゴンという巨大なドラゴンが毒薬三本の入ったエサをた食べると瞬く間にのたうち回り、30分も放置すれば動かなくなる。
後はサクッと止めを刺せば、痛んでいる部分のない綺麗な素材が山のように手に入るというわけだ。
毒は加熱すれば無毒化されるので肉も食べれる。
素材も肉も高値で売れる、ドラゴンが何もしないで倒せるとなれば、そりゃあ大騒ぎにもなるだろう。
流石に古龍種と呼ばれるような魔力が高く知性の高いドラゴンは引っかかってくれないが、武器に塗ればそれなりに効果が出る。
つまり、そういったドラゴンの素材も手に入りやすくなったわけだ。
大量に流入すれば値下がりするのが世の必然。
現在は供給が多すぎて値崩れが起きてしまい、ドラゴン素材は肉も含めて全て半値、悪ければそれ以下という事もあるようだ。
それもそうだろう。
いくら需要があるとはいえ、売りにいくにも金と時間がかかる。
その間にもひっきりなしに買い取りは来るわけで、よほどの資金力がなければ買い取り続けるのは無理だ。
俺みたいにな。
「ただいま~。」
「おかえり、どうだった?」
「今日はねぇ、じゃじゃ~ん!」
「お、龍核か。」
「うん。レッドドラゴンのオーブ、中々にしぶとかったわ。」
「今回も二人でやったんだろ?」
「もちろん!」
「アニエスさんと最強の二人組って言われてるらしいじゃないか。」
「正確には他にも冒険者はいるんだけど・・・、まぁ戦ってるのは私達だけね。」
エリザとアニエスさんの二人は今やこの街一番の冒険者コンビと言われている。
普通の冒険者では太刀打ちのできない古龍種と呼ばれるドラゴンも、この二人の前には敵ではない。
このドラゴンブームに乗っかって、龍の巣に殴り込みをかけ数々のドラゴンを葬っている。
それも毒薬のおかげなわけだが、おかげでかなり珍しい素材が手に入るようになった。
「今回の素材もギルドと折半だな?」
「うん、でもよかったの?シロウのお店に全部売ってもいいのよ?」
「確かに買うだけの金はあるが、俺だけが独占するってのもなぁ。古龍種にもなれば他のドラゴンよりも高値が付く、さすがに買い叩くことはしないだろう。」
「ふ~ん、まぁ私はお金になるならそれでいいわ。」
「あっさりしてるなぁ。」
「だってシロウも儲かるんでしょ?」
「そりゃな。」
二人が葬ったドラゴンは後ろで待機していたサポート運搬要員の冒険者によって地上へと運ばれ、うちとギルドで半分ずつかいとる。
それとは別に珍しい素材なんかは退治した二人が持って帰るようだ。
今回エリザが持って帰って来た竜核、レッドドラゴンのオーブだけでも金貨5枚の価値がある。
今回だけでどれだけ儲けたのやら。
この竜核はこの前のように用途によってはもっと高値になる場合もあるようなので、今回のオークションにも追加でまとめて出品するつもりでいる。
これだけの数がまとめて出品されることはなかなかないだろうから、競い合ってくれるに違いない。
さすがのエリザ達も毒薬無しに竜の巣に突っ込むことは出来ないからなぁ。
「何はともあれご苦労だった、これで四種類すべて揃ったぞ。」
「頑張った甲斐があったわ。」
「今日の飯はどうする?」
「イライザさんの所に行くつもりだけど・・・。」
「またステーキ肉か。」
「だって美味しいんだもん。」
いやまぁ確かに美味いのはわかるぞ?
ドラゴンの肉なんてなかなか食べられないし、今のうちに食い溜めしとこうという気持ちもわかる。
だが倉庫はドラゴン肉だらけだし、ありがたみが無いのも事実なんだよなぁ。
「でもまぁ、今日は特に美味しい肉が食えるかもしれないしな。」
「でしょ!だって古龍種よ?絶対美味しいに決まってる!」
いや、それはどうかわからんぞ。
筋肉質だと硬いだけで食べれない可能性だってある。
現にオーガは食用には向かないからなぁ。
「今日もイライザ様の所へ?」
「あぁ、エリザが古龍種を倒してきたらしい。肉が地上に出てるそうだ。」
「それは面白そうですね、ですが・・・。」
「え、ミラ行かないの?」
「行きたいのですが買い取った素材を倉庫に運ばなければなりません。シロウ様は値下げをしないそうですからまだまだ入荷いたします。」
う、どうやらまだ納得していないようだ。
でもなぁさっきも言ったように、俺の金はちゃんと元に戻ってくる訳で。
根気強く説明するしかないか。
「ってことで皆で食べる前にもうひと働きだ。荷台に詰め込んで別の倉庫に運ぶぞ。」
「え~。」
「文句を言うな、ほら片付けるぞ。」
みんなで一緒に飯を食いたいのなら働くしか方法はない。
もちろん一人で食べたいのなら別だがな。
「エリザ様頑張りましょう。」
「はぁ、仕方ないか。その代わりお酒はシロウのおごりだからね。」
「断る。」
「なんでよ!」
「当店は素材の買取で家計がひっ迫しております。その点エリザ様は素材でホクホク、出していただけると助かります。」
「え、そんなにヤバイの?」
「そうでもないぞ、残りの資金が金貨1000枚を切ったぐらいだ。」
「それやばいじゃないの!」
うちの総資産の三割が素材の買取で消えている。
だがまだ三割だ。
まだ七割ある。
「ということで、エリザ様お願いいたします。」
「仕方ないわね私に任せなさい!」
「ミラ、よくやった。」
小さくガッツポーズするとミラがにこりと笑った。
さすがうちの経理担当。
他人の財布をうまく使うのも得意なようだ。
それから三日程ドラゴンフィーバーは続き、うちの金は半分まで減ることになったのだが・・・。
ま、数か月のうちにこれが倍になると思えばなんてこともない。
オークションを前にいい感じの品が手に入ってむしろホクホクだ。
「あ、シロウがまた悪い顔してる。」
「誰の顔が悪いだって?」
そんな冗談を言えるぐらいに俺は悪い顔をするのだった。




