369.転売屋は正体がばれる
で、あの後どうなったかって?
もちろん何事もなかったかのように帰ったさ。
アニエスさんには信じられないという顔をされたが、これが俺の答えだ。
今は仕事優先で行きたい。
その後の事はまた、考えるさ。
「で、ノコノコ帰ってきたのね。」
「ノコノコとは随分な言い草じゃないか。」
「だってそうでしょ、そこまでお膳立てされて食べないなんて、シロウの物が使い物になるのは知ってるけど、好みなんでしょ?」
「好みかそうじゃないかでいえば前者だが、それとこれとは話が別だ。」
「私は別に構いませんが?」
「私もです。」
「うちの女たちは懐が広いなぁおい。」
普通は他に女を作るなとかいうもんじゃないのか?
俺の考えがおかしいんだろうか。
いや、基本は一夫一妻だし余程のことがなければ複数人と同居することなんてない。
「シロウ様の血は残すべきです。」
「そうですよ。こんなにお金がいっぱいあるんですからたくさんの女性を迎え入れるべきです。そうすればみんな幸せになれますよ?」
「って感じみたいね。私はちょっと違うけど、まぁシロウだし。他の女性に現を抜かすってこともしなさそうだしね。ほら、真面目だから。」
「真面目ねぇ。」
「平等に愛せとは言わないわ、でも放っておかれるのは嫌。でもシロウはそれをしないからまぁ、仕方ないかですんじゃうのよね。いい加減ルティエとかモニカも抱いてあげればいいのに。」
「お前たちのその考えが理解できん。」
好意は自覚しているが別に女に困ってるわけでもないのに抱いていい物なのか?
据え膳食わねばなんとやらというし、俺が考えすぎなんだろうか。
「ともかく恋人ごっこは継続なんでしょ?」
「今のところは。だが、もうバレてると思ってる。」
「普通そうよね?」
「恋人同士ならわざわざ無理やり脱がす必要はありません。そういう関係でないと悟ったからこそ、実力行使に出たと考えるのが自然です。」
「なかなかすごい人ですね、アニエス様って。」
「聞けば侍女長という役職にいながら、騎士団を相手に戦うこともできるらしい。趣味はダンジョンにもぐること、冒険者証も持っているそうだ。」
「なにそれ、ちょっと会ってみたいかも。」
「お前とは気が合うと思うぞ。」
犬同士だけに。
まぁ、片方が狼でももう片方は駄犬だけどな。
「それで、今後はどうされるのですか?」
「今まで通りにするしかないさ。」
「では明日はお店に?」
「そのつもりだ。」
またミラに無理をさせて倒れられても困る。
色々とやらなきゃならないこともあるしな。
という事で、翌日はいつものように仕事をすることにした。
心のどこかでは店に来るんじゃないかと構えていたのだが、それから二日経ってもマリーさんとアニエスさんが店に来ることはなかった。
なんだか拍子抜けだ。
「シロウ様、マリー様が参られました。」
とか思っていたら来ちゃったよ。
「入ってもらってくれ。」
店をミラに任せて裏に来てもらう。
ちなみに俺は昼食中だった。
「あ、食事中だったんですね。」
「もう食べ終わるところだ、悪いな散らかっていて。」
「いえ、大丈夫です。」
「あの後アニエスさんはどんな感じだ?」
「特に何も。彼女の性格でしたらもっと色々と世話を焼きそうなものなのですが、なんだか変な感じです。」
「今日ここに来ることは?」
「もちろん伝えました。」
でも本人は来ないと。
あの調子だとマリーさんの言うように色々とやってきそうなものだが、俺達の考えすぎだろうか。
「一応まだ恋人同士だと思ってくれてはいるのか?」
「そうみたいです。」
「変な感じだなぁ。」
「シロウ様もそう思いますか?」
「実力行使で来ないとなると、外堀から埋めて来るとか?」
「え?」
「俺達が恋人同士だと周囲に認知させることでそう仕向けるとか。」
「あ・・・。」
「その感じは何か心当たりがあるんだな?」
「今朝、モーリス様の奥様にシロウ様とのなれそめを聞かれまして。あれはそういう事だったのかもしれません。」
おいおい、俺達が動かないと察して次はそんなことをし始めたのか。
こりゃ早めに手を打たないとまずいな。
「マリーさん、家に戻るぞ。」
「え?」
「変なことになる前に関係をばらした方がいい、あっという間に恋人同士だってことにされるぞ。」
「・・・私はそれでもいいんですけど。」
「そういうのは自分達で築き上げるものでお膳立てされるものじゃない、違うか?」
「それもそうですね、ごめんなさい。」
「一応誤解しない様に言っておくが、別に前の姿を気にしているからじゃない。この前言ったように今はその気がないだけだ。」
「わかりました。」
この辺ははっきりしておかないとな。
とりあえず急ぎマリーさんと共にアナスタシア様の屋敷へと戻る。
すると、屋敷の正面でアナスタシア様と話すアニエスさんを見かけた。
「おかえりなさいませ。」
「あら、お二人そろって仲がいいのね。新しい女性と仲良くデートかしら?」
「はぁ、やっぱりそうなってたか。」
「あら?何か違うの?」
「違うことなどありません。シロウ様はマリー様にペーパーナイフを送られ、お互いに愛し合っておられます。」
「そこまでだ。」
なるほど、そういう感じで周りに認知して回っていたのか。
この二日でどれだけの人に言いふらしてきたのか、ちょっと想像したくない。
「アニエス、私の事を考えてくれるのは嬉しいのですがこういうやり方は好きじゃありません。」
「マリー様。」
「でも、気にかけてくれてありがとう。」
「何やら複雑なようね。」
「色々あるんだよ。」
「色男も楽じゃないわね。」
「まったくだ。」
アナスタシア様はひらひらと手を振って屋敷に戻っていく。
さて、後は後始末だけだ。
「アニエス、気づいていると思うけど私とシロウ様は恋人同士ではありません。だましてしまってごめんなさい。」
「別に謝る必要などありません。今は恋人同士ではないだけの事、いずれはそうなるのは間違いありません。私が保証いたします。」
「俺の気持ちは無視するのか?」
「シロウ様はこの前仰りました、『今は』と。それはつまり拒絶ではなく延期です。」
「いやまぁ、確かに。」
「ならばそう仕向ければいいだけの話。ですが、それはマリー様の気に障ったようです。ですが何故です?障害はなくなり本当の意味で愛し合えるのですよ?」
「そうだとしても強制するものではありません。」
「人の恋愛というものはなかなかにまどろっこしいものです。愛し合っているのならつがいになればいい。幸いにもシロウ様にはその器があるご様子、一人といわず五人でも十人でも群れに迎えられるでしょう。」
いやいや、何を言い出すんですかねこの人は。
五人でも十人でもって・・・。
指折り数えてみると、関係を持った人がそれなりにいる。
我ながら良く手を出したものだ。
「どうやら自覚されたようです。」
「とはいえ、それでマリーさんを恋人にすると決めたわけじゃない。」
「マリー様だけですか?」
「は?」
「私は含まれないのでしょうか。」
「いや、だからなんで?」
「この前申しあげた通りです。」
いや、確かにこの前そんなことは言いましたけど・・・。
あれ本気だったの?
「ルフにいったい何を聞いたんだ?」
「色々と聞かせていただきました。同族を代表致しまして感謝を申し上げます。」
「俺の子供だから強くなるとは限らないぞ。」
「強くなるのは本人の努力です。力だけが全てではありません。」
「はぁ、何を言っても無駄か。」
「正直に申しますとまだ迷いはございます。ですが、ルフとマリー様を見ていますと人間のオスもなかなか捨てたものではないと思い始めました。最初に子を成すのであればそう思わせてくれたオスがいい、そう思っただけです。子育ては力ではどうにもなりませんがお金で解決できることは多い。その点シロウ様はその点で非常に優れておいでです。いざとなれば王家の後ろ盾も聖騎士団の支援も見込める、これほどのオスはなかなか出会えるものではありません。」
そこまで言われてはぐうの音も出ない。
男としてそこまで思われて不快になるやつはいないだろう。
だが、それとこれとは話が別だ。
「俺がその気持ちに答えると思うのか?」
「振り向かせるのもまたメスの仕事。幸いにも嫌いではないようですので、時間はさほどかからないでしょう。頑張りましょう、マリー様。」
「アニエスが一緒なら頑張れる気がしてきました。」
「おい。」
「覚悟してください。」
「よろしくお願いします、シロウ様。」
二人がズンズンと前進してくる。
それから逃げるように後ろに下がるが、すぐに屋敷の壁に阻まれてしまった。
しまった、位置取りを間違った。
「あ、シロウさんちょうどいいところに・・・?」
万時急すと思われたその時、救世主のように現れた人影が一つ。
たまにはいい仕事するじゃないかよ、羊男。
「シープさん、どうした急用か?」
「え、あ、そこまで急用じゃ。」
「急用なんだな、わかったすぐ行く。」
俺は二人の間を縫うようにして羊男のところまで走る。
情けないというならば言え、この状況から逃れられるなら俺はなんだってする。
羊男の横まで行き、その肩をしっかりとつかむ。
「え、ちょっと、なんですか?」
「良いから歩け。振り向くな、何も聞くな、いいかわかったな?」
「それはマリーさんと恋仲であることに関係が?」
「まじかよ、そこまで話が広がってるのか?」
「違うんですか?」
「ちょっと色々聞かせてもらわないといけないようだな、覚悟しろ。」
「なんで私が怒られてるんですかねぇ。」
「いいからいいから。」
幸いにも情報が広がっていたのはギルド協会だけだったので、火消しは成功した。
が、その日からアニエスさんとマリーさんのアプローチが強くなったのは言うまでもない。




