368.転売屋は恋人のふりをする
アニエスさんとマリーさん、二人を連れて街を歩くといつも以上に視線を感じる。
それもそうだろう、どちらも美人だしアニエスさんはかなり背が高い。
スラリと伸びた長身は170cmぐらいありそうだ。
細身でも芯はしっかりとしている。
なにより尖った耳が印象的だ。
アネット同様出し入れは可能なようで、基本は隠していることの方が多いらしい。
だが、出すことによって周囲の音をいつも以上に感じることができるそうで、ダンジョンの中や護衛中などはわざと出しているらしい。
その辺はよくわからん。
で、俺たちがどこに向かっているかというと・・・。
「どうぞ。」
「あ、あぁ。」
案内されたのはマリーさんの店、ではなくアナスタシア様の屋敷・・・の一室。
そう、マリーさんの自室になる。
家がまだ出来上がっていないのでマリーさんは今もアナスタシア様の屋敷に居候している。
この秋には出来上がるそうなので、出来上がり次第引っ越すそうだ。
まさか部屋に連れていかれるとは思っていなかった。
よく考えればこの世界に来て女性の部屋に入るのはこれが初めて・・・でもないか。
ハーシェさんの家にも行ってるしな。
今思えば何のこともない。
これはフリだ。
恋人のフリ。
「適当に座ってください、今お茶を淹れます。」
「それは私が。」
「でも・・・。」
「マリアンナ様の手を煩わせるわけにはまいりません。」
「じゃあお願いします、台所は一階の奥ですから。」
「ご挨拶致しました後に確認しております、ではシロウ様ごゆっくり。」
アニエスさんが丁寧にお辞儀をして部屋を出ていく。
残されたのは俺とマリーさんだけ。
微妙な空気に思わず大きなため息をついてしまった。
「ごめんなさい。」
「いや、俺も悪かった。」
「まさかシロウ様と先にお会いしているとは思いませんでした。しかも畑で。」
「俺だって本人だとは思わなかったさ。しかも亜人だなんてな。」
「亜人でありながら侍女長までのし上がったのはアニエスだけなんですよ。私の護衛を兼ねていたというのもあるんですけど。」
「この前の話じゃ、正体は知らないって事だったがもうバレてるんだな。」
「どうやらオリンピアから聞いたようです。会うなり私が女性になったことを自分の事のように喜んでくれました。」
「で、想像通りの結果になったと。」
「はい。女性になったのだからシロウ様とも結ばれた。そう思っているようです。」
「まいったね。」
「この前お話ししたように、出来るだけそういう感じで振る舞ってもらえますでしょうか。多少の事なら気にしませんので。」
「多少ってなんだよ。」
「・・・キスするとか?」
「いや、そこでなぜ疑問形になる。」
「だってこの体になる前もそういったことは経験したことなかったから。」
どうやらロバート王子は童貞だったらしい。
いやまぁ、それはこの際どうでもいいのだが、いや、よくないのか?
つまり女の体になった今は処女ってことだろ?
まずい、これ以上考えるのはよろしくない。
話題を変えよう。
「さすがに本人の前ですることはないだろう。なんならしたくないと断ればいい。」
「それができればいいんですけど、アニエスがどういう考えをしているかはもうお分かりですよね。」
「良いオスならば複数のメスを抱えていても問題ない。なんなら私も群れに入れてくれと言われたな。」
「やっぱり・・・。彼女は亜人の中でもかなり獣に近い考えをしているみたいで、つまりそういうことなんです。」
美人で未婚、お手付きにしてもかまわない。
あの時、ブランドン監査官が来たときの発言は、彼女が自らそれを望む可能性があるということだったようだ。
だが、いくら本人がそれを望んだとしても俺がそれを拒んでしまえば問題ない。
「いくら本人がそれを望んでも俺にその気はないし、なにより彼女は監査官としてここに来たんだろう?流石にお手付きにするのはまずくないか?」
「本人は気にしていないと思います。監査官という役職はおまけ、本当の目的は私のお世話のようですから。はぁ、王族を抜け平民になったはずなのにお父様ときたら。」
「それが親心ってもんなんだろう、俺にはわからんがな。」
「シロウ様らしいですね。」
ふふふ、とマリーさんが笑う。
絶世の美女ながら笑うと少女のようにも見える元男。
最近はその辺を気にしないようにしているんだが、そうするといい女だけに余計に気になってしまう。
だが手を出せば最後、王族と関わりができてしまうわけで。
まぁ、今更な気もするけどな。
「お待たせいたしました。」
と、良い感じのタイミングでアニエスさんが部屋に戻ってくる。
手には香茶の注がれたカップが二つ。
元々いい香りのする部屋だっただけに、これで少しは気がまぎれそうだ。
「どうぞお好きなところへ。」
「私は立ったままで結構です。」
好きなところへと言われてもなぁ。
客をもてなすようには作られていないようで、マリーさんの座る椅子以外の椅子は見当たらない。
残されているのはベッドのみ。
まじか、あそこに座るのか?
恐らくマリーさんもそれに気づいたんだろう、一瞬恥ずかしそうな顔をしたがアニエスさんがいる手前すぐに表情を戻した。
つまりそこしかないということだ。
今は恋人同士、何をためらうことがある。
裸で抱き合うわけじゃない、ただ座るだけだ。
童貞のガキじゃあるまいし・・・いや、本人の前でそれはまずいか。
俺がベッドに座るとアニエスさんがカップを渡してくれた。
うん、美味い。
「美味しいな。」
「ありがとうございます。」
「アニエスの淹れるお茶は王宮で一番美味しいんですよ。」
「マリー様、それは言いすぎです。」
「いいえ、オリンピアもそういっていました。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「で、呼ばれてここに来たわけだが・・・何の用なんだ?」
出来るだけ早く話を終わらせて店に戻りたい。
これ以上の長居はヤバイと俺の勘がそう告げている。
「シロウ様は随分とせっかちなようですね。」
「俺にも仕事があるんでな、さっき畑に行ったのは気晴らししに行っただけなんだ。」
「確か買取屋を営んでおられるとか。」
「よく知ってるな。」
「オリンピア様とフェル様からお伺いしております。」
「フェルさんとも知り合いなのか?」
「前に絵を描かせてくれと頼まれまして、それからのお付き合いをさせていただいております。」
恐らく唐突にお願いしたんだろう、その場面が目に浮かぶようだ。
「あの人らしいな。」
「この間出来上がりましたロバート様の肖像画は今までに見た中で一番の絵でございました。」
「ちなみに二番手はなんなんだ?」
「ガーネットルージュのポスターです。マリー様の美しさをよく表現されていたと、今になって思います。」
「それは言いすぎですよ。」
「いや、俺もそう思う。あのポスターがあったからこそ、どちらも良く売れたんだろう。」
「シロウまで。」
「さすがシロウ様、マリー様の事をよくご理解されています。」
「いや、それは言い過ぎだろう。」
「残って頂いたのはほかでもありません、シロウ様の群れに私とマリー様を加えてほしいのです。」
「は?」
思わず変な声が出た。
いや、まじで。
自分ならまだしもマリーさんを加えてくれだって?
突然の発言に、マリーさんも開いた口が塞がらないという感じだ。
この顔もなかなか珍しい。
ってそうじゃない。
俺とマリーさんは恋人同士。
わざわざ群れに入れてくれとはどういうことだ?
「ちょっとアニエス、いったい何を。」
「これは国王陛下も望んでおられることです。もちろんオリンピア様も、リング様も、皆さまマリー様とシロウ様がつがいになることを望んでおられます。良いオスが良いメスを迎えるのは当然のこと、そうすればいずれ良い子が産まれることでしょう。王家の血を絶やさぬ為にも二人は産んで頂かねば。私としては力の強い雄が望ましいのですが、一人ぐらいは問題ないでしょう。」
「いや、問題無いでしょうって・・・。」
開いた口が塞がらないのは俺も同じだ。
そんな理由で俺の子供を産みたいだって?
まるでおまけみたいな発言に頭がついていかない。
いったい何を言っているんだろうか、この人は。
いくらなんでもおかしいだろう。
「今回は監査役としてこの街に赴任いたしましたのは、それを踏まえての事でございます。マリー様の身辺警護並びに子作り。それが私の仕事であることをどうかご理解ください。」
「すまん、理解できん。」
「何故ですか?」
「俺がそれを望んでいないからだ。」
「なんと、マリー様の美貌をもってしても足りないと?まだ湯殿を共にしておりませんので確認は出来ておりませんが、それなりの体をなさっておられます。元気な子を産める尻に良い乳を出す胸、これ以上何を望むというのですか?自分で言うのは憚られますが、私もそれなりに強い体をしております。良い子を産む自信はございます。」
「確かにそれはわかっているが、今は子供を欲しいとは思っていない。それが目的ならばあきらめてくれ。」
「子供が欲しくない?」
「あぁ、今はな。俺の女達にもそう言っている。」
この世界に来てまだ一年ほどしかたっていない。
あ~、日数的には二年だがともかくまだ来たばかりという感覚だ。
いずれは子供もできるかもしれないが、今はその時期じゃない。
まだまだやりたいことがあるし、金も足りない。
隠居する気はさらさらないんでね。
「わかりました、それで結構です。」
「はい?」
「今は、ということはいずれ欲しいという事。その気がないのならその気にしてしまえばいいのです。ではマリー様、参りましょう。」
「え、どこに?」
「その気にさせる方法は一つしかありません。さぁ、お召し物をお脱ぎください。」
「え、ちょっと待って!」
「何を待つのです。さぁ、その体でこの方を虜に致しましょう。そうすれば子が欲しいと思うはず、オスとはそういう生き物なのですから。」
いったいどういう教育受けてんだよこの人は!
わけのわからないことを言いながらマリーさんに近づくアニエスさん。
後ずさりするもあっという間に後ろに回り込まれ、目にも止まらぬ速さで服の紐をほどかれていく。
「やだ、見ないでください!」
見ないでくださいと言われて見ない男がいるだろうか。
あっという間に足元に服が落ち、セクシーなランジェリーに身を包んだ裸体があらわになった。
白い肌によく似合う純白の下着。
うむ、マリーさんらしいといえばマリーさんらしいが・・・。
「さぁ、シロウ様どうぞお召し上がりください。」
どや顔で下着姿のマリーさんを俺の方に向かって突き飛ばすアニエスさん。
自分の主人を突き飛ばすとはどういうことだ?
と疑問に思う間もないぐらいの勢いで飛んできたマリーさんを慌てて抱き止め、そのままベッドに倒れこむ。
白日の下にさらされる素晴らしいからだ。
「あ、あの・・・。優しくしてください。」
いや、俺が求めているのはそのセリフじゃない。
顔を真っ赤にしたマリーさんを見つめながら、俺は次の一手をどうするか考えるのだった。




