362.転売屋は奴隷の押し売りを受ける
ミラの病気もすっかりと良くなり、いつもの日常が戻ってきた。
とはいえ働き過ぎが今回の原因だ、特に鑑定スキルの多用には気を付けなければならない。
幸いにも俺はいくら使っても問題はなさそうなので、出来るだけ店番をすることにした。
とはいえ仕入れも行わなければならない。
ではどうするか。
簡単だ、店を閉めて二人で買いに行けばいい。
ってな感じで露店をうろうろしていた時の事。
突然、前から走ってきた少女があろうことか俺に抱き着いてきた。
「お願いします、助けてください!」
少女は目に涙をため俺を見上げてくる。
どうしてこうなった?
俺は少女の方に目を向けず、横にいるミラに目を向ける。
ミラも同じようで、突然のことにどう対応していいのかわからないのか、キョトンとした顔で俺を見ていた。
「あ、あの。」
「とりあえず離れてくれないか?」
「え、でも。」
「いいから。」
「え、あ、はい。」
俺の強い語気を感じたのか、少女はビクリと体を震わせて慌てて俺から離れた。
ふぅ、これでよし。
「管理事務所は中央、警備の詰め所は南門の横だ。助けてほしいならそこに行ったほうがいいぞ。」
「え?」
「俺では役不足だ、お前奴隷だろ?」
「そ、そうです。」
「生憎奴隷には困ってないし、他人の扱っている奴隷を勝手に連れて行くわけにもいかない。逃げてきたのなら話は別だが?」
「に、逃げて来ました!」
「だそうだ。ミラ、こういう時はどうなるんだ?」
「ただの逃亡であれば持ち主に返すべきでしょう。何らかの事情で強制的に隷属の首輪をつけられたのであれば話は別になります。しかるべき場所に行き無実を証明する必要があります。」
「ちなみにしかるべき場所は?」
「詰所、もしくはギルド協会ですね。奴隷商の所で紹介してもらう手もあります。」
「ふむ・・・。」
つまりそのどれかに行けば話は早いわけだ。
どれが一番いいか一瞬思案したが、すぐにそれをやめた。
「だ、そうだ。どれか好きなところに行け。」
「た、助けてくれないんですか?」
「面倒ごとはご免だからな。」
「シロウ様。」
「ミラも同意見のようだ。」
「いえ、そうは言っていません。」
「違うのか?」
「面倒事はごめんですが何か事情があるようです、話だけでも聞かれてはどうでしょう。もしかすると持ち主からお礼を受け取れるかもしれません。」
なるほど、そういうことか。
勝手に逃亡したのであれば捕獲した礼をもらえるかもしれないと。
ミラもなかなか強かだな。
てっきり奴隷同士何か感じるものがあったのかもしれないが、どうやらそうではないらしい。
「あ、来た!」
と、少女が慌てた様子で後ろを振り向きそのまま俺の後ろに隠れる。
視線を前に向けると、小太り・・・いやかなり太った男が大汗をかきながら何かを探すように辺りを見回していた。
「あいつか?」
「そうです・・・。」
「で、結局どっちなんだ?」
「お願いします、助けてください。」
助けてくださいじゃなくて、どっちか聞きたいんだが・・・。
「おい、そこのお前!?」
「ん?」
先ほどの男が通りの向こうから俺を呼び刺し大声で呼んでくる。
周りにいるのはミラだけだ。
ってことは俺なんだろう。
そいつは息を切らしながらこちらに走ってくる。
「俺の奴隷をみなかったか?」
「アンタの奴隷かどうかは知らないが隷属の首輪をつけた女は見たぞ。」
「どこにいった!?」
「どういう関係なんだ?」
「適当なこと言って逃げ出したんだ。くそ、若いからって調子に乗りやがって。」
どうやら逃げたほうらしい。
背中越しに少女の震えを感じるが面倒ごとはご免なんでね。
「それはこいつか?」
そういいながら右に一歩ずれると、少女だけがその場に残り男の前に姿をさらす形になった。
「こんなところにいたのか!?」
「助けてください!お願いします!この人に無理やり売られたんです、助けてくれたら何でもします!」
「お前、こっちにこい!」
「いやです!」
少女は再び俺の後ろに隠れる。
男は顔を真っ赤にし、なぜか俺を睨んできた。
「おのれ、匿うのか!?」
「はぁ?」
「何故こいつを庇う!?」
「いや、庇ってないし。勝手に後ろに隠れただけだ。」
「お願いします!」
「ほらみろ!お前に助けを求めてるじゃないか、うちの商品だぞ、庇うぐらいなら買え!」
どんな暴論だよ。
大きなため息をつきつつミラのほうを見るも、向こうもどうしたらいいかわからない様子だ。
わかる、俺も同じ気持ちだ。
そして周りには騒ぎを聞きつけた野次馬が集まってくる。
まるで見世物にでもなった気分だ。
「さぁ、どうするんだ!?」
「どうするも何も奴隷なんていらねぇよ。」
「この人でなし!」
今度は少女が俺をにらんでくる。
前門の男後門の少女。
まったくどうしてこうなった。
「助けると思って私を買ってよぉぉぉ、お願いだからぁぁ。」
「助ける気がないのならさっさとそこをどけ!それともなにか?町一番の買取屋は奴隷を買う金もないのか?」
ん?
なんでこの男がそれを知ってるんだ?
少女が泣き叫ぶものだからなぜか俺が悪いみたいな目を向けられている。
いやいや、俺は被害者だし。
というか部外者だし。
「助ける気もないのに余計なことしやがって、この偽善者が。早くそこをどけ!」
「いやだ!戻ったら殺される!?」
「こ、殺すわけがないだろうが。大事な商品だぞ。」
「嘘だ!妹だってそういいながらムチでぶったじゃないか!」
「えぇい黙れ!おい、お前のせいだぞ!お前がさっさとそこをどけばこんなことにはならなかったんだ。」
「・・・。」
「どう落とし前をつけてくれるつもりだ!?」
「お願いします、私を買ってください!そうじゃないと殺される!?」
「さぁ、どうする!金貨20枚出せば大きな騒ぎにはしないでやる。買わないのなら人の奴隷を勝手に連れて行こうとしたと警備に突き出してやるからな!」
あ~・・・。
うん。
わかった。
これはあれだ、茶番だ。
なんていうか普通に考えるのも馬鹿らしくなってきた。
野次馬たちが凄い目で俺を見てくる。
まるで俺が犯人のような扱いだ。
人の奴隷を俺が奪った。
途中からこれを見た人はそう感じるかもしれない。
事実そういう目で俺を見ている人もいる。
おそらくこいつはそういう野次馬を味方につけようとしているんだろう。
だが、生憎とここは俺のホームグラウンドだ。
そんな事になるはずがない。
「ミラ、警備を呼んできてくれ。」
「かしこまりました。」
ミラが小走りで詰所のほうへと走り出した。
この騒動だ、すぐに飛んでくるだろう。
「け、警備だと?」
「突き出すのなら突き出せばいい、俺は逃げも隠れもしない。っていうか奴隷が逃げ出した責任を俺に押し付けるってどうなんだ?こいつもこいつだ、人を面倒なことに巻き込みやがって。」
「え、きゃぁ!」
後ろに隠れる少女の頭を上から鷲掴みにして男の前に突き出す。
そして男に向かって突き飛ばした。
なかなかの勢いだったので、受けた取った男がよろよろと後ろに下がる。
「ほら、これでいいだろ?逃げた奴隷は戻ってきたこれで終わりだ。」
「いやだ!殺される!?」
「この男が言うように大事な商品だ。いくら何でも銅貨1枚にもならないようなことはしないだろう。」
「そ、その通りだ。おい、行くぞ!」
「やだ、離して!お願い、お願いします助けてください!金貨20枚分ちゃんと働きます
何だってします!お願いだから助けてよぉぉ。」
少女の泣き叫ぶ声が辺り中に響く。
同情するような目が少女に向けられ、そして俺へと刺さる。
買ってやれよ、金ならあるだろ?
そんなことを言っているような眼だ。
目は口程に物を言うとはよく言ったものだな。
だが、そんな事は俺の知ったこっちゃない。
「そもそも奴隷でもない女を助ける義理はないんでね、茶番ならよそに行け。」
「え?」
「そもそも隷属の首輪が本物なら逃げ出した時点で効力を発揮しているはずだ。にもかかわらず何事もなかったように過ごしている時点で嘘なのはバレバレなんだよ。おおかた同情を誘って俺から金をせびろうとしたんだろうが、残念だったな。むしろ捕まるのはお前の方だ、俺を敵に回して逃げられると思うなよ。」
「嘘?」
「嘘だってよ。」
「え、じゃああの子もグルなのか?」
俺の言葉に周りの野次馬たちが騒ぎ出す。
さっきまでの空気が一気に変わり、男と少女がオロオロとし始めた。
「シロウ様もうすぐ警備がこられます。」
「悪いな、走らせて。」
「体調は戻りましたので大丈夫です。」
さすが精霊樹の実。
どんな病気も一発で治るのは本当だったようだ。
「さぁ、どうする?謝るのなら今のうちだぞ。」
「そ、それは・・・。」
「どうしました?本当に逃げたいのであれば警備が来るのは好都合でしょう。喜ぶところではないのですか?」
「え、あ・・・。」
はい、これで終わり。
逃げようにも周りの野次馬がそれを許さない。
結局警備が飛んできて、男と少女は詰所へと連れていかれた。
俺も同行を求められたが、周りの野次馬が潔白を証明してくれたのでお役御免だ。
まったく、せっかくの買い物を邪魔しやがって。
「お金があるってのも考え物だな。」
「もしあの少女が本当に逃げてきたのであれば、シロウ様はどうしましたか?」
「助けない。」
「そうおっしゃると思っていました。」
「金になるのならともかく、使い道のない奴隷を買うほど俺はお人よしじゃない。っていうかこれ以上増やす余裕がない。」
「お屋敷を買えば解決しますよ?」
「ミラまで向こうの味方なのか?」
「私はただシロウ様ほどの方はもっと大きな家に住むべきと思っただけです。お店は私に任せてください。」
いや、任せてくださいって。
任せたから前みたいになったんだろうが。
「気持ちだけは受け取っておこう。」
「ふふ、かしこまりました。」
「早く帰らないと冒険者たちが暴れそうだ、急ぐぞ。」
「はい。」
ミラと共に小走りで店へを向かう。
有名になると今後もこんなことに巻き込まれるんだろう。
くれぐれも気を付けないとな。
そんな教訓を得た出来事だった。




