357.転売屋は毒キノコを見つける
「シロウさんシロウさん。」
「何だよベッキー、うるさいな。」
「あそこにキノコがあるし、絶対にキノコだし。」
「ブラウンマッシュルームなんて珍しくも無いだろうが。」
「違うし!今まで見たこと無い奴だし!」
ふわふわと浮く冒険者の目線の先を俺も見てみると、向かいの壁際になかなかどきつい色をしたキノコが生えていた。
「どう見ても毒キノコだろ。」
「もしかすると、見た目だけ毒で中身は美味しいかもしれないし?」
「じゃあ食べてみろよ。」
「食べれないし。」
「なんでだよ、用意した水もお菓子も食べられるだろ?」
「食べたら死んじゃうかもだし?」
「もう死んでるっての。」
ちなみにこの浮いている冒険者は例の幽霊だ。
最初に姿を現して以降、日課の際には毎日のように現れるようになった。
どうやら見えるのは俺だけらしく、暇なので絡んでくるという厄介な存在だ。
一応モニカにも相談したが、悪さをしないのであれば放置するのが一番なんだとか。
はぁ、めんどくさいことになったものだ。
「そうだったし!」
「だから食べても大丈夫だよな?」
「ちょっと食べてみるし、シロウさん取って欲しいし。」
「はいはい。」
自分では触れないが俺から渡されたものなら触れるというなんとも不思議な仕様だ。
どう見てもやばそうな赤と紫が混ざったような色のキノコを持っていたハンカチ越しに掴み、ベッキーに手渡す。
「いただきますだし。」
「生で行くのかよ。」
「焼いたら美味しくなくなるかもだし?」
「好きにしろ。」
俺はどうなっても知らないからな。
ベッキーはうれしそうに目を輝かせてヤバイキノコを一口齧る。
そして奥歯でもぐもぐと咀嚼して・・・飲み込んだ。
「美味しいし!」
「まじかよ。」
「シロウさんも食べてみるし!」
「いやだよ。」
「大丈夫だし、毒なんて入ってな・・・。」
そこまで言ったところで急にベッキーが自分ののどを掴む。
そして突然ガクガクと震え始め、あろう事か口から泡まで吹き出した。
宙に浮かぶ女が白目をむいて口から泡を吹き出している。
これはなんてホラー映画だ?
しばらくして震えはとまったが、ベッキーの意識が戻ることは無かった。
宙に浮かんだまま四肢をだらしなく垂れ下げ、食べ残した例のキノコが落ちる。
『デスマッシュルーム。その名の通り食べると即死する程致死毒をもつキノコ。幸いにも見た目が毒々しいので中毒死する事案は稀である。最近の平均取引価格は銅貨80枚、最安値銅貨44枚、最高値銅貨98枚。最終取引日は9日前と記録されています。』
なんとまぁ恐ろしい名前のキノコだこと。
確かにこの見た目なら普通は食べたりしないよなぁ。
でもベッキーのように興味本位で食べる奴もいると。
四肢を投げ出したままなのでスカートの中身が丸見えだ。
なんだろう、まったくうれしくない。
もう死んでるんだし放っておいても大丈夫だろう。
ふと目線を動かすと視界の端に同じキノコがはえているのが見えた。
新たな被害者が出ても困るので家に持ち帰るとしよう。
「ただいま。」
「おかえり、遅かったわね。」
「ちょっとな。」
「今日はいかがでしたか?」
「ボチボチ・・・っとミラ、触るな。」
いつものようにミラに袋を手渡したが、慌ててそれを回収する。
「どうしたのよ。」
「ちょいと危ない奴を拾ったんだ、素手で触らないほうがいい。」
袋の端をもってひっくり返すと魔石と共に例のキノコがカウンターの上に転がった。
「これは・・・デスマッシュルームですね。」
「ちょっと!何持って帰ってるのよ!」
「見つけちまったのは仕方ないだろ、放置して誰か被害にあうかもしれない。」
「そんなわけ無いじゃない!こんなに毒々しいやつを食べるなんて、そんなバカいるわけないでしょ!」
「居るんだよ。」
「え?」
「食べて口から泡吹いてビクビク痙攣する奴が。あ、ちなみに一口目は美味いらしいぞ。」
「・・・死んだの?」
「元から死んでるから大丈夫だと思って放置してきた。」
ベッキーの存在は女達にも伝えてある。
最初は半信半疑だったが、お供えしたお菓子が空中で消えたのを見て信じてくれたようだ。
残念ながら姿は見えないらしい。
「どうしましょうか。」
「とりあえず持って帰ってきただけだから適当に処分するつもりだ。後は俺がやるからよく手を洗っておけ。」
「よろしくお願いします。」
素手で触ってないから大丈夫だとは思うが念のためだ。
不要な手袋でキノコを掴み裏庭へ向かうと、アネットが何かの作業をしていた。
「あ、ご主人様。」
「悪いが離れてくれ、やばい奴を運搬中だ。」
「それはデスマッシュルームですね、捨てるんですか?」
「食べるわけにも行かないしな。」
「残念です。」
「は?」
「いえ、毒薬にうってつけの材料でしたので。」
そりゃ毒薬にもなるだろうけど・・・。
「毒薬も作るのか?」
「作ろうと思えば可能です。でも、魔物用ですよ?」
「ふむ、エサに一服盛るのか?」
「それもできますし、鏃に塗れば動きを止められます。弱い魔物なら即死でしょう。」
確かに人間であの効き目だ、小さい魔物ならば即死だろう。
もちろん生物系の魔物に限る。
ふと後ろを振り返ると、エリザが興味深そうな顔をしていた。
「だ、そうだが?」
「確かにそういう使い方は出来るけど、ここじゃあんまり使わないわね。」
「昔住んでいた地域では比較的簡単に手に入りましたのでよく作りました。そういえばこの街では見かけませんね。」
「ダンジョンの中にしか生えないし、こんな危険な物と一緒に持ち帰ったら他の素材が駄目になっちゃうでしょ?」
「そういう理由か。効果があるとわかっていても、収入を駄目にする程じゃない。薬師が居なかったから加工も出来なかったわけだ。」
「ねぇアネット、コレ一つで結構な効き目なの?」
「中型の魔物であればそれなりの効果は見込めるかと。複数個あれば濃縮してもっと強力な毒薬も作れます。それこそ、ドラゴンにも効く奴です。」
「ドラゴンに!?」
現物はまだお目にかかっていないが、かなり巨大だということはわかっている。
象よりもでかいやつだ。
そいつに効くってことはかなりの毒ということになる。
たしか体が大きいほかにも、状態異常にも強いんだよなドラゴンって奴は。
「つまり、これがあるとかなり狩りが捗るわけか。」
「でも管理には十分に気を付けてくださいね。傷がある場所に付着すると死んじゃいます。」
「こわ!」
「早々手軽に使えるものじゃなさそうだな。」
「そもそもダンジョン内でもなかなか見つからないのよね、このキノコ。これが最上階にあったとかちょっと信じられないわ。」
「この前の名残かもな。」
「そうかもね。」
前はダンジョン内が大騒ぎだったからなぁ。
普段は深いところにしか出ないような魔物が浅いところでも発見されたし、その流れで生えてきたのかもしれない。
「せっかく見つけたんだし、ちょっと使ってみようかしら。」
「試してみますか?」
「うん、武器に塗っても効果ありそうだし。」
「普通は遠距離武器に塗るもんだと思うがな。」
「私がそんなことすると思う?」
「脳筋には無理だな。」
細かいことをするよりも殴るほうが早い。
そんなことを言うような女だぞ?
毒だってすぐに倒す為の道具ぐらいにしか思ってないんだろう。
って、ちょっと待てよ。
「なぁアネット。」
「なんですか?」
「服毒したとして、それで死んだら体内にこの毒が残るってことだよな?」
「そうなりますね。」
「肉は食えるのか?」
「生では無理ですけど、中でしっかり火を入れれば毒素が分解されますから食べても大丈夫です。」
「それを聞いて安心した。」
手軽にボアとかが倒せたとしても食べられなかったら意味がない。
ということはだ。
「こいつ自身を加熱したら食えるのか?」
「さぁ、そこまでは何とも・・・。試した人がいないのか、それとも食べてダメだったのかまではわかりません。」
「ベッキーに食わせてみるか。」
「やめてあげなさいよ。」
「だって死んでるんだぜ?」
「死んでいても苦しんだんでしょ?」
「まぁなぁ。」
いい感じに泡吹いてたもんな。
食べてみたい気もするが命を犠牲にしてまで食いたいとは思わない。
幽霊は大丈夫でも生身はダメって可能性もあるか。
危ない橋はわたるもんじゃないな。
「とにかく使い勝手を見てから判断するわ。アネット、明日にはできる?」
「はい。一晩あれば。」
「ならお願いね。」
「どこ行くんだ?」
「もしこの毒が効くならもしかすると大儲けできるかも。ちょっと確認してくるわ。」
それはいいことを聞いた。
儲かるのならば俺も乗らない手はないよな。
「俺も一緒に行こう。」
「儲けは折半よ?」
「お前の儲けは取らねぇよ、それとは別だ。」
普段冒険者が手を付けないような依頼。
もしそれにこの毒を使うことができれば、冒険者もギルドもどちらも笑顔になれる。
とりあえずはエリザの結果待ちだが、先に動いておいて損はない。
損して得取れってね。
エリザには悪いがその後の儲けは俺が頂くとしよう。
成功した暁にはベッキーに甘い物でも供えてやるかな。
ま、復活していたらの話だけどな。




