353.転売屋は画商に会う
「いらっしゃい。」
「ふむ、武骨な物ばかりだな。」
「ここは買取屋だ、買い物がしたいなら他所に行ってくれ。ここは冒険者向けの物しか置いてないぞ。」
「そのようだ。」
突然入ってきたかと思ったら、その男はジロジロと店内を見まわし始めた。
見た感じ50代前半。
脂が乗ってますという感じの小太りのオッサンだ。
俺がオッサンっていうとあれだが、まさにオッサンって感じのビール腹。
緑と赤のストライプという時季外れのクリスマスカラーの服を着ている。
これで白髭でも蓄えていたらサンタクロースと言えなくもなかったが・・・。
うん、見た感じ悪人面だから無理だな。
「こ、これは!」
店内を見回していたオッサンが突然大きな声を出して立ち止まる。
そこにあったのは一本の長剣。
ほぉ、なかなか目ざといじゃないか。
見た目はただの鉄の剣だが、中身は切れ味と軽量化、さらに強固という三つの効果を付けた逸品だ。
武器を使うようには思えなかったが、なかなか見どころがあるらしい。
「良い物に目を付けたな、その剣は・・・。」
「剣などどうでもいい!私が言っているのはこの絵画だ!」
なんだよ、剣じゃないのかよ。
褒めて損した。
「絵画?」
「この色使い、この描き方そしてこのサイン!間違いないフェル=ジャン=メールの作品だ!しかもこれは初期作ではなく最近の描き方。うぅむ、このような自由な筆さばきは近年稀に見る逸品、しかも依頼で描いたようなものではないな。君!この絵をどこで!?」
「どこでって本人から貰ったんだが?」
「ほ、本人!?」
「あぁ。旅のついでとかでここに寄って、いくつか顔料を買い付けて帰ったな。」
「確かに王都に戻ってきた彼はイキイキしていた。さらに、どこからか買い付けてきたという顔料を使い、見事ロバート王子の肖像画を完成させたが・・・。その言葉に偽りはないのだね?」
「そんなに気になるなら街の連中に聞いてきたらどうだ?宿泊していた三日月亭のマスターなら色々教えてくれるかもな。まぁ、金はかかるだろうが。」
「三日月亭だな!」
オッサンは血相を変えて店を飛び出していく。
はぁ、やっといなくなったか。
「どうしたの?」
「フェルさんの絵を見たオッサンが急にテンション上げたんだ。まったく、客じゃないのなら帰れよな。」
「帰ったじゃない。」
「いやまぁ、そうなんだが。」
「マスターの所に送ったんでしょ?」
「あぁ。」
「いったいどのぐらい吹っ掛けられるのかしら。」
「さぁな、あの感じはマスターが嫌うタイプだ。それなりの金額を言われるんじゃないか?」
見た感じはそれなりに金を持ってそうなので問題ないだろう。
一発でフェルさんの絵を見抜くぐらいだからそれなりの実力はあるはずだ、画商ってのは儲かるんだろうなぁ。
いや、俺ほどじゃないか。
しばらくは静かな時間が続いたが、夕方になってまた例のオッサンが戻って来た。
「またアンタか。」
「彼がここに滞在していたのは間違いない様だ。王都で人気になった化粧品のポスターもまさか彼の手によるものとは・・・。似ているとは思ったが彼があのような安い仕事をするなんて信じられん。。」
「仕事に高いも安いもないだろ。」
「王都でも指折りの画家なのだぞ?それが安物の化粧品の絵を描くなんて普通はあり得ない事だ。」
「だが実際に描いている。」
「う、うむ・・・。」
「その絵も楽しそうに描いていたぞ。噂じゃ仕事以外では描かないなんて言われているが、所詮噂だったようだな。そんなものに振り回されて本人もさぞ気苦労が耐えない事だろう。」
「ぐっ・・・。」
苦虫をかみつぶしたような顔をするオッサン
その噂を作っているのは誰なのか、それは言わなくてもわかっただろう。
あの人が自由に仕事が出来ないのはこういった連中がハイエナのように集まって来るからだ。
そして高い値段をつけて買い漁る。
もっとも、俺もその一人だし、口に出しては言わないけどな。
「ここは買取屋で画廊じゃない、用が無いのなら帰ってくれないか?」
「聞けば買い取りだけじゃなく販売もしているそうじゃないか。ならこの絵を売ってくれ。」
「断る。」
「いくらでも出す。」
「断る。」
「金貨100枚出そう、それで譲ってくれ。」
「たった金貨100枚?フェル=ジャン=メールも随分と安く叩かれたものだな。生憎金には困ってないし売る気もない。これは友人の描いた絵だ、とっとと出ていけ。」
カウンターの下から金貨の入った袋を取り出しドスンと音を立てて置く。
そして袋を横に倒して中身を上にばら撒いた。
散らばっていく金貨。
その数ざっと数えても100枚以上はある。
世間様からしたら目もくらむような大金だが、おかげさまでその辺は困ってない。
俺を相手にするんならもっとましな金額を提示するんだな。
そんな思いを含めたドヤ顔をしてやると、オッサンは頬を引きつらせて俺を睨んでいた。
「・・・後悔するなよ。」
「するわけないだろ。仮に金貨1000枚積まれても売るつもりはない。1万枚ならまぁ考えてやってもいいけどな。」
「ふざけたことを。」
「俺にはそれだけの価値があると思っている。つまりはそういうことだ、アンタだってそう言う商売をしているんだこんな事日常茶飯事だろ?」
「失礼する。」
「エリザ、塩持って来い。」
「塩?」
「出て行った後撒いておいてくれ、お清めだ。」
本人に聞こえるように金を集めながらエリザに頼む。
こっちにはそう言う文化はなかったな。
そうか、聖水の方が良かったかもしれない。
今度からそうしよう。
オッサンが勢いよく扉を閉め、静寂が訪れる。
「金貨1万枚だなんて吹っ掛けたわねぇ。」
「もしそれで買ってくれるなら売ればいい。俺はその金の半分をフェルさんに譲って、もう一枚描いてもらうさ。その為に必要な画材は全部俺が用意してな。」
「それだけあったら簡単ね。」
「そういう事。」
それだけの金があるのなら依頼すればいい。
もっとも、地上であの絵が描ける場所はうち以外にないと思うけど。
「でもそのまま引き下がるでしょうか。」
「どういうことだ?」
後ろから顔を出したミラが不安そうな顔で扉の外を見つめている。
普通あそこまで言われたら二度と来ないと思うんだが?
「あの人、どこかで見た気がするんです。」
「知り合いか?」
「そう言うのではなくて、雑誌か何かに乗っていたような・・・。」
「業突く張りの画商って感じか?」
「いえ、もっと凄い人だったように思います。」
「そんな凄い人ならわざわざこんな辺鄙な所まで来ないだろう。ここに絵がある事も知らなかったわけだし。」
「それもそうですね。」
「また来るようなら追い出せばいい、しつこいなら警備を呼べば済むことだ。」
盗みに入るようなことはしないと思うが、念のために事情を伝えておくとしよう。
気付けばもう日暮れだ。
さっさと片づけをして寝るとするか。
閉店後。
食事を済ませた俺達はいつものようにのんびりとした時間を過ごしていた。
風呂にも入ったし後は寝るだけ。
そう思っていた時だ。
ドンドンドンと店の扉が叩かれる。
「なんだよこんな夜更けに。」
「先程の方でしょうか。」
「まさか。」
「ありえるわよ~。」
「もしそうだったら速攻で警備に連れて行ってもらうだけだ。」
服を着替えて念のために短剣を持ち下に向かう。
まだドンドンと扉が叩かれている。
「おい、こんな夜更けに誰だ。」
「あ、シロウさん!やっと出てきてくれた!」
「この声は、シープさんか?」
「大変な事になりそうです、話を聞いてください。」
ふむ、羊男がこんなにも慌てるなんて珍しいな。
しかもこんな時間に。
仕方なく扉を開けると、申し訳なさそうな顔をした羊男が入って来た。
「とりあえず奥に来い。」
「すみません。」
ひとまず裏に案内すると女達も着替えて降りて来ていた。
ミラとアネットが手際よく香茶を淹れる準備をする。
「で、話ってのは?」
「今日、王都から来た役人に会いました?」
「役人かどうかは知らないが、フェルさんの絵を買い付けに来た業突く張りの画商なら来たぞ。」
「その人が役人なんですよ。はぁ、面倒な事になりました。よりによってシロウさんに喧嘩を売るなんて・・・。」
「別に喧嘩を売ったわけじゃないんだが、その慌て方から察するにまた面倒な事を言ってきたんだろう。」
「その通りですよ!」
バンと机をたたき羊男が立ち上がる。
が、ミラが静かに香茶を置くと我に返り静かに着席した。
「すみません。」
「気にするな。で、その役人が何を言い出したんだ?」
「あんな買取屋と手を組むギルドには金輪際支援を行わないと。」
「はぁ?」
「よりによってあの人、王都のギルド担当なんですよ。で、シロウさんの手助けをするのなら今後予算は出さないし、物資の補給も断ると。それを街の全商店に通知しろっていうんです。参りましたよ、ほんと。」
「そんなの本人が出て行ったら分からないだろ?」
「あそこまで言うという事は、王都から監査役が来るのかもしれません。そうなると本当にシロウさんへの支援が出来なくなるんです。」
これまた面倒な事になりそうだ。
あのオッサン、次に会ったら容赦しないからな。




