351.転売屋は幽霊に会う
いつものように、石の魔物を魔道具で転がす日課を終えた後の事だ。
今日の収穫は中型の魔石とアクアマリンの原石。
とはいえ大きさは並程度。
それほどの収入にはならない。
でも金は金だ。
売れば冒険者が一週間はのんびり過ごせるだけの金になる。
有難く回収してダンジョンを出ようとすると、ふと視線を感じた。
慌てて後ろを振り返るも誰もいない。
気のせいかと再び帰ろうとするとまた視線を感じる。
うぅむ。
これは気のせいなんかじゃないな。
今度はゆっくりと後ろを振り返り、あたりを見渡す。
すると、もと百穴のあった辺りに白い影が浮かんでいるのが見えた。
思わず背中に寒気が走る。
これはあれですか。
もしかするともしかするやつですか?
アンデッドの魔物もいるんだから幽霊がいてもおかしくないし、むしろ過去に見てるし。
この感じ、間違いなくソレだろう。
そいつはじっと俺を見ているだけで何をしてくるわけでもない。
興味本位、いや怖いもの見たさでゆっくりと近づくと、そこにいたのは女の冒険者・・・の幽霊だった。
冒険者だと思ったのは武器をぶら下げていたから。
革の鎧によく見る鉄の剣、初心者って感じだな。
そいつはじっと俺のほうを見続けている。
ふむ、このままスルーしてもいいんだが・・・。
どうも気になるので、また一歩、また一歩と近づいていく。
「俺に何か用があるのか?」
「・・・・・・・・・。」
「まぁ喋れるわけないか。」
「喋れるし。」
「うぉ、喋れるなら先に言えよ。」
「自分が勝手に喋れないって言ったんだし。」
「おっと、そうだな。すまなかった。」
「私が怖くないし?」
「ん~怖いのは怖いが、過去に何度か遭遇しているからなぁ。何かするつもりなのか?」
「そんなことしないし、でも話ができるのは今日が初めてだし。この機会を逃せないし。」
幽霊のくせによく喋る。
最初はなんていうか普通の幽霊っぽかったのに、今じゃ漫画の幽霊だ。
「この機会?」
「そうだし!私も前のお姫様みたいに願いをかなえるし!」
「もしかして見てたのか?」
「当たり前だし!アンタがお姫様を連れてあの不気味な穴を抜けだしたのを見てたし!」
見られていたら仕方がない。
っていうか、見られたところで別に困らないんだけども。
とはいえ何か事情がありそうだ。
面倒なことに首を突っ込むのはごめんなんだが、今後付きまとわれても困る。
幽霊の出る店なんてマイナスイメージしかない。
「言っておくが、願いをかなえたのは百穴で俺じゃないぞ。」
「わかってるし。でも話ができるのはアンタしかいないし、いうこと聞いてくれないと祟り殺すし。殺し方わからないけどやるし!」
「いや、わからないのかよ。」
「ともかく話を聞いてほしいし!」
なんだかなぁ。
ぜんぜん幽霊っぽくないんだけども。
でもまぁ、仕方ないか。
どうやら俺にしか話せなかったみたいだし、聞くだけ聞くしかないだろう。
「で、何をしてほしいんだ?」
「お菓子が食べたいし!」
「はぁ?」
「甘い甘いお菓子が食べたいし!山ほど食べたいし!王都で有名なやつとか、砂糖がいっぱいのやつとか、ともかくいっぱいいっぱい食べたいし!」
「それが願いなのか?」
「その夢をかなえたくて冒険者になったのに、すぐ死んじゃったし・・・。だから食べて死にたいし!」
「いや、もう死んでるし。」
「そうだったし!」
驚いた!みたいな顔してるんだが、この幽霊。
なにこのコント。
願い事が甘いものを食べたいとか何なの?
いや、恋がしたいとかいうよくあるやつのほうがめんどくさそうだ。
物で解決できるのならば手っ取り早い。
金さえあれば何とかなる。
でもなぁ、仮に用意できたとして問題がある。
「一つ聞いていいか?」
「なんでも聞くし!」
「どうやって食べるんだ?見た感じ透けてるよな?浮いてるよな?物に触れられるのか?」
「あ・・・。」
「おい。」
「困ったし、そこまで考えてなかったし。」
「目の前にお菓子を用意したとしてそれを見ているだけで満足なのか?」
「そんなことないし!見ているだけなんて生殺しもいいところだし!」
「だから死んでるって。」
「そうだったし!」
そうだったじゃねぇよまったく・・・。
願いをかなえてほしいという割にはどうすればいいかわかっていない。
何なの、幽霊ってそんなものなの?
「帰る。」
「ダメだし!」
「ダメじゃねぇよ、付き合ってられん。」
「そんなことしたら祟ってやるし!枕元に立って毎日毎日悪夢をみさせてやるし!」
「できるのかよ。」
「・・・たぶんできるし。」
「多分かよ!」
「ともかくこんな機会二度とないし!お願いだから力を貸してほしいし!かなえてくれたら何でもするし!脱いでもいいし!」
「いやいや脱がれても困るから、って脱ぐな脱ぐな!」
「見たくないし?」
「女には困ってないんだよ。」
まったく何なんだこの幽霊は。
マイペースにもほどがあるだろう。
はぁ、面倒なことにかかわってしまった。
「ともかく一度戻る。」
「戻ってくるし?」
「じゃないと祟られるんだろ?戻ってお菓子の準備とどうやったら食べられるかを調べてくる。」
「調べたらわかるし?」
「本人がわからない以上調べるしかないだろう。出来なかったら生殺しだからな。自分でも何とかしろよ。」
「わかったし!何とか方法を考えるし!」
はぁ、やれやれだ。
幽霊に笑顔で手を振られながらダンジョンを出る。
あぁ、疲れた。
これが祟られたせいだったのなら、さっさとお払いして貰えば楽になっただろう。
それか聖水で清めるとか。
ん、聖水?
そうだ、モニカだ!
店に戻ろうと思ったがそのまま急いで教会へと向かう。
聖職者だけに幽霊についても何か知っているだろう。
最悪聖水をぶっかけて浄化させてやるという手もある。
餅は餅屋だ。
ともかく話を聞いてみよう。
「幽霊、ですか。」
「あぁ。なんでも未練があるらしく、それを叶えたいそうだ。」
「お話できるのですか?」
「なんでも俺には話せるそうだ。どう思う?」
「悪さをしないのであれば未練を叶えて天に返してあげるべきでしょう。ご心配の件ですが、案外何とかなるものです。」
「つまり気にせず用意をしろって事だな?」
「甘いものが食べたいなんて、かわいらしい。いえ、悲しいですね。」
「冒険者ってのはそういう職業だ。致し方ない。」
「それはわかってるんですけど・・・。」
「ともかく相談に乗って貰って助かった。」
本人が望むままに甘いものを差し出せば天に帰る、つまりそういうことだろう。
俺は片っ端から菓子という菓子を買いあさった。
ドルチェが何事かと驚いた顔をしていたが、気にしない。
あいつの菓子は王都でもタメをはれる味だ、むこうのお菓子といっても問題ないだろう。
後は焼き菓子に砂糖菓子に露天で売っている限りの物を買って、ダンジョンへと向かう。
「待たせたな。」
「待ったし!むちゃくちゃ待ったし!」
「それが菓子を持ってきた奴に言うセリフか?」
「え、じゃあ・・・。」
「俺らが深く考えなくても何とかなるそうだ。ほら、とりあえず食ってみろ。」
俺は幽霊に向かって持っていた焼き菓子を一つ投げてやる。
普通であれば受け取れるはずがないのだが、そいつはあわてた様子でそれを受け取った。
「あ!」
「な、言ったとおりだろ!」
「触れるし!」
「で、味は?」
「ちょっと待つし!今感動してるところだし!」
はいはい、好きなだけ感動してくれ。
目の前に飛んできた焼き菓子。
露天で売ってるたかだか銅貨2枚の焼き菓子を見て、そいつは目を潤ませていた。
そしてゆっくりと口に運ぶ。
「美味しいし・・・。」
「そうか、よかったな。」
「もっとよこすし!」
「わかった、わかったから近づくな!おい!俺の体を通り抜けるな!」
「そこに隠しているのはわかってるし!全部よこすし!」
体を通り抜け後ろに持っていた別の菓子をガン見する幽霊。
俺の体を貫通するように幽霊の体が浮いている。
やばい、むっちゃ気持ち悪い。
慌てて後ずさり、お菓子を全部床に置く。
その前に正座をして、そいつはひたすらにむさぼり続けた。
どれぐらい時間が経っただろうか。
最後のプリンを名残惜しそうに食べ終わると、そいつは器を置いた。
「満足したか?」
「美味しかったし・・・。出来れば生きているうちにコレが食べられたらよかったし。」
「まぁ、死んでからでも食えたんだそれでいいじゃないか。」
「む、確かにそうだし。」
「未練は晴れたか?」
「満足したし!本当にありがとうだし!」
晴れやかな顔をしてそいつは俺を見る。
よくみればいい顔をしてるじゃないか。
綺麗ではなく元気、明るい、そういった雰囲気のある顔をしていた。
ムードメーカー的な存在だったのかもしれない。
でもまぁ、ここってそういう場所だし。
美人でもぶさいくでも、平等に戦い、そして死んでいく。
生き残れるのは実力のある奴だけだ。
まぁ、美貌で生き残ってる奴もいなくはないが、それは少数だな。
「じゃあな、生まれ変わったら好きなだけ美味いもん食えるといいな。」
「本当にありがとうだし。」
「気にするな。」
深々と頭を下げる幽霊に背を向けて家路へとつく。
変な奴には出会ったが、悪い一日ではなかった。
願わくば、次の人生で幸多きことを・・・。
「ってな感じで感動した俺の気持ちを返せ。」
「え~、そんなの知らないし!」
翌日。
いつものように日課をこなしにいったら、なぜかそいつはそこに居た。
いや、成仏したんじゃないのかよ。
「今日はのどが渇いたし!」
「知るか!」
何でこいつが居るんだよ。
まったく、勘弁してくれ。
そしてその日から、俺の日課にお供え物を持って行くという面倒が増えるのだった。




