350.転売屋は旅立ちを見守る
「この短期間によくこれほどの品を用意してくれた、本当にありがとう。」
「なに、頑張ったのは俺じゃなくて冒険者や職人達だ。彼らには現金でしっかりと報いているから安心してくれ。」
「相変わらず無欲な男だな、これでも王族に列する人間だぞ?何かねだるとかそういう事はしないのか?」
「ぶっちゃけ、もっと上の王族とお近づきになってるからなぁ。」
「はは、違いない。」
冒険者達が手に入れてくれた素材は職人の手に渡り、完成品となって俺の手元に戻ってきた。
明日で約束の一週間。
その前日の夜、無事にルティエからタイタンの心臓が届けられた。
フラフラだったがその顔は晴れやかだった。
ローザさんもそうだ。
いい仕事をさせてもらったと喜んでいたぐらいだ。
『タイタンハート。タイタン種の限られた素体からのみ取れる特殊な結晶を用いて作られた指輪。体力を飛躍的に向上させ病気を寄せ付けない。最近の平均取引価格は金貨30枚、最安値金貨18枚、最高値金貨37枚。最終取引日は2年と499日前と記録されています。』
『火焔鼠のブランケットとケープ。常に熱を発する火焔鼠の毛皮で作られており、寒冷地に行っても凍えることはない。必要以上に熱することもない為、長時間使用しても火傷することはない。最近の平均取引価格は金貨2枚。最安値金貨1枚、最高値金貨4枚。最終取引日は613日前と記録されています。』
出来上がった二つの贈り物はマリーさんが丁寧にラッピングしてくれた。
それを手に三日月亭へと向かい、リング氏へ手渡した。。
「確かに渡したからな。それじゃあ加工賃込みで金貨30枚だ。」
「む、安くないか?」
「必要経費にしっかり俺の手間賃ももらってる。こんなもんだ。」
「お前がそれでいいのなら構わないが・・・。」
「友人からぼったくるってのはな、それこそ王族相手に喧嘩は売りたくない。」
「わかった。金貨30枚だ、確認してくれ。」
机の上に金貨の山が出来上がる。
10枚の山が三つ。
間違いない。
ちなみにかかった経費は全部で金貨25枚。
それに俺の手間賃で金貨5枚乗せている。
何もせずに金貨5枚だぞ?
向こうは予算全部を考えていたんだろうけど、さすがに金貨25枚も儲けるのは気が引けた。
「確かに。」
「お前とは色々と話したいことがあるのだが、申し訳ないが明日には戻らせてもらう。すまんな。」
「出産に立ち会うためにも仕方ないだろう、今生の別れってわけでもない。」
「確かにな。次はお前が王都に来る番だ、直々に案内してやろう。」
「そりゃどうも。」
「とはいえ、明日の準備をするまでにもう少し時間はある。どうだ、この後。」
「それはありがたい話なんだが、これとは別に用意してることがあってな。時間もあるみたいだしちょっと来てくれ。」
リング氏の用事は終わった。
が、俺たちの用事は終わってない。
首をかしげるリング氏を連れて向かったのは一角亭だ。
もう全員集まっている。
「飯、まだだよな?」
「あぁ。」
「せっかくこの街に来たんだ、マスターの飯だけじゃなくここらしい物も食べて帰ってもらおうと思ったんだ。好き嫌い無いだろ?」
「この街らしい食べ物?」
「その通り。みんな、今日の主役の登場だ!」
ドアを開けるとルティエ達が割れんばかりの拍手でリング氏を出迎えた。
ここにいるのは今回の件に関わった人ばかりだ。
まぁお目付け的に羊男とニアもいるが関係者であることに変わりはない。
「ようこそリング様こちらへどうぞ。」
「あ、あぁ。」
「イライザさん早速料理を頼む、まずはおなじみのアレからな!」
「はいよ!うちの看板メニューワイルドボアのステーキだ、たらふく食べておくれ!」
席に案内されたリング氏の前に巨大な肉の塊が置かれる。
本人の顔ぐらいある巨大な肉の塊、これこそダンジョンのあるこの街ならではの料理だ。
「すごいな。」
「こじゃれた料理じゃなくて悪いが、これが俺たちのもてなしだ。魔物の素材をふんだんに使った料理、王都じゃなかなか食えないだろ。」
「なるほど。確かにこの街らしい料理だ。」
「お貴族様のお口には合わないか?」
「たまにはこういう食事も食べないとな、正直王宮で食べる食事は肩が凝るんだ。」
「やっぱりなぁ。」
「うむ、この肉々しい感じ。これが力の源というわけだな。」
お上品に肉を切り分け食べているのは癖みたいなものだろう。
見てみろ、横ではエリザが肉にがっついてる。
一応ナイフとフォークを使ってはいるが、一口がでかい。
でもこうやって食べるからこそ、美味いんだよな。
「他にもまだまだ出てくるからな、みんな!今日は俺のおごりだ、好きなだけ食べていいぞ!」
「「「「「ありがとうございます!」」」」
そこらじゅうで乾杯が始まる。
今日は無礼講だ。
依頼主がそう言っているので遠慮は無用。
のはずなんだが、さすがにリング氏に絡んでいく職人はいなかった。
案外小心者ばかりのようだ。
せっかく王都の貴族とのコネが出来るチャンスだというのにもったいない話だなぁ。
そんなこんなで食事会は盛り上がりそろそろ閉店時間・・・ではないのだが、リングさんにも用事がある。
そろそろ最後の仕上げと行くとするか。
「さて、いい感じで盛り上がってるが本題に入ろうじゃないか。」
「なんだ食事が本題ではなかったのか?」
「半分はそうだが、もう半分は違う。ミラ、持ってきてくれ。」
「すぐに。」
アネットと共にキッチンの方に行き、小さな包みを持ってくる。
リングさんはそれを不思議そうな顔で見つめていた。
結構酒を飲んでいたと思うんだが、顔色一つ変えないなこの人は。
「なんだこれは。」
「俺達からの出産祝いだ、貰ってくれ。」
「私の贈り物で手を煩わせたというのに、さらにくれるというのか?」
「それはそれ、これはこれ。出産は祝い事だからな、父親が祝われないってのも変な話だろ。」
「まったくいらない気をつかわなくても・・・。」
「じゃあ返せ。」
「断る、もう貰ったものだ。」
素直に受け取ればいいものを、まったくこの人は。
やっぱり酔ってんのか?
「まぁそれは冗談として、さぁ開けてくれ。」
「今開けるのか?」
「説明しないと中身が分からないだろ?」
「ふむ、それもそうか。」
包みの紐をほどくと、中から20cm程の四つの箱が顔を出した。
まずは手前の箱に手をかける。
中に入っていたのは白い木の板、角が削られすべすべとした見た目だ。
「エルダートレントの古木で作った歯固めだ。民間療法らしいが効果が無いわけじゃないらしい、歯が丈夫になるらしいぞ。」
「息子への贈り物か。」
次の箱には白い小瓶が入っている。
「これは・・・化粧品は買ったはずだが?」
「こっちは乳液だ。ちょうど出産したばかりの知人がいてな、彼女も使っているんだが保湿力が高く妊娠線が薄くなったらしい。化粧水とは別に使ってくれ。」
「妻も喜ぶだろう。ではこれは・・・。」
あ、そっち開けちゃう?
残りの二つのうち赤い印がつけられた箱を開けると、中から出てきたのは再びの小瓶。
さらに錠剤が入っている。
「ん?」
「薬だ。」
「いや、見たらわかるが・・・。」
「どこぞの王族が真剣な顔で言っていたんだが、王族の仕事は血を残す事らしいじゃないか。一人じゃ可愛そうだろ?」
「いらぬ気づかいを・・・。」
「効果は俺が保証する、だが頼るな。いざというとき以外に使うと干物になるぞ。」
「実体験に基づく忠告か、気をつける。」
「そうしてくれ。だが、これはおまけの方なんだ。本命は最後の一個だよ。」
「む。」
てっきり薬が自分用だと思ったんだろう。
さっきよりも慎重に最後の箱を開けるリングさん。
「ブレスレットか。」
「正解だ。」
「中々の品と見た、シンプルだが何かの力を感じる。」
「それが本命、踏破の腕輪といって身に着けた人に勇気と気力を授けるそうだ。俺達が思っている以上に貴族、王族ってのは大変らしいじゃないか。特に他所から入ったリングさんへの風当たりは強いだろう。その手助けになればと思ってな。」
『踏破の腕輪。壁を越え、障害を乗り越える力と勇気を授けてくれる。最近の平均取引価格は金貨2枚。最安値銀貨88枚、最高値金貨3枚。最終取引日は3年と366日前と記録されています。』
珍しい品がダンジョンから運び込まれた。
ちょうど火焔鼠の毛皮を探している時に見つかった物らしい。
これも何かの縁だろうという事で買い取ったんだ。
「皆の祝い、確かに受け取った。」
「喜んでもらえて何よりだよ。さて、そろそろお開きにするか。リングさんには帰りの支度があるし、そろそろこの飲んだくれ達を家に帰さないと店が大変だ。」
「なら支払いは私が・・・。」
「何言ってんだよ、主役は大人しく宿に帰れ。」
「これだけの品を揃えたんだ、儲けが無いだろう。」
「また別に儲けさせてもらうからいいんだよ。」
「・・・わかった今回は好意に甘えよう。みな、私の為に力を貸してくれてどうもありがとう。」
リングさんが深々と頭を下げる。
貴族が平民である自分たちに頭を下げたことに驚き、職人たちもあわてて頭を下げていた。
そして次の日。
豪華・・・とも言えない馬車に乗ってリング氏は街を去っていった。
久々に出会った友人との日々。
次に会うときは王都・・・か。
はてさて何年先になるのやら。




