349.転売屋は目的の品を見つける
勝負の三日間の二日が過ぎた。
情勢は極めて悪いと言わざるを得ない。
まず火焔鼠の毛皮だが、予想以上に難航している。
火焔鼠ってのはどちらかというとテンとかイタチ的な外見をしているようで、かなりすばしっこい。
さらに住んでいる場所が過酷だ。
気温は40度を超え、長時間滞在出来ない上に多数の魔物が波状攻撃のように襲い掛かってくる。
孤立すれば一時間も持たずに食い殺されるだろう。
冒険者ができるだけ集団で行動することになるのだが、それではどうしても奥まで進むことはできない。
対象は非常に怖がりで奥のほうまで行かないと見つけられないそうだ。
何とか一匹分は確保できたのだが、加工するにはあと一枚必要だ。
最初はともかく二枚目は冒険者が依頼を怖がり人が集まらなくなっている。
人が集まらなければより奥まで行くのは難しい。
一応予定していた安全地帯、簡易の要塞を少し離れた場所に設営できたのだが、あくまでも簡易のため長時間休憩するには不向きだ。
やはり急ごしらえではどうにもならないな。
思うようにいかない探索にジワジワと焦りが募る。
そしてもう一つ。
タイタンの心臓についてだが、あれから二日エリザからの返事は何もない。
ニアの気遣いで複数の冒険者で向かい、火焔鼠同様に立ち入り禁止区画手前に安全地帯を設置した。
こっちは元からそれらしい作りにしてあったのでなかなかに頑丈な感じに出来上がったそうなのだが、肝心のエリザがそこに戻ってこないまま二日が経ってしまった。
確認しようにも中はタイタンのテリトリー。
下手に入れば犠牲者が増えかねない。
もちろんエリザが犠牲になったとは思っていないのだが、やはり戻らないとなると不安は大きくなるばかりだ。
「とりあえず様子見しかできないわ、ごめんなさい。」
「いや、それは仕方ない。エリザもそれは承知だろう。」
「シロウさんの頼みだからって無茶しなくてもいいのに、まったく。」
「ほんとその通りだよ。」
「でも大丈夫、必ず戻るわ。私はそう確信してる。」
「俺もだ。」
「二人の意見が一緒なら問題ないわね、大人しく待ちましょう。毛皮はさっき二匹目が見つかったって連絡が入ったわ。そっちのほうが先に片付くかもね。」
「だといいんだがな。」
どちらも残り時間はあと一日。
加工に関してはタイタンの心臓にはルティエ達職人部隊を。
毛皮にはブレラとローザさんを待機させてある。
それぞれには準備ができ次第頑張ってもらう予定だ。
もちろん贈り先についてはしっかりと伝えてあるので、皆張り切ってくれている。
いやブレラに関してはかなり引き気味だった。
火焔鼠の毛皮はかなり処理が難しいらしく、加えて贈り先が贈り先なだけにかなりビビっている感じだ。
まぁビビってもやってもらうけどな!
「とりあえずこっちは任せた、エリザの無事がわかったらすぐに教えてくれ。」
「すぐに使いを出すわ。」
ひとまずギルドは任せてその足で二号店へと向かう。
贈り物とは別に化粧品も手に入れるよう奥様に言われたとリングさんは言っていた。
もちろん予備はあるのでそれを渡せば済む話なのだが、相手が相手だ。
普通に渡したんじゃ面白くない。
「マリーさん、どんな感じだ?」
「あ!シロウ様ちょうどいいところに。」
「いいところに?」
「リノンさんが特別な容器を二つ作ってくださったんですけど、どちらがいいか決めかねていまして。」
「作り手の私がこういうのはあれだけど、赤は今の流行だろ?それに乗るべきだと思うんだ。」
「私はこっちの緑が素敵だと思うんです。」
その特別な奴を手にリノンがやってきていたようだ。
注文からわずか二日、相変わらず仕事が早い。
「お、切子細工か。」
「よく知ってるね、その通りだよ。」
「どちらも綺麗だが、雰囲気が全然違うんだよな。こっちは力強い感じで、こっちは落ち着く。ブレンドするのは何の香りだ?」
「ワイルドローズのエキスがちょうど手に入ったのでそれを使おうと思っています。あとは、スウィートミントが生えていたのでそれを加工してみました。」
マリーさんがエキスの入った小瓶を渡してくれる。
バラはまさにこれ!っていう感じだが、なんていうか野性味が強い。
臭いわけではないだが、ガツンとくる感じだ。
逆に仄かに香るのはミントのほう。
こっちのほうが匂いはきつそうなのに、少しだけ甘くそれでいてすぐに匂いが抜けていく。
個人的にはこっちのほうが好みだな。
甘ったるいのは嫌いだ。
「どうだい?」
「悩むのもあれだな、どっちも使おう。」
「そういうと思ってました。」
「ちぇ、私の負けかぁ。」
「なんだ賭けてたのか?」
「金にシビアだからどちらか一方って思ったんだけどなぁ。」
「別に金を出したくないわけじゃない、必要な物には惜しみなく金を出す。」
「そういえばそうだった。」
いい物には相応の報酬を、それが俺のモットーだ。
そうすると必然的にいい仕事が集まってくる。
っと、そうだ思い出した。
「新しい化粧品も一緒に入れてもらえるか?ほら、リンカ用にカーラがブレンドした奴だ。」
「保湿用の奴ですね。」
「リンカ曰く、妊娠線が薄くなったそうだ。もし効果があるのなら喜んでもらえるだろう。そっちは普通の容器で大丈夫だ。」
「あ~よかった、それも作れって言われるかと思った。」
「そこまで無茶を言うつもりはない、急かした所でいい仕事は出来ないしな。」
「そういう理解のある顧客ばかりだったらいいんだけど。」
「そういう意味では今回は悪かったな。」
「王族に送るんだろ?名を上げるのには最高じゃないか、こっちも楽しかったよ。」
そういってもらえて何よりだ。
「じゃあローズを赤に、ミントを緑に入れてくれ。」
「かしこまりました。」
化粧品はこれでオッケーっと。
あとはマリーさんに任せれば問題ない。
リング氏の奥さんとも面識があるそうなので、その辺も含めて色々用意してくれることだろう。
後はギルドからの連絡を待って・・・。
そんなことを考えながら店に向かっていると、前からミラが駆けて来るのが見えた。
その表情はいつもと違いかなり焦っている感じだ。
おいおい、嘘だろ。
そんなまさか。
「シロウ様!」
「ミラ、どうした!」
こけそうになったミラを慌てて抱き留める。
荒い呼吸。
何度も息を吐いて呼吸を整えようとしているミラ。
普段冷静なだけにこれだけ取り乱すというのは・・・。
「落ち着け、何があった。」
「ギルドより連絡がありました。火焔鼠の毛皮は無事に手に入ったそうです。今はギルドを通じてブレラ様の工房へ持ち込まれました。それと・・・。」
「エリザだな。」
ごくりと息をのむ。
ミラが下を向き大きく深呼吸をして呼吸を整え、そして顔を上げた。
「無事に規制区域外に戻ってこられたそうです。怪我はしているそうですが、大事ではないと。」
「そうか・・・。」
「目的の品も手に入れたとか。今日は祝杯を上げましょうね。」
「あぁ、そうしよう。」
二人して目を合わせて笑いあう。
俺の次に心配していたのはミラだ。
アネットは全く心配していなかった。
なんていうか、失敗するはずがないのになんでそんなに心配なの?と言わんばかりの顔をしていた。
俺もそれぐらい信じてやれたらいいのだが、そこまで人間が出来てないんだよ。
ミラの手を握り急いで店に戻る。
ギルドから追加で、無事に地上に出たとの連絡を受けてすぐ。
「ただいま!」
エリザの大きな声が店に響いた。
「おかえり。」
「ふふ、ちゃんと帰ってきたわよ。」
「そうみたいだな。怪我をしたと聞いたが、大丈夫なのか?」
「うん、ビアンカのポーションを使ったから。久々に本気になれたわ。」
エリザが本気になったということはかなりの強敵だったということだ。
各種装備で強くなっているエリザを本気にさせるような相手。
俺なんて出会った瞬間に殺されていることだろう。
そもそもそこまで潜れないか。
「強かったんだな。」
「これがタイタンの心臓。大事に使ってあげて、それが私の望み。」
「よく頑張ってくれた。風呂が沸いている、ゆっくり休んで来い。」
「え~、それよりもおなかすいちゃった。」
「イライザ様のお店を貸切っております。今日は好きなだけ飲んでもいいですよ。」
「血なまぐさいままってのもあれだろ、俺はこれをルティエ達に託してくる。サッパリしたら一角亭に集合な。」
「は~い。」
エリザから受け取ったタイタンの心臓。
六角形の深い茶色をしたそれは、持っているだけで安心する不思議な雰囲気を醸し出していた。
大切に使わせてもらおう。
エリザが横を通り抜けるときにその頭をなでてやると、嬉しそうに目を細めた。
夜はエリザが独り占めすることになっている。
それがご褒美になるかはわからないのだが、女たちがそう決めたそうだ。
ちなみに報酬は金貨5枚。
あいつの借金と同じ金額なのは偶然だ。
そもそも本人はそれに気づいてないみたいだけど。
さて、目的のものは無事にそろった。
後は加工をして、リングさんに渡すだけだな。
タイタンの心臓をしっかりと握りしめ、ルティエ達の待つ職人通りへと向かう。
これがどんな形に変わるのか。
彼らの腕の見せ所ってね。




