35.転売屋は諸費用を納めに行く
店を手に入れてからは仕入れも程々片づけに追われる毎日になった。
大まかな掃除はリンカに手配してもらった奥様方が一気にやってくれたのでわずか二日ほどで終わったのだが、隠し部屋の改築とか倉庫への搬入とかやることはまだまだある。
特に倉庫への搬入は人手がないのでエリザの知り合いに声をかけてもらう予定だ。
荷物の搬入なんて冒険者に頼む仕事じゃないと思っていたのだが、新人はこういった仕事をしながら生活費を稼いでいるらしい。
まぁいきなり魔物に挑んで死ぬぐらいなら少しずつ実力をつけるほうが安全ではあるな。
「冒険者ギルドには私の方から声をかけておくから安心してよね。」
「できるだけ素行の良い奴にしてくれよ、商品をガメるやつは要らないからな。」
「わかってるってば、このエリザさんに任せなさい!」
任せないって、不安しかないわ。
まぁ人手は欲しいし今はその方法しかないだろうな。
さすがにハッサン氏のように奴隷を何人も抱える事は不可能だ。
仮に買うとしてもマスターは一人いくらって言ってたっけなぁ。
金貨50枚だっけ?
この前の肉でそれなりにお金があるとはいえ、家賃と税金を払ってしまえば殆どなくなってしまう。
そうだ、早めに支払っておくって話だった。
多額の現金があるとついお金があるように錯覚してしまうから失敗しないうちに済ませておこう。
「それじゃあそっちは任せたぞ。」
「今日もお店?」
「いや、今日はギルド協会に顔を出すつもりだ。それが終わったら露店を見て帰って来る。」
「わかった。人数が集まりそうだったらまた夜にでも教えるね。」
「そうしてくれ。」
一度部屋に戻り例の場所から金貨を取り出した。
昨夜二回数えたから間違いはない・・・はずだ。
金貨272枚。
ギルド協会に肉を買い上げてもらった金額に加えて年末までに自分で捌いた金額を加えて金貨172枚。
それに今までに稼いだ金貨100枚を加えればこれで一年分の税金と家賃は心配しなくてよくなる。
後は売って売って売りまくって来年分をこの一年で稼げばいいだけだ。
正確に言うと半年で、だけど。
来年は家賃が高くなるから今まで以上に頑張らなければならない。
でもまぁ去年と違って自分の店も手に入ったし、販売はしやすくなるよな。
後は仕入れが上手くいけば万々歳だ。
支払い分は革袋に入れて、仕入れの分金貨3枚を無造作にポケットにつっこんでから再び下に降りる。
「先に行ったんじゃなかったのか?」
そこには冒険者ギルドに行くと言っていたエリザの姿があった。
「もちろん行くわよ?」
「じゃあなんでまだいるんだ?」
「別にいいじゃない。」
まぁ急ぎじゃないし別に構わないけど。
「こいつはな、大金を持って歩くお前を心配して待ってたんだよ。」
「ちょっとマスター!」
「ほんと、こんなシロウさん思いのエリザさんを置いていくなんて信じられない。」
「別に本人は納得してるんだし別にいいだろ?借り上げた部屋もそのままエリザに使わせるんだしさ。」
「こっちとしては助かるが本当にいいのか?」
「ここまで世話になっておいて今更金返せなんて言えるわけないだろ。」
まさかこんなに早く店が手に入ると思っていなかったので実は宿代も一年分を前払いしてある。
今俺が出ていくと丸一年分の返金になるのでマスターとしてはかなり痛い出費になるのは間違いない。
そこで、エリザに使わせることを思いついたのだ。
そうすればマスターもエリザも得をするし、俺もマスターへの恩を返せる。
一石二鳥ならぬ三鳥ってやつだな。
「エリザさんの件は残念だけどそういう所はカッコいいのよね。」
「うるせぇ、余計なお世話だ。」
「まぁ捨てないだけの甲斐性はあるってことだ。」
「マスターまでそれを言うか?」
「わ、私は別に気にしてないよ?今までと変わらないわけだし。」
「余計なこと言ってないでさっさと行くぞ、ボディーガードしてくれるんだろ?」
「うん!」
「いってらっしゃ~い。」
このまま揶揄われるのもあれなのでエリザを引っ張るようにして三日月亭を出ていく。
まったくどいつもこいつも好き放題いいやがって。
「ごめんね。」
「何を謝るんだよ。」
「ちゃんと言えばよかったんだけど。」
「護衛代は出さないぞ。」
「いらないわよ。」
「じゃあ何も言わずに護衛してくれ。終わったらギルドに行けよ?」
「うん!」
エリザの気遣いは正直ありがたい。
金貨200枚と言えば二億円を超える価値があるわけだし、それを盗まれたとなったら大変な事になる。
被害を未然に防ぐためにも護衛は雇うべきなのだ。
キョロキョロと辺りを警戒するエリザだったが、何事もなくギルド協会の建物へとたどり着く事が出来た。
手を振って元気よく去って行くエリザを見送ってから中に入る。
「いらっしゃいませ・・・これはシロウ様よくお越しくださいました。」
「俺が分かるのか?」
「もちろんです、この街で店を構える方の名前と顔は一致するように教育を受けています。」
マジかよ。
ぶっちゃけ店を構えてから一度もここには来ていない筈なんだけど。
受付嬢って大変なんだな。
「それはすごいな。」
「今日はどういった御用ですか?」
「今年の税金と家賃を払いに来たんだ、シープさんはいるか?」
「シープですね、申し訳ございません生憎今は別の方と打ち合わせをしているようでして。」
おっと、そうきたか。
まぁアポなんて取ってないしそんな事もあるよな。
「いないなら別に構わない。代金はどこで支払えばいい?」
「金額が金額ですので・・・少々お待ちください。」
受付嬢は隣にいた同僚に声を掛けると小走りで奥に消えて行った。
「シロウ様はそちらの席にかけてお待ちください。」
そして俺は入り口横のテーブルへと誘導される。
着席すると同時に飲み物が出て来る辺りかなり訓練を受けているようだ。
そのまま行きかう人を眺めつつ出してもらった香茶を堪能する事しばし。
ふと受付嬢の消えて行った奥を見ると羊男が見たことのある男と一緒にこちらへ向かって来るのが見えた。
どうやら話をしていたのは奴隷商のレイブさんのようだ。
二人並ぶとなかなかに絵になるな。
だが俺も負けてないぞ!ってなんの競争なんだか。
会話に花を咲かせながら近づいてきた両名だが、先に俺に気付いたのはレイブさんの方だった。
「これはシロウ様お久しぶりです。」
「レイブさんも、あ!あけましておめでとうございます。」
「こちらこそよろしくお願い致します。聞きましたよ、お店を手に入れられたとか。」
「おかげ様で。」
「わずか半年で店を構えるとは、私の目に間違いはなかったようです。」
何故か嬉しそうにウンウンと頷くレイブさん。
相変らずのマイペースだ。
「シロウさん、何でも私に何か用があるとか?」
「今年の税金と家賃の前払いに来たんだ。」
「これはこれはお早い納付ありがとうございます。ですが別に急がなくてもいいんですよ?」
「金がある時に渡しておかないとな、気が付けば別の事に使ってしまう可能性もある。」
「なるほど。すみませんレイブさん少し席をはずします。」
「構いませんよ。」
「これが代金だ、確認してくれ。」
「お預かりします。」
腰にぶら下げた革袋をシープ氏に手渡す。
それを両手で受け取り奥へと消えて行った。
ふぅ、身軽になった。
「まさかあれだけの大金をご自分で?」
「え、おかしいですか?」
「普通は馬車などで乗り付けるものですがそうはされていないんですよね?」
「一応知り合いの冒険者に護衛はしてもらったが。」
「さすがはシロウ様、普通は怖くてそんな風に持ち込むことは出来ないでしょう。」
確かに二億円を持って歩けと言われれば不安になる。
だが俺が持って来たのは金貨だ。
かなり派手に稼いでいるせいもあってぶっちゃけ金銭感覚がまだ定まってないんだよね。
だからこんな事が出来たんだろう。
「ありがたい事に治安が良いですから。」
「それだけでこんな事をやろうとは思いませんよ。」
「次回は気をつける事にしましょう。」
「護衛はお知り合いだとか?」
「そうです。中級冒険者ですが実力はそれなりです。」
「他にもお知り合いが?」
「冒険者の知り合いはあと一人ぐらいでしょうか。」
「なるほど・・・もしよろしければ、護衛用の奴隷も扱っておりますよ。」
おっと、この状況でも売り込んでくるか。
そうくるだろうと思っていたが、流石というかなんというか。
「ありがたいお誘いですが、今ちょうど大金を支払った所でして。そこまでの余力は・・・。」
「おっと、私としたことがまた急いてしまいました。」
「奴隷を買う事になったら必ずレイブさんの所で買うとお約束させていただきます。」
「是非お願いいたします。」
そう言えばそんな話をした気がするなぁ。
俺好みの奴隷を用意していると・・・。
ぶっちゃけ怖い。
一体いくらぐらいするんだろうか。
「ちなみにどのような奴隷でしょうか。」
その時はただの興味本位だった。
だがそれが間違いだったと気づいた時には時すでに遅く、俺は怒濤のセールスを受ける事となる。
「よくぞ聞いてくださいました!今回ご用意した奴隷は読み書き算術は勿論の事、商談も可能な逸材です。元は商人の一人娘で次期店主となるべく教育を受けておりましたので振舞いも申し分ないでしょう。年は18と若すぎず老けすぎずといった所でシロウ様のお好みに合わせございます。勿論他の男性との経験はなく、そういった部分でもご満足いただけるよう指導を済ませてございます。」
「お、おぉ・・・。」
「見た目も美しく身体にはキズ一つございません。通常商人の娘というのはホビルトであることが多く、外見的にも物足りないことが多いですがこの娘に関してはそういったことは一切ございません。必ずやシロウ様に気に入って頂けることでしょう。」
レイブ氏のトークは止まることを知らず、羊男が戻ってくるまで続けられたのだった。




