346.転売屋は店を任される
「シロウいるか?」
「マスター、珍しいなここに来るなんて。」
いつものように仕事の準備をしていると、開店前の店に珍しい人がやってきた。
三日月亭のマスター。
俺がこの世界で一番お世話になった人と言ってもいいかもしれない。
「ちょっと頼みたいことがある。急ぎの仕事はあるか?」
「今日は特にないが、どうしたんだ?」
「どうしても外せない仕事ができたんで店を任せたい、頼めるか?」
「は?」
「いろいろ考えたがお前なら安心して任せられる。夕方には戻るからそれまで頼むぞ。」
「いや、頼むぞって・・・もういないし。」
突然現れたと思ったら用件だけ言って出て行ってしまった。
いや、正確には俺に向かってカギを投げつけてから出て行った。
この鍵は店の裏側に入るためのやつだ。
店を任せるって簡単に言うけれど、俺は買い取り屋で向こうは宿だぞ?
勝手が違いすぎるんだが・・・。
「どうされました?」
「いや、さっきマスターが来て店を任せるとだけ言ってどこかにに行っちまった。」
「え、お店って三日月亭をですか?」
「そこしかないな。」
「あそこって今もお客様いますよね、それはどうするんでしょうか。」
「あ。」
そうだよ。
うちみたいに開店閉店するわけじゃなく、基本は常に客がいる。
そりゃあマスターも人間だから夜は寝るけれど、それでも急な問題には対処するはずだ。
つまり、今の三日月亭は責任者不在。
っていうか人員ゼロ?
「ミラ、今日は臨時閉店だ。寝てるエリザとアネットを起こして三日月亭に来てくれ。」
「すぐに用意します。」
「出来るだけ急ぎで頼むぞ、俺の想像が正しければ今頃大変なことになってるはずだ。」
朝食の時間は終わったはずだが、そのあとに待っているのはチェックアウト。
それが終わったら掃除と整備と並行して昼食づくりと・・・。
おそらくほかにもあるんだろうけど、思いつかない。
ともかく今は向こうに急がないと。
カギを持ったまま店を飛び出し三日月亭へと走る。
なんで朝からこんなことしてるんだよ、とかそんな文句すら出てこなかった。
やばい。
それしか考えられない。
「お、誰か来たぞ。」
「シロウさんだ。」
「なぁシロウさん、マスター知らないか?さっきからいくら呼んでも出てこないんだよ。」
「早くしないとギルドに遅れる!」
「めし~!追加のめしまだ~?」
宿に飛びこんで最初に目に入ったのはあふれる冒険者。
ほら見ろ、大変なことになってるじゃないか。
ともかくこれを収拾しなければ始まらない。
「マスターは急用で不在だ、代わりに俺が対応するからちょっと待ってくれ。」
あふれる冒険者の間を通り抜け、鍵を開けて裏に入る。
そのままカウンターに出ると、ご丁寧に帳簿とメモが置いてあった。
『今日の宿泊者リストだ、昼飯は12時、夕飯は6時。空き時間に全室の掃除とシーツ交換と換気、必要であれば床掃除。洗濯と皿洗いは同時進行しないと終わらないぞ。じゃあよろしく。』
じゃあじゃねぇよ、じゃあじゃ!
どんだけ大事な用事かしらないが、無責任にもほどがある。
「シロウさん早くしてくれよ。」
「まだ~?」
「ヤバイって、ニアさんに殺される!」
「わかったから順番に並べ!チェックアウトは右、他の用事は左!会計は釣りの無いように準備しろ!」
まずは目の前の冒険者を処理しないと始まらない。
幸いにも三日月亭の客は他よりもおとなしい。
あと、顔見知りが多いのも幸いだった。
文句を聞き流しながら順番に金をもらい、リストから消していく。
それと同時に空いた部屋を確認し、連泊者との区別をした。
今出てった奴らの部屋は全部掃除。
それからシーツの交換と洗濯と料理のしこみと・・・。
「シロウ、来たわよ!」
「お待たせしました。」
「助かった!」
とりあえず列はさばき終えたが、他の客の相手をしなければならない。
「何をしますか?」
「アネットとミラはここで受付しながら酒と料理の準備、エリザはこのリストを見ながら空いた部屋のシーツを全部引っぺがしていってくれ。」
「シロウは?」
「俺は助っ人を呼んでくる。」
前まではリンカもいたが今は休業中だ。
ならば人海戦術で行くしかない。
宿を飛び出し次に向かったのは教会だ。
「モニカ、ガキ共はいるか?」
「皆さん畑に行っています。そろそろ戻ってくると思いますが・・・。」
「戻ったら三日月亭に来るように言ってくれ、仕事だ。」
「お仕事ですか?」
「給料は銅貨50枚、賄いは出す!頼んだぞ!」
いないのならば仕方がない。
ともかく援軍は呼んだので宿へと戻る。
「シロウ終わったわよ!」
「とりあえず裏庭に置いといてくれ、このまま掃除するぞ。」
「えぇぇ、あの汚い部屋を?」
「仕方ないだろ、終わったらマスターが好きなだけ飲ませてくれるさ。」
「約束したからね!」
「シロウ様、できれば最上階からお願いします。昼過ぎには新しいお客様の予約が入っていますので。」
「まじかよ。」
「料理は任せてください!」
「とりあえず下は任せた。ガキ共が来たら洗濯するように言ってくれ。」
昼過ぎってそんなに時間ないぞ?
最上階って言えばこの宿で一番でかい部屋、そこを利用するってことはそれなりの人物なんだろう。
そんな人が来る日にどこか行くって、信じられないんだが。
ともかくやるしかない。
店の裏から掃除道具を引っ張り出し、そのまま最上階へ。
窓を開け、床の掃き掃除をし、机から何から何まで拭き上げる。
「シーツがない!」
「探せ、絶対どこかにあるはずだ。」
「どこかってどこよ。」
「しるかよ。」
「せっかくのお休みだったのにぃ。」
「泣き言はマスターに言え、俺だって泣きそうだ。」
何が悲しくてこんなことをせねばならんのだ。
大きなため息をつきたくなったが、今はその時間すら惜しい。
ベッドメイキングをエリザに任せ、そのまま下の階へ。
階段も結構汚れてるなぁ。
そんなことに気づいてしまったら手を出さないわけにはいかなくなってしまった。
空いた部屋の掃除をし、連泊している客のタオル類を交換し、出入りしながら階段の掃除をしていく。
あっという間に昼になっていた。
ふと部屋の窓から下をのぞくと、裏庭でガキ共が楽しそうにシーツを洗濯していた。
大きなたらいにシーツを入れ、踏み洗いをしている。
お、モニカも駆けつけてくれたようだ。
なるほど、ガキどもがきびきび動いているのはそのおかげか。
洗い終わった奴は別のたらいで水洗いされ、そのままに裏庭にかけられた紐に引っ掛けられていく。
おっと、見とれている場合じゃなかった。
下に降りればちょうど飯時。
一般客も受け入れるのが三日月亭だ。
宿泊者とは別に町の住人が飯を食いにやってきている。
「アネットさん三番テーブルです。」
「は~い。」
「お姉ちゃんエールね、それとワインをボトルで。」
「少々お待ちを。」
「ねぇ、お水まだ?」
「ひぃぃん、ご主人様助けてくださぃぃぃ。」
一つのことをすると三つの仕事を頼まれる。
そんな状況にさすがのアネットもパニック状態だ。
掃除も一段落していたのでそのままアネットとともにホールを回す。
途中で洗濯を終えたモニカがミラの手伝いに回ってくれた。
ガキ共の飯を作っているだけあって、あぁ見えても料理上手だ。
初めて出会った時よりかは大きくなっている気がするが・・・。
まぁ、まだ俺の好みには届かないな。
「シロウ、これは~?」
「一番テーブル、こぼすなよ。」
「おまたせしました~!」
「まぁ可愛らしい給仕さんね。」
「ごゆっくりお召し上がりください。」
ガキ共も一緒になって手伝いに加わっている。
何かの遊びと思っているのかと思ったが、デリバリーの経験が生きているんだろう、そんな雰囲気は一切感じさせなかった。
交代で食事を回しているとあっという間に三時になった。
「シロウ様、そろそろチェックインのお客様が来られます。」
「だな。」
「でも、最上階のお客様が来ませんね。」
「遅れてるんだろう。とりあえず俺とミラで最上階の最終チェック、エリザとモニカは一般の部屋を頼む。アネットは夕食の仕込みだ、頼むぞ。」
「は~い。」
忙しさも落ち着き多少の余裕が出てきたが、これから始まるであろう忙しさに恐怖を感じる。
チェックインと飯のダブルだぜ?
しかもガキ共はもういない。
これをよく一人でまわすよなぁ、マスターも。
慣れもあるんだろうが、どう考えても一人でできる仕事量じゃない。
そんなことを考えながら最後のチェックを終え、迎えた夕方。
俺はひたすらチェックインの客をさばき、女達が料理と給仕を回す。
そこから先の記憶は殆んどなかった。
気付けば外は暗くなっている。
やっと、一息と思ったその時だった。
ドアの開く音がして反射的に顔を上げる。
「お、やってるやってる。なんだ上手くやったじゃないか。」
「マスター。」
「悪いな、急に頼んじまって。でもやっぱりお前に任せて正解だったよ。」
「この借りは高くつくから覚悟しろよ。」
「仕方ないだろ、お前のせいで俺が出る羽目になったんだから。文句を言うなら王家に言え。」
「俺のせい、王家?」
帰ってきたマスターに文句を言ってやろうと思ったのだが、思いもしない返事が返ってきた。
王家が噛んでる?
それでマスターが出る理由はどこにもないはずだが、どういうことだ?
「まぁまぁそう噛みつくな、ここの主人を呼び出したのは私のせいなんだ。顔なじみに免じて許してくれ。」
再び扉が開き、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
そこにいたのは小さな子供。
いや、そんなこと言ったら怒られてしまうな。
俺がこの世界に来て最初にやりあった相手。
「リングさん!」
「久しぶりだな、シロウ。一年ぶりか。」
久しぶりの人物が入り口で笑っていた。




