345.転売屋は魚を食す
米騒動はほどなくして終息した。
モーリスさんが自分で動いたのが大きかったのかもしないが、追加のコメはすぐに到着し必要数が確保されたのが一番の理由だろう。
一時のブーム的な感じだったのか、欲しいという住民は当初の半分まで減ったそうだ。
それでも飲食店の半数、住民の三割が継続して米が欲しいと言っているそうなので大成功と言っていいかもしれない。
これからは毎月一トンの米が運ばれてくるそうだ。
その半分を俺が買い取り、モーリスさんを通じて売ってもらう。
俺は金を出すだけで勝手に金が入ってくるというわけだな。
最高じゃないか。
もちろん需要に陰りが見えて在庫が膨れあがる様になれば、別の販路を確保しなければならなくなる。
なに、売る先はあるんだ。
今はこの街の需要を満たせればそれでいい。
「エリザ様遅いですね。」
「だな、いつもなら戻ってくる時間なんだが。」
「きっとギルドで話し込んでいるんですよ。」
「だと良いがな。」
夕方。
いつもならエリザがダンジョンから戻って来る時間なのだが、その気配はまだない。
今回エリザに頼んだのは、食える魚系の魔物。
米が普及したことにより俺の魚欲が一層強くなったので、それを感じ取ったミラがエリザに頼んでくれたんだ。
少々面倒な場所にいるとのことだったが、まさか何かあったのか?
そんな不安が大きくなりだしたころ、ドアのベルがカランとなった。
「たっだいまー。」
「エリザ様!」
「え、なに、どうしたの!?なんでこんな歓迎されてるの?」
「帰りが遅いんで心配してたんだよ。」
「ごめんごめん、ちょっと処理に手間取っちゃって。でもほら!ケイブフィッシュの切り身!」
戻って来たエリザがカバンから白い物体を取り出す。
風蜥蜴の被膜に覆われたそれは、スーパーでよく見る短冊の形をしていた。
『ケイブフィッシュの切り身。ダンジョンの地底湖に生息するケイブフィッシュは非常に獰猛で、近づいてきた魔物を水中に引きずり込んで食べる大型の魚型の魔物である。最近の平均取引価格は銀貨1枚、最安値銅貨71枚、最高値銀貨1枚と銅貨20枚、最終取引日は3日前と記録されています。』
水中に魔物を引きずり込むって、どこのワニだよ。
獰猛ってレベルじゃないぞ。
「白いですね。」
「一番良い所はダンにあげちゃったんだ、ごめんね。」
「ダンも一緒だったのか。」
「偶然一緒になったから手伝ってもらったのよ。あいつを一人でおびき出すのは難しいのよね。」
「ちなみに聞くが、どうやって水中から引きずり出すんだ?」
「誰かが囮になって地底湖の側に立つの。で、襲ってきた所を思いっきり引っ張ってもらって回避、地上で暴れている所をやっつける感じ?」
「・・・ちなみに逃げるのが遅れたら?」
「そのまま水中に引きずり込まれてご飯になるだけ、かな。」
「やばすぎるだろ、そのやり方。」
「大丈夫だって、みんな手慣れたものだから。最悪襲われた瞬間に叩き切っちゃえばいいんだし。でも、武器を持ってたら近づいてこないのよね~、賢いから。」
エリザは簡単に言うがその様子を想像すると危険しかなさそうだ。
あまり頼まない方がいいかもしれない。
「美味いんだよな?」
「塩焼きにすると最高よ。」
「よし、今日は好きなだけ飲んでいいぞ。」
「やった!」
「ミラ、店じまいだ。俺は魚を調理する。」
「それならこれも一緒にお願い。」
エリザのカバンから新たに出てきたのは小型の魚。
小型と言っても10cm程はある。
まるで小アジみたいだ。
それが何十匹と被膜にくるまれていた。
「小さいな。」
「ケイブフィッシュの子供よ、お腹の中で成長するの。」
「まじかよ。」
「オスにはいないんだけど、メスなら当たり。でも小さいから食べにくいのよね。」
「このサイズだとワタを出してフライにした方が美味そうだな。」
「え~一匹ずつ捌くの?」
「このサイズなら指で行けるだろう。」
「え、ほんとに?」
「まぁ任せろって。」
腹にいただけあってサイズの割にはそんなに骨が固くなさそうだ。
ひとまず台所に移動して準備を始める。
短冊はそのまま刺身で食うのが良さそうだ。
わさび・・・はないのでボンバージンジャーと醤油で食べるとしよう。
「とりあえずお前は風呂入って来い、結構生臭いぞ。」
「え、ほんとに?」
「エリザ様、新しい石鹸がありますので使ってください。良い匂いがしますから。」
「わかった、アネットありがと。」
軽快な足取りで二階に上がるエリザを見送ると、エプロンを身に着けたミラが横に立っていた。
「可愛いエプロンだな。」
「隣で作っていただきました、いかがですか?」
「良く似合ってるぞ。」
「私のもあります!」
「全員分作ってもらったのか。」
「この前のように急に炊き出しをするときに便利かと思いまして。」
「確かに結構汚れるもんな。」
俺はあんまり気にしないが、女達にはあった方がいいだろう。
本当によく似合っている。
「それで、どうすればよろしいですか?」
「短冊を一口サイズに切ってくれ、厚すぎず薄すぎずで頼む。アネットはジンジャーの皮をむいてすりおろしてくれ。」
「「わかりました。」」
二人に任せつつ米をとぎ、火にかける。
子供泣いてもふたは開けるなとはよく言ったもんだ。
「さて、片してしまいますかね。」
色々片づけた後は、いよいよ小魚の出番だ。
左手の親指と人差し指で頭の部分を抑えつつ、右手の親指と人差し指でエラの下をつまむ。
後は少し力を入れて魚の腹の方に引っ張ると、エラがはずれ一緒になってワタが取れる。
サビキで釣った小アジなんかはよくこうやって捌いてフライにしたもんだ。
「すごい!そんな簡単に内臓が取れるんですね!」
「大きくなりすぎると無理だが、このぐらいだとこうする方が早いんだ。」
「参考になります。」
「良くご存知ですね。」
「昔ちょっとな。」
あっという間にワタを抜き取り、ナイフで頭を落として腹を開く。
開いたら小麦粉をつけてそのまま高音の油で一気に上げれば、簡単フライの出来上がりだ。
本当はパン粉でもつけたらいいんだが、手軽な奴でいいだろう。
「は~さっぱりした。」
「そろそろできるぞ。」
「え、もう捌いちゃったの!?」
「そうなんです、あっという間でした。」
「え~見たかった~、ねぇもう一回やって!」
「いや、もうないから。」
「じゃあ釣って来る。」
「また今度な。ほら、とりあえず飯にするぞ。」
不貞腐れた顔をするエリザの前に、炊きたてのコメを突き出してやる。
若干黄色いが、まぎれもない炊き立てご飯だ。
「で、どうやって食べるの?」
「刺身はしょうがと醤油、フライはお好みだが俺は醤油だな。」
「じゃあシロウと一緒にする。」
「キャベッジの千切りと一緒に食うと美味いぞ、とりあえず食うか。」
各々自分の席について手を合わせる。
「「「「いただきます!」」」」
どれ、刺身はどんな感じかなっと。
いい感じの分厚さ、若干向こうが透けるのは鮮度の良い証拠だ。
しょうがをのせ、少量の醤油をつけて口に運ぶ。
「美味い、これは美味いな。」
「でしょ?苦労した甲斐があったわ。」
「コリコリした食感にピリリとした刺激、でも醤油がそれを綺麗に合わせてくれますね。」
「食レポが上手いな。」
「おーいしー!ご飯もおいしいぃぃぃ!」
「コメの上に乗せ、一緒に食うと尚うまいぞ。」
「御主人様は本当にお米がお好きですね。」
「これなしじゃ生きていけないぐらいだ。また食えてホッとしてるよ。」
コメ無しの期間は本当につらかった。
醤油が無いのも地味にきつかった。
俺のDNAには米と醤油がしみ込んでいるからなぁ。
海外旅行に醤油を忘れるなって言葉は嘘じゃないと思っている。
「あ~お酒が美味しいぃ。」
「フライとよく合うだろ。」
「サクサクでカリカリで、エールがいくらでも飲めそう。」
「食い過ぎには注意しろよ。」
米は腹持ちが良いからな、食い過ぎると後が辛い。
それがわかっていても食べてしまうのがコメの魔力ってやつだ。
あぁ、刺身も美味い。
川魚は微妙に泥臭いんだよなぁ、やっぱり。
ガーネットを拾ったあそこのは臭くなかったんだが、やっぱりあれぐらいきれいな水じゃないとダメなんだろう。
「しかし、ダンジョン産の魚も侮れないな。」
「でしょ~。」
「今度は塩焼きにして食べたい。いや、それよりも開きにして干すか?」
「干すんですか?」
「日持ちするための工夫だ。どうやるかは・・・また図書館で調べておく。」
「そんなの載ってるの?」
「さぁなぁ、載ってなかったらまた考えるさ。」
魚の干物を大根おろしと醤油でいただく。
そういえばこの世界で大根を見てないな、今度アグリに聞いてみるか。
「お魚、美味しいですね。」
「だな。次は海の魚が食いたいなぁ。」
「海?かなり遠いわよ。」
「やっぱりか。」
「私も一度見てみたいんですよね、どこまでも広がる水。しょっぱい水なんでしたっけ?」
「そのはずだ。」
「はずって、行った事あるんでしょ?」
この世界の海が元の世界の海と同じならそのはずだ。
とはさすがに言えなかった。
聞こえなかった振りをして米を頬張る。
さてどう言ったもんかなぁ。




