339.転売屋は羊を仕込む
暑い。
今日は特に暑い。
そうか、風がないからだ。
いつもなら入口から裏口にかけて風が通り抜けるのだが、今日はそれがない。
なので一日ずっとムシムシしている。
この世界は比較的からっとした気候なので過ごしやすいのだが、それでも夏は冬よりもムシムシしている。
救いは氷が多いことだな。
前の夏以上に氷を使えるので、たらいに入れた氷で足を冷やしている。
この暑さのせいか、客が少ない。
そりゃこんな時間に出歩きたくないよなぁ。
「たっだいまー!」
とか思っていたらエリザが戻ってきた。
今日はいつもより帰りが早い。
「おい、なんだその毛玉。」
「あっつかった~!この時期に毛皮なんて持って帰るもんじゃないわね。」
帰ってきたエリザの手には大量の毛玉が抱かれていた。
前が見えないぐらいの大きな毛玉だ。
見るだけで汗が吹き出しそうな暑苦しさ。
冬だったらうらやましいとか思うのかもしれないが、今はただただ暑苦しい。
「そりゃそうだろう、暑苦しいったらありゃしない。」
「仕方ないじゃない、この前の騒動の時に崩れた道の向こうで繁殖してたんだもん。」
「げ、まじかよ。」
「すっごかったわよ~、岩をどけた瞬間に大量の毛玉が雪崩れてくるの。上にいかないよう必死に岩を戻して、あふれたやつを狩ってさ。まぁあそこは気温が低いから狩る分にはよかったんだけど・・・。」
「地上は地獄か。」
「置いて帰るのももったいないし一応持って帰ってきたけど、ギルドの買い取り価格が散々だったのよね。」
「で、ここに来たのか。」
「そういうこと、ねぇいくらぐらいになる?」
そう言いながらエリザが大量の毛玉をカウンターに乗せる。
見ているだけで暑苦しい。
はやく鑑定して持って帰ってもらうか。
『ウールウールの毛玉。非常に保温性が高くかつ吸湿性に優れており冬の衣料には欠かせない素材。上質である。伸縮性もあり革鎧の裏地に使われることもある。最近の平均取引価格は銅貨50枚、最安値銅貨30枚、最高値銀貨1枚。最終取引日は141日前と記録されています。』
ふむ、わざわざ上質と出るって事は物はいいんだろう。
夏場はともかく冬場には必ず使用されるのか。
これは隣に売り込む絶好の素材ともいえるだろう。
価格に差があるのは時期のせいだろうな。
冬前は高く春先から夏が一番安い。
まさに今が一番安い時期というわけだ。
安い時期に仕入れて高く売るのが商売の基本。
とはいえこいつを大量の倉庫に入れるのはなぁ。
圧縮できればいいが難しいと場所をとりそうだ。
「これで銀貨1枚って所か。」
「ギルドよりは高いけど・・・そんなものよね。」
「この暑さじゃ仕方ないだろう。」
「エリザ様お帰りなさいませ、どうぞお水です。」
「ありがと、ミラ。」
ミラが水の入ったコップを持ってやってくる。
エリザは腰に手を当てまるで風呂上りの牛乳よろしく一気に飲み干した。
「ウールウールの毛玉ですか。」
「あぁ、ダンジョンで大繁殖したんだと。」
「ということはお肉が安く出回りそうですね。」
「肉も食えるのか?」
「成獣になると若干硬くなりますが、子供は非常に肉が柔らかくにおいも少ないので食べやすい食材です。冬場はよく出回りますが、夏場は少ないので。」
「この時期に刈る気にはならないしな。」
「栄養豊富ですので夏バテ防止にも効果があります。」
ウールって事は羊だろ?
つまりラムだ。
ラムチョップはにおいが凄いから中々家では出来ないんだけど、美味いんだよなぁ。
そうか、食材が出回るって事はそれも楽しめるのか。
ジンギスカンにバーベキュー。
うん、悪くない。
「ミラ、この毛玉は圧縮できそうか?」
「圧縮ですか。」
「このままだと邪魔だろ?木箱かなんかに押し込んで場所を確保できないかと思ったんだが・・・。」
「この毛玉は伸縮性のある素材ですのである程度は大丈夫かと。」
「冬用の仕込みも無かったし、いっちょ買い込むか。」
「え、ほんとに!?」
「誰かが買わなきゃ品があふれる、置いとけば値上がりは間違いない品だからな。」
幸い倉庫に空きはある。
思いっきり圧縮してしまえば何とかなるだろう。
冬服って事は秋ごろから仕込むはず、そんなに長時間塩漬けする必要もなさそうだしな。
「それと一緒に肉も買い受ける。そろそろ夏祭りだったよな?」
「そこで売るんですね?」
「ミラは醤油とジンジンジャー、ファイヤーガーリックを買ってきてくれ。エリザはマスターのところに行って、出来るだけ無臭の酒を頼む。たしかレレモンはまだあったよな。」
「ございます。」
「それだけあれば漬け置き用のタレが出来るはずだ。とりあえず露店で売ってみて人気なら漬け肉を売るって手もある。」
「醤油を使うって事はシロウの料理ね、どんな味か楽しみだわ。」
大昔、それこそ学生のときに金が無くて自分達で漬けた以来だが大丈夫だろう。
醤油があると何でも出来るから助かるよなぁ。
この間大量に仕入れたって連絡が来ていたんだ。
なんならタルで買っても消費できる気がする。
「とりあえず今日の分の肉は俺が買ってくるからそっちは頼むな。」
「は~い。」
コレがうまくいけば肉と毛玉で大儲けだ。
冬だけじゃなく夏も美味しくいただけるとわかると、今後も定期的に狩る冒険者も出てくるだろう。
そうなればコンスタントに毛玉を仕入れることが出来る。
値段が安定するのは冒険者もうれしいだろうから俺も冒険者も大喜びってね。
夕方。
仕入れてきた材料を使って漬け肉を作成した。
一週間ほど寝かせれば完成だ。
「美味しい!」
「果物の甘みと野菜の刺激がなんともいえませんね。」
「うむ、我ながら美味いな。」
「これなら絶対に売れますよ!」
「夏祭りまであと二週間。特に何もする気は無かったんだが、楽しくなりそうだ。」
漬け込みようのタレを味付けに使っただけだが、中々に美味しくできたと思う。
だが、焼いた時の臭いが凄いのでやはり家の中でやるのは避けたほうがいいな。
途中で気づいて裏庭で焼いて正解だった。
「ウマイにゃ!」
「これは想像以上に美味しいですね。」
「うぅ、こんなに美味しいなら冒険者から仕入れておけばよかった。」
ちなみに、匂いにつられて追加で三名ほど食卓に加わるとは思っていなかったが・・・。
まぁいつものことと言えばいつものことか。
「仕入れたらいいじゃないか、ただし漬けダレのレシピは教えないからな。」
「そこを何とか!」
「教えたら速攻広めるくせに。」
「そりゃそうですよ、扱う店が増えれば需要が増える、需要が増えれば儲けが増える。それはシロウさんも同じじゃないですか?」
「それは扱う量が増えたらの話だな。とりあえず今回はがっつりやらせてもらう、悔しければ毛玉の買い取り価格を上げるこった。」
「この時期に好んで買い取るのはシロウさんぐらいなものですよ。はぁ、冬の貴重な収入源だったのに。」
安く仕入れて高く売るのはギルドも同じだ。
だが必要以上に倉庫を圧迫できないギルドにとってこの時期の仕入れはなかなかできるものではない。
必然的に高い時期に買って売ってをすることになる。
薄利多売でも数を売れば儲けは出るが、そこに俺が加わるとそうもいかなくなる。
利益は俺のほうが上。
必然的に値下げの裁量も俺の方が上なので、結果として俺の方がよく売れるだろう。
ギルドには悪いがこれも商売なんでね、普段から色々と手伝ってやってるんだからこれぐらいは許してほしいものだ。
「来週にはもっと美味しいお肉が食べられるのよね?」
「あぁ、漬ければ漬けるほど美味くなる。流石にやりすぎると腐るが、これだけしっかり味付けするとおおよそ一か月ぐらいは持つだろう。そのために滅菌には気を付けているんだ。」
「素人が飲食に手を出すと失敗するって言いますけど、シロウさんにそれはあてはまりませんね。」
「あくまでも俺は買取屋、飲食店を開くつもりはないから安心しろ。」
「むしろそっちでも頑張ってもらえると嬉しいんですけど。」
「いやいやそれは無理だって。毛玉を転がすだけで十分だよ。」
夏場にこんな美味しいネタが転がっていると思わなかったが、まさに毛玉様々ってやつだ。
明日には大量の毛玉と肉が俺のところに運ばれてくる。
その肉を仕込み、そして売る。
毛玉は圧縮して倉庫に放り込む。
これだけで大金が入ってくるんだもんなぁ。
もちろん出ていくお金も多いが、毛玉分は肉でペイできるだろう。
つまり丸々儲けになる。
最高じゃないか。
「ところでシロウさん、今回のオークションはどうするんですか?」
「とりあえず出品はするつもりだ。ネタもある。」
「そうですか。」
「出ると都合が悪いのか?」
「とんでもない!むしろ出られないと困るところでした。」
「・・・おい、返答次第では肉を食わせないぞ。」
「べ、別に変なことはさせません!ただ王族の方々が来られると連絡があったのでご対応をお願いしようかと。」
「は?」
今なんて言った?
「さすがに国王陛下は来られませんが、今回は王妃様とオリンピア様が来られるそうです。シロウさんの化粧品をいたく気に入られたそうで、それ関係で来るんじゃないですかね。」
「それオークション関係ないよな?」
「オークションにはオリンピア様がご興味を示されているそうです。」
「つまり案内をしろと?」
「あの空間に女性だけで行かせるのはいかがなものかと。」
「いやいや、寧ろ俺が行く方がまずいだろ。」
「何かするつもりで?」
「バカを言うな、俺だってまだ死にたくない。」
いくら何でも王族には手を出さないって。
オリンピアは守備範囲外、王妃様は・・・正直知らないがどちらにせよ手を出すことはあり得ない。
単に相手をするのがめんどくさいからだ。
恐らく、というか間違いなくマリーさんの様子を見に来るんだろう。
女になったとはいえ自分の息子。
気にもなるだろう。
その面倒を俺に押し付けるってのが癪に障る。
「先方もそれを望んでおられます、頑張って下さい。」
「・・・拒否権はなしか。」
「こちらも出来るだけフォローは入れます。」
「頑張って下さい、シロウさん!」
テンション急降下の俺に、ミラがそっと新しい肉を乗せてくれた。
はぁ、食べよう。
さっきまであんなに美味い肉だったのに、今はその美味しさを感じられなくなってしまった。




