337.転売屋は石を割る
ある日のこと。
百穴はなくなったものの、石の魔物は残っているので日課をこなしていた時だった。
昨夜から仮面をつけられ呪いによって体力を低下させられた魔物が、火の魔道具によってあっけなく倒される。
残ったのはいつもの魔石と、石。
おそらく何かの原石だろう。
大きさからみるにそこまで高価なものではなさそうだ。
『アクアマリンの原石。磨くことで光り輝く原石。魔加工すると水の加護を得る。最近の平均取引価格は銀貨5枚、最安値銀貨1枚、最高値金貨29枚。最終取引日は12日前と記録されています。』
ふむ、アクアマリンだったか。
これも魔加工が必要なのでまとめて持っていくとしよう。
原石を拾ったのち魔石を取る。
つもりだったが、その横の石を拾ってしまった。
触れればすぐに鑑定スキルが発動する。
『石。ただの石。微量の銀を含んでいる。最近の平均取引価格は銅貨1枚。最安値銅貨1枚、最高値銅貨3枚。最終取引日は2日前と記録されています。』
石だった。
だが中に微量の銀が含まれているらしい。
見た目はただの石ころなんだけどなぁ。
鑑定スキルだけでなく相場スキルもある俺は、物の取引履歴がわかる。
加えてもう一つ。
鑑定した物と同じものがあればそれを表示することができるんだ。
石を鑑定したことで、そこらじゅうの石の上に数字が表示される。
まるで数字のゲシュタルト崩壊だ。
あまりの見づらさに慌てて相場スキルを切る。
あーびっくりした。
試しにさっき拾ったアクアマリンの原石をもう一度鑑定してから、相場スキルを発動する。
ほかには・・・。
あれ、あった。
ダンジョンの奥のほうに数字が見える。
小走りでそこまで行くと、さっきよりも大きな石に数字が出ていた。
『アクアマリンの原石。磨くことで光り輝く原石。魔加工すると水の加護を得る。最近の平均取引価格は銀貨5枚、最安値銀貨1枚、最高値金貨29枚。最終取引日は12日前と記録されています。』
「ほらあった。」
思わず呟いてしまった。
まさか原石が落ちているとは思わなかったなぁ。
見た目はただの石。
だが中には原石が隠れている。
試しに持っていた短剣の柄の部分で石を叩いてみる。
思ったよりも簡単に石は欠け、欠けた部分から青色の輝きが現れた。
おぉ、マジだったか。
ほかにも探してみるも残念ながら同じようなものは見つからなかった。
ってことはだ。
いまさらながら気が付いたんだが、これを応用すると見るだけで採掘ができるんじゃね?
確かダンジョンの中には石ばかりの場所もあったはず、宝探し感覚で冒険者が岩を砕いているとか。
そこに行けばもっと見つけられるかもしれない。
よし、そうと決まれば即行動だ。
小走りでダンジョンを出て向かったのは店・・・ではなくルティエの工房だ。
「よぉ、ちゃんと寝てるか?」
「あれ?シロウさんが二人いる?」
「・・・はい、寝てないな。」
「寝てます!」
「嘘つけ、幻覚見てる時点で嘘確定だよ。ったく、寝不足は仕事の敵だって言っただろうが。」
窓から姿を確認してから勝手に上がり込んだのだが、どうやら徹夜していたようだ。
カギは開けっ放し。
ここに盗みに入るようなやつはいないが不用心にもほどがある。
「寝ろ。」
「でも今いい感じでアイデアが降りてきてるんですよ。」
「寝不足のテンションで降りてきたやつは大抵駄作だ、一度寝て起きてみたら残念な奴だ。おとなしく寝ろ。」
「でも。」
「でもじゃねぇ、いい加減にしないと原石全部引き上げるぞ。」
「それはダメ!」
「なら昼まで寝ろ。ったく、あとで飯持ってきてやるから。」
「えへへ、ごめんなさい。」
ふらふらと立ち上がったルティエが横のクッションに倒れこんだ。
プール用に用意したビープルニールの皮に水ではなく綿を詰め込んだ、人呼んで『ダメ人間製造器』。
どこかの企業が作ったようなそのまま眠ってしまうクッションと同じ発想だな。
目を閉じたと思ったらあっという間に目を閉じて寝息を立てはじめる。
さて、本当は起きているときに探したかったんだが、手紙だけおいておけばいいだろう。
勝手知ったる工房だ。
作業台の下に置いてある箱を開けると、ゴロゴロと石が出てきた。
これ全部宝石の原石だ。
空き時間に加工しようと粗削りした奴が置いてある。
見た目に宝石だとわかる状態だが・・・。
『エメラルドの原石。磨くことで光り輝く原石。魔加工すると風の加護を得る。最近の平均取引価格は銀貨3枚、最安値銀貨1枚、最高値金貨21枚。最終取引日は33日前と記録されています。』
てな感じで原石扱いなんですよ。
そこから何種類かの原石を回収し、手紙で一時的に預かった旨を書いておく。
他人が持って行ったら窃盗だが、俺はほら、出資者みたいなものだし。
ちゃんと返すから大丈夫だろう。
怒られたら怒られた時だ。
原石を大事に抱えて店に戻る。
ちょうどエリザが起きてきたようで、ショーツにタンクトップ風の肌着だけの格好で台所に立っていた。
「あ、お帰りシロウ。」
「すごい格好だな。」
「いいでしょ、シロウしか見てないんだし。」
「あれ、ミラは?」
「取引所に行ったわよ、アネットは製薬中。」
「そうか。」
「何か用事?」
「いや、店番を頼みたかったんだが、まぁいい。俺の分も淹れてくれ。」
「は~い。」
香茶を淹れるとこだったようなので俺の分も頼んで席に着く。
さて、どうするかな。
しばらくするとエリザがカップを二つ持って戻ってきた。
「ねぇ、その手にあるのは何?」
「これか?」
袋を開け机に中身を広げる。
色とりどりの原石が机の上で輝いた。
「え、宝石!?」
「の、原石だ。ルティエのところから拝借してきた。」
「え、勝手に持ってきたの?」
「手紙は置いてきたぞ?」
「それはどうかと思うけど・・・。まぁいっか、シロウだし。」
どういう理屈なのかわからないが納得してくれたのならそれでいい。
「うん、美味い。」
「それはなにより。で、これをどうするの?何かに使うから持って帰ってきたんでしょ?」
「まぁな。エリザ、宝石は好きか?」
「当り前じゃない!」
「俺も好きだ、純粋に金になるし見た目も綺麗だしな。」
「へぇ意外ね、お金だけだと思ってた。」
「半分以上はそうだが、結構鉱石系は好きだぞ。」
子供の頃に模様の綺麗な石とか集めてたのは俺だけじゃないはずだ。
もちろん大人になってそういう欲も減ったが、今でも見るとテンションは上がる。
「ふ~ん。で、これをどうするの?」
「ダンジョンに採掘場、あっただろ?」
「うん、たま~に宝石が出るところね。」
「これを見ながら探したら出てくるかともったんだ。」
「なにそれ、シロウがオカルトに頼るとか珍しいわね。」
「そうでもないぞ、ほら。」
今度はポケットからさっき見つけた原石を出す。
相場スキルはまだ誰にも伝えていないので、あくまでも鑑定スキルだと言い張ることにした。
「これも原石、でも磨いてないわね。」
「例の魔物から出たやつと、それとこっちが探した奴だ。」
「え、こっちはあそこにあったの?」
「あぁ。小さいが間違いなく原石だ、鑑定スキル使えば原石かどうかは見分けがつくからそれを使って探してみたい。」
「もしそうだったら大発見じゃない!」
「偶然の可能性もあるが、見つけた以上試してみたいのが人の性ってもんだろ?」
「気持ちはわかるわ。つまり連れて行けって事よね?」
「あぁ。手あたり次第になるから見つからないかもしれん、どうだ付き合ってくれるか?」
俺一人で行くのは危険だが、エリザが一緒なら問題ない。
ほかの冒険者もいるから道中さえ安全なら危険はないだろう。
なんだかんだ言って、ダンジョンに入るのも怖くなくなってきたしな。
「もしすごいの見つかったら譲ってくれる?」
「そろそろこの町に来て一年になる、日頃の礼も兼ねてちょいとしたものを贈りたいんだ。それまで待ってくれるか?」
「うふふ、じゃあみんなには黙ってないとね。」
「悪いな。」
「ううん、むしろシロウがそうやって思ってくれるのが嬉しいわ。わかった、付き合ってあげる。」
「ミラが戻ってきたら出発するつもりだ、それまでに準備を頼む。」
「道具はギルドで借りればいいわね、あとはあそこを通るからそれ用の対策と・・・。」
「考えるのはいいが、いい加減着替えたらどうだ?」
「嬉しいでしょ?」
昨日抱いたとしても、女達の体に見飽きることはない。
むしろそれを思い出してムラムラするぐらいだ。
まだまだ俺も若いよな。
「男だからな。」
「ふふ、また帰ってきたらね。」
「順番は守れよ。」
「いいもん、ミラに相談するから。」
「二人がかりは勘弁してくれ。」
そんなことを話していると入口のあく音がした。
どうやらミラが戻ってきたようだ。
慌てて原石を袋に詰めなおす。
「シロウ様、おかえりなさいませ。」
「何かいいネタはあったか?」
「この前の木材は引き取り手が見つかりました。といっても、マリー様関係ですけど。」
「なるほど屋敷に使うのか。」
「ちょうどいい大きさだったようで、職人さんが喜んで買ってくださいました。明日には代金を持参されるそうです。」
「そりゃよかった。」
「それと、キノコは各飲食店が引き取りたいと言っていましたので言い値で卸しています。」
「これで美味いキノコ料理が食えるな。」
「シロウ様が言い値だなんて最初はびっくりしましたが、そういう考えがあったのですね。」
安く卸せば儲けは減るが、その分張り切って料理を作ってくれる。
せっかくなんだからいろいろな味付けを楽しみたいじゃないか。
ってことで今回は利益度外視で売りに出した。
といっても原価は割ってない。
少額ではあるが儲けは出ているだろう。
「あら、それは?」
「今日の土産だ、魔石とこいつが出た。」
「綺麗な原石ですね、ルティエ様が喜びそうです。」
「そうだ、これから出るんだが昼過ぎにルティエの様子を見てきてくれ。あいつ徹夜してまともに飯を食っていないようだ、飯も一緒に持って行ってくれないか?」
「かしこまりました。ということは出られるのですね?」
「あぁ、ちょっとな。」
まだばらすわけにはいかない。
だが成功した暁には・・・。
日々世話になっているんだし、たまにはお礼をしないとな。




