336.転売屋は森を探索する
「心配させないでよね!」
「だからそこは謝ってるじゃない。まさか倒れるとは私も思っていなかったんだし。」
「医者の不養生とはよく言ったもんだな。」
「あはは、申し訳ありません。」
結論を先に言うならばただの風邪だった。
風邪といっても風土病の一種みたいなもので、突然眠気に襲われてしまうものらしい。
まず最初に風邪の症状が出て、その後一気に眠気が襲ってくる厄介なものなのだが、たいていは風邪の症状に耐えられず横になっているときに睡魔が来るので問題ないことが多い。
だが、今回は風邪を押して仕事をしていた為に睡魔に耐えられず、奥の部屋で倒れていたというわけだ。
丸一日寝たままってのはどうかと思うが、適切な薬さえ飲んでいればそこまで重症化することはないそうなので、今回は完全にビアンカの落ち度になる。
無理をするなとあれほど言ったのに、つい仕事に夢中になってしまったのだとか。
俺たちが来なかったとしても二日ほどで目が覚めるので命に別状はなかったかもしれないが、今後は気を付けるようにとくぎを刺しておいた。
まったく、人騒がせな奴だ。
「ともかく無事が分かったのなら問題ない。代金も準備してあったようだし、今日はもらって帰るとしよう。あとは・・・。」
「ビアンカ、薬草はないの?」
「ダストハーブは今品切れなの、取りに行こうと思ったらこんなことになっちゃったんだ。」
「じゃあ私がとってくるわね。」
「でも魔物が出るわよ、誰か冒険者を連れて行かないと。」
「ルフがいる、この辺に出る魔物程度なら問題ないだろう。」
「でも私ではルフちゃんは・・・。」
「俺も一緒に行くにきまってるだろ。」
「ご主人様が?」
なんだよ二人してその顔は。
俺が一緒に行くのがそんなにおかしいか?
「自分の奴隷が苦しんでるんだ、当然だろ?それともあれか?足手まといか?」
「そんな!お手伝いいただけると助かります。」
「ついでに珍しい薬草があったら拾ってくれ。」
「お任せください。それじゃあビアンカ、その薬を飲んで休むのよ。」
「わかったって。主様もよろしくお願いします。」
「おぅ、まかせとけ。」
って事で急遽薬草を探しに行くことになった。
ルフが急についてくる気になったのはこういうことになると思ったからだろうか。
野生の勘ってのは結構当たるもんだ。
ビアンカの家を出て広場に戻ると、ちょうど馬車から荷物が運び出されていた。
「アイルさんお待たせしました。」
「勝手ながら荷を下ろさせていただきましたよ。それでビアンカはいかがでしたか?」
「風邪をひいて寝込んでいるようだ、これから薬草を探してくる。」
「これからですか。」
「ダストハーブってのがいるらしい、在庫はあるか?」
「申し訳ありません、あいにく切らしておりまして。」
「なら仕方ない。ルフ、薬草を探しに行くぞ!」
声をかけると馬車の後ろからルフが飛び降りてやっと来たという顔でこっちを見た。
「待たせて悪かったな、それじゃあ頼むぞ。」
ブンブン。
尻尾を元気よく振りそれに応える。
「ダストハーブは朽ちた樹の根元によく生えています。まずは森の奥を目指しましょう。」
「ってことで道案内は任せた。ルフは周囲の警戒をよろしくな。」
魔よけのお香をたくこともできるのだが、あれを撒くとルフの鼻が使えなくなるので今回は見送った。
よほどの魔物でなかったら大丈夫だろう。
なんだかんだ言ってアネットも結構強いんだよな。
もちろんエリザほどじゃないが、魔物と戦ったこともあるらしい。
一番の足手まといはこの俺ってわけだよ。
街の入り口横から森に分け入り、獣道っぽいところを進む。
この辺は薬草を探す人が多く出入りしているからかそれなりに歩きやすいが、奥に行けば行くほど足元に枯葉が落ち、滑りやすくなってきた。
30分ほど歩けばそこはもう未開の地だ。
「ありませんねぇ。」
「何色なんだ?」
「灰色で、フワフワしてます。埃の塊みたいな感じですね。」
「・・・薬草なんだよな?」
「そのフワフワの根元に種があり、それを煎じると薬になるんです。」
「朽ちた樹の根元か。そこら中にありそうなものだが、なかなかないな。」
「そうですね、ちょっと珍しい部類に入りますから。あ、薬草だ。」
「普通のやつは見つかるのにな。」
「ルフちゃんの鼻がいいからです、普通はこんなに簡単に見つかりませんよ。」
先頭をルフが歩きその後ろをついて言っている。
時々立ち止まり何かの匂いを嗅いではまた進む。
おそらく薬草の匂いを嗅いでいるんだろう。
その証拠に行く先々に薬草が落ちており、たまに珍しいやつも混ざっている。
探知犬のようだな。
狼だけど。
道なき道を進むこと更に30分ほど。
森の中はひんやりとしており暑さはないが、その分湿気がすごい。
あと虫。
虫よけをアネットが塗ってくれたが、それでもどこからともなく飛んでくる。
ったく、いったいどこにあるんだ。
歩きにくいせいでついイライラしてしまい、集中力が散漫になりついあっちこっちに視線が泳いでしまう。
そろそろ見つかっても・・・っておや?
「なぁ、あれはなんだ?」
視線を泳がせた先、ちょうど朽ちて倒れた木の根元に灰色の毛玉が見えた。
ルフの毛玉があんな感じだ。
灰色のもこもこフワフワの毛玉。
それと同じものが樹の根元に転がっていた。
「え、あ!あれです!」
アネットも見つけたようで、弾んだ声を出す。
そうか、あれがそうなのか。
滑らないように気を付けながら毛玉に近づくと、タンポポの綿毛のようなフワフワしたものがそこにあった。
長い茎が根元の葉っぱから伸び、その先に綿毛がついている。
綿毛の根元には茶色い粒のようなものが見える。
大きさは、タンポポよりも何倍も大きい。
なんせ毛玉がバスケットボールぐらいある。
根元の種か実かわからない奴は栗ぐらいの大きさがあるんじゃないだろうか。
確かにこの大きさなら薬の成分も取り出せそうだ。
「飛び立つ前のいい感じの熟し加減ですね。これだけあれば予備も十分に作れそうです。」
「それはなによりだ、また倒れられても困るしな。」
アネットがゆっくり近づき、綿毛の上に持ってきた革袋をかける。
そのまま綿毛ごと一気に袋に収めてしまう。
袋の先から綿毛がいくつか飛び出してしまった。
「吸わないでください!寄生されますよ!」
「そういうことは先に言えよ!」
「すみません!」
慌てて口を布で覆い後ずさる。
ルフは目にもとまらぬ速さで遥か後方に移動していた。
寄生って、勘弁してほしいんだけど!?
アネットがしっかりと袋の口を締め、漏れないか確認している。
まったく、薬草のくせに寄生するとかなんてやつだ。
「お待たせしました。」
「今度からは先に言おうな。」
「気を付けます。」
「ともかく目的のものは手に入った、ほかの薬草を探しつつ戻るとしよう。薬はすぐに作れるのか?」
「ビアンカの機材があるので一時間ほどあれば。」
「なら今日中には戻れそうだな。」
「急いで作りますね。」
探し物は見つかったのでさっさと戻るとしよう。
再びルフを先頭に来た道を戻る。
途中魔物と遭遇したが、ルフが一吠えするだけでどこかに行ってしまった。
そのあとのどや顔はなかなかだったな。
街に戻り、アネットはビアンカの工房へ。
俺はアイルさんのいるギルド協会の建物へと向かった。
「アイルさんはいるか?」
「これはシロウ様、お早いお戻りで。それで目的のものはみつかりましたか?」
中に入ってすぐにアイルさんが俺に気づいた。
そのまま近くのテーブルに誘導される。
「あぁ、いい感じのがあった。今アネットが製薬しているから終わり次第戻らせてもらう。」
「残った分は・・・。」
「もちろん買い取ってくれるんだろ?」
ニヤリと笑うとアイルさんもニコリと微笑んだ。
お互いの利害は一致している。
俺は金を、街は薬を。
喧嘩する部分がないのであとはスムーズに事が運ぶ。
「こちらが目録にありました荷物の買取価格です。薬は量を確認したのちその場でお支払いさせていただきます。」
「まずまずの値段だな。で、代わりに何を買えばいい?」
「食用のキノコと木材、それと薬草を。」
「薬草は自前で見つけた分があるんだが・・・、まぁあればアネットが何かに使うだろう。キノコと木材を差し引くとどんな感じだ?」
「こちらになります。」
テーブルの上に積み重ねられたのは銀貨。
10枚の山が一つだ。
ふむ、結構な量のようだな。
「キノコはともかく木材とは珍しいな。」
「シロウ様が見つけました温泉までの道を整備しておりまして。」
「そうか、なら今度は行きやすくなりそうだな。」
「冬までには完成いたします。よろしければお越しください。」
「そうさせてもらおう。問題は積んで帰れるかなんだが・・・。」
「キノコは運び込んでございます、木材は別便にて明日の昼に町までお届けいたします。置き場所はいつもの場所で構いませんか?」
「あぁ、畑の横に積んどいてくれ。あとはこっちでやる。」
ここではありふれた木材も、周りが草原の俺たちの街では重宝する。
いい感じの値段で誰かが買ってくれるだろう。
「では交渉成立です。」
「薬ができるまであと小一時間か。」
「よろしければ香茶をお淹れしましょうか。」
「あぁ、頼むよ。」
「ではお待ちください。」
恭しくお辞儀をしてアイルさんは奥に消えていった。
残されたのは銀貨10枚。
ふむ、もう少し値が付くと思ったが差し引きするとそんなもんか。
木材はすぐ売れるだろうし、キノコは・・・売れなければ俺たちで食えばいい。
キノコか、久しく食ってないな。
また例のキノコが食べたいものだ。
またエリザにとって来てもらうとしよう。
アイルさんのお茶を堪能していると、薬を作り終えたアネットが戻ってきた。
薬はもう飲ませてあるらしい。
残りの薬が銀貨に化ける。
今回の分も合わせて30枚。
まぁまぁな儲けといえるだろう。
さて、街に戻るかね。
行きと違い穏やかな気持ちでゆっくりと馬車は進む。
何事もなくて良かった。
心地よい揺れと安堵もあり俺はルフにもたれるようにして眠りにつくのだった。




