335.転売屋は様子を見に行く
「え、ビアンカが来ない?」
「はい。今までは25日に必ず来ていたんですけど・・・。」
「妙だな。」
「服従の首輪もありますし逃げることは出来ません。何かあったんでしょうか。」
「う~む、遅れているだけじゃないのか?」
「ビアンカの性格を考えてもそれはありません。あの、様子を見に行ってもいいですか?」
月が替わっても来ないとなると確かに変だな。
首輪もそうだが、ビアンカの性格を考えると逃げることはしないはずだ。
っていうか今の生活を捨てて逃げるメリットがない。
となると何かあったと考えるべきだろう。
「それなら俺も行こう、今から出れば昼過ぎには着くだろ?」
「すみません。」
「いやいや、奴隷の様子を見に行くだけだアネットが気にすることじゃない。」
「それでしたらちょうど運んでいただきたい素材もあります、一緒にお願いできますでしょうか。」
「わかった行くだけってのも勿体ないしな、馬車を手配するから用意しといてくれ。」
「かしこまりました。」
「アネットは薬関係を頼む、大家さんの薬もな。」
「はい!」
本当の緊急事態であればギルド協会を通じて隣町から連絡が来るだろう。
でもそうじゃないということは、そこまでの問題ではないということだ。
いなくなったわけじゃない。
でも来れない事情がある。
来れないのなら自分から出向けばいいだけの話だよな。
馬車を手配し終えるとアグリが歩いているのが見えた。
「アグリ!」
「シロウ様、どうされました?」
「ちょいと隣町まで行く。もし帰りが遅くなった場合は明日の散歩頼むな。」
「隣町、ですか。」
「奴隷が予定の日付になっても来ないんでな、様子見だ。」
「なるほど、かしこまりました。」
「今日はどうしたんだ?」
「収穫した野菜をギルド協会に引き取ってもらうので、その手続きに。よろしければいくつか持っていかれますか?」
ふむ、向こうでも野菜は手に入るだろうが、まぁ残ればビアンカに押し付けてもいいだろう。
向こうで適当に配ってもらえばいい。
さすがに豊作すぎてギルド協会の買取価格も安くなってきた。
より高い値段で買ってくれるならそのほうがいいしな。
「わかった、行きがけに畑に行くから適当に見繕ってくれ。そうだな、15~20人分って感じでよろしく。」
「かしこまりました。」
馬車を持ってきてもらい、ミラの用意してくれた素材を積み込む。
ついでにアネットの薬を載せて出発だ。
「先に畑に行くぞ。」
「畑ですか?」
「アグリがいくつか持っていってほしいそうだ。」
「そうですね、向こうで捌けるのならばその方が喜んでもらえそうです。」
運転はアネットが。
なかなかの手綱さばきで畑まで行くと、想像以上の量の木箱が用意されていた。
「なぁ、多すぎないか?」
「これでも遠慮いたしました。」
「はぁ、売れ残ったら引き取ってもらうか。」
「捨てるよりかはましかと。」
「豊作なのも考え物だな。」
「贅沢な悩みですね。」
まったくその通りだな。
男連中に荷物を積み込んでもらっていると、珍しくルフが近づいてきた。
この時間は暑いのでいつも風の魔道具のあたる場所でゆっくりしているんだが・・・。
「なんだ、見送ってくれるのか?」
ブンブンブン。
「違うのか?」
「ワフ。」
「乗りたいのか?」
ブンブン。
え、乗るの?
俺がそういうや否や、軽々と飛び上がり荷物の隙間で丸くなったルフ。
いや、別に構わないんだけど・・・。
一緒に行きたいなんて珍しいな。
「よかったら一緒にお願いします、たまには涼しい場所もいいでしょう。」
「確かに向こうは涼しいしな、わかった連れていく。もし戻らなかったら夜回りは任せるぞ。」
「かしこまりました。」
ま、たまにはいいだろう。
「ルフ、揺れるけど我慢しろよ。」
わかってる、ってな感じで尻尾が一回振られた。
「珍しいですね。」
「だな。まぁいいだろう、アネット出してくれ。」
「はい!」
積み込みも終わり、隣町に向かって出発する。
しばらくはいつもと変わらない草原が続くが、しばらくすると少しずつ木が増えていき、一気に山道へと変わる。
木があるだけで気温が一気に下がる。
マイナスイオンか何かのおかげだろうか。
それか、ただの蒸散作用かな。
そんなことを考えながら転寝しているうちに、あっという間に隣町が見えてきた。
「見たところ何もありませんね。」
「むしろ見えるぐらいの変化があったら困る。」
「あはは、そうでした。」
町の入り口をくぐり停車場に馬車を止める。
降りて固まった体をほぐしていると、町の奥から見覚えのある顔がやってきた。
「アイルさん!」
「やはりシロウ様でしたか。」
「変わりないか?」
「おかげさまで穏やかな日々を過ごしております。して今日はどのようなご用件で?」
「今年作った野菜が豊作でな、せっかくだからと思って持ってきた。それといつもの日用品と薬の補充、それとビアンカの確認だ。」
「はてビアンカがどうかしましたか?」
首を傾げ不思議そうな顔をするアイルさん。
想定外の質問だったんだろう。
「普段なら25日までに納金しに来るんだが、それが遅れている。逃げるような事はないだろうから様子を見に来たんだが、何か知ってないか?」
「そういえばここ数日姿を見ませんね。」
「確認していないのか?」
「四日前に仕事の依頼をしたときは特に変わりありませんでしたから。」
「そうか。」
「見てまいりましょうか?」
「いや、俺が行こう。」
「では荷下ろしはお任せを、目録をいただけますか?」
「よろしく頼む。」
心配そうなアネットを連れて向かうはビアンカの家。
俺が買い取ったので俺の家だがまぁその辺は置いといて・・・。
「ビアンカ、ビアンカいる?」
アネットがドアをドンドンと叩き声をかける。
が、返事はない。
不在か?
「ビアンカ!」
「あんれ、シロウさんじゃないか。薬を持ってきてくれたのかい?」
「ビアンカ知らないか?」
「はてねぇ、昨日は見なかったねぇ。そういやその前はずいぶんとしんどそうな顔をしていたけれど・・・。」
「アネットとりあえず声をかけ続けろ。」
「はい!」
「何かあったのかい?」
「ちょっとな、薬はアイルさんに渡してあるからそっちからもらってくれ。代金はいつものようにビアンカに渡してくれればいい。」
「助かるよ、それじゃあちょいと行ってこようかね。」
大家さんは特に気にする様子もなく離れていった。
後ろでは俺の指示を受けたアネットがガチャガチャとドアを開けようと頑張っている。
だが鍵がかかっているため開かないようだ。
「アネット、裏口は?」
「あったと思います!」
「俺は窓から中を確認する、頼んだぞ。」
二手に分かれ俺は出窓から中を見る。
特に荒らされているような感じはない。
机の上にはカップが置かれており、横には食事が乗ったままの皿がある。
見た感じ腐った様子はない。
大家さんの話では昨日は見かけなかったらしいので、最低でも一日は経っている計算になる。
他は・・・。
くそ、奥の部屋が見えないな。
「ダメです、裏口もカギがかかってます。」
「ならぶち破るしかないか。」
「いいんですか?」
「いいんだよ、買った家なんだし。」
よく考えれば大家は俺だ。
だからぶち壊しても問題ない。
表に回り、ドアを思いっきり蹴りつける。
だが思った以上に頑丈でびくともしない。
「くそ、斧でも借りてくるか?」
「私がやります!」
そういうや否や、アネットが後ろに下がり距離をとる。
いつもと違って銀色の耳がピンと立ち、ものすごく集中しているようだ。
「はぁぁぁ!」
そして弾丸のようにものすごいスピードで走りだした。
そのままドアに向かって体当たりをする。
バコンと大きな音を立ててドアが開いた。
マジか、アネットって実は凄かったのな。
って今はそんなこと言ってる場合じゃない。
体当たりをした後そのまま倒れてしまったアネットだが、すぐさま立ち上がり奥の部屋へと駆けこむ。
「ビアンカ!」
「いたか?」
「ビアンカ、大丈夫?しっかりして!」
おいおいなんだよその悲壮な声は。
慌てて中に入り奥の部屋へと急ぐ。
リビングを抜け開けっ放しになった部屋に飛び込むと、そこには床に倒れたビアンカの姿があった。
頭を抱きかかえアネットが必死に声をかけている。
嘘だろ?
想像もしなかった状態に思わず息をするのも忘れてしまう。
聞えてくるアネットの叫び声だけが俺の耳に響き続けた。




