324.転売屋は真贋依頼を受ける
犯人は無事に逮捕。
かなりの余罪があり、この町だけでなく周辺の街なんかでも同様の手口で詐欺を働いていたようだ。
『空想模造』というかなり特殊なスキルを利用して作られた贋作は、通常の鑑定スキルでは判別できないらしい。
スキルを使用して精巧に作る為にはかなりの想像力・空想力が必要になるそうだが、あの犯人はそれを見事に成し遂げていたそうだ。
俺も相場スキルがあったからこそ見破れたものの、無かったらまがい物を掴まされていたことだろう。
とはいえ、逆にわからない方が幸せだったかもしれない。
この世界では基本鑑定スキルが基準となっている。
鑑定スキルで本物とされれば本物。
アナスタシア様のように一時的に贋作を作る機能などもあるが、それでも本物と鑑定されればそれが正しいということになる。
俺が気付かなければ模造品も本物とされ、売る時も本物として取引される。
模造品とはいえ、高く売れるものを安く仕入れることができたと考えることもできるのだが・・・。
まぁ過ぎた事だ。
ベルナを含むこの町の被害者には無事にお金が戻り、他の被害者にも何らかの救済がなされることだろう。
あとは俺の知ったこっちゃない。
そう思っていたんだけどなぁ。
「シロウさん、これは本物か?」
「・・・本物だ。」
「そうかよかった!偽物を売りつけられたんじゃないかって心配だったんだよ!」
「なぁ、うちは買い取り屋なんだが買い取るのか、買い取らないのか?」
「悪いが今回は見送らせてくれ。いや~よかったよかった!」
今日で何度目だろうか。
客は来る。
それはもう列を作るほどに。
だがそのほとんどが買い取りにならず、今のように真贋だけ確認して帰っていく。
俺は鑑定士じゃ無いぞ。
ったく・・・。
「シロウ様、次のお客様がお待ちですがどうしましょうか。」
「どうするもなにもまた同じ感じだろ?」
「おそらくは。身なりから貴族の方かと思われます。」
「はぁ、いい加減めんどくさくなってきた。ここはガツンと言う方がいいかもな。」
「私が言いましょうか?」
「いや、俺が言う。ここが何の店かはっきりさせるいい機会だ。」
このまま客を受け入れれば、買い取り屋ではなくなってしまう。
真贋鑑定をしたいならよそをあたりやがれ。
バンっとカウンターを叩き立ち上がると、足音を高らかにならしながら店の外に出た。
「おい、早くしてくれよ朝から並んでるんだぞ!」
「そうだそうだ!」
並んでいた客と思われる連中が俺に向かって文句を言う。
「悪いがここは買取屋で鑑定屋じゃない、鑑定目的なら帰ってくれ。」
「おい、それが客に向かって言う態度か!」
「そんなこと言わずに鑑定してくれよ!なぁ、これは本物なのか!?」
前言撤回。
こいつらは客じゃない。
俺を便利屋か何かと勘違いしている残念な奴らだ。
よってこいつらを相手にする理由はない。
「売る気がないなら来るな。とっとと家に帰れ、以上だ。」
それだけ告げると俺は勢いよく扉を閉めて店に戻った。
外から罵詈雑言が聞こえてくるが知ったこっちゃない。
閉店の札を出してしばらく様子見だ。
「はぁ、疲れた。」
「お疲れ様でした。」
「悪いな、つきあわせて。」
「むしろ至極当然の対応だと思います。ここは買取屋であって鑑定屋ではございません。お金にならない人を相手にする理由はありませんから。」
「そういってもらうと気が楽になる。」
「しばらくはうるさいでしょうが、時間がたてば元のお客も戻ってくると思います。それまでお休みにされますか?」
「そうだなぁ・・・。とはいえ二号店は化粧品専門にしてしまったし冒険者を無下にするわけにはいかない。様子を見て店を開けるしかないだろう。」
警備に頼んで追い払ってもらうという手もある。
本来の客は、泥臭くダンジョンで走り回っている冒険者だ。
もちろん並んでいるような金持ち連中も大切な客ではあるが、今は違う。
そういう事だ。
早めの昼食を摂り恐る恐る店の戸を開けると行列はなくなっていた。
そりゃそうか、この炎天下で待っているはずがない。
よかった、これで警備を呼ぶ必要はなくなったな。
ホッと胸をなでおろしてカウンターの裏側に戻るとすぐにカランと入り口のベルが鳴った。
入って来たのは金持ちそうな若い男。
はぁ、またか。
「そんな顔をしないでもらえないか、ちゃんと客として来たんだが。」
「つまり真贋に興味はないと?」
「興味はある。だが、ここが買取屋だという事も理解している。さっきのを遠巻きながら見させてもらったが、非常に気持ちが良い対応だった。皆自分の事ばかりで貴方の本分を理解していない。ずるずると真贋鑑定するようなら他を当たる事も考えたが、貴方のような人にこそ買い取ってもらうべきなんだろう。」
「褒めてもらっても買い取り価格は高くならないぞ。」
「あはは、それは残念だ。」
「とりあえず客というならこっちに来て物を見せてくれ。」
どうやらさっきのやり取りを見られていたらしい。
てっきり顰蹙を買い客が減るものとばかり思っていたが、そうじゃない人もいるらしい。
その若い男が取り出したのは一本の小刀だった。
どことなく神聖な雰囲気を感じる。
許可を得てからその小刀に触れると、いつものようにスキルが発動する。
『神斬りの小刀。神をも斬る鋭さを持つ神聖な刃は術式や呪いを断ち切る効果がある。最近の平均取引価格は金貨29枚、最安値金貨17枚、最高値金貨35枚。最終取引日は5年と672日前と記録されています。』
神斬りの小刀とはすごいな。
まぁ鑑定スキルを見る限りは斬るのは呪いかなんからしいが、もしかすると本当に神様でも斬れるかもしれない。
とはいえ斬るような相手はいないけどな。
「珍しい品だな。」
「うちの曽祖父がどこからか買い付けたものなんだ。でも、受け継ぐ人もいないし正直扱いに困る品でね。」
「オークションに出せばいいじゃないか。」
「自分で手放したとわざわざ公言しろと?」
「売って俺がオークションに出せば同じじゃないか?」
「貴方ならしかるべき人に譲るんじゃないかと思ってね。あぁ、もちろんオークションに出しても構わないよ、別に世界に一つの物じゃない。」
「ふむそういう事か。」
ノワールエッグの様に世界に一つの物ならば出所は割れるが、そうでないのならどこぞにある物の一振りという事にすればいい。
持ち主は死んでしまっているわけだし、追及されることもないという事か。
「黙って持ち出してないよな?」
「今の当主は僕さ、文句を言う人はいないよ。」
「そうか、ならいい。」
「いくらぐらいになる?」
「そうだな、金貨17枚って所か。」
「思ったりよ安いね。」
「すぐに売れない物だからな、寝かせる事を考えるとそれぐらいになる。」
「ならこういうのはどうだろうか。」
そう言いながら一枚の紙をカウンターに乗せた。
「これは?」
「うちの屋敷の権利書だ。」
「はぁ?」
「実は来年王都に引っ越すことになってね、家を引き払いたいんだがいい人が見つからないんだ。貴方なら引き渡すのにふさわしい相手だと考えている、新しい家は欲しくないかい?」
「いや、欲しいかと聞かれたらそりゃ欲しいが・・・。誰の差し金だ?」
「ん~それは言えないんだよ。」
「つまり息はかかっていると。」
「僕が言えるのはここまでだ。まぁ、今回は話だけだから聞き流してもらっても構わない。よかったら考えておいてくれ。」
考えてくれって・・・。
一体いくらするんだよ。
その辺も教えてくれないと予算も立てられないじゃないか。
まったく、俺の知らない所で色々と動きすぎなんだよ。
もっとこう、報告をだなぁ・・・。
「はぁ。」
「疲れた顔をしているよ。」
「そりゃこんな顔にもなるだろ。」
「僕にとっては良い話なんだ。いつかはここを出たいと思っていたけれど、家とかその他もろもろに縛られていてね。貴族って言っても自由じゃないんだよ。」
「この品もその一環か。」
「身辺整理ってやつだね。これからもちょくちょく持ってくると思う、その時はよろしく頼むよ。」
「俺は掃除屋じゃないぞ?」
「でも買取屋だろ?」
その通り、良い品であれば買い取るのが俺の仕事だ。
「金貨19枚。これが精一杯だ。」
「感謝する。僕はウィフ。」
「シロウだ。」
「今後ともよろしく頼むよ、シロウ。」
貴族の男・・・ウィフが俺に向かって手を差し出す。
これを掴めば定期的にいい品は入って来るし、屋敷が手に入る。
でも取らなかったら?
いや、その選択肢はないか。
家を買う買わないは別の話だ。
少し考えた後、俺はその手をしっかりと握り返した。
「他にも君のやり方に共感を受けた知り合いがいるんだ、彼らにも紹介しておくよ。」
「真贋依頼じゃないのなら大歓迎だよ。」
商売なら喜んで。
相手が貴族ってのがちょっと面倒だが、良い品を持っているのは間違いない。
雅に金が金を呼ぶってね。
家の為にもしっかりと稼がせてもらうとしよう。




