32.転売屋は取引をする
「それはどういう事でしょうか。」
「言葉通りだよ、仕込みの終わった肉を大量に所持しているんだがだ取引先が見つかっていなくてね、ギルド協会のアンタならどこかいい取引先を知っているんじゃないかと思ってきいただけだ。あぁ、知らないなら別に構わない自分で探すさ。」
「知らないとは言っていませんよ?」
知らないなら話は終わり。
そんな空気を出すと素早く喰いついてきやがった。
もちろん向こうも誘われているとはわかっているだろうが、それでも喰いついてくるあたりかなり需要は大きいらしい。
「へぇ、それはありがたいね。」
「お答えする代わりに一つ聞かせてもらっても?」
「あぁ、俺もさっき聞かせてもらったからな。」
「この話が出たのが約5カ月前。ロックフロッグの肉を仕込むには6ヶ月かかると言われています。どうやってそれを仕込むことが出来たんですか?」
「それは企業秘密・・・と言いたいだが、良い様に取り計らってくれるのであれば肉と合わせて製造法を教えても構わないと思っている。」
「それは脅しですか?」
「いやいや、正当な取引さ。その様子じゃギルド協会も必要数を集められなくて困っているんだろ?そんな状況で必要数を適正価格で集められたとなったらアンタの株も上がるんじゃないかって思っただけだよ。」
まぁぶっちゃけ脅しだけどな。
この肉が欲しければさっきの話を通せって言ってるわけだし。
向こうとしたら筋は通したうえで値下げを要求されたから断った。
こんな筋道を立てるつもりだったんだろうが、そうは問屋が卸さない。
っていうか俺が許さない。
せっかく掴んだチャンスなんだ、ここで一発逆転させてもらわないとな。
「適正価格、その言葉に二言はありませんね?」
「聞けば相場の1.5倍いや2倍で取引されているところもあるそうじゃないか。だがギルド協会様相手にそんなセコイ商売をするつもりはない。」
「正直に言って肉だけであれば家賃交渉に見合わないと思っていましたが、製造法となれば話が別です。ですが貴方が嘘を言っていないという保証はどこに?」
「この前のように三日月亭のマスターに話を聞けばいい、なんなら俺が一緒に行ってやろうか?現物を見た方が納得できるだろ。」
「いいでしょう、もしその話が本当なのであれば先程の話を考えないことも有りません。」
ふむ、ここまで譲歩しながらまだ対等なところまで下りてこないか。
まぁいい、向こうがその気なら無理やりにでも対等な交渉テーブルに引きずり込めばいいだけの話だ。
「善は急げだ、さっさと行こうぜ。」
「それがいいでしょう。事前準備される可能性も無くはありませんから。」
「この短時間でそれが出来たらとっくの昔に店を構えてるよ。」
「シロウさん、貴方ならそれが出来るんじゃないですか?」
「冗談はよしてくれ、そんな魔法が使えたらギルド協会のお世話になってなんてないさ。」
この世界に携帯電話のようなものがあるとは聞いたことがない。
なのでリアルタイムで状況を伝えられない以上そんなことが出来ればまさに魔法だ。
二人揃って部屋を出ると扉の前に待機していたハッサン氏が驚いたように飛びのいた。
どんな話をしているのか聞き耳を立てていたんだろう。
もちろんそれを咎める理由もないので部屋を借りたお礼を伝えて急ぎ三日月亭へと戻る。
戻っている間はお互いに無言。
俺が怪しいことをしないか横に立ってずっと監視されていた。
そんな事しなくても不正なんてしないっての。
「ただいま。」
「あ、おかえりなさいシロウさん!」
「あれ、マスターは?」
「裏庭にいるよ。」
「そっか、ありがとう。」
ここで貯蔵庫にいるとか言われたらどうしようかと思った。
さすがマスター空気が読める男だぜ。
羊男を連れて裏庭に行くとマスターが草抜きをしていた。
この寒空・・・って程は寒くないけど、この時期によくやるよな。
「マスターちょっといいか。」
「なんだ、もどってたのか・・・っと、これはこれはギルド協会のシープさんじゃないか。珍しい組み合わせだな。」
「お久しぶりですね、その節はお世話になりました。」
「その節もこいつ関係だったな。で、今回もなんだろ?」
額の汗をぬぐってニヤリと笑うマスター。
なんでも隠れたファンが多いとリンカは言ってたが、その人達が見たら喜ぶんじゃないか?
知らないけど。
「さすがマスター話が早い。この人に例の肉を見せてやってほしいんだ。」
「なんだ相手が見つかったのか?」
「別件も兼ねてるんだよ。」
「別件?まぁいい、丁度様子を見に行こうと思っていたんだ、ついてこい。」
軍手を外して水場で手を清めると三人で店へと戻りそのまま地下貯蔵庫のあるバックヤードへと向かう。
俺とマスターの間に羊男が入り意思疎通をさせない徹底ぶりだ。
まぁ公平を重んじるギルド協会としてその辺はきちんとしておきたいんだろうな。
バックヤードの隅にある床板を持ち上げはしごで地下へと降りていく。
上はそこそこの寒さだったが、なぜか地下の方が暖かい。
マスター曰く地熱か何かが関係しているそうだ。
「ここですか。」
「普段は俺以外は入れない場所だ。」
「つまり手を加えることは出来ないわけですね?」
「そうなるな。」
「それで、ロックフロッグの肉はどこに?」
「目の前にあるじゃないか。」
「目の前・・・、まさかこれ全部ですか?」
マスターが魔灯(魔力で灯る明かり)を灯すと大量の甕が浮かび上がった。
その数52。
そのうち二甕はマスターの取り分なので残りの50甕が俺の在庫になる。
「ちょうど昨日仕込みが終わったのを確認したところだ。全部で50甕ある。」
「昨日・・・という事は四カ月で仕込みが終わったんですか?」
「そうなるな。」
「そんなバカな。」
「信じられないのは俺も同じだ。まさかこんな方法があるとはなぁ。」
ぶっちゃけ俺にはそのすごさがわからないんだが、6ヶ月かかると言われていた仕込みを2カ月も短縮したつまり、工期を三分の一短縮したと考えれば驚くのも無理ないだろう。
何十年そうであるとされていた常識が目の前で覆るわけだからな。
「確認しても構わないぞ。」
「もちろんそうさせてもらいます。」
羊男は腕まくりをして手近な甕に近づき、蓋を開けおもむろに腕を中に入れる。
そしてそのままの状態で固まってしまった。
一体何をしているんだろうか。
「この柔らかさ、そして匂い。確かに熟成が完了していますね。」
「わかるのか?」
「この肉が流行るという情報を仕入れてすぐ確認しましたから。」
「仕事熱心なもんだ。」
「ですが時すでに遅く多くの肉は他の商人に抑えられてしまいました。手に入った物は5甕だけ、正直この量では限られた人の口にしか入らずギルド協会の信頼はガタ落ちだったでしょう。」
「だが起死回生の策が目の前にある。」
「話を聞いた時は信じられませんでしたが、ギルド協会最古参会員である三日月亭の店主が嘘を言うはずがありません。」
へぇ、古くからこの街にいるって聞いてたけどまさか最古参の位置づけだとは思わなかった
俺みたいな新参者の言葉は信じられなくても積み上げられた信頼が大きいマスターの言葉なら信じられる。
信頼ってのは一朝一夕で手に入れられる物じゃないってわけだ。
そういう意味では俺はものすごい恵まれていたんだろう。
この世界に来てそういう事ばかりだな。
有難い話だ。
「信じてもらえて何よりだ。」
「いくつ出せるんですか?」
「とりあえず半分でどうだ?」
「足りませんね、35は貰わないと。」
「35!?そりゃ多すぎだろ。」
「それであの店が手に入るんですよ?安いものだとは思いませんか?」
「もちろん俺の提示した家賃でいいんだよな?」
「それに見合うだけの功績ですから。ですが一年、一年だけです。それ以上はどうにもなりません。それと製造法も教えてもらいますよ。」
そんだけ持ってかれると儲けがかなり少なくなるんだが・・・。
まぁ家賃が金貨48枚分安くなると思えばトントンぐらいか。
「なんだそんな約束までしたのか。」
「話の流れでな、だが俺とマスターは引き続きこのやり方を使わせてもらうぞ。」
「知っている事を禁止するのは無理な話です。致し方ないでしょう。」
これでマスターの顔を潰さずに済んだ。
正直これを禁止されたらマスターにどう説明すればいいか困ってしまっただろう。
向こうも相手が相手だけに禁止しづらかったのもあるかもしれない。
何はともあれこれで店も家賃も両方手に入れることが出来た。
最高の逆転満塁ホームラン・・・といいたい所だが、ここで終わる俺じゃないぜ。
「よし、それじゃあ後は値段の話だ。マスター、ロックフロッグの相場っていくらだ?」
「そうだな。いつもなら一甕金貨3枚だが今は金貨6枚まで上がっているところもある。」
「まったく、品薄を良い事に値上げするとは。」
「おいおい、それが商売の基本だろ?安く仕入れて高く売る、それを禁止されたら商売なんてできやしない。」
これは転売に限らず全ての商売に言えることだ。
需要と供給のバランスが崩れれば値段に変化が出るのは至極当然の事。
余れば値下がりし足りなければ値上がりする。
これを否定されたら商売の根底が揺らいでしまうだろう。
「もちろんそれはわかっています。ですがそれで被害を被る人がいることもわかって頂かないと。」
「それはその人の読みが甘かっただけの話だ。値段の固定化をしたいのならそれこそ薬草のようにするしかないぞ。」
これまで何度そう言われてきたことか。
テンバイヤーなんて蔑んだ言い方まで出てくる始末。
それが嫌なら・・・。
いや、これ以上は不毛だな。
俺は俺のやり方で金を稼ぐ、それはどの世界でも同じだ。
「おい、話がずれてるぞ。そろそろ上に戻りたいんだが・・・。」
「おっとそうだった。今の相場を考えて・・・いや、適正価格で譲るっていう約束だったな。甕一つにつき金貨3.5枚、これでどうだ?」
「適正価格ではないと思いますが?」
「必要経費だよ。これを一つ作るのには普通以上に金がかかるんだ、もちろん嘘じゃないぜ。なぁマスター。」
腕を組んだままのマスターが無言で二度頷いた。
それを見て羊男が大きくため息をつく。
「わかりました、その金額で手を打ちましょう。」
「毎度あり!」
「話は終わったか?それならさっさと出て行ってほしいんだがなぁ。」
「詰めた話は俺の部屋で構わないだろ?」
「いえ、契約書を取り交わしたいのでギルド協会まで来ていただきます。」
「マジかよ。」
「それがイヤなら代金を支払いませんが?」
ここで機嫌を損ねて全てを無かったことにされても困るからな。
一甕金貨3.5枚、しめて金貨122.5枚の売上だ。
当初金貨50枚にしかならなかったものが火酒の分を追加したとはいえ倍で売れたんだ、ぼろ儲けと言っていいだろう。
それに、俺の手元にはまだ15甕分の在庫がある。
それを売れば金貨50枚にはなるだろうから今回の総利益は金貨100枚を超えてくる。
これに手持ちを加えればとりあえずは一年家賃と税金には困らないな。
後はコツコツと翌年分の金を稼いでいけばいい。
「わかったわかった行けばいいんだろ。」
それからきっちり一ヶ月後。
年が明けるのとほぼ同時に店の引き渡しが完了したのだった。




