312.転売屋はお姫様に会う
夏が来た。
いや夏本番が来た。
18月になり、より一層暑い日が続いている。
マリーさんの商才は予想以上のもので、俺達の知らない情報をたくさん知っていた。
王都で何が流行っていて、何が高値で取引されているのか。
そういった情報は俺達の所になかなか届かない。
それを知る事が出来るという事は、つまり儲かるという事だ。
流石に行商にも手を出されるとこちらも困るので諦めてもらったが、替わりに王都関係で儲かった分の二割を情報提供料として渡すことになった。
最初は五分五分だったんだが、マリーさんが断固としてそれ以上受け取ろうとしなかったんだ。
フェアじゃない関係はあまり好ましくないのだが、マリーさん曰く材料の手配や運搬の労力を考えると情報料としては破格だそうだ。
まぁ、教えるだけで金が入ってくるわけだしその気持ちは分かるが、情報は金だ。
情報を制する者が金を制すると言ってもいい。
ちなみに例の雑誌も購読しているそうで、俺の載ったやつは保存してあるそうだ。
恥ずかしいので勘弁していただきたい。
「ではマリーさんの情報を元に仕入れが可能か確認してきます。」
「宜しく頼む。これが当たればデカいぞ。」
「ますますお屋敷に近づきますね。」
「お屋敷?」
「シロウを占ってくれた人が言っていたのよ、お屋敷で大勢の人に囲まれる未来が見えるって。」
「それか一人寂しく狭い部屋にいるか、だな。」
「そんな目には遭わせません。何があってもシロウ様にはお屋敷に住んでもらいます。」
なぜそこまで躍起になるんだろうか。
ミラはともかくアネットとエリザまでがその気なんだから、あの占い師に何か言われたのは間違いないだろう。
まったく困った奴らだ。
「確かに、シロウ様程の方でしたらそういった場所に住むべきですね。」
「いやいや、遥か未来の話だよ。当分はここで十分さ。」
「でも狭いんですよね?」
「狭いというか、余裕がないだけだ。」
「赤ちゃんが出来たら流石にねぇ。」
「泣き声がお隣に響くのも気になりますよね。」
「なにより危ないものが多すぎます。安心して子育てをするためには広い家が必要なんです。」
「ま、それも当分先の話だ。」
「そうなんですか?」
「とりあえず今はな。」
朝っぱらから家族計画の話は止めて頂きたい。
せめて酒が入ってからで頼む。
「さて、俺も散歩に行くかな。」
「私もご一緒していいですか?」
「別に構わないが・・・。」
「ルフなら大丈夫よ、もう確認したから。」
「あ、そ。」
「可愛いですよね、ルフちゃん。」
「私よりも懐いちゃってさ。」
「お前からは同類の匂いがするんだろ。」
「誰が犬よ!」
いや、ルフは狼だから。
一緒じゃないから。
何故かマリーさんと一緒に畑に行くことになったわけだが、エリザの言う通りルフは怒ったりしなかった。
むしろ仲が良い気がする。
ふむ、ここまで懐くとは珍しい。
そんな事を考えていると、陽炎の揺らめく街道の向こう側に土煙が上がっているのが見えた。
それはドドドドという音共に近づいてくる。
馬車、それもかなりの車列だろう。
最初は豆粒台だったそれらはあっという間に街に近づき、そして入り口の前で停車した。
全部で四台。
うち一台にはかなり豪華な装飾が施されていた。
「驚かせて申し訳ない、街長はどこだろうか。」
「街長なら街の一番奥だ、警備に言えば案内してくれるだろう。王都からご苦労な事だ。」
「む、我らが分かるのか?」
「この前に来た王都の兵士と同じ鎧を着てるからなぁ。」
「なるほど。では、失礼する!」
ふと横を見るとさっきまでそこにいたはずのマリーさんとルフの姿が見えない。
どこ行った?
馬車はまた音を立てながら町へと入っていく。
「行きました?」
最後の一台が中に入ったのを見送ってしばらくすると、二人が戻ってきた。
「王都の関係者みたいだが、心当たりがあるみたいだな。」
「恐らく、いえ間違いなくオリンピアかと。」
「誰だ?」
「妹です。」
「はい?」
「あの馬車はオリンピア用の特別製なんです。きっと、私が死んだことに納得していないのでしょう。あの子は私になついていましたから。」
「いや、納得してないって言われても。」
「あの子の事です、お父様に言い寄って真実を聞き出したに違いありません。お父様はオリンピアに弱いんです。」
末娘にデレデレなのか。
威厳たっぷりな姿しか知らないだけに何とも言えないが、ここに来たのが何よりの証拠だろう。
「で、どうする?」
「真実を伝えるだけです。ですが、一つだけ我儘を聞いて頂けるのであればお願いしたいことがあります。」
「俺に出来ることだよな?」
「はい。シロウ様にしかできない事です。」
俺にしかできない事。
頼むから面倒な事にならないでくれよと思いながら聞いたソレは、どう考えても面倒しか起きないような中身だった。
「お兄様。いえ、お姉様とお呼びするべきでしょうか。お会いしとうございました、マリアンナ御姉様。」
「オリンピア、一体どうしたの。」
「どうしたのではありません。お父様にいきなり死んだと聞かされた時は、地獄に落とされたようでした。でもご存命と聞き、こうして会いに来たのです。」
「この事は?」
「もちろん兵には何も。お兄様の死に場所が見たいとだけ言ってきました。」
さすがに店で会うわけにはいかないので、アナスタシア様のお屋敷の一室を借りて兄妹、いや姉妹の感動の対面となったわけだ。
「くれぐれもこの件は秘密にしてください。もしバレるようなことがあれば相手が貴女であっても容赦しません。」
「その目、その言い方。本当にお兄様ですのね。」
「ロバートは死にました。私はただのマリアンナ、シロウ様の恋人です。」
「え?」
「なにか?」
「お姉様今なんと?」
「紹介が遅れましたね、この方はシロウ様。私の願いを叶える為に尽力して下さり、そしてこうして私を受け入れてくださった恋人です。」
そう、マリーさんのお願いというのは恋人のふりをしてくれというものだった。
そうでもしないとオリンピアは納得しないだろうからとの事だったので引き受けはしたが、俺を殺すような眼で見てくるのは気のせいじゃないよな。
「初めまして。」
殺すような眼で見てくるとは言え、相手は王族。
下手なことをすると俺の首が物理的に飛んでしまうのでここは大人の余裕で手を伸ばしたが、平手打ちで叩き落されてしまった。
結構痛い。
「オリンピア!」
「この人ですね、お兄様を誑かして願いを叶えさせたのは。私のお兄様を返して!」
「それはできない相談だ。彼女は自ら望み女になった。」
「違う!お兄様はそんなこと望んでない!」
「いいえオリンピア、これは私が望んだことです。私はずっと女性になりたかった、貴女のように美しいドレスを着たかった。その夢をかなえてくださったのがシロウ様なんです。先程の無礼を謝りなさい。」
「いいえ謝りません!お兄様は死に、目の前にいるのはどこかの知らない女です。平民に頭を下げるなど王族のする事ではありませんわ!」
はぁ。
な、こんなことになるだろ?
だから止めとけって俺はあれほど・・・。
「オリンピア。いえ、オリンピア様。エドワード国王はそんなことを教えましたか?あの方は貴族平民問わず礼儀を大事にするお方、事実この目でシロウ様に頭を下げる所を見ています。嘘を広めることが王族のする事なのですか?訂正してください。」
「黙りなさいこの無礼者!」
彼女の手がマリーさんに迫る。
が、その手が頬を打つことはなかった。
その手前で手が止まり、そして力なく降ろされる。
マリーさんは目を背けることも瞑ることもせずまっすぐに前を見続けていた。
そして力なくうなだれる彼女を優しく抱きしめるのだった。
「ごめんなさいオリンピア。貴女に相談しなかったのは謝るわ、でもこうするしかなかったのよ。私はずっと女になりたかった、王子でいることが苦痛だった。それを知ったお父様が一回だけわがままを聞いてくださったのよ。」
「そうであれば何故私に言って下さらなかったの?」
「言ってどうなるというの。男のまま心が潰れていくのを貴女は見ていたかった?」
「そんなこと!」
「私の事を思ってくれるのならもうそっとしておいて。でもそうね、姉妹にはなれないけれど、一人の友人としてならこれからも会えるわ。私のお友達になって下さるかしら、オリンピア様。」
「・・・お友達に様付けは不要です。」
「じゃあ私の事もマリーと呼んで、オリンピア。」
「でもでも、私はまだこの人の事を認めたわけじゃありませんから!」
なんとまぁ上手くまとめたものだ。
これで大団円・・・と思いきや、まさかの流れで怒りの矛先がこちらに向いた。
先程同様に鋭い目つきで俺をにらんでくる。
殺気は無くなったものの、鋭さは健在だ。
「ダメよオリンピア、この人は私の大切な人なの。貴女にはあげません。」
「いりません!」
「あらそう?貴女はいつも私の物ばかり欲しがったから・・・。」
「それはおに・・・マリーさんの物だったから。」
「ふふふ、可愛い子。」
「やだ、お姉様恥ずかしいです。」
「いいじゃないの、せっかくこうして女同士仲良くできるのだから。本当はずっと貴女とこうやってお話ししたかったのよ?」
おーい、そんなところで乳繰り合う、じゃなかったじゃれあうのならば帰っていいかな。
まだルフの散歩が残ってるんだが?
「お楽しみの所申し訳ないが、戻って構わないか?」
「そんなに急がなくても、いいじゃないですか。シロウ様はオリンピアが嫌いですか?」
「好き嫌いの問題じゃない、王族相手にそんな事を思うほどバカじゃないさ。エドワード様にも世話になっているしな。」
「マリーさん、こんな男のどこがいいんですの?」
「ふふ、興味がある?」
「違います!」
はぁ、また始まった。
結局、姉妹ではなく友人としてこれからやっていく事で丸く収まったようだが、どうも向こうは俺を敵視しているようだ。
まるで玩具を取られた子供のよう。
まぁガキに興味はないし、好きにしてくれ。
「そうだオリンピア、貴女にしかできない仕事があるの。手伝って下さる?」
「もちろんです!」
「それじゃあ紙とペンが必要ね、ちょっと待ってすぐ持ってくるから。」
「いや、俺が取ってくる。ついでにお茶もな。」
「よろしいのですか?」
「すぐに戻る。」
一秒でも早くこの空間から出たかった。
急ぎ足で部屋から出たものの、用事は外で待機していたメイドさんに伝えるだけ。
出来るだけゆっくり準備してもらって再び部屋に入ると、俺の想像もしていなかった事が行われていた。




