307.転売屋は前線で鑑定する
「次くるよ!」
「油持ってこい!燃やしてやれ!」
「馬鹿言うな、こっちまで燃えちまうだろ!」
「何のために重たい思いをしてこいつを作ったんだよ!石が燃えるか馬鹿!」
「そうだった!燃えろ燃えろ燃えちまえぇぇぇ!」
そんな声が耳に飛び込んでくる。
が、スルーだ。
今はそんなことにかまっている暇はない。
「シロウさん次お願いします!」
「アイアンアントの革、痛みなし。」
「こっちもお願いします!」
「ジャイアントスパイダーの糸、千切れあり。」
次から次に運ばれてくる魔物の素材。
ソレを即座に鑑定し、痛みがあるかないかを仕分けしていく。
ここはダンジョンの中層。
冒険者が急ごしらえで作った要塞の三つ目になる。
下層から溢れる魔物もここまでは来ず、途中で発生したと思われる小物が襲ってくる程度だ。
なので安心して鑑定できるわけだな・・・ってそんなわけあるか!
何で俺がダンジョンのど真ん中で仕分け作業しなければならないんだ。
危なくないとはいえここはダンジョンのど真ん中、ひとたび魔物が溢れれば俺は瞬きする間もなく殺されるだろう。
おかしい、どうしてこうなった。
ソレも全部あの羊男のせいだ。
「前方から冒険者多数、交代の時間だな。」
「それじゃあいっちょ稼いできますか!」
「行くなら食料と薬を持っていってやれ、そろそろなくなるはずだ。」
「了解っす!」
「特に水は多めにな~。」
第三要塞に向かってきているのは、より下層に設置した第二要塞の冒険者達。
同じ場所に居続けると疲労が凄いので、半日交代で冒険者が入れ替わっている。
「門を開けろ!」
「ちょっと待って、オッケー最後の一匹は倒した!」
「清掃班、お掃除の時間だぞ!」
「やれやれ、随分と派手にやったなぁ。」
「仕方ないだろ、燃やすほうが楽だったんだから。」
冒険者を迎え入れる為には硬く閉ざされた門を開けなければならない。
門の前には大量の魔物・・・の死骸が転がっている。
それを要塞内に定期的に引き込んで、その引き込んだ奴を鑑定しているのが俺ってわけだ。
「たっだいま~!」
「お、エリザお帰り。」
「あ!シロウ、今日はここなのね。」
「とりあえずはな。交代が来たら一度地上に戻る、先に戻っていいぞ。」
「そうする。あ~つかれたぁ。」
「第二はどんな感じだ?」
「ん~最初ほどの勢いはなくなったけど、かわりに大物が増えたかな。第一が落とされたから仕方ないんだけど・・・。」
合計五つ設置した要塞のうち第一要塞は昨日陥落した。
魔物が溢れて今日で二日目。
初日は何とか持ちこたえたものの、所詮は急造。
溢れんばかりの魔物を相手によく持ちこたえたほうだろう。
ちなみに第一要塞は遠隔魔法により爆破、瓦礫の山を築き壊れても尚魔物の進行を防いでくれている。
「持ちそうか?」
「うん、あと一日は持つんじゃないかな。」
「予定では一週間って感じだが、出来るだけ持たせてほしいなぁ。」
「大丈夫でしょ、向こうが壊れてもここがあるもの。ここは早々落とされないわよ。」
「そう願うよ。っと、それじゃあ鑑定する品がある奴は出してくれ、なければ出口で終了証をもらって解散だ。肉と酒が待ってるぞ!」
「「「ういっす!」」」
素材を持ち帰ったのはエリザを入れて5人。
残りの10人は意気揚々と引き上げて行った。
砦には常に30人の冒険者が張り付き、魔物と戦い続けている。
交代は半数ずつ。
交代要員が到着次第、撤退すれば常に人数を維持できると言うわけだ。
急ごしらえにしてはよく出来た交代システムだと思う。
「で、何を見つけてきた?」
「じゃじゃ~ん!レッドドラゴンの核!すごいでしょ~。」
「まさかお前一人で殺ったのか?」
「そうよ?」
「・・・無理してないだろうな。」
「大丈夫だって、大きすぎて挟まったところを仕留めたから。」
「何とまぁ間抜けな死に方だな。」
「おかげでこっちは大儲けよ。肉はむこうの食料にしたけど、剥ぎ取れた鱗は向こうにおいてきたから、後でギルドが回収してくれるはず。」
「持ち帰れなかったものはギルドの取り分か。ニアもうまいことやったな。」
「まぁギルドも金欠だったからね、コレで少しは潤うんじゃない?」
ギルドが潤えば冒険者にも何かしらの恩恵がある。
儲ける時はしっかりと儲ける、やる事は俺と同じだ。
「それじゃあブツを見せてくれ。」
「じゃじゃ~ん、綺麗でしょ。」
エリザが自信たっぷりに見せたのは、思ったよりも小さな深紅の玉だった。
大きさはピンポン玉ぐらい。
ドラゴンっていうぐらいだからもっと大きいものを想像していたんだが、意外に小さいな。
『レッドドラゴンのオーブ。ドラゴン種の生命の源。膨大な火属性の魔力を秘めており、最上位の魔装具を作るのに使われるほか、遺跡の動力源としても使われる。最近の平均取引価格は金貨5枚、最安値金貨3枚、最高値金貨7枚。最終取引日は421日前と記録されています。』
「間違いないな、買取価格は金貨3枚だ。」
「金貨3枚!」
「逆鱗とかなかったのか?」
「あんなの重くて持ってこれないわよ。」
「そうなのか。」
竜と言えば逆鱗。
触ると怒られるというあれだが、そうか重いのか。
他にも珍しい素材をいくつか買取り、エリザを除いた四人も地上に戻った。
お土産はドラゴンの肉。
前に一度食べたが、かなりうまかった記憶がある。
ミラ達にも食べさせてやりたいものだ。
「エリザは戻らないのか?」
「うん、私は良いや。」
「なんていうか、返り血がすごいぞ。」
「え、臭い?」
「若干な。」
「ここにもお風呂あったよね、入って来る。」
「そばに居たいのは分かるが大丈夫だ、家に戻ってゆっくりして来い。一日後はまた前線だぞ。」
「でも・・・。」
ここはダンジョンの中。
最前線ではないとはいえ、何かあった時の事を考えているんだろう。
何かあったら真っ先に襲われるのはここだからな。
「大丈夫だって、ニアもいるし。」
「その通り、危なくなったら真っ先に第四要塞にまで連れて逃げるから大丈夫よ。」
「わかった、先に戻るね。」
「ついでに上に戻るなら買取品を上に運んでくれ。」
「は~い。じゃあまたね。」
頬にキスをしてからエリザは地上へと帰って行った。
「見せつけてくれるわねぇ。」
「戦いの後で昂っているんだろ。ニアも地上に戻ってキスしてやればいいじゃないか。」
「あ~、そう言うのは向こうがしてくるから。」
「そうなのか?」
「あの人案外寂しがり屋なのよ。」
信じられん。
人は見かけによらないというけれど、羊じゃなくて兎だったか。
「シロウさんもあと半日したら交代だから頑張りましょ。」
「はぁ、早く地上に戻りたい。」
「え、戻りたいの?」
「・・・前言撤回、今はここでいい。」
「でしょ?戻ったら戻ったで大変な事になってるもんね。」
「はぁ、何で家に戻るのにこんな気が重くならないといけないんだ。」
別に女達に嫌われたとかそう言うのではない。
だが地上には近づきたくない。
理由はもちろん、例の人物。
今回のこの騒動を引き起こした張本人がいるからだ。
俺がここに来たときにはまだ眠っていたが、さすがに二日もしたら目を覚ましているはず。
あの感触、間違いなく女だった。
百穴からお姫様抱っこで待機していた偉い人に引き渡し、家に戻った。
それで終わりかと思ったのだが、こんなことになるとはなぁ・・・。
「まぁいいじゃない、あと半日は鑑定さえしていたらいいんだから。早速このお肉焼く?」
「焼く。」
嫌な事は食って忘れるに限る。
その後も魔物の襲撃は何度も行われたが、堅牢な要塞が落ちることは無く俺の担当時間は終了した。
さぁ、いよいよ地上だ。
ニアと共にダンジョンを進み最上階へと戻る。
百穴崩壊後すぐは立ち入り禁止になっていたが、今はここがベースキャンプになっているみたいだな。
「はい、到着。」
「助かったよ。」
「右手の天幕で終了手続きをしたら戻って大丈夫だから。じゃあお疲れさまでした。」
「おう、お疲れ。」
ニアは一足先にダンジョンの外へと出てしまった。
えーっと向こうで終了手続きだったな。
「シロウ様お疲れ様です。」
「ミラ、わざわざ迎えに来てくれたのか?」
手続きを終えて天幕を出るとミラが俺の帰りを待っていた。
心なしかその表情は明るい。
「はい。お疲れかと思いまして。」
「中々刺激的だったが、まぁ何事も無かったよ。金払いも良かったし、そっちこそ素材の持ち込みで大変だったんじゃないか?」
「シロウ様が値段を決めて下さいましたので問題ありませんでした。」
「中々に良い素材が多く集まったみたいだな、今後が楽しみだ。」
「はい。マートン様も喜んでおられました。」
一日ぶりのミラとの会話。
仕事の話にも拘わらず安心感が凄い。
やはりダンジョンの中という事で知らず知らずのうちに緊張していたんだろう。
「それじゃあ戻るか。」
「はい。ロバートいえ、マリアンナ様もお待ちですよ。」
「え、あ、はい。」
途端に帰りたくなくなってしまったんだが・・・。
はぁ、覚悟を決めるか。




