30.転売屋は呼び出される
ホルトが街を出て一週間。
俺はいつもの仕事に手を付けることも出来ず、目の前に積み上げられる荷物をただ見ている事しかできなかった。
「シロウ様、次の便が参りました。」
「もうすぐ今のやつが出ていくから少し待ってもらってくれ。」
「かしこまりました。」
ここはオッサンもといハッサン氏の敷地内。
敷地内と言ってもかなり広く、50mプールぐらいの広さの土地に馬車が入っては荷を下ろして出ていくのを繰り返している。
そして荷下ろしが終わるたびに目の前に山が出来ていく。
これ、今日中に終わるのか?
「いやぁすごいですねぇ。」
「他人事みたいないい方だけど、アンタの敷地を占拠していってるんだぞ?」
「その敷地をお貸しするとの約束でしたから別に構いません。しかし、これだけの量となると壮観ですね。」
「壮観を通り越してるよ。あの人は加減ってもんを知らないのか?」
「リング様はかなりシロウ様を気に入っておられましたからね、この間のお礼も沢山混ざっているのではないでしょうか。」
そう、今到着している馬車は全てあのお子様貴族もといリング氏が送り付けて来た品々を積んではるばるやって来たのだ。
その数10台。
馬車10台分の荷物が広大な敷地をどんどんと埋めていく。
お礼も混ざっているって、不用品の押し付けの間違いじゃないか?
いや、不用品をくれって言ったのは俺だけどさ。
この量は想定外だったわ。
「倉庫一つで足りるのか?」
「奥まで詰めれば問題ないかと。ですがそれをしてしまうと奥の荷物の開封に時間がかかってしまいますので、生ものが混ざっていると取り返しのつかないことになります。」
「さすがにこれだけの距離を運んできたんだ、生ものは無いだろ。」
「わかりませんよ。冷気の魔法を駆使すればそれなりの期間は鮮度を保てますから。それに食べ物だけでは無く生き物が混ざっている可能性もあります。」
生き物!?
流石にそれは勘弁してもらいたい。
「つまり荷下ろしが終わったら今度は開封作業が待っているわけだな?」
「それと並行して仕分けをする必要もあるかと。」
「これ全部やるのか?」
「お一人では大変でしょうから鑑定スキルを持った者を何人か手配してあります。あと、荷物を仕分けする奴隷も必要でしょう、我が家の奴隷でよろしければどうぞ好きに指示を出してください。」
「なぁ、正直に言ってアンタがそこまでする理由はないんじゃないか?不用品を貰った時点で一応取引は終わっただろ?」
ハッサン氏とは不要になった肉と火酒、それと倉庫の不用品を引き取ることを条件にクリムゾンティアを譲るという取引をした。
肉の仕込みは無事に終了し、不用品の受け取りも終わっている。
確かにリング氏の荷を預かってもらう約束はしたが、それも預かるだけの話だ。
ここまでしてもらう理由が無いんだが・・・。
後で金を要求されても契約書を交わしていない以上払わないぞ?
「確かに取引は終わりました。ですが貴方がいなければこの家の全ての人間が路頭に迷っていたことでしょう。その恩はまだまだ返しきれておりません。」
「そんなこと言っていいのか?たかる必要が出たら容赦なくたかるぞ、俺は。」
「それで貴方が救われるのであれば喜んで手を貸しましょう。と言いましても、限度がありますのでそこはご容赦ください。」
「随分と甘い商人だな。」
「そんな事だから商売に失敗するんだと妻にも怒られましたよ、あははは。」
え、結婚してたの?
そら知らなかった。
「まぁ貸してくれるんなら遠慮なく貸してもらおう、助かる。」
「いえいえ、どうぞこき使ってやってください。」
気づけば屈強な男たちが寒空の下シャツ一枚で勢ぞろいしていた。
見た目が非常にむさくるしくて寒いのを忘れてしまいそうだ。
それとは別に細身で制服のようなものに身を包んでいる男女が5人。
恐らく鑑定のできる皆さんだろう。
「雇い主じゃなくて悪いがみんな手を貸してくれ。とりあえず奥の荷物から開封して種類別に分けてくれると助かる。」
「再度梱包されますか?」
「そうだな、出来るなら箱を再利用してしまっておきたい。」
「わかりました。野郎ども、恩返しの時だ!」
「「「おぉぉぉぉ!!」」」
野太い声が寒空を震わせる。
ココだけ常夏の熱気なんですけど、季節間違えてませんかね。
奴隷の皆さんが積みあがった荷物を崩していくのと同じ速度で馬車から荷が下ろされる。
それから一時間ぐらいたって、馬車10台分の荷物が全て敷地に積みあがった。
「すみません、ここに受け取りのサインお願いします。」
「はいよ。」
最後の馬車を操っていた従者が一枚の紙を差し出してきた。
なになに、『先日の取引に感謝を込めて、リング』っと。
目録ぐらいよこせよ!
と言いたくなったが、この人達が戻ってそれをチクられても困るのでぐっとこらえる。
一番下に名前を記入して従者に返した。
ちなみにサインはもちろん漢字だ。
「あと、これを別に渡すように言われてまして。」
これで終わりかと思ったら今度はカバンから小箱を取り出し押し付けてきた。
「これは?」
「さぁ・・・直接渡すように言われましたので。それでは失礼します!」
中身も知らないでよく身につけて居られるよな。
爆発したら・・・んなわけないか。
土煙を上げながら去っていく馬車を見送り大きく息を吐く。
これで追加は終わりだ。
後はこれを仕分けしていくだけなんだが・・・。
後ろを振り返るとうずたかく積まれた木箱が山になっている。
反対側ではその解体作業が行われているものの、終わりが見える気配はない。
まじで今日中に終わらないだろ。
「これで終わりのようですね。」
「みたいですね。」
「それは?」
「あぁ、何かこれだけ直接渡すように言われたようで・・・。」
「開けてみられてはどうですか?」
まぁそれもそうだな。
それこそ一粒いちごのように生ものが入っている可能性もある。
あー、男の体温で温められた生ものかぁ・・・。
ちょいと勘弁してほしいな。
なんて馬鹿な事を考えながら木箱を開けると、中にはシルバーのリングが入っていた。
指輪・・・じゃないな。
なんていうか指にはめることのできるハンコのような感じだ。
その証拠に指輪なら本来宝石か何かがついている部分に紋章のような物が掘られている。
これって確か、封蝋をするときに使う奴じゃなかったっけ?
というかリングが指輪を送ってくるとかネタ以外の何物でもないだろ。
「こ、これは!」
「どうかしました?」
「これはリング様の紋章じゃないですか!これを送られたという事は、リング様の客人として認められたという事ですよ!」
「それはすごい事なのか?」
「貴族ではありませんがそれに近しい人間であることをリング様が証明してくださるのです。これを授かるのはとても名誉な事なんですよ!」
貰った俺ではなく何故オッサンがハッスルしているんだろうか。
話を聞けばかなり凄い物みたいだけど・・・どこで使えばいいんだよこんなもの。
とりあえず箱を置き、中のリングを手に取る。
『ストライフ家の指輪。これを用いると貴族と同等の扱いを受けることが出来る。取引価格存在せず。』
むしろ価格が表示されたら怖いわ。
誰だよこんな大事な品売ったやつってなるよな。
ストライフ家。
ようはこれが苗字なんだろう。
ストライフ=リング。
それともリング=ストライフ?
まぁどっちでもいいや。
ともかくこれがあれば貴族と同じ扱いを受けられるらしいが・・・。
ぶっちゃけ要らないなぁ。
今の所平民?で困ったことないし、むしろ権力を振りかざしてあれこれするのは性に合わない。
よっぽど変な相手にいちゃもんつけられた時とかは効果ありそうだけど、要はお守りみたいなものだろ?
何かあったら使えって事だ。
とりあえず有難く頂戴しておくか。
指に付けるのもあれなのでポケットにしまっておこう。
なくすと大変だからね!
「まぁ機会が有れば使うか。」
「その指輪をそんな風に扱う人は初めて見ました・・・。」
「あ、まずかった?」
「いえ、貴方がそれでいいのであれば私は何も。」
何もと言いながら非常に何か言いたそうな顔をしているぞ。
大丈夫だって帰ったらちゃんと箱にしまっておくから。
そして奥に押し込んで気づけばどこに行ったか分からなくなる・・・と。
そんなもんですよねー。
「後はこの山をどうにかするだけ・・・。」
「このままいけば今日中には終わるでしょう。後は目録作りと査定が残っていますが、そちらに関してはお任せします。」
「必要なものが有ればいくつか持っていくか?」
「ではこの前と逆で不要なものがあれば引き取ります。もちろんお代はお支払いしましょう。」
「それは助かる。」
さっきちらっと中身を見たら、お酒とか普段扱っているのとは全く関係のない品物も結構あった。
いい感じのはマスターに売りつけてもいいが、流石に全部というわけにもいかないのでどうにもならないものは引き取ってもらうとしよう。
「失礼します、お客様がお呼びです。」
作業は進み夕刻。
目録を作成がてらどれを引き取ってもらうか打ち合わせをしていると、ハッサン氏の奴隷が血相を変えてやって来た。
来客なのに呼び出しとはこれいかに。
「お客様・・・?はて、今日は誰とも約束していないはずですが。」
「いえ、旦那様ではなくシロウ様にと。」
「え、俺?」
俺も誰かと会う約束はしてないんだけどなぁ。
思い当たる節も無く、二人で顔を合わせて首を傾げ合う。
「で、誰?」
「ギルド協会のシープ様だそうです。」
ここでまさかのイケメン羊登場だ。
水は流れ出すと止まらないというが、まさにそれと同じことが目の前で起きている。
はてさて次は何が起きるんだ?




