294.転売屋は傘を買う
「まぁ、雨が降る分には構わないんだが降りすぎじゃないか?」
「いいじゃない、降らないより。」
「大雨ってわけじゃないし、梅雨だと思えばいいんだがこうも降り続けるのはなぁ。」
「でもエリザ様は嬉しそうですよ?」
「えへへ~、毎日好きな傘を使えるのっていいわよね。」
エリザが嬉しそうに、赤い傘を抱きしめた。
帰って来ては丁寧に水をふき取り綺麗に畳んでいるあたり、かなり気に入っているのが分かる。
でも傘だよなぁ。
そんなに嬉しいか?
わからん。
この辺は男性と女性の感性の問題なんだろうけど、俺はいつも安いビニール傘だったなぁ。
いや待てよ、子供の時はそうじゃなかったか。
「シロウ様の傘はボロボロになってしまいましたね。」
「あぁ、この間ガキ共の玩具にされたからなぁ・・・。」
「買い換えたらいいじゃない。」
「でも傘だろ?」
「傘だからよ、雨の日が楽しくなるわ。ミラやアネットもどう?」
「そうですね、せっかくですし新しい傘を見たいなと思っていたんです。」
「実は私もです。エリザ様いいお店をご存じなんですか?」
「よく聞いてくれました!」
それを待っていたと言わんばかりの反応の速さ。
聞いてほしいなら聞いてほしいと言えばいいのに。
「実はね、露店に期間限定でお店が出てるのよ。そこの傘は丈夫でとっても綺麗なの!」
「今使っておられるのもそうなんですね?」
「そう!ね、綺麗でしょ?」
鮮やかな赤。
この辺で見るやつは少しくすんだ色が多いので、ここまで鮮やかな布は珍しい。
いや、布じゃない?
「これ、何で出来てるんだ?」
「水蜥蜴の革を染めてるんだって。だから撥水性も高いし軽いの。」
「なるほど、布じゃなくて革なのか。しかしこんなに鮮やかに染まるものなのか?」
「水蜥蜴の革は半透明だからよく染まるって言ってたっけ。」
「そういうものなのか。」
「今日も雨だから来てるんじゃないかしら。不思議と晴れの日には見たことないのよね。」
「日光に弱いのかもな。」
「あ!そうかも!」
雨の日しか出ていないのであれば見たことないはずだ。
晴れの日しか出店しないからなぁ俺は。
「じゃあ、今から行くか。」
「え、今から?」
「この雨じゃもう客も来ないだろ?それに晴れたら店は来ないみたいだし、今のうちに行くべきだろう。」
「確かにシロウ様の言う通りです。」
「早速準備しますね!」
そうと決まれば即行動だ。
さっさと閉店の札を出し、雨合羽を着込む。
エリザはお気に入りの傘をさして四人でぞろぞろと市場へと向かった。
天幕の下で販売している店もあるので客足はそれなりにあるようだ。
おっちゃんおばちゃんは雨の日は休み。
ここ一週間来ていないので、ソロソロうちの乳製品ストックが無くなりそうになっている。
早く晴れてくれないだろうか。
おばちゃんの方はミラが様子を見に行っているので問題はないだろう。
個別で日用品の注文をしておいた。
夏に向けてすだれ的なのが売れるはず、なので先に注文して準備してもらう予定だ。
もちろん代金は先払い。
売れなかったら?
燃やせば場所も取らないだろ?
もちろん無駄になるが、ミラの母親を飢えさせるわけにはいかないからな。
「あ、来てる!」
どんよりとした雲にシトシト降る雨。
なんとなく落ち込んでしまうような空気を色とりどりの傘が明るく染め上げていた。
これは見事だな。
「いらっしゃいませ。」
「連れがここの傘を気に入っていてな、どんな傘か見せてもらいたいんだ。」
「それはありがとうございます。」
「綺麗な傘ですね。」
「あぁ、どれも鮮やかで気分が明るくなるな。」
「そう言って頂くと作った甲斐があります。」
あえて天幕のない場所に出店し、開いた傘を雨避けにしているのか。
見た目も鮮やかだし場所も広々使える。
成程、雨の日しか出店しないわけだな。
「水蜥蜴の革だったか、随分と鮮やかに染まる物なんだな。」
「はい、ご希望がありましたら望みの色で染める事も出来ますよ。」
「ちなみに一ついくらだ?」
「銀貨2枚です。」
高・・・くはないか。
素材料に加工料に出店料。
それを考えればそんなもんだろう。
すぐ壊れる感じじゃなさそうだ。
骨もしっかりしてるし。
「シロウ様、これなんていかがですか?」
「深い青だな。」
「えぇ、シロウはこっちの方が良くない?」
「いや、そのオレンジは流石に。」
「じゃあこれなんてどうでしょうか。」
「黄色もなぁ。」
「もぅ、文句ばっかりじゃない!」
いや、提案してくれるのは嬉しいが好みもあるんだ。
って、おや?
「これは綺麗だな。」
見つけたのは深い緑色の傘。
骨の数もほかよりか多く、なにより大きい。
「少々重くなりますが、少々の風では折れる心配はありません。試しに作ってみたんですが、お気に召しましたか?」
「色も綺麗だしこれぐらい大きい方が荷物を濡らさなくて済む。いい感じだ。」
「シロウらしいわね、地味過ぎず派手すぎず。」
「私は良いと思います。」
「私もです!」
「じゃあ決まりだ、ミラとアネットはどれにする?」
「買っていただけるのですか?」
「あぁ、せっかくだからな。」
「え、ずる~い!」
「お前は自分で稼いでいるだろ。」
ミラとアネットは俺の奴隷だがエリザは違う。
っていうかお前もう買ったんだろ?
何新しい傘持ってるんだよ。
「ちなみに皆さんで買っていただくと一割おまけしますよ。」
「ほら!」
「いや、何がほらなんだよ。」
「ね、買ってよ~。」
「買わない。」
「買って買って!」
「買わない!」
「いけず!」
「久々に聞いたわ!」
まったく、店の人が苦笑いしているじゃないか。
「で、きまったか?」
「はい。私はこれを。」
「私もこれです!」
ミラが選んだのは黒、違うな濃い藍色っぽいやつだ。
アネットは鮮やかなオレンジ色。
どちらも二人に良く似合っている。
「じゃあ俺のやつとまとめてくれ、そいつのもな。」
「え!」
「ったく、今日の飲み代は自分で払えよ。」
「やったぁ!」
まったく恥ずかしいったらありゃしない。
四人分の傘、しめて銀貨銀貨12枚を支払う。
え、高い?
俺のやつは銀貨4枚もした。
まぁ手が込んでいるし大きさもあるのでそんなもんだろう。
「ありがとうございました、修理が必要でしたら遠慮なくお申し付けください。」
「あぁ、そうさせてもらう。」
「お気に召しましたら追加購入もおまちしております。」
「追加・・・そうだな、考えておく。」
まったく商売上手だなぁ。
この俺が色々と買わされてしまったっていつもの事か。
銀貨12枚をポンと出す時点で普通じゃないもんな。
店を出て早速新しい傘を空に開く。
うん、よく見ると半透明で水滴が良く見えるな。
こりゃ凄い。
「うわ~、綺麗。」
「いいですね。」
「この色も気になってたのよね、シロウありがとう。」
「はいはいどういたしまして。」
癪だがエリザの言う事は本当だった。
新しい傘は気分が明るくなる。
いや、楽しくなるが正しいか。
まるで小学生の頃に戻った時のようだ。
無駄に傘を回すのなんて何十年ぶりだろうか。
鬱陶しいだけの雨がこんなに晴れやかな気持ちにさせてくれるとは。
「せっかくだしこのまま散歩するか。」
「賛成!」
「ではイライザ様のお店に行ってお昼を食べるのはいかがですか?」
「いいねぇ、決まりだ。」
「何食べようかな~。」
あんまり食べ過ぎるなよ、晩飯食えなくなるぞ。
何て子供みたいなことは言わない。
好きな時に好きな物を買って好きなだけ食べる。
それが大人ってもんだ。
いや、金の力か?
「たまには雨の日も悪くないもんだ。」
「でしょ?ずっと雨は困るけどたまにはいいわよね。」
「そのたまにはの為には、そろそろ止んでもらわないとなぁ。」
空を見上げると心なしか明るくなってきたようにも見える。
そろそろお天道様が恋しくなってきた。
時期的に雨が止めば夏が来る。
夏。
色々と仕込まないといけないものがあるのを思い出したぞ。
去年はあれをやってこれをやって、それから・・・。
「あ、またシロウが難しい顔してる。」
「シロウ様考え事をしていますと足元滑りますよ。」
「ん、あぁそうだな。」
「『冷えピタ』の準備は少しずつ進めていますし、夏風邪用の薬も準備してあります。あれ、後何をするんだっけ。」
「アネットまで、危ないわよ。」
「まぁ向こうについてから考えればいいか。」
「そうよ、今は傘を楽しまないと!」
エリザがくるくると傘を回す度に水滴が空中に舞う。
ったく、子供か。
そんな事を思いながら俺もくるくると傘を回すのだった。




