292.転売屋はいつもの日々に安堵する
二号店が開店してから二週間。
もう6月も半ばに差し掛かろうとしている。
雑誌から始まった一連の流れも、流石に三週間もすれば落ち着きを見せる。
この街の住人からしてみればいつでも来れるし、遠方から来るにしてもわざわざ高額な旅費を支払ってまで買取して欲しいかと言われればそうじゃない。
結果、来れる範囲の客はほとんど来尽くしたと言っていいだろう。
すなわち平穏が訪れた。
「あぁ、平和だ。」
「こんなにゆっくりするのは久々ですね。」
「だな、毎日毎日開店前から行列で日が暮れてやっと客が居なくなる。疲れ果てて他の事をする元気も出なかったが・・・。」
「昨夜は久々に素敵な時間が過ごせました。」
「くぅ、生理じゃなかったら。」
「エリザ様それは仕方ありません。」
久々にゆっくりできたので、昨夜は久々にミラと楽しんだ。
ちなみにエリザとアネットはお月の物で残念ながら不参加だ。
また終わったら可愛がってやるとしよう。
「で、久々の休みなんだが・・・。」
「あの山をどうにかしないとまずいわね。」
「あぁ、モーリスさんに迷惑かけるわけにはいかないからなぁ。はぁ、休みにも仕事か。」
「仕方ないわよ。臭いの出るやつだけでもなんとかしないと。」
「私達はこちらの片づけを行います。」
「がんばりま~す。」
せっかくの休みだが、やらなければならない事は盛りだくさんだ。
自分の店はともかく、よそ様に迷惑をかけるわけにはいかない。
それも俺の大事なものを仕入れてくれる人にはな。
「昼には一度戻ってくる。二人とも無理するなよ。」
「シロウ様もくれぐれも気を付けて。水分補給もお忘れなく。」
「その辺は私が見てるから大丈夫よ。じゃ、行ってきます!」
エリザに手を引かれて急ぎ店を出る。
向かうは二号店。
まずは店の裏に積みあがった素材を冒険者ギルドに運ぶところからだ。
「ありがとうございました!」
「はぁ、終わった。」
「もうドロドロ、倉庫にある時は分からなかったけどかなりの量だったわね。」
「あぁ、流石に職員も引いてたな。」
「仕方ないわよ、素材だけで金貨を貰うなんて初めてだわ。」
「俺だって初めてだよ。まったく、値段変わらないんだから初めからこっちにもっていけよな。」
「みんなシロウに買って欲しいのよ。」
それは分かっている。
分かっているが手間もあるんだ、その辺も考えて欲しい所だな。
「お、シロウじゃないか。」
「マスターどうしたんだ?」
「ちょっと野暮用でな。少しは落ち着いたか?」
「あぁ、おかげさんで。」
ギルドから出て二号店へ戻る途中、マスターとばったり出くわした。
野暮用ねぇ、そんな言い方するって事は・・・。
いや、俺には関係のない話だ。
「有名人も大変だな。」
「次からは絶対に断る事にしたよ。」
「いいじゃないか、儲かったんだろ?」
「その儲けを出すためにも当分は売り専門でやってかないと大赤字だ。」
「むしろあの客全員の品を買い取ったんだろ?どれだけ金持ってるんだよ。」
「まぁ、それなりに?」
「いいねぇ金持ちは。今度一杯奢ってくれ。」
なんで俺がマスターに奢らないといけないんだよ。
それよりも一般で買い取った品の中に珍しい酒があったのでマスターに売りつけてやろう。
きっと泣いて喜ぶぞ、色んな意味でな。
「ほらほら雑談してる暇ないんだから、マスターまたね!」
「だそうだ。」
エリザに引っ張られるように二号店に戻り、残りの片づけを済ませる。
あっという間に時間が過ぎ、なんとか夕刻までに明日を迎える準備は出来た。
「すぐに売らない装備品は倉庫にもっていったし、貴重品も隠し部屋に収納済み。すぐに売れそうなやつだけ店内に並べて・・・っと。なんだか買取屋じゃなくて武器屋みたいね。」
「俺も同じことを思ったよ。」
「でも両方同時に出来た方が便利でしょ?」
「ここは化粧品用に手配した店だからなぁ・・・。」
「それが出来るまでのつなぎでいいじゃない。さっきも言ったように、売らないと大赤字なんだから。」
「何とか夏が終わるまでに売り終わらないと。オークションもあるしな。」
「もうそんな時期なのね。」
直近のオークションには参加しない。
というかできない。
品はたくさんあっても整理が追い付いていないので、しっかりと吟味して出品するつもりだ。
とりあえず一つは確定してるしな。
「一年なんて本当にあっという間だな。」
「ね、自分が売られそうになってたなんて信じられないわ。」
「そういえばそんなことも有ったなぁ。」
「その時の自分に言ってやりたいわ、もう少ししたら素敵な男性が来てくれるって。」
「その割には殺すような目で見てきたんだが?」
「だって仕方ないじゃない、状況が状況だっただもの。」
まぁ、あの目があったから抱く気になったわけだけど。
世の中どうなるかわからんもんだな。
「ま、今があるんだそれでいいじゃないか。」
「それもそうね。私は戻るけど・・・シロウはどうする?」
「飯は任せた。俺はルフの様子を見てくる。」
「向こうも大変だったみたいだし、アグリさんにちゃんとお礼言うのよ。」
「母親かよ。」
「ふふ、冗談よ。じゃあまた後で。」
施錠をしてエリザと別れ、畑へと向かう。
子供達はもう教会に戻ったころだろう。
日が長くなったとはいえ、流石に仕事は終わっているはずだ。
城壁を超えて街の外へ。
畑は少し見ない間に夏野菜が芽吹いていた。
「あ、シロウ様。」
「なんだか久しぶりだな。大変だっただろう。」
「そうですね、どちらかと言えば大変だったのはルフだと思います。」
「本人はどこにいるんだ?」
「恐らく畑の北側ではないでしょうか。」
畑の入り口には台がぽつんと置かれている。
人が沢山来た時にはここにルフ用の差し入れが山のように積まれていたらしい。
毎日毎日肉を差し入れてもらって幸せだと思うか、それとも苦痛だと思うのか。
俺は後者だなぁ。
塀を超えて畑の奥へ。
アグリは片付けがあるとか言っていたが、おそらく遠慮してくれたんだろう。
奥へと進むと目にもとまらぬ速さで何かが向かってくるのが見えた
それは俺の前で一瞬速度を落とし・・・ぶつかってくる。
「加減してくれたのはうれしいが、それでも熱烈な歓迎だなルフ。」
ブンブン。
珍しく感情を爆発させ、押し倒した俺の顔をぺろぺろと舐める。
彼女がここまで感情を表すのは本当に珍しい。
しばらく好きなようにさせると、我に返ったのか俺の上から降り、こつんと頭をぶつけてきた。
照れてやんの。
「大変だっただろ、ご苦労さん。」
ブンブン。
「ちゃんと散歩出来たか?いやなことは無かったか?」
ブンブン。
「そりゃ何よりだ。」
ワシャワシャと体中を撫でてやるとくすぐったそうに目を細める。
今度は俺にされるがまま体中を撫でまわされ・・・っていうとあれな言い方だな。
でも本当の事だ。
騒動の間ぜんぜんモフれなかったので、俺も飢えているんだろう。
あぁ、スッキリした。
「やっとご機嫌になりましたね。」
「やっぱり不機嫌だったのか?」
「そりゃあもう。子供達に歯をむいたぐらいです。」
「ルフが?でもまぁ、しかたないよなぁ。」
ブンブン。
「とりあえずは落ち着いたからいつも通りで良いと思うぞ。それよりも、貢物の肉で山が出来たっていうのは本当なのか?」
「本当です。子供達や大人達、近隣の皆さんにお配りしましたが余ってしまいましたので、今は倉庫の二階で干し肉にしています。」
「干し肉か、そりゃいいや。」
「一年分はあると思いますよ。」
「・・・俺が思っている山よりデカそうだな。」
「肉屋からお肉が無くなったとか。今度お礼に伺うと言っていましたよ。」
お礼って言われても困るんだが、他所さんも儲かったんなら何も言うまい。
そういえば羊男が似たようなことを言っていたなぁ・・・。
いや、俺の聞き間違いだろうな、うん。
もし本当なら、また街長が何か言ってきそうだから無視することにしよう。
そうしよう。
「ま、子供達も腹いっぱい食えたんだしいいじゃないか。ルフ、また明日から散歩に行くぞ。」
「ワフ!」
「そうか、嬉しいか。」
「子供達もシロウさんに会えるのが楽しみみたいですよ。」
「ガキ共が?」
「シロウさんが居ないと面白くないんだそうです。」
「何が面白くないのかはよくわからないが、久々にガキ共と遊ぶのもいいかもな。」
土を弄り、ガキ共と遊び、ルフと散歩する。
いつも通りの日々。
それがこんなにも幸せに感じるなんて。
不思議なもんだな。
「秋野菜の打ち合わせもしたいので、またお時間ある時にお願い致します。」
「芋か。」
「はい、芋です。」
「そりゃ大切だ。」
芋は女達が楽しみにしているからな、手は抜けない。
ルフを最後に一撫でしてアグリからカニバフラワーの種を貰う。
そういえばこんなものもあったなぁ。
毎日回収できなかったので、代わりにルフが集めてくれたらしい。
まったく、出来た女だよお前は。
「じゃあまたな。」
「どうぞお気をつけて。」
気付けばもう夕方だ。
早く戻らないとまたエリザが心配するだろう。
今日の夕飯はアイツの当番だ。
そういえば、当番制を復活するのも久々だな。
あぁ、ここにも日常が戻ってきた。
願わくばこの日々が続きますように。
もう、あの忙しさはこりごりだよ。




