290.転売屋は有名人になる
まったく、予定外もいいとこだ。
あの雑誌に載るのがこんなにも大事になるなんて。
こんなことになるのなら取材を断るべきだった。
「すみませんまだかかりますか?」
「いや、これで終わりだ。全部で銀貨11枚だな。」
「そんなに!売ります!」
「じゃあこっちの書類にサインを。」
「銀貨11枚です、では次の方どうぞ。」
連日この調子だ。
朝一番から買取を初めて昼休憩もとれずに夕方を迎える。
そして夕食後は女達と楽しむ元気もなく四人共すぐ眠りにつくのだ。
その繰り返し。
唯一出来ているのはダンジョンで例の魔物を退治する事ぐらいだな。
ルフの散歩にも行けやしない。
報告に来てくれたアグリの話では、向こうは向こうで大変な状況らしい。
だが、子供達がルフを守ってくれているので今の所は大きな問題は出ていないらしい。
むしろ差し入れのお肉が多くて処理に困るぐらいだとか。
毎日肉が食えると子供達は大喜びだ。
今日も何とか客を捌き終え、閉店の札をかけたのは日暮れ過ぎ。
裏の庭には買取品がうず高く積まれている。
今度はこれの仕分けか・・・。
「シロウ様よろしければ先にお休みになられて構いませんよ。」
「いや、疲れているのはミラも一緒だろ。力仕事は俺がするから帳簿を頼む。残高も確認してくれ。」
「畏まりました。」
「アネットは?」
「上で製薬中です。急ぎの仕事とかで昼過ぎに上がられたままでしょう。」
「そうか、邪魔するのはマズイな。」
ってことはさっさと終わらせないと夕食にもありつけそうにない。
外食・・・に行くのも一苦労なんだよなぁ。
はぁ、気が重い。
「ただいま・・・。」
「おぅ、おかえり。」
「疲れたわ。」
「首尾はどうだ?」
「とりあえず七割方売り切ったわ。言われた通りの値段でね。でもよかったの?」
「損はしてないし金になればそれでいい。今は在庫を減らすことが最優先だ。」
「ベルナは手伝ってくれないのよね?」
「あぁ、残念ながらな。」
うちの店ばかりに客が来るものだから不貞腐れてしまった。
俺としては買取金額のまま引き取ってもらっても構わないんだけど、それすらも許してもらえない。
今は主に冒険者相手に商売をしているようだ。
俺も本当はそうしたいんだけど・・・。
当分は難しいだろうなぁ。
「そっか。これどうしたらいい?」
「荷物は俺が運び込むからマスターかイライザさんの所に行って夕食を頼んで来てくれないか?食べに行くのは・・・。」
「うん、無理。」
「だろ?任せた。」
「無理しちゃだめよ。」
「もう無理してるよ。」
これ以上無理をすると倒れてしまう。
あぁ、休みが恋しい。
「俺、これが終わったら好きな所に行って好きなだけ買い物するんだ。」
「シロウ様お気を確かに。」
「悪い。」
冗談はこれぐらいにして仕事をしないと。
えーっと、荷物を運んですぐに売れそうなものは庭の手前側に。
すぐ売れそうにない物は倉庫行き。
価値があってそこそこ売れそうなものは家の倉庫にっと。
買取品に混ざっていた明かりの魔道具を総動員して何とか今日の分を捌き終えることが出来た。
夜はあまり音を立てられないので余計な気を遣う。
あぁ、しんど。
「お疲れ様でした。」
「もう無理だ。」
「後どのぐらい続くのでしょうね。」
「わからん。悪いなエリザ、ダンジョンに行きたいだろ。」
「仕方ないわよ、私は言われた通りに物を売るだけだからまだマシ。二人の方が大変でしょ。」
「そうですよ。はい、今日の分のお薬です。」
「助かる。これが無いときっついんだよな。」
「薬に頼るのはどうかと思うけど・・・この現状を見たら何も言えないわ。」
疲れ果てて覇気のない俺とミラを見てエリザが苦笑いを浮かべている。
折角買ってきてくれたイライザさんの食事も半分ほど残してしまった。
それはエリザが食べてくれたけど。
「そうだ、冒険者仲間から装備の買取はいつするんだって質問が来てたわよ。」
「あぁぁぁぁ、そっちもあるよなぁ。」
「当分は無理そうって言ってあるけど、素材も溜まって来てるんだって。」
「ギルドじゃダメなのか?」
「シロウじゃないとダメなのよ。」
「はぁ、マジでどうにかしないと。」
「明日は冒険者専用の日にしますか?」
「そんなことをしたら暴動が起きるぞ。」
「自分で勝手に来ただけなのに、良い御身分よね。」
「客ってのはそんなもんだ。本当に嫌なら店を閉めるだけだが・・・。まったく、有名になるのも困ったものだな。」
「ほんと、私もこんなことになるとは思ってなかったわ。」
最初は大騒ぎしていたエリザ達も、現状にげんなりしだしたようだ。
っと誰か来たか?
閉店しているにもかかわらず戸を叩く音がする。
客か?
「誰でしょう。」
「俺が行く、そこで待ってろ。」
「この前の件もあるんだし一応確認してからあけてよ。」
「はいはい。」
店側に回り、との窓から外を確認する。
そこにいたのはダンともう一人いるようだ。
「どうした、こんな時間に。」
「悪い、疲れているとは思うんだがどうしてもって言われてな。」
「何か理由があるんだろ?とりあえず入れ、他の客が来ると面倒だ。」
とりあえず店に入れて戸を閉める。
これでよしっと。
一緒に入って来たのはまだ若い女。
革の鎧を身に着けているから新米の冒険者だろう。
「浮気か?」
「馬鹿言え。」
「ま、それもそうか。それで、どうしたんだ?」
「どうしても買い取りをお願いしたくて。」
「ギルドやベルナの店じゃダメなのか?」
「お願いします、明日までにどうしても銀貨15枚必要なんです。そうじゃないと・・・。」
また奴隷に売られるとかそんな話だろうか。
はぁ、気が滅入る。
俺は駆け込み寺じゃないんだけどなぁ。
「ダン、俺が金を貸さないのは知ってるよな?」
「もちろんだって。だから買取をお願いしに来たんだよ。」
「買取?」
「仲間に金を分配したいんだがギルドだと安いんだ。最近はベルナが足元を見て来るしな、それでお前の力が必要なんだよ。」
「いや、話は分かるがそんな事で?」
「そんな事じゃありません!私達にとっては明日の宿を追い出されるかどうかの瀬戸際なんです!」
バンと机を叩く冒険者。
確かに彼らにとっては死活問題かもしれないが、それとこれとは話が別だ。
そっちは客で俺は店。
対等であるはずなんだよ、普通は。
何で疲れている俺が怒られないといけないんだ?
そう思うと急にイライラして来て思わず彼女を睨んでしまった。
俺の視線を受けてビクッと怯えた顔に変わってしまった。
なんだよ、急に被害者みたいな顔しやがって。
こちとら連日の激務でむしゃくしゃしてるんだ。
それを客で発散する俺も俺だが、元はと言えば向こうが・・・。
「シロウ、ビビらせてどうするのよ。」
「だってよ。」
「他の冒険者も同じ状況って事よ。彼女はそれを言いに来ただけ、悪くないわ。」
「つまりは俺の責任か?」
「もちろん違うわ。でもね、シロウが昔と違う状況にしたのは間違いないの。いい意味でも悪い意味でもね。」
「ふむ。」
「この街の冒険者はシロウなしじゃ、ううん、この店が無くちゃやっていけないの。だってここの方が高く買ってくれるんだもの、それが命に直結するのなら銅貨1枚でも高い店で売りたいじゃない?」
「気持ちはわかる。」
後ろで様子を見ていたエリザが途中から割って入って来る。
言いたいことはわかる。
分かるが納得いかない所もある。
だが今はそれを言わない。
何故なら俺は大人だからだ。
「私もそうだし、他の冒険者もそう。なんならギルドやベルナだってそう。シロウがいるからという気持ちが必ずどこかにある。それを作ったのはシロウよ。」
「つまり俺が居なかったら元に戻ると?」
「だから違うって。それだけシロウを必要としてるって事!もぅ、最後まで言わないと伝わらないんだから。」
「遠回しな言い方するからだ。」
「俺もお前ならって思ってここに来たんだ。迷惑だとは思ってる、でもな俺達はシロウがいてくれるから安心して狩りが出来る。ここにさえ来れば明日生きていくための金を手配できるかもってな。もちろん高く買えって強要したいんじゃない。そう言う気持ちもあるがそっちも商売だ。俺達だってそれぐらいわかってる。」
「俺も冒険者の持ってくる装備で食ってるからな。気持ちはわかってる。だが状況がなぁ。」
俺だって冒険者相手の商売がしたいさ、だが世の中がそれを許さない。
有名になったばっかりにこんなことになってしまった。
まったく、俺はただいつものように商売がしたいだけなんだけどなぁ。
「どうにかならないか?それこそ俺達だけの時間を作るとか。」
「それをしたいのは山々だが、捌くのに時間がかかる。」
「そうか・・・。」
「後は場所だな、時間はあっても場所が無いんだ。」
「場所?露店じゃダメなのか?」
「あそこに冒険者がたむろったらそれこそ迷惑だろ。お前らが並んでも迷惑にならない場所・・・。」
そこまで言って俺はエリザと顔を見合わせた。
場所ならあるじゃないか。
ミラには負担をかけるが、二日に一度ぐらいなら何とかなるかもしれない。
もちろん俺の負担も増えるが、ぶっちゃけ一般人を相手にするより冒険者相手に仕事をする方が楽しい。
早期に使用できないか相談してみるとしよう。
その為には・・・とりあえず彼女の用事を終わらせるか。
「良い事を思いついたって顔だな。」
「あぁ。俺にできる事は何とかしてみる、だからもう少しだけ辛抱してくれ。あと、買取品を出せ、ただし高値で買うとは限らないからな。」
「はい!」
パッと顔を明るくした彼女が早速品をカウンターに乗せる。
ふむ、中々の品じゃないか。
ベルナじゃ難しいかもしれないが俺なら売り捌く事が出来る。
出来るからこそ高く買えるってもんだ。
さぁ、いくら出してやろうか。
事情もあるみたいだし、ダンの顔もあるからな。
俺だってその辺見栄を張りたいタイプなんだよ。
そんな事を考えながら、期待した顔をする彼女に買取値段を告げるのだった。




