289.転売屋は雑誌を読む
ある日の事だった。
「御届け物です。」
「届け物?」
「はい、ライラさんからです。サインいただけますか?」
「あ~はいはい、ちょっと待ってな。」
宅配便が無いわけではないが、まだまだ普及していないこの世界で届け物は珍しい。
もちろん誰かが通販を頼んだってわけもなく。
加えてライラという名前に聞き覚えがあるようなないような・・・。
とりあえずサインをすると配達員は忙しそうに店を出て行ってしまった。
「何が来たの?」
「わからん。」
裏からエリザが顔を出して覗いてくる。
届いたのはA4ぐらいの薄い何か。
珍しく紙袋に入っている。
この世界で紙袋とは珍しい。
中身を確認しようとおもったらカランカランと音がして、客が入って来た。
「ちょっと確認しといてくれ。イラッシャイ・・・ってダンか。」
「俺で悪かったな。」
「久々じゃないか、どうしたんだ?」
「久しぶりにダンジョンに潜ったら武器を拾ってな、鑑定ついでに買い取ってくれ。」
「何処まで潜ったんだ?」
「今回は新人を連れて中層までだ、報酬ついでに貰ったんだよ。」
「そりゃよかったな。だがあんまり無理するなよ、お前も父親になるんだから。もうすぐだったか?」
「あぁ、今月中に出て来る・・・はずだ。」
もうすぐリンカの出産日だ。
皆今か今かと楽しみにしている。
一番楽しみにしているのはマスターかもしれないけど。
「とりあえず物を見せてくれ。」
「こいつだ。」
ダンが持って来たのは小刀だった。
ショートソードではない、もっと小さなどちらかというと祭事に使いそうなやつだなぁ。
『祝いの小刀。これを一対で家の前に飾ると幸運が訪れる。最近の平均取引価格は銀貨25枚、最安値銀貨12枚、最高値銀貨33枚。最終取引日は672日前と記録されています。』
ふむ、見た事ない奴だ。
幸運が来る珍しい小刀みたいだが、残念ながら一対じゃないと効果が無いらしい。
取引履歴も古いし、もう一つを見つけるのは難しいかもしれない。
「珍しい物だが価値はあまりないな、銀貨15枚って所だ。」
「それでも十分な稼ぎだよ、それで頼む。」
「まいどあり。」
銀貨を15枚、その横にもう3枚置く。
「多いぞ?」
「たまにはうまい物でも食わせてやれよ、って言っても腹が邪魔で食いにくいか。」
「量は食えないが回数食うからな、甘い物でも買って行くよ。」
「そうしてやれ。」
代金を受け取ると拳を出してきたので、俺も拳をぶつけて返事をする。
と、その時だった。
「「「あ~~~!」」」
「何事だ?」
「さぁな。」
「シロウ、ちょっと早く来て!」
「御主人様お早く!」
「今日も賑やかだな。じゃあまた。」
「おう、またな。」
ダンを外まで見送り閉店の札をかける。
まったく、ダンだったからよかったものの何を騒いでいるんだか。
「一体なんだよ。」
「見てよ!世界の歩き方!」
「はい?」
「この前取材を受けた世界の歩き方が届いたんです。見てください、シロウ様とルフの話が載っていますよ!」
エリザとアネットはともかくミラまでものすごいテンションだ。
俺に向かって突き出されているのは、カラフルな絵が描かれた雑誌だった。
え、活版印刷なんてあったっけ?
ってよく見たらこれ全部手書きなのか。
凄いな、絵も写真みたいだが全部手書きだ。
金かかってるなぁこの雑誌。
「これってすごい事なのか?」
「当たり前じゃない!一番最初の特集記事にシロウが載ってるのよ!」
「これ、世界中の人が読むんですよね?そしたら世界中の人が御主人様とルフの事を知るんですよね?」
「明日、いえ今日のお昼には大変な事になるかと。」
「そんな大袈裟な。」
「大袈裟ではありません。過去、取り上げられた店は皆大繁盛して今や王都にも店を構える程の人気を博しています。この本はそれほどまでに影響力を持っているんです。」
「・・・ちなみに発行部数は?」
「そうですね、主要なギルドや飲食店に納品されるそうですからこの街だけで20冊ほどかと。」
つまり回し読みが主流なわけか。
そうなるとSNSみたいに爆発的に増えることは無くても継続的に客が来る可能性は十分にある。
でもなぁ、物を売るんじゃなくて物を買う商売だからなぁ。
値段のつかない物ももちろんあるわけで、それを売るためだけに費用をかけて遠方から来るのか?
「ま、うちは関係ないだろう。買取屋だし。」
「それはどうでしょう。」
「来るわ。」
「はい、絶対に来ます。」
「マジか?」
「マジもマジ大マジよ。」
「わざわざ物を売りに来るのか?」
「自分の持っている物がお金になる。それを期待する人は沢山います。蚤の市の盛況ぶりを思い出してください、シロウ様。」
それを言われると確かにそうだ。
あれは家に眠っている物を色々な人に見てもらい、欲しい人に買ってもらうお祭りだ。
だがその根本は自分の持っている不用品をお金に変える為の祭り。
なるほど、お金に換えたい人がたくさんいるわけか。
「金は?」
「金庫に。もし足りなくなっても残りは倉庫の隠し部屋に入れてあります。」
「他の商売と違って金が増えないからな、気をつけた方がいだろう。三人がそこまで言うのならこっちも準備をしないと。」
「じゃあ私は倉庫の不用品を大型倉庫に運ぶわね。」
「お手伝いしますエリザ様。」
「俺はシープさんの所に行って諸々手配してもらうか。」
「それがよろしいかと。お店の方はお任せください。」
「そうだ、ルフに近づかないようアグリに相談しておくか。俺だけじゃなく向こうにも被害が出そうだ。」
「畑にも人を入れない方がいいんじゃない?夏野菜を植えたばかりだし、奥にはアレがあるでしょ?」
「確かにな。」
ルフには首輪をつけていない。
それは即ち使役されていない魔物という事だ。
普段は穏便なルフも、大勢の人に囲まれてナーバスになり誰かを傷つけてしまうという可能性もゼロじゃない。
もしそんなことになれば魔物として駆除されてしまう。
それは何としてでも避けなければ。
それと、北に植えた危険な植物もな。
アイツもいい感じで金を産み出してくれている。
面倒な輩に俺の金もうけの手段を潰されるのは困るってもんだ。
「じゃあ行って来る。もし人が多くなったら不在という事にして店を閉めるんだぞ。」
主役がいないなら来る意味もないだろう。
あ~、でもメインは不用品の処分?
うん、閉めて正解。
とりあえず先に畑に向かうか。
「あ、シロウ様。どうされました?」
「実はな・・・。」
説明をするとすぐにあぁ、という顔をするアグリ。
どうやら遅かったようだ。
「それでルフを見に来る人が多かったんですね。でも皆さん遠巻きに見るだけでしたので今の所は問題ありません。」
「畑に入って貰っても困るからな、男連中に柵を建てるように言ってくれ。出荷もないし、入り口全部覆ってしまっても問題ないだろう。」
「そうですね、我々は上から子供は下から入れますし。」
「ということでルフ、当分大変だと思うが嫌なら北に逃げるんだぞ。」
ブンブン。
これでよしっと。
そのまま小走りでギルド協会へと向かう。
が、その道中道行く人に声をかけられまくった。
声をかける事はしなくても、こちらを指さして見て来る人もいる。
そのほとんどは肯定的な目線なので別に嫌にはならないが、それでもジロジロみられるのはあまりうれしくないな。
世の有名人は大変だなぁ。
「あ、シロウさん!」
「シープさんはいるか?」
「生憎会議中で・・・。あ、読みましたよ『世界の歩き方』!」
「そのせいでここまで来るのが大変だったよ。声はかけられるし、視線はすごいしな。」
「こんな所に来て大丈夫なんですか?お店は大変なんじゃ。」
「そうならない様にここに来たんだが?」
「警備と整列ですね。」
「買取業だからそこまでにはならないと思っているんだが・・・。」
受付嬢といつも通りの会話をしていた、その時だった。
「大変です!買取屋の前に行列が出来て収拾がつきません、至急警備をお願いします!」
職員っぽい人が慌てた様子で飛び込んできた。
「なってますね。」
「マジかよ。」
「急ぎ警備を手配しますので、シロウさんはお店にお願いします。」
「買取屋に何しに来るんだよ。」
「融資が必要であれば遠慮なくおっしゃってくださいね。」
「世話になるつもりはねぇよ。」
「知ってます。」
借金を負うぐらいなら店を閉めるさ。
そうすれば客は帰るしかない。
はぁ、面倒な事になって来た。
「じゃ、よろしく頼む。」
「頑張ってくださいね。」
受付嬢に応援され俺は大急ぎで店への道を急ぐ。
「マジかよ。」
大通りを抜け商店街に到着した景色を見て、そんな言葉が思わず漏れてしまった。




