288.転売屋は過去の品を発見する
この世界に来てもうすぐ1年。
色々な事があったなぁ。
米を喰いながらふとそんな事を思う。
こう、元の世界の味を感じてしまうとどうしてもここが異世界だという事を思い出してしまう。
買取屋もスキルもごくありふれたものになってしまったが、普通に考えると魔法なんて使えない。
特に相場スキルの方はこの世界でも異端な物だろう。
その二つを隠しながら生活する事にももう慣れてしまった。
何時の日か女達に伝える日が来るのかもしれないけれど・・・。
「シロウどうしたの?」
「いや、何でもない。」
「また考え事?」
「何か心配事でもあるのでしょうか。最近特に多いように思われます。」
「何かあったらすぐ教えてください。私達にできる事があれば何でもします。」
「そうよ、私達の仲じゃない。」
心配そうな顔で俺を見てくる三人。
まぁ今じゃなくてもいいか。
最悪死ぬ時でもいいわけだし、打ち明ける必要もない。
今はこっちが俺の世界だ。
「御馳走様、散歩に行ってくる。」
「わかった、気をつけてね。」
「いってらっしゃいませ。」
「後片付けはお任せください。」
お茶をかけてサクッと米を流し込み、席を立つ。
こんな気分のときは散歩に限るな。
ダンジョンに行くのは・・・また戻ってからでいいだろう。
この前の一件もあるしエリザ抜きで行くのは危険だ。
そう思いながら向かったのは畑だ。
「おはようルフ。」
「ワフ。」
「散歩に行きたいんだ、付き合ってくれるか?」
ブンブン。
こういう時何も言わずに付き合ってくれるのはやっぱりルフだよな。
立ち上がり、あいさつ代わりに頭を足にぶつけて来る。
そのまま首回りと頭をワシャワシャと撫でてやると嬉しそうに目を細めた。
「よし、行くか。」
あてのない散歩。
とりあえず街道をまっすぐ進む。
途中横道にそれてもいいが、魔物もいるし何より迷子になるのは流石に困る。
ルフがいるからまぁ、戻れるけどな。
「良い天気だなぁ。」
天気が良く、朝から太陽の光がサンサンと降り注いでいる。
気温はどんどんと上昇し、少し汗ばむぐらいだ。
いい運動になる。
「今日は少し遠くまで行くか。」
「ワフ?」
「そういう気分なんだよ。」
ブンブン。
ルフの了承も得たので少し遠くへ行ってみよう。
そう思ってからはあっという間だった。
気付けば太陽は真上に上っている。
足がけだるい。
随分と歩いたようだ。
少し疲れたので近くにあった岩に座って一息ついた。
はぁ、疲れた。
ルフはいつも以上に歩いているからかスッキリとした顔をしている。
「悪いな、何も持ってきてない。」
ブンブン。
少し喉が渇いたが、生憎何も持ってこなかった。
ここまで散歩するつもりも無かったしなぁ。
道中、つい暇になりあれやこれやと思っていた事、考えついたことなんかを一人で呟いていた。
いや、一人ではない。
ちゃんとルフは相槌を打ってくれていたきがする。
ただ聞いてくれるだけでいい。
昔よくきいたセリフだが、今まさにそれを体験したわけだ。
これはいい物だ。
何か答えが欲しいわけでも返事が欲しいわけでもない。
ただ聞いてほしい。
自分の思っていることをちゃんと聞いて、それでいて無視をするわけでもなく相槌を打ってくるれる。
そんな人が居たらこんなに気持ちが軽くなるのか。
何も言わず足元に座ったルフの頭を撫でてやる。
気持ちよさそうに頭を上げ、チラっとこちらを見る。
「ありがとな、話を聞いてくれて。」
「ワフ。」
どういたしまして、そういったに違いない。
そういう顔をしていた。
あぁ、風が気持ちいい。
そよそよと吹く風が火照った体を冷ましてくれる。
そういえば、初めてこの世界に来た時もこんな景色を見たんだったな。
あの時はハッサンの馬車に轢かれかけたんだったなぁ。
で、その場に置いて行かれたと。
その後必死に街まで歩いて、狼に怯えていたところをダンに助けられたんだっけ。
なにもかも懐かしい。
そこから始まった俺の異世界生活。
今ではこっちが現実だ。
これは夢じゃない。
米や醤油を食べたことでつい昔を思い出して感傷的になってしまったが、ぶっちゃけ昔の生活なんてどうでもいいよなぁ。
「よし、帰るか。」
パシッと軽く音が出るぐらいに膝を叩いてから立ち上がる。
そろそろ戻らないと帰りは夕方になってしまうしな。
流石に女達も心配するだろう。
ルフも起き上がり、大きく伸びをする。
そして俺を見て笑った・・・気がした。
と、その時だった。
立ち上がったルフがピクリと止まり、奥の方を見る。
「魔物か?」
一瞬身構えたが唸る気配がないので違うようだ。
そのままゆっくりと茂みの方に向かっていき、何かを咥えて戻ってきた。
「拾い食いは良くないぞ。」
ブンブンブン。
あ、怒った。
ポロっと俺の前に落としたのは・・・。
「嘘だろ。」
この世界にはあってはならない物。
つい今しがた、忘れようとした物。
元の世界で俺が肌身離さず持ち歩いていた物。
手にすっぽりと収まる四角い形をしたそれを、俺は慌てて拾い上げた。
『謎の物体。四角くこの世界の物ではない構成物で作られている。異世界の物。最近の平均取引価格は銀貨10枚、最安値銀貨1枚、最高値金貨500枚。最終取引日は2年と411日前と記録されています。』
スマートフォン。
元の世界ではそう呼ばれていた。
これさえあれば世界中どこにでも連絡が出来て、ネットに展開される情報をすぐに拾うことが出来た。
転売屋として生きてきた俺には必須の道具。
無くしたと思っていたのに、まさかこんな所にあるなんて。
そいつは随分と汚れており、画面は割れ、使えるような状況では無い。
慌てて電源を入れてみるももちろん反応は無かった。
「ま、当然だよな。」
1年、元の世界で考えると約2年放置されていたんだ。
充電なんてとっくに切れている。
それに仮に動いたとしても電波は入らないし誰にも連絡しようがない。
便利なのはカメラ機能ぐらいか。
「見つけてくれてありがとな。」
ブンブン。
ルフが嬉しそうに尻尾を振る。
俺が別世界から来たという証。
鑑定スキルにも表示されるように、異世界の物。
っていうか取引履歴あるんだな。
しかも値段に差がありまくる。
価値が分かって売った場合とそうでない場合はこんな感じなんだろう。
いったい誰が落としたのかはわからないが、こっちに飛ばされたらそりゃ見つからないよなぁ。
さて、これをどうしたもんか。
金になるとわかっているんだし、持ち帰って売るもよし、オークションに出すって言う手もある。
なんなら国王陛下の手土産にしてもいいだろう。
少しずつ願いの小石がたまってきている。
あれを送るついでに値段をつけてもらうってのはどうだ?
え、ごみを送ったと思われる?
可能性は否定できないなぁ。
「どうするべきだと思う?」
ルフにたずねるも首を傾げるだけ。
売ったらいいのはもちろんわかっている。
でも、俺と関係のある品。
向こうの世界の品がこの世界にあると言うのがちょっと気持ち悪いんだ。
いっそなくなってしまったほうが、完全に向こうの世界を思い出さなくてよくなるんじゃないか。
そう思う自分がいる。
でもなぁ、せっかくルフが見つけてくれたんだしなぁ。
そんな感じで思案すること数十秒。
「よし、捨てよう。」
決めた。
俺はこの世界で生きるんだ。
だから、向こうの世界の物は要らない。
もちろん売ることもしない。
完全になかったことにする。
確かダンジョンにマグマが流れる場所があったはずだ、エリザに頼んで底に捨ててもらおう。
「せっかく見つけてくれたのに悪いな。」
ブンブン。
気にするなと言うように尻尾を振り、俺の足にコツンと頭をぶつけてきた。
「今度こそ帰ろうぜ、戻ったら肉でお祝いだ。」
俺が元の世界への迷いを断ち切った記念に。
そして、ルフがそのきっかけを作ってくれたお祝いに。
肉と聞いてルフの尻尾が大きく振られる。
さぁ、家に帰ろう。
二人で並んで来た道を戻る。
街に着いたのは夕方前。
畑に近づくと、女達が不安そうな顔をして集まっていた。
「あ、もどってきました!」
「ちょっとシロウどこ行ってたのよ。」
「ちょっとルフと散歩にな。」
「散歩って、もう夕方よ?」
「遠くに行き過ぎたんだよ。大丈夫、何もなかった。」
「その割には随分とスッキリとした顔をされていますね。」
「まぁな。」
さすがミラ、そこに気がつくか。
「とにかく心配させて悪かった、家に戻ろう。っと、その前に肉だな。」
「え、お肉?」
「ルフと約束したんだよ。先に肉屋に行って美味い部分買って来るな。」
ブンブン。
「ふふ、ルフもうれしそうですね。」
「エリザも嬉しそうだぞ。」
「そ、そんなことないわよ。」
「安心しろって、俺達の分もあるから。」
「だから違うってば!」
「わかったわかった。じゃあルフ、また後でな。」
ブンブン。
ルフに見送られて夕方の街を女達と並んで歩く。
ココが俺の生きる場所。
「ただいま。」
「「「おかえりなさい。」」」
女達の笑顔に俺も釣られて笑顔になるのだった。




