281.転売屋は化粧品を販売する。
16月。
春の陽気が少しずつ夏に向かっていくのが分かる。
今日も快晴。
絶好のお披露目日和だ。
先に提供した高級品は即日完売。
早くも大量の注文がアナスタシア様に押し寄せているそうだが、お願いした通りこちらには一切注文は入っていない。
貴族が絡むと色々とややこしいからな、本当に助かる。
あの後女豹にも持っていき熨斗をつけて渡してやった。
悔しそうなあの顔、くっくっく、思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。
「シロウ様、お客様の前でその表情はちょっと。」
「悪い、気を付ける。」
「宣伝とか一切してないのにすごい人ね。」
「あぁ、街中でやらなくて本当に良かったよ。」
当初は店の前で販売するつもりだったが、貴族の噂があっという間に広がり問い合わせが殺到。
急遽畑の横に簡易の販売所を設ける運びとなった。
それでも俺達の前には街中の奥様方が今か今かと待ちわびている。
マジで全員いるんじゃないだろうか。
一人一個の制限はかけているから絶対に足りるはずなんだけど、よく見ると冒険者の姿も見える。
男性冒険者もいるようだ。
自分用なのかはたまた誰かに頼まれたのか。
そう考えると足りないような気がしてきた。
「それでは販売を開始します!お一人様一種類のみ、銀貨を2枚と交換させて頂きます!銅貨の方は事前に近くにいるギルド職員にお声がけください!」
販売補助はギルド協会。
十中八九アナスタシア様の指示だろう。
俺達は後ろで様子を見ているだけ、販売は全て職員さんに丸投げだ。
「いや~すごい人ですねぇ。」
「想像以上だよ。まったく女ってのは・・・。」
「それ以上は禁句ですよ、世の中の半分を敵に回したくなければね。」
「わかってるって。」
販売が始まって暫くしてから羊男がやって来た。
もの凄い勢いで化粧品が売れていく。
このペースだともってあと30分って所だろう。
「完成度も高く、拒否反応があったという報告も今の所ありません。まぁ、これだけの数を捌けば多少は出るかもしれませんが・・・。それでもダンジョン産の素材がこれほどの需要を生み出すのです、これは凄い事ですよ、シロウさん。」
「産業らしい産業が無かったもんなぁ。」
「えぇ、この街は冒険者という消費者によってのみ支えられていましたからね。」
「ともかくダンジョン産の素材が金を生む様になれば安心だろう。残念ながら雇用は産めそうにないがな。」
「作り方は秘匿、致し方ありません。」
「冒険者に金が落ちれば、それは街をめぐり最終的に上に流れる。少しぐらい還元してくれてもいいんだぞ?」
「そこはほら、税金の免除という還元で手を打つことが決まったじゃないですか。」
「それが怖いんだよ。聞けば街長も動いてるって話だろ?」
俺の言葉に表情を露骨に変える羊男。
珍しいな、こいつがこんなにもわかりやすい顔をするなんて。
「誰に聞きました?」
「アナスタシア様。」
「あ~・・・じゃあ何も言えません。」
「中間管理職は苦労するなぁ。」
「全くです、シロウさんのようにお金があれば仕事を辞められるんですけど・・・。」
「雇ってやろうか?」
「お断りします。どう考えても今より忙しくなりますからね。」
どこにいても忙しい事に変わりはないと。
それならまだ部下に仕事を任せられる現状の方がまだマシって感じだな。
そんな話をしているうちに、あっという間に商品は売り切れてしまった。
列に並んだものの買えなかった人もいるようだ。
そんな人には職員が一人ひとり予約券を渡していく。
これでこの場は収まってくれるだろう。
わずか一時間のお祭り騒ぎ。
物凄い売れ行きにカーラも満足そうな顔をしていた。
「どうだ、自分の化粧品が売れるのは。」
「王都にいた時はこういう現場は見られませんでしたからね、胸いっぱいです。」
「そいつは何よりだ。でもここからが地獄の始まりかもしれないぞ?売り出したからには供給し続ける義務がある、その流れに乗ってしまったんだからなぁ。」
「望むところです。それに、季節が一巡すればこの人気も下火になるでしょうからその頃にまた新しいのを考えますよ。」
「果てが無いなぁ。」
「それがいいんです。ダンジョン産の素材には夢と希望が詰まっていますから、むしろ楽しみになってきました。」
向上心の塊ってやつだろうか。
研究者ってのはすごいなとつくづく思い知らされる。
俺もまぁ似たようなものかもしれないけどな。
「シープ様撤収完了しました!」
「お疲れ様です。予約券の配布状況は?」
「こちらに記録しています。」
職員から資料を渡され羊男はサッと一読してからこっちに渡してきた。
それをカーラと二人で見る。
「マジかよ。」
「え、嘘!こんなに!?」
予約総数は632個。
一ヵ月の生産数の1.5倍だ。
「一刻も早い増産体制の確立が求められますね。」
「そうはいっても場所がねぇよ。素材は何とかなっても、場所と機材が無ければどうにもならない。良い場所、ないんだろ?」
「そうなんですよねぇ・・・。」
「とりあえず出来ることをやるしかないか・・・。]
今できることと言えば素材を集めて最大数作り続ける事だけ。
その間に物件を探してもらって増産する。
これしか方法はないだろう。
幸い作り方は確立しているので、場所さえあれば作ることはできる。
作り方も複雑ではないのでカーラ一人でもなんとかなるだろう。
それも場所があったらの話だ。
絵に描いた餅。
今は目の前にある餅を食い続けるよりほかはない。
その時だった。
頭を悩ませていた俺達の前に思ってもみなかった人物が現れる。
「大盛況で何よりですわね。」
「・・・なんでお前がここにいるんだ?」
「せっかくのお披露目ですもの、お願いした身としてはお祝いに駆け付けるのが普通ではなくて?」
「嘘ですよシロウさん。ナミルが何もなくお祝いに来るはずがありません。」
「あら、シープったらひどいんだから。」
「俺もそれは思っているんだが・・・。」
自分の根城を出てくるぐらいだ、なにかあるのは間違いないだろう。
とはいえ、遠路はるばる隣町の重役が来てくれた事に違いはない。
無碍に扱うと後々面倒なので、とりあえず話ぐらいは聞いてやるか。
「お祝いの品を持ってきてくれたんだろ?ありがたく頂戴するよ。」
「ふふ、シロウさんは話が早くて助かりますわ。よかったらこれをどうぞ。」
そう言いながら女豹が二枚の紙を手渡してくる。
一枚は契約書。
もう一枚は・・・図面?
「なんだこれは。」
「さっきの話だと増産したくても土地がないのでしょう?ですからその拠点となる物件を提供させてもらおうかと思って。水場も近く、横には冷蔵機能付きの大型魔道倉庫も完備、出入り口にも近いので荷下ろしにも問題はない中々の物件なんだから。」
「それは見たらわかる。だが、持って行った時に話したようにこいつはうちの専売品だ。場所を用意されたからと言って・・・。」
「もちろん専売を邪魔する気はないから安心して構わないわよ。」
「いやいや、安心できるはずがありません。一度自分の胸に手を当ててよく考えてみてはいかがですか?」
羊男の言葉に女豹はそのふくよかな胸に手を当て、首をかしげた。
「はぁ、面倒だから小細工抜きで行こうぜ。条件は?」
「材料の輸送にうちのギルドも噛ませてもらう事と、うちの新素材を出荷する手数料の代わりに・・・。」
「化粧品を卸せって?」
「あくまでも販売はそちらを通してのみ。そうね、新しく作る拠点を代理店にすれば問題ないわよね?輸送の手間もないし販売個数も固定で構わない。あれだけの品をこの街だけで捌くっていうのは随分ともったいないと思わない?」
「そこまで気に入ってくれるのはありがたいが、新素材の手数料だけじゃこっちは大損だ。輸送費を持ってくれるってなら話は別だが?」
「さすがにそれは無理よ。そっちだって増産でき無かったら宝の持ち腐れでしょ?輸送コストだって定期便にすればそこまでかからないはずだし、お互いに利益はあると思うけど?」
「定期便、そうかそれが目的か。」
隣町とはいえ、定期的に物を動かすという事はしていない。
あくまでも個人個人が仕入れや販売を行う程度で、それぞれにコストがかかっている。
それを一本化することでお互いの経費を無くす。
っていうのは建前で本音は向こうの工業製品をもっと買ってくれって事だろう。
新素材然り魔道具然り、今後溢れてくる化粧品マネーを自分達にも還流させる。
その道筋を作りたいんだ。
定期便を利用してそれこそ代理店なんかも作りかねない。
行商する身としてはかなりの痛手だが・・・。
販売先は別にあるしなぁ。
今後はハーシェさんを通じて化粧品をバラまくことになるだろう。
その時に生産が追い付かないっていうのは・・・、もったいない話だ。
「これからは隣同士仲良くしましょうよ。悪い話じゃないと思うけど?」
「それを決めるのは俺じゃなくてこいつだよ。なぁシープさん。」
「至急上に話を持って行って協議します。」
「だ、そうだ。結果はまた今度知らせるよ、この贈り物は貰っていいよな?」
「そうね、こっちだけ貰っておくわ。」
そう言うと契約書だけ抜いていった。
「はぁ、なんだか話が大きくなって来たなぁ。」
「こんなすごいもの作っちゃったんだもの、当然よ。これからは今までみたいに自由にお商売できないかもね。」
「それは困る。自由に適当にが俺の持ち味だ、それを邪魔されるなら・・・。」
「出ていくとか言いませんよね?」
「もしそれなら喜んで受け入れてあ・げ・る。」
「まぁそれはこっちの出方次第だ。贈り物、ありがとな。」
「いい返事を期待しているわ。」
女豹はひらひらと手を振って街の中へと消えて行った。
ほんと、面倒な事になったもんだ。
さてどうしたもんかな。




