271.転売屋は女豹とやりあう
ホワイトは元気になりサーカス一座は無事に次の興行へと向かうようだ。
見送りの際にルフが寂しそうな顔をしていたが、すぐにいつもと変わらず畑に戻った。
切り替えが早いというかなんというか。
女ってこういうところあるよな。
「ってことで、いい加減俺も頼まれた仕事をしないと。」
「でも見つかってないんでしょ?」
「魔物の素材系で色々と探してみたが良いやつが無いんだよ。まぁ、あればとっくに実用化されているだろうから仕方ないけどな。」
「それで隣町まで行かれるんですね。」
「あそこなら何か新しい金属が開発されているかもしれない。ここで見つからない以上他所に頼るしかない。」
「でもあの人がいるのよ?」
「それを言うなって。」
そう、今から行く場所にはあの女豹ナミル女史が待ち構えている。
新しい素材となると利権が絡んでいるだろうから間違いなく出て来るだろう。
それをどうかわすか。
あまり会いたくないが背に腹は代えられない。
マートンさんの頼みだからな、俺も根性見せないと。
「シロウ様荷物の積み込み終わりました。」
「向こうが喜びそうなものばかり、これで靡いてくれるとは思わないが金儲けも出来るし失敗してもまぁ損はないか。」
「本当にお一人で行かれるんですか御主人様。」
「ダンも一緒だし道中は問題ないだろう。」
「そうじゃなくて・・・。」
「大丈夫だ。」
そう言い切ると諦めたようにアネットも頷いた。
心配はわかる。
あの女豹の事だ、また無理難題言って来るだろう。
でもそこにアネットやミラがいればその矛先がそっちに向きかねない。
面倒を被るのは俺だけで十分ってね。
「そこまで言うなら何も言わないわ。くれぐれも無事に帰ってきなさい。」
「よし、じゃあ行って来る。」
とりあえず順番に女達と抱き合ってから運転席で待機していたダンの横に乗り込んだ。
「待たせたな。」
「いや、時間通りだ。こっちこそ依頼料弾んでもらって助かるよ。」
「俺とお前の仲だ、リンカもお腹が大きくなってきたんだろ?」
「あぁ、だいぶ大変そうだ。」
「なら旦那がしっかりと稼がないとな。無事にやり遂げたらボーナスも弾むぞ。」
「俺に何をやらせる気だよ。」
「無事に運んでくれたらそれで十分だ。」
「なら大船に乗った気持ちでいてくれ。」
もちろんそのつもりだ。
女達に見送られて向かうは女豹のいる隣町。
旅は順調に進み予定より早く隣町へと到着した。
入り口で挨拶を済ませて街に入る。
これで俺が来たことは向こうに伝わったはずだ。
はてさて、どのタイミングで出て来るのかなっと。
「ダンはこのまま宿に戻ってゆっくりしてくれ。」
「荷物は良いのか?」
「あぁ、乗せたままで構わない。宿はわかるよな?」
「あぁ、一番高い所だろ?確かにあそこなら荷物の心配をしなくて良さそうだ。」
「それと、これが今日の飯代だ先に渡しとく。」
「銀貨2枚?マジかよ。」
「たまには羽目を外せよ。ただし、女は買うな、わかったな?」
「俺だってそこまで馬鹿じゃないさ。美味い酒と飯で十分だよ。」
入り口でダンと別れ徒歩で街を行く。
相変らず賑やかな街だ。
色々な工房が軒を連ねているので、冒険者よりも商人の方が多い。
もちろんダンのように護衛している冒険者もいるのでまったくいないわけではないのだが、やはりここでは商人の方が力が強い感じだ。
その証拠に俺達の街では冒険者が道の真ん中を歩いているが、ここでは商人が真ん中を歩いている。
冒険者はあくまでも護衛なので横に並ぶか、少し離れているみたいだな。
そんな景色を眺めながら自然と足が向いたのは世話になっている職人の所だった。
「親方いるか?」
「シロウじゃないか、本人が来るなんて珍しいな。」
「たまには自分で商売しないとネタにありつけなくなる。」
「さすが俺の見込んだ男だな、まさにそのネタが出来上がった所だ。」
「というと?」
「まぁ奥に来てくれ。」
この人は初めてこの街に来たときにダマスカス鋼を売ってくれた、腰痛持ちの親方だ。
今では腰も回復して武器や道具の素材になるインゴットや板金を作成している。
工房の奥に案内されると途端に室温が高くなる。
まだ春先だというのに、何もしなくても汗ばむくらいの熱気だ。
「暑いが我慢してくれよ。」
「これぐらいは大丈夫だ、加工中はもっと暑いんだろ?」
「あぁ、一時間で瓶を二本開けるぐらいに水を飲む。」
「そりゃすごい。」
「飲んでも下から出ないってことは全部汗で出てるんだろうな。」
「塩分もとる様にしてくれよ?」
「わかってるって。」
そんな無駄口を叩きながら工房の奥へと行くと、鈍い銀色の板が机の上に乗っていた。
「見た事のない色だな。」
「あぁ、これはこれまでとは考えの違う合金だ。」
「合金ってことは何かを混ぜて作ったのか?」
「あぁ。」
「ちなみに硬度は?」
「鉄と同等・・・か、やっぱりちょいと劣るか。そのかわり混ぜ物をした分鉄よりも安く作れる、材料も安いしな。」
マジか、まさに俺の望んでいた素材じゃないか。
こんな簡単に見つかるなんて。
「いいのかよ、そんなにほいほい俺に教えて。」
「もうここの工房全体に広がっている製法だからな。俺だけってわけじゃない。」
「そうか、それならいい。」
「これで武器を作れば今までよりも安くする事が出来るだろう。難点は加工しにくいってことぐらいだ。」
「加工しにくい?」
「普通は熱を加えて曲げたりするだろ?だがこいつでそれをするとすぐに亀裂が入るんだ。剣や盾を作るように叩いて伸ばす分にはそれが起きない。」
「なら完全に武具専用の素材ってわけか。」
「そうなる。」
工業用建材に使えないのは金属としてもったいないが、武器専門の素材と考えれば全く問題ない。
合金ってことは量を用意するのも簡単だろう。
これで素材問題も解決だな。
「よしわかった、一か月でどのぐらい用意できる?」
「それはうちだけか?それとも全体でか?」
「まずはここからだな。これだけ話を聞いて親方から買わないってわけにはいかないだろ。」
「へへ、わかってるじゃねぇか。そうだな、一月あれば200kgは作れる。」
「ってことはおおよそ100~120本は作れるか。」
「そんなもんだろうな。」
「よし、まずは200kg注文したい。来月の今頃取りに来る、えーっと代金は・・・。」
「金貨1枚でどうだ?」
「そんなに安くていいのか?」
200kg金貨1枚で100本作れるとすると一本単価銀貨1枚か。
それを銀貨3枚で売れば利益は銀貨2枚。
利益率67%は中々いい感じじゃないか。
やっぱり二割で押しとけばよかったか。
そんな事を思いながらも契約書を交わし工房を出た、その時だった。
「あら、御機嫌ようシロウさん。」
「げっ。」
「露骨にそんな嫌な顔しないでくださる?」
「そりゃ仕方ないだろ。アンタが絡んだら碌な事にならない。」
「それはその契約書の事かしら?」
「何のことだ?」
「別に隠さなくてもいいじゃない、別に契約ぐらいしてくれて構わないわよ。」
おや?
いつものように食って掛かってくると思ったんだがそうじゃないのか?
「そりゃなによりだ、それじゃあ俺はこの辺で・・・。」
「でも持ち出すのであれば、使用料を払ってからにしてくださいね。たった金貨5枚です、シロウさんなら安い物でしょう?」
「なんだって?」
「それはここで開発されたばかりの合金ですの。それをポンポンと持ち出されたんじゃたまったものじゃないわ。シロウさんが同じ立場なら同じようにするのではなくて?」
「まぁ、確かにな。」
「持ち出しの条件は二つ、使用料を払う事と製法を持ち出さない事。製法に関しては工房も良くご理解されているようだから問題ないとして、それでもうちだけにしかない物を安く持ち出されるのは困るわ。いずれ同じような物が出来るでしょうけど、稼げるときに稼がないと。」
ま、そうなるわな。
こんな簡単に持ち出せるとは思っていない。
さぁ、ここからが本番だ。
「ならこっちからも提案がある。今日持って来た素材を相場の二割引きで全部置いていく。それで使用料と相殺ってのはどうだ?」
「安すぎるわ。」
「なんでわかる。」
「馬車の荷物はすべて改めさせてもらいましたの。あれを二割引きしても使用料には足りませんわ。」
「いやいや、二割引けば十分元が取れるだろ。」
「ダメよ、ダ~メ。」
まるで子供を諭すような言い方で俺を見て来る。
あぁ、これは何かがある。
他の何かを求めている顔だ。
俺に何かをやらせたい。
それこそ、この前のように。
「・・・条件は?」
「ふふ、シロウさんは話が早くて助かるわ。シープとは大違い。」
「俺だって受けたくないさ。」
「でも受けてくださるんでしょ?」
「こっちだって条件がある。次回の買い付け以降も使用料は今回の荷物で帳消しだ。」
何を言われるかはまだ分からないが、さすがに無理難題は言わないだろう。
この女はそう言う奴だ。
出来るギリギリを責めて来る、だから厄介なんだよな。
「いいわ、それで手を打ってあげる。」
その後、女豹が俺に出した条件は・・・。
想像以上に面倒な内容だった。




