270.転売屋は薬作りに奔走する
サーカスの興行は予定の二週間を超えようとしていた。
連日の満員御礼で団長も大喜びだ。
昨日は団員たちと一緒にイライザさんの店でしこたま食べて親交を深めさせてもらった。
話は面白いし、でも礼儀正しい。
一見とっつきにくいような相手でも、ちゃんと話せば理解しあえる。
本当にいい人ばかりだ。
そんな事を思いながら、若干の二日酔いで迎えた翌朝の事だった。
ドンドンドンと店のドアが叩かれる音で目が覚める。
まだ日が出たばかりの時間だ。
「ったく、誰だよこんな時間に。」
眠たい目をこすりながら下に降り扉を開けると、昨日とはうってかわって悲壮な顔をした団長が立っていた。
「どうしたんだ、こんなに朝早く。」
「力を貸してくれ、頼めるのはアンタしかいないんだ。」
「その様子は普通じゃないな、とりあえず入ってくれ。」
「こんな時間にすまない。」
「知らない仲じゃないんだ、気にするな。」
とりあえずカウンター席まで誘導し、水を一杯持ってくる。
俺と一緒に遅くまで飲んでいたんだ、のども乾いているだろう。
「ありがたい。」
「で、何があった。」
「ホワイトが病気になった。」
「なんだって。」
「過去に一度発作を起こしたんだが、その時と同じ症状なんだ。あれを治すには特別な材料がいる。あれは真冬の季節もしくは遠くの雪が解けないほどの山の上、それか・・・。」
「ダンジョンの中。」
「そうだ。」
それなら先に冒険者ギルドに行けよ、なんていう間柄ではない。
団長は俺を頼って来てくれたんだ、それに応えなかったら男じゃないだろう。
「他の素材はわかるか?」
「いくつかはわかるんだが、調合方法が分からない。」
「それはこっちで調べよう、とりあえず特別な素材だけ教えてくれ。」
「雪無草だ。あれは雪のない場所では解けて消えてしまう氷の植物、仮に見つけてもその場で調合しなかったら一時間もしないうちに溶けて消えてしまう代物だ。本当に何とかなるか?」
「それをわかって俺に頼ってきたんだろ?大丈夫とは言わないが全力は尽くす。ミラ、エリザ、アネット起きてくれ仕事だ。」
「もう起きてるわよ。」
後ろを振り返ると女達が着替えを済ませて後ろに控えていた。
相変らず仕事が早い。
出来る女はやはり違うな。
「ホワイト君の緊急事態ですからすぐに図書館に行って調べてみます。アレン様でしたら雪無草関係の書籍もお持ちでしょう。」
「素材が分かり次第冒険者に依頼を出します。店の在庫にあればそれを、無ければ緊急依頼をかけますね。」
「私も準備ができ次第ギルドに行って素材の場所を調べて来るわ。恐らく中層の雪原か氷壁になるだろうからそれなりの準備をしないと・・・。でもどう考えても一時間以内に戻るのは無理よ?」
「それは俺に考えがある。」
「そ、ならいいわ。」
「って事で今はホワイトの側にいてやれ。」
「ありがとう、本当に何てお礼を言えばいいのか・・・。」
「それは全部終わってからにしてくれ。」
頼られたからにはできる限りの事をする。
俺達は最善を尽くすだけだ。
朝日を浴びながら店の外に出ていく女達を見送り、俺も準備を始める。
まさかこんな事に使う事になるとは思わなかった。
いや、違うな。
これの為に用意されたのかもしれない。
これも団長の為、ホワイトの為、そしてルフの為だ。
いずれ旅に出るとわかっていても、生き別れと死に別れでは気持ちが全然違う。
それに、サーカスにはまだまだホワイトの力が必要だ。
昼前には準備が完了し、エリザはダンジョンへと潜っていった。
「で、他に必要な素材は?」
「ホワイトベリーは残りがあったのでそれを使います。ですが、ホワイトグリズリーの胆とシングルアイの卵がありませんのでそれはギルドに依頼を出しました。緊急依頼ですので依頼料はだいぶ高くなりますがお許しください。」
「金を気にする必要はない、金は稼げるが命は戻らないからな。」
命は買えるというのに不思議なものだ。
ゲームのような世界であっても失われた命を戻す魔法は存在しない。
だが、失われそうな命を助けることはできる。
「私は今のうちに製薬の準備を進めます。素材が届き次第加工に入りますね。」
「あぁ、よろしく頼む。」
「でも御主人様があんな凄い物をお持ちだとは思いませんでした。」
「雪妖精の結晶でしたか、最近冷蔵用の魔道具が良く冷えていたのはそのせいだったんですね。」
「黙っていて悪かったな。しまったもののすっかり存在を忘れてたよ。」
「いえ、役目があったのであればこのために渡されたのでしょう。」
どうやら皆も同じように思ってくれたようだ。
冒険者に依頼をかけてから三時間ほどで目的の素材が店に届けられた。
それをアネットが加工し、薬の準備を続けている。
残されたのはエリザに任せた雪無草だけだが・・・。
「まだ届かないか?」
「あぁ、結構深い所まで潜っているからもう少しかかるかもな。」
「そうか・・・。」
「まずいのか?」
「あぁ、呼吸が浅くなってきている。」
「なら、もうひと踏ん張りしてもらおう。」
「何かあるのか?」
「男が根性見せる時なんて一つしかないだろ。」
ニヤリと笑うと団長はハッとした顔をした。
どうやら伝わったようだ。
「エリザが戻ったらすぐに材料を貰って薬を作ってくれ。」
「わかりました。」
「ミラ、後は頼む。」
「お任せください。」
団長と共に畑に向かいルフを迎えに行く。
何があったのかなんとなく悟っているんだろう、落ち着かない感じだ。
「お前の力が必要だ、頼むぞ。」
「ワフ!」
全速力で走りサーカスの裏手へと向かうと、檻の前には仲間たちが集まっていた。
「シャウト団長!」
「ホワイトは!」
「まだ大丈夫です、でも呼吸が弱くなってます。」
「水も飲まなくて・・・。」
「もうすぐ薬が来る、それまでの辛抱だ頑張れよホワイト!」
「頑張れ!」
「頑張れホワイト!」
団員に励まされても毛布の中のホワイトは動こうとしない。
だが、ルフが近くによると耳を立て弱々しくだが体を起こした。
「な、言っただろ。」
「惚れた女の前では弱ってなんていられないってわけか。」
「イケメンホワイトも美人には形無しだな。」
「これだから男ってやつは。」
「ルフ、ホワイトの事頼むぞ。」
ブンブン。
お互いに鼻をくっつけて何かを話しているようだ。
俺達は少し離れてその様子を見守るだけ。
それから一時間ほど経っただろうか。
「お待たせ!薬出来たわよ!」
返り血まみれのエリザが走ってやって来た。
遅れてミラとアネットも息を切らせてやって来る。
「でかした!」
「はい、早く飲ませてあげて!」
エリザから薬を受け取り、団長がホワイトへと駆け寄る。
最後の力を振り絞る様に薬を飲むと、とうとうそのまま倒れこんでしまった。
「即効性のある薬だ、すぐに効くはず。」
「それまではそっとしておくしかないな、ルフ頼んだぞ。」
てこでも動かないって感じだな。
周りの団員もホッとした顔をしている。
「本当にありがとう、どうお礼を言えばいいのか・・・。」
「気にするなって、俺達もホワイトが心配だったんだ。エリザご苦労だったな。」
「あの結晶凄いわね、本当に地上につくまで凍ったままだったわよ。」
「これからそう言う素材を取りに行く時は有効利用するとしよう。」
「氷系の素材は高値が付くのよね。見て、またシロウが悪い顔してるわ。」
「うるさいな、これが普通の顔だっての。」
「そうだ、せめて代金を受け取ってくれ。」
「いいって。」
「いいや、払わないと気が済まない。俺達の家族を救ってくれたんだから、なぁ皆!」
団長の問いかけに団員たちが何度も頷く。
「そうはいってもなぁ。」
「実費だけ頂けばよろしいではありませんか、材料費とエリザ様への依頼料で銀貨50枚。これでいかがです?」
「たったそれだけか?」
「スポンサーが金を巻き上げてたら意味ないだろ。そうだな、それならこういうのはどうだ?」
俺の要求に驚いた顔をする面々だが、すぐに笑顔になり声を出して笑いだした。
それから二日後。
元気になったホワイトとルフが自由に街の近くを散歩する姿が見られたとか。
複雑な気分だが、これでよかったんだろう。
「お父さんも大変ね。」
「誰がお父さんか。」
「これからどれだけ同じ経験をするのか楽しみね。」
「・・・勘弁してくれ。」
いずれ俺も子を持てば同じような事を経験する事だろう。
いい経験になったと思えばいいのだろうか。
うーむ。




