27.転売屋は神に祈る
聖王歴720年22月。
季節感が無いなと思っていたこの世界にもなんとなく冬っぽい感じが漂ってきた。
いや、違うな冬というか年の瀬か。
街の外はだだっ広い草原で季節感なんてあったもんじゃない。
今までよりも若干寒いって程度の冷え込みだ。
今年は暖冬傾向らしいから余計に寒さを感じないらしい。
いつもならもう少し寒くなるので、火酒などの強い酒が良く売れるそうなのだが、生憎今年はそうならないようだな。
俺の仕込んだ肉は順調に熟成されているそうだが、まだ食べられるほどではない。
後一か月で熟成出来れば大当たりなんだが・・・。
この辺は神のみぞ知るってやつだ。
もっとも、この世界に神様が居るかどうかはしらないけどな。
「なぁマスター。」
「何だよ。」
いつものように食事の後に香茶を入れに来たマスターに絡む俺。
迷惑だと言わないところが流石だな。
「この世界に神様はいるのか?」
「なんだお前、無神論者だったのか?」
「っていうか多神論者?」
「なんだそれ。」
「いやさ、俺の国では八百万の神々って言って神様なんてそこら中にいたんだよ。もちろんすごい神様もいるけどさ、100年道具を大切に使ったらそれが付喪神って神様になったりするぐらいだから。」
「ありがたみねぇなぁ。」
俺としてはそんなことはないと思うんだが、他人からするとそう感じるんだな。
「で、神様っているのか?」
「もちろんいるぞ。」
「へぇ、どんなやつ?」
「どんなやつって会ったことないから知らねぇよ。」
「なんだよそれ。」
どんな姿かもわからない神様を信仰しているのか?
あれか?形に出来ないとか見たら発狂するとかの類なのか?
「例えば俺が信仰しているのは酒の神様だ。」
「あぁ、バッカスな。」
「そんな名前じゃないんだが・・・ともかく、それぞれの仕事に神様がいてその仕事に従事している人間はその神様を信仰していると考えていい。」
「神社みたいなのもあるのか?」
「神社が何かはわからんが・・・信仰所かなにかか?」
「そんな感じだな。」
「もちろんあるぞ。」
マスター曰く、様々な神様を祭る信仰所があって、その神を信仰している人達が立ち寄るらしい。
祈りを捧げたり懺悔したりするらしいが、牧師や神官のような人はいないそうだ。
面白い考えだな。
それぞれの仕事に神がいるって考え方も面白い。
農業林業漁業性産業サービス業、どんな仕事にも神様がいる。
娼婦や奴隷業にも神様がいるって言うんだから不思議なものだ。
まるで俺の国みたいな考え方だが、その姿は固定のものではなく曖昧らしい。
それぞれの心に姿があるので固定化しないみたいだが、喧嘩にならないんだろうか。
「ねぇ、何の話?」
「お、良い所に来たな。エリザは何の神様を信じてるんだ?」
「そりゃ冒険の神様よ。」
「そんなのがいるのか。」
「当たり前じゃない、無事に戻って来れますようにとか、良い武器が見つかりますようにとか、儲かりますようにとか、いろいろお願いしてからダンジョンに行くのよ。」
「その話からすると娼婦とかにも神様がいるって事になるよな?色恋の神様みたいなもんだろうけど、だけど奴隷業の神様ってのはどうなんだ?人間を売買しているのは神への冒涜じゃないのか?」
「面白い事を言うやつだな。」
「ね、シロウって時々変なこと言うよね。」
変、なんだろうか。
わからん。
俺の世界じゃ人身売買は違法だったし人の命を金で買うなんてことはご法度だった。
裏じゃ腎臓とか肺とか角膜とか、売り買いしてるなんてよく聞くが、命までは売買してない。
「そもそも奴隷に身を落とすって事は、犯罪に身を染めるか金を返せなかったって事だ。そりゃ家族に売られたなんてのもあるが、要は金が絡んでいる。だから売り買いするのは当然だろ?」
「でも命だろ?」
「命を売っちゃいけない理由があるのか?」
そこがわからん。
郷に入れば郷に従えというけれど、まだまだなじむには時間がかかりそうだ。
「じゃ奴隷の神様には何を祈るんだ?」
「いい奴隷が手に入りますようにとか、高く売れますようにとかじゃないのか?」
「逆かもよ?いい人に出会えますようにかも、私みたいに。」
「お前は奴隷になる前だろ?」
「もしそうなってたら奴隷の神様に祈ってたわよ。」
つまりは自分の置かれている状況で臨機応変に変わる神様ってことか。
「ちなみに俺の場合はどうなるんだ?」
「そりゃ商売の神様でしょ。」
恵比須様か。
まぁ商売するんだしそうなるよな。
「今まで挨拶に行ってないなら行っといたほうがいいぞ、もうすぐ感謝祭だしな。」
「そうよね。ねぇシロウ今日暇なら連れて行ってあげようか?」
「暇じゃないが・・・そうだな、よろしく頼む。」
「それじゃ用意してくるから1時間後にね。」
「用意?」
「ご挨拶に行くんだからお花とかお酒とか色々準備しないと。私も今度深くまで潜ろうと思ってるから、安全祈願もしておきたいし。」
酒に花、それはどこの世界も同じか。
恵比須様の好物と言えば・・・やっぱり鯛か?
いや、ここは普通に美味しい食事に酒って線で言っておくとしよう。
「なぁマスター。」
「肉ならちょうど上質な奴を仕入れたばかりだ。供えた後は自分で食べるのが基本だから損にはならないだろ。」
「ちなみにおいくら?」
「銀貨5枚で作っといてやる。」
お供えで五万とか、神戸牛かなにかですか?
まぁそれだけ高かったら御利益もあるだろう。
ホルトの店に持ち込めなくなってからというもの、セドリが中々捗らない。
本来ならば気になる物を気にせず買い付けて、売れ残ったら買い取りに出すという流れだったがそれが出来なくなると買い付け自体に慎重になってしまう。
それでも在庫は増えるし、致し方なくベルナの店に持ち込んではいるがそれにも限界がある。
露店に出しても売れず、買い取りにも出せなくなった品が結局オッサンの倉庫に眠っていたんだろうなぁ。
そろそろリング氏の荷物が届くころだ。
マジでどうするか真剣に考えておかないと。
「お待たせ!」
「準備できたか?」
「うん、とりあえずお花とお酒と食べ物は準備できたよ。」
「んじゃま行くか。」
「いってきま~す。」
この世界にいてもうすぐ四カ月。
これだけいるとこの街で知らない場所はない・・・と思っていたのだが、エリザに連れられて向かった先は俺の知らない場所だった。
っていうか、こんな場所あったんだな。
大通りを北上し、貴族が住んでいるエリアを壁沿いに東へ。
たったそれだけなのだが縁遠い場所だっただけにこっちには来たことが無かった。
「商売の神様ならここね。」
「思っていたよりも小さいな。」
「信仰所なんてどこもこんなものよ。誰が偉いとかそういうのもないし。」
「そういう物か。」
「私はこの先の信仰所だから、終わったらこっちに来てね。」
「はいよ。」
俺の分の花と酒を置き、エリザは自分の信仰所へと向かっていった。
もしかしてこの並び全部がそうなのか?
奥を見ると目の前にあるような小さな祠がたくさん並んでいる。
イメージはかまくらだ。
丸くて人一人が入れるぐらいの穴が開いている。
穴は小さく中腰にならないと入れないが、中は2mぐらいの高さがあり立っていても多少余裕がある感じだ。
壁にはいくつも蝋燭が灯され、いかにも神聖な場所!という雰囲気を醸し出している。
先客がいたのか祭壇にはたくさんの花が捧げられていた。
ほんじゃま俺もお祈りしておきますかね。
礼儀作法がわからないのでとりあえずお花と酒それと高級肉を備えて両手を合わせる。
ナムナムナム。
って違うか。
えーっと、商売がうまく行きますように。
それから、掘り出し物が見つかりますように。
健康でいられますように・・・はちょっと違うか。
後は金が貯まりますように。
こんな感じだな。
おっと、大切なのを忘れていた。
「来年には自分の店が見つかりますように。」
そうそうこれこれ。
俺の目標は自分の店を持つことだ。
マイショップ。
出来れば今年中に叶えば嬉しいけど、そうなると税金の問題があるからとりあえず来年でいいかな。
「お店を探しておられるのですか?」
突然聞こえてきた声に慌てて後ろを振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
逆光になってわかりにくいが今の俺よりも年上、30代ぐらいのイケメンだ。
逆光になって余計にそう見えるのかもしれないが、男の俺からしてもそう見える。
「失礼、先客がいると思わず入ってしまいました。聞き耳を立ててしまい申し訳ありません。」
「あ、別に構いませんよ。すぐにどきますので。」
「いえいえ、どうぞゆっくりお祈りください。」
そういうとイケメンは出て行ってしまった。
ゆっくりと言われても後ろで待っている人がいるのに長居をする度胸は俺にはない。
もう一度だけ手を合わせ頭を下げたらお供えを回収して外に出た。
「急かしてしまったようで申し訳ありません。」
「そんなに真剣に祈ってないので、今日は顔合わせみたいなものですから。」
「顔合わせ、面白い例えですね。」
「ここに来て四カ月一度も挨拶に来ないような不届き者ですので、お詫びもかねてですよ。」
アハハと笑いながらイケメンに場所を譲る。
「ここに来られるという事は何かお商売を?」
「えぇ、細々と露店を開いています。」
「なるほど、それで店を探しておられたと。」
「いろいろ手を尽くしたのですが中々。でもまぁ挨拶もしましたし、聞き届けてくれるのであれば来年には何とかなりますよ。」
「その折には是非当店をご利用ください、いい子がそろっていますよ。」
「いい子?」
「申し遅れました、私この街で奴隷商をしておりますレイブと申します。どうぞお見知りおきを。」
そう言いながらイケメンは優雅に頭を下げた。




